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【1/4 Amber Or Honey】

 






「────貴族ロザインに接触しなきゃなりません」



 友人の言葉にケルヴィムは「そうか」と頷く。そして、握ったフォークの爪を、鶏肉に突き刺す。



「何云ってんだお前」



 鶏肉を頬張るケルヴィム。照り焼きにされた鶏皮がパリパリしており、小気味がよい。



「説明不要」


「いや、しろよ。説明」



 友人がキメ顔と思わしき表情をしていた。ケルヴィムは、次に突き刺すのは、こいつの顔面にしようかと考える。



「ま、いつものやつですよ」



 友人は、ナイフで豚肉を貫いた。豪快な一口が、皿から肉を消していく。



「グリモア魔法学園の便利屋(トラブルシューター)としての、ね」



 友人、テーゼ=オルタナティヴ・ハートは、豚1頭、きれいに平らげた。友人……友人である。

 ケルヴィム=グリッペンベルクと、テーゼ=オルタナティヴ・ハートは、友人関係にある。そして、仕事仲間であり、相棒でもあった。


 場所は昼下がりの魔法学園グリモアの庭園内にあるオープンカフェ。学生、それも、女子生徒に人気のカフェである。

 理由は、スイーツなのだが、肉料理が出ないわけではない。甘味処もスイーツも、店主の趣味であり、得意分野なのだろう。

 女子は甘いやつを用意しとけば大きく外すことはねえだろというノリと、とりあえず男にはコレ出しとけみたいなノリの肉料理。その2トップが学食をも遥かに凌駕する人気店たらしめているのだ。



「ロザイン……貴族の、ねえ」



 貴族としての通り名は《商人》。本名、ロザイン=フォン・ゲルテンハイムは、魔王バールベリトの貴族達の中では少数派。魔王バールベリトの血族ではない貴族である。

 血族ではないが故に、魔王バールベリトの近衛に着くことはない。魔王バールベリトの血族のみを側仕えにする方針。

 これは、揺るぎないものだ。


 しかし、貴族という役職を、無為に絞るのもどうにもよろしくない。

 そこで、魔王バールベリトは、一定の武力を持ち、それでいて、一定の利益を持ってくる人材は、貴族として囲っているのだ。学園経営には、資金が必要。

 そういった旨味を、ロザインは持っていたのである。



「わざわざ、貴族サマに接触して、何しようってんだ?」



 説明を求めるケルヴィムを、テーゼは軽く制する。



「まあ待ちなよ」



 テーゼは庭園内に設置された柱時計を気にしながら笑みを浮かべた。



「もうそろそろ来るだろうからさ」



 顔に似合わぬ純白の髪が、風に揺らぐ。


 テーゼ=オルタナティヴ・ハート。


 ケルヴィム=グリッペンベルクからの彼の評価というか印象としては、「なんか主人公みたいな奴」である。

 現段階の評価がそれであり、初対面での第一印象は、なんと「なんとなく胡散臭くて、いけ好かない面したスカした野郎」だった。つまり嫌いの類い。

 そんな彼(ケルヴィム)の次の行動は、呼び出し。戦闘訓練棟の一室に呼び出して、ボッコボコにしてやろうと。

 それらしい理由はなく。そこには、気に食わない奴の足腰を立たなくしてやろう。

 そんな昏い害意でテーゼに近付いた。ケルヴィムが、傭兵団を抜けて腐っていた時期でもある。

 まあ、ただの八つ当たり。


 そして、同年代の少年1人に、完膚なきまでに完敗して惨敗した。

 大人の傭兵複数人によるリンチではない。喧嘩を売ったケルヴィムに対し、テーゼは模擬戦という形で受け入れた。

 1対1の純粋なタイマンで、ケルヴィムは負けた。肉食獣の因子を持つライカン族のケルヴィムが、ワンサイドゲームで敗北したのだ。


 ケルヴィムには、衝撃ではあった。あったのだが。

 納得のいく結果でもあった。木剣の打ち合いで技量で負けて。

 人狼の右腕が、ケルヴィムの余力を奪い取る。

 化物だ。

 その強さは。


 以来。

 ケルヴィムは、テーゼを認めざるを得なくなった。このあたりは、傭兵としての価値観が強い。

 曰く、強い奴には、敬意を払え。……これにより、ケルヴィムはテーゼに対して、へりくだる事はないにしても、一方的な敵意をぶつけてくる事はなくなった。

 ……のだが、今度はそんな彼に対して、テーゼの方が絡んできたのだ。朝の挨拶から始まり、世間話やたまに食事や模擬戦の誘い。

 ケルヴィムは、テーゼの実力を認め、讃えて、失礼な態度を取っていた事を詫びもした。これ以上、何を求めているのかと、テーゼに詰問したところ、友人になって欲しいと握手を求められた。

 何が狙いなのか。ケルヴィムが一層、警戒を強めたのは、云うまでもない。

 何か目的がある筈だ。自分に近付く理由が。

 それを感じ取ったのか、テーゼは、観念した様に語る。曰く、「君、はじめから僕の事を嘗めていただろ」と。

 「まあ、それはいい」と、区切ったところで。「君は、学園内とまではいかなくても、クラスの中では、一目置かれてる。少なくとも、手合わせでそれだけの実力者なのだと感じた」……と。

 冗談じゃない。ケルヴィムは思った。

 自分は、傭兵団から逃げ出した負け犬で。多少、腕が立つにしても、テーゼにはボロ負けしたではないか。

 たしかに。へらへらしたにやけ面のテーゼを、嘗めていた。

 それは、否定しない。しかし、ケルヴィムを圧倒的に負かしておいて、実力者とは。

 それこそ、馬鹿にしているのではないか。拳を握り締めるケルヴィムに、テーゼは慌てて弁明した。

 「ヤンキーの友達がいたら、何かトラブルがあった時に名前出すだけでなんとかなったりするでしょ、そういうやつですよ」と。ケルヴィムとしては、ますます意味が分からなかった。

 まず、「ヤンキーってなんだよ」と。そういったやり取りがあり、2人は友人になり。

 やがて、テーゼは便利屋というバイトを始め。ケルヴィムはそれに巻き込まれる形で、テーゼの相棒となった。



「…………で? なんでわざわざこんな拗らせ……こじゃれた店なんかに呼び出したんだ?」



 ケルヴィムは、そこそこの付き合いになるテーゼに「まあ、そういうとこあるよな」と、一定の理解を示して、場所について訊ねる。



「……ちょうど来たみたいですね」



 テーゼの言葉に、その視線を追い掛けた先には、1人のドワーフがこちらへ歩いて来ていた。

 ドワーフ族らしく、身長は低く、しかし、がっしりとした筋肉質な身体。バルクがえぐい。

 頭には角飾りのある鉄鍋が搭載され。炎を想起させる深紅の癖毛。


 ドワーフ族のアデライン。

 アデライン=ウルリッヒ。


 今日は相棒のデューベンは珍しく不在。



「待たせたかの?」


「いや、僕達もさっき来たとこですよ」



 空になった皿に視線をやりながら、アデラインは静かに「そうか」と応じた。



「何か頼みますか?」



 メニューを手に取り、席をアデラインに勧めるテーゼ。慣れた動きだ。

 アデラインが、ドワーフ族やポックル族用の椅子に座ると、そこに飛び込んだのは2択。




 飲み干せ!! 電光石火の大進撃!! ボナペティな歯応えがあなたの脳髄をバッチバチに刺激する、至高にして珠玉の一杯! 当店の象徴ォッ白鯨ビール。


 そして。


 たっぷり蜂蜜! ホイップの群れに君は果たして、どこまでついてこれるかな!? その喉越しにダンケシェン! 脳味噌をとろとろ蜂蜜とドーパミンで掻き混ぜろ!! 当店ご自慢のカラメルマスタードホールケーキ。



「これ、は……迷う、のう……」



 ごくり。と。


 彼女は唾液を嚥下した。





 ────20分後。



「儂は、武器を打とうと思ってのう」



 ホールケーキをあてに、ジョッキの角度を変えて中身を飲み干す。

 酒豪の種族。

 職人の種族。

 戦士の種族。

 ドワーフ族のアデラインは、そう、ポツリポツリと語り出す。



「まあ、その、なんじゃ。儂は、氏族の中では、鍛冶の腕は並以下じゃった。

 玄翁(ハンマー)振るより、戦鎚(ハンマー)振ってた方が面白かったんじゃ。しかしの」



 アデラインの表情が、暗くなる。



「儂の氏族は、職人の血筋じゃった」



 そこが、ドワーフ族の中で大別される資質だ。

 ドワーフ族とは、屈強な肉体を持つが、人間以上に手先が器用な者もいる。建造物から、鍛冶製品の作製。

 闘争こそ、戦士の誉とする氏族の中で、職人のドワーフ族が居れば、異物として見られる事もあるだろう。

 勿論、戦士は戦士。

 職人ならば職人として。

 リスペクトはある。

 一級品の武器を打ってこそドワーフ。そういった価値観もまた、あるのだ。

 アデラインの氏族は、一族揃って、職人のドワーフ氏族であった。目利き、修繕、鍛造、磨ぎ。

 それらの技術に優れたドワーフ氏族だ。アデラインが生まれた時も、両親は一流の職人として育てようと考えていた。

 そこに、罪はない。これは、誰が悪かったのかという話では、ないのだから。


 ただ、間違えた。

 合わなかったのだ。


 きっかけは、生まれた翌日には立ち上がり、歩き出したアデラインが、鋳造の短剣を握り潰してしまったのである。職人に許されたフィジカルではない。


 職人の氏族から、戦士の子が生まれてしまった。


 両親は、酷く動揺していた。氏族の集落も。

 幼かったアデラインも、当時の様子が記憶に残っていた。なんとも云えぬ罪悪感が、強い苦味と、喉を焼く酸味となって、彼女を苛む。

 彼女は、玄翁を振るった。

 昼も、夜も。

 雨でも、晴れの日だろうと。

 振って、振って。

 叩いて、叩いて。

 食事を忘れ、睡眠を忘れ。

 狂った様に。


 遮二無二我武者羅に、ヤケクソだ。


 剣を打とうとして、床に穴を空け。


 玄翁を壊し。


 逃れる様に。


 振って、振って。


 叩いて、叩いて。


 …………並の職人には、なれた。それは、ドワーフ基準ではなく、種族全体基準での並の職人という意味で。

 武具には、ランク付けがされているもので、数打ちだの低品質のものから、ドワーフが打った業物……ドワーフ印の武具は、高価で取引されるものだ。アデラインは、ドワーフ族でありながら、ドワーフ印の武具が打てないドワーフ族として生きてきた。

 戦士のドワーフ族でも打てる様な品質の物さえも。

 彼女には、打てない。



「そんな儂にの、武器を打てと。そう抜かす物好きがおった」



 それが、相棒のデューベンであり。旧人類ハラバだ。



「これじゃな」



 布に包まれた物を、アデラインがテーブルに置く。「拝見します」と、テーゼが、包みを開くと、中にあったのは、真っ二つに折れた刀だ。



「おや。日本刀……初めて見たな」



 テーゼの言葉に、アデラインが片眉を吊り上げる。



「なんじゃおぬし、知っておるのか? ……その、ニホントーというのか、これは」



 不思議な響きの言葉だった。アデラインは、「これを直して欲しい」と渡してきたハラバからは、カタナと聞いていたが。



「まあ、専門的な知識はありませんがね。名前くらいなら」



 無惨な姿になってしまったカタナを見て、テーゼは苦笑いを浮かべる。



「完全にぶち折れてますね。これ、新しいの作った方が早いでしょ」


「それが出来るならそうしとる」



 アデラインが腕を組み、深い溜め息を吐く。



「これを打ったのは、ドワーフ族にエルフ族……それにアイ族とゴブリン、4人の職人による合作じゃ」


「……どういう集まりだよ」



 ケルヴィムが、顔を顰めた。



「それぞれが、それぞれの知識と技術を込めて鍛えられたニホントーじゃ。儂には再現出来ん」



 高い耐久性能と、鋭い切れ味の二面性を両立させた一振だった。これが折れるとなると、その相手はとんでもない大物だったに違いない。

 というか、巨大熊だったが。



「儂とて、新しい打った方が早いというのは同意見なんじゃがな……ハラバの小僧がどうしてもとせがむからの。儂も無碍には出来んのじゃ」


「……ああ、それで」


「うむ」



 テーゼは、合点がいく。



「その日本刀の修復素材に、アマルガム合金が必要というわけですか」



 今、アデラインから聞いている話は、依頼内容の詳細。最初に声を掛けられた時は、アマルガム合金を都合して欲しいというもの。

 しかし、ススキノの街周辺で調達したくても、簡単に手に入る代物ではないのだ。


 アマルガム合金。

 永久凍土から発見されたレアメタル。海底から発見されたレアメタル。

 隕石に含まれた鉄。

 それらを合金鋼に加工した物である。



「鉄だろう? ……鉄なんだよな?

 ……じゃあ、修復作業に使う物も鉄でいいんじゃねえか?」



 ケルヴィムは、日本刀を打つのに使われた物について考えを口にした。



「そのあたりは、そう単純なものではなくての」



 からん、と。

 アデラインが、刀の破片をケルヴィムの前に落とす。



「刀を打つには、硬い鉄だけでも軟らかい鉄だけでも駄目なんじゃ」



 曰く、硬いだけでは、試しに斬りつけた朽ち木に食い込み、抜けずに折れた。軟らかいだけでは、ぐにゃぐにゃに曲がって満足に振るどころではない。

 硬さと柔軟性、どちらも併せ持って、刀となるのだ。



「…………わからん。鉄は鉄だろ。

 硬い鉄とか軟らかい鉄とか……なんなんだ」


「ああ、まあ、素人の認識からしたらそんなものじゃろな」



 軟らかい鉄という概念そのものが飲み込めないケルヴィムには、理解出来ない話であった。



「……人間の生き方と一緒ですね。固さだけでも、柔らかいだけでも、うまくいかないって」



 話を聞いていたテーゼが、ぽつりと溢す。



「っ」



 その言葉に、目を見開いたのは、ケルヴィム。

 それは、決して、自分に向けられた言葉ではなかった。

 しかし、しかしだ。

 うまく生きれなかった。ケルヴィムは、うまく生きる事が出来なかった。

 だから、傭兵団で疎まれ。抜けても、それすらもよしとしなかった傭兵達から粛清された。

 少年兵にしては腕は立つ。しかし、暗殺に優れ、それを最も得意としていた彼は、傭兵として評価される事はなかった。

 エルフの里殲滅作戦に、不参加を決めた時も。うまく、やれていなかったのだろう。


 固かったから、固すぎて折れた。折れてしまった刀。

 それが、それこそが。

 ケルヴィム=グリッペンベルクだったのかも知れない。



「…………」



 うまく、喋る事も出来ずに。ケルヴィムは、視線を落とし、じっと、テーブルクロスの白色を見つめる。

 自分の影で、薄暗くなった白を。


 テーゼは、自分の言葉が、彼を傷付けてしまったのかと、息を詰まらせた。



「……アマルガム合金の話に戻すんじゃがの」



 気まずさを感じ取ったのか、この空気に助け船を出したのは、アデラインである。



「同じ比率の硬く軟らかな鉄も、2つに分かたれた後は、性質が異なるのでの……再び交わる事罷り成らぬ」



 まあ、要するに。鉄で作ったのだから、鉄で直せばいいじゃん。そういう、シンプルな話ではないのだ。



「ま。折れた刀を、再び繋ぎ合わせる。

 不可能じゃった筈の、そういう都合のいい夢とロマンの金属素材が、アマルガム合金というわけじゃな」










▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△








 貴族ロザイン。


 ロザイン=フォン・ゲルテンハイム。



 《契約》の魔王バールベリトに仕える、エルフ族の貴族である。配下の数は、88人の冒険者くずれの破落戸(ごろつき)達。

 依頼人の前に出すのを渋りたくなるくらいには素行が悪く、かといって、有能な手駒なのかと云えば、そうでもない。というのが、ススキノ冒険者ギルドが評価した、彼等の通知表であった。

 問題行動ばかりで、ギルドからも「もう次はない」と云われるくらい、価値を下げた彼等が、冒険者という肩書きすら失くせば、行き着く先は、盗賊くらいなものだ。

 冒険者ギルドも、それが分かっているから、簡単には、冒険者資格を剥奪する事はない。下手を打てば、ススキノの街周辺が、盗賊だらけになってしまう。

 早い話が、持て余していたのだ。首輪を着けられる程、大人しくはなく、放し飼いにするには、デメリットに目がいく多頭飼い。それが、冒険者く(・)ず(・)れ(・)だ。


 貴族ロザインは、そこに目を付けた。


 「冒険者を雇いたい」と、冒険者ギルドに掛け合った。ランクは問わず、人数がとにかく欲しいのだと。

 該当するのは、今日も大衆酒場で管を巻く冒険者くずれ共だ。しかし、貴族が何のつもりで、冒険者の雇用を申し出ているのか。

 聞けば、物資流通の運送、護衛、倉庫への運搬、積込、整理。

 業務には、物品の警備をも含まれる。


 貴族ロザインとは、何か。


 彼は、商人だ。


 食糧、薬品、雑貨。それ等を北の大地に流通させる商人である。

 《契約》の魔王バールベリトが、ススキノを領地にするにあたり、需要が極めて高かった人材だ。彼の貴族としての本質的な価値は、武力ではなく、商人としての手腕。

 ────尤も。

 それは、貴族ロザインが、一片の武力を持たない個人であるという意味ではない。

 そこは、しっかりと強い。

 チンピラと何ら変わらぬ冒険者くずれ共の、手綱を握れるくらいには。


 彼が、最初に冒険者達を雇い入れた時の、冒険者くずれの人数は108人。

 雇い入れた冒険者くずれ共に、貴族ロザインが最初にやった事は、見(・)せ(・)し(・)め(・)。自宅の屋敷にある庭園に、冒険者くずれ共を集め、「稽古をつけてくれないか」と、木剣を差し出すのだ。「ただの遊びだよ」と。

 そんな風に、嘯き。欺き。

 20人の冒険者くずれが、庭園の地面を舐め。両手を血に染めた貴族ロザインが、それを無表情で見下ろしていた。

 2人目の時点で、貴族ロザインの持つ木剣は砕け。そこからは、挑戦者を素手で打ちのめしてきたのだ。

 「大丈夫かい?」と、表情を取り戻した調子で、使用人達に負傷者を運ばせる。「彼等は私が責任を持って治(・)療(・)するからね」と、貴族ロザインは、確かにそう云った。云ったのだ。

 挑戦者にならなかった冒険者くずれ共は、安堵の息を吐く。ただの優男と思っていた雇い主は、恐ろしい強者だったが、部下を大事に扱ってはくれるらしい。

 そう思い、安堵したのである。翌日、屋敷の地下から悲鳴が毎夜聴こえてくる様になるまでは。

 ────20人が戻ってくる事はなかった。


 冒険者くずれは、格付けされ、そして、首輪を着けられたのだ。彼等の中で、貴族ロザインは、逆らってはならない相手となったのだから。

 逃げ出した冒険者くずれも、中には居た。貴族ロザインは、それに対し、その逃げ出した冒険者くずれに賞金を懸けて追わせた。かつての仲間達に。

 「どんなに痛め付けようが、決して、生きたまま連れてこい」と。その命令の意味するところを、残った冒険者くずれ共は、理解していた。

 あの、地下からの悲鳴の意味を。逃げられてしまえば、地下行きになるのは、自分達だ。

 冒険者くずれは、必死に捜査し、容赦なく連れ帰った。恐ろしかったのだ。

 あの貴族が無表情になる瞬間が。


 せっかく雇い入れた手駒が、減ってしまった。貴族ロザインは、冒険者ギルドに再び現れる。

 「冒険者を追加で雇いたい」のだと。噂を聞いて、二の足を踏む冒険者も、高い報酬の前では抗えない。

 素行の悪い不良冒険者でなくとも、うだつの上がらない底辺冒険者は、手を伸ばしてしまう。

 自分の今(・)を変えるのは、この瞬間なのだと。


 地下へ送られ、戻って来ない事があれば、普通に業務中による事故死になる冒険者くずれが居る。

 その度に、貴族ロザインは、雇い直すわけだが、配下の人数は、どういうわけか、88人で落ち着いてしまっていた。






▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△








「あいよ、羊肉のファイヤーバーニング灼熱網焼き、なんとなく季節と旬の香草を添えておまち」



 運ばれてきた羊肉を網焼きにしたステーキに舌鼓を打つ。ジューシーな食感に、一口食べた瞬間に、テーゼは目を見開く。


 それはそれとして、仕事の話をしなければ。



「貴族ロザインが持つ、アマルガム合金が必要という事は分かりました。しかし、問題点がございましてね」



 羊肉のファイヤーバーニング灼熱網焼き、なんとなく季節と旬の香草を添えて……そんな名前の料理を口に運び、テーゼは依頼人のアデラインに、目を向ける。

 彼女は、それで、本当に話が出来るのか怪しくなるくらい、がぶがぶ麦酒を飲んでいた。



「怪盗ミュージアムじゃな」



 ピッチャーをテーブルに置き、アデラインは低い声を転がす。



「ええ。狙った財宝を盗み出す、ススキノの人気者。

 怪盗ミュージアムです……その怪盗ミュージアムなんですが」


「儂も噂くらいは聞いておる。貴族ロザインに、盗みの予告状を送り付けたんじゃろ」



 そうなのだ。貴族ロザインのお宝、アマルガム合金を、怪盗ミュージアムが狙っている。ススキノの街を騒がせる義賊。


 怪盗ミュージアム。

 正体不明の義賊にして、最速の怪盗。


 貴族ロザインとしては、88人の配下を使って、オークションの落札者に譲渡するまで、屋敷の警備を固めて、守り抜かねばならず、気が抜けない。



「怪盗ミュージアムに狙われているのは、厄介な様で…………案外、これは、チャンスなのかも知れません」


「チャンスって事は、オポチュニティって事か?」


「……そう、だ……ね……なんでワンクッション云い換えたのか、意味が不可思議でなりませんが」



 テーゼ君はたまに、ケルヴィム君のこういった突発性のノリに、ついていけない時がある。まあ、テーゼ君に限った話ではないのだろうが。

 というか、ケルヴィムがこういうノリになるのは、テーゼの影響が多々あるのだ。故に、テーゼが悪い。

 普段はテーゼがぶちかますノリを、ケルヴィムは先取りしたに過ぎないのだから。



「…………渡りに船、じゃの」



 乗ってくんなアデライン。



「或いは勝機」



 ほら。こんな風になるじゃん。


 ケルヴィム君が。



「傾聴」



 テーゼが指を鳴らせば、2人の顔が同時に動く。それを確認したテーゼは、浅く頷いた。



「そもそも、貴族ロザインが持つアマルガム合金……たしか、約2kgでしたか。刀の修復に、2kg丸々必要なのでしょうか?

 それとも、2kgでは足りない?」



 テーゼの問いに、アデラインは腕を組み、空を見上げる。



「わからん」



 ケルヴィムが片眉を吊り上げ、テーゼが口端をひくつかせる。



「わからん、とは……」


「儂はドワーフの鍛冶職人としては半人前。知識として、何が必要なのかは知ってはいても、その適量がどれ程なのかは、職人の目利きの話じゃな。

 この折れたカタナに、どれだけのアマルガム合金が必要なのか……実物を並べて揃えてみるまでわからんよ。……場合によっては、並べて揃えたところでわからずじまいまであるの」



 テーゼは、アデラインの言葉に腕を組み視線を落とす。



「そうなると……そうなると……

 ……ああ……」



 情報の反芻、咀嚼。

 そして、整理。



「……うーん……一介の学生にするお願いじゃないぞ」



 しかし、断らない。テーゼ=オルタナティヴ・ハートは、学園の便利屋であり、依頼を受ける事にした。



「怪盗ミュージアムの盗みを阻止して、その報酬としておこぼれを頂戴する…………なんて考えましたが、それだと、必要な量を確保出来ない可能性があると」



 では、どうするか。



「……仕方ない」



 テーゼは、ちらりと周囲を窺う。そして、ひっそりとした声で。



「一度、怪盗ミュージアムにアマルガム合金を盗んで戴いてから、今度は、怪盗ミュージアムから我々が頂戴しましょう」



 抜かしやがったな、この野郎。


 ケルヴィムは、「マジかこいつ」という表情を浮かべた後に、「まあ、こいつが云い出しそうなこったな」と、納得の色を浮かべ。アデラインは、「なんかようわからんが、いいようにしてくれ」といった顔であった。



「問題は、いつ、怪盗ミュージアムが盗みに入るのか……部外者である我々には、その情報がない事ですね」



 アデラインとして、ススキノの雪まつりオークションより前に、手に入れたいところだ。ハラバには、万全の状態で、魔王殺しに挑んで欲しいのだから。



「さて。忙しくなりますよ」



 そこには、かつて。探(・)偵(・)ご(・)っ(・)こ(・)に興じた、少年の顔が張り付いていた。全く。

 死して、それでも。


 それでも治らぬのは、病故か、はたまた、呪いなのだろうか。




▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△





 貴族、《商人》のロザインの心は、荒れている。



「旦那様────これ以上は、業務に支障がございます」



 彼の所有する屋敷の宝物庫前の廊下に、30人の人間が床に散(・)ら(・)か(・)っ(・)て(・)い(・)た(・)。無表情でありながら、その皮膚の内側で、怨嗟が吼え猛る。

 貴族ロザインの行動を諌めたのは、屋敷の家令である老ドワーフ。百数十年の歳月を生きたであろう証が、その顔に刻まれていた。

 戦いを誉れとせず、鍛冶に興味を持たず。しかし、彼の知性は高く、貴族ロザインも、彼のそういったところを評価していたし、気に入りもしていた。


 エルフ族とドワーフ族の異色の組み合わせ。奇妙ではあるが、絶妙なバランスを築いていた。



「ルードヴィッヒ」



 貴族ロザインが、家令に顔を向けた。蛇……そんな、印象の男である。

 蛇の様な男だ。

 細い垂れ目。長身痩躯。

 長身痩躯のエルフ族が呼ぶ、ドワーフ族は、ドワーフ族にしては肉付きがよろしくない。ドワーフ族は、戦士にしろ、鍛冶職人にしろ、筋肉を纏うものだ。

 年老いたドワーフ族とはいえ、その体格は、ポックル族と大差無い。



「ああ、そうか。そうだな」



 貴族ロザインは、手を櫛に髪を搔き上げ、無造作に散らかる30人を一瞥した。散らかっている。



「整(・)理(・)して、それから廃棄しなければな」



 「在庫の補充も必要になってしまったな」と、作り笑いを浮かべた貴族ロザインが、両手を純白のハンカチで拭う。


 ────……貴族ロザインが視線を落とす。


 そこにあるのは、空になった宝箱。他の財宝は手付かずで、そ(・)れ(・)だけが盗み出されてしまっていた。



「やってくれたものだ」



 最速の怪盗ミュージアム。


 その人物からの予告状を受け取ったのは、ススキノの街の冒険者ギルドであった。いつもの様に、消費された冒険者崩れのチンピラを雇いに、屋敷の使用人を使いに出したのだが、帰ってきた熊の特徴を持つライカン族のメイドは、一通の封筒を持ち帰ってきたのである。


 そこで明かされたのは、冒険者ギルドでの一幕。


 冒険者ギルドに入り、浴びる視線に滲む感情は、いいものでは、ない。それは、そうだろう。

 メイドの小娘が、どこの使いの人間なのか、それを知らない冒険者が居たとすれば、それは、余所者である。愚かでなければ、メイドに声を掛ける冒険者はいないだろう。

 冒険すりゃいいってもんじゃないよね。

 まあ、とにかく。とにかくだ。

 冒険者ギルドの受付嬢は、メイドの姿を認めるなり、すぐに預かりの書簡を用意する。



 ────「言伝てを預かっております」と、受付嬢の言葉に、メイドの瞳孔が揺れる。



 受付のカウンターの前で口を開けば当然、エントランスにいる冒険者達にも内容が漏れてしまうだろうに、受付嬢は、書簡を読み上げた。受け取りに来た人間に、直接、口頭で伝えるよう、その書簡を預けた依頼人からのリクエストであったから。


 曰く、「《契約》の魔王バールベリトが貴族《商人》のロザイン=フォン・ゲルテンハイム殿。貴殿の所持するお宝【アマルガム合金】を、1年後、頂戴する────怪盗ミュージアムより。……以上です」……と。


 ざわめく冒険者ギルド内。

 最速の怪盗からの予告状であり、挑戦状だ。ご丁寧な事に、宣伝まで兼ねている。

 衆目集まる場での予告に、双方共に逃げ場はなし。

 世間をお騒がせする、巷で噂の怪盗が、貴族に喧嘩を売った。

 お祭りだ。

 エンターテイメントである。

 ススキノの街が湧く。


 まあ、そのとばっちりを受けた被害者が居たとしたら、貴族ロザインに雇われた冒険者崩れの破落戸共だ。その報告を受けた貴族ロザインは、目の前のメイドを細切れにして、それでも治まらず、雇っている冒険者崩れをも、細かくして、床にバラ撒いた。

 冒険者崩れの補充をする筈が、逆に、悪戯に消費してしまっている。何の成果もなく、ただのマイナス。



「旦那様」



 一緒にメイドかはの報告を聞いていた家令のルードヴィッヒが、慎みを以て、屋敷の主人に発言する。



「怪盗ミュージアムが、一度、言葉にした予告を破る事はありますまい。猶予は1年……少なくとも、半年以上は準備期間がございます」



 忠実な部下の言葉に、幾らか、貴族ロザインも、冷静さを取り戻す。



「【アマルガム合金】は、次回のオークションに出品予定だ。当然、下賤な賊にくれてやるつもりはない」



 貴族ロザインの言葉に、ルードヴィッヒは当然とばかりに頷く。



「魔王様へのご相談は」


「論外だ」



 続けて。

 ルードヴィッヒの選択肢の提案を、貴族ロザインは切り捨てた。



「私が売られた、私の喧嘩だ。私が買う。

 魔王バールベリト様に相談するまでもない」



 頭に血が昇っても。

 その後、一度冷静になってしまえば、貴族ロザインは自身の理論を脳内に展開出来る。

 つまり、部下が部下の縄張りで、野良犬から噛み付かれたと、自分の上司に泣き付くのは、恥であると。そう、考えるのだ。

 正しい。概ね。

 概ね正しくは、ある。

 上司にしてみれば、部下の仕事の些細なトラブルまで持ち込まれても、その部下の評価を下げる以外に、どうしろというのか。少なくとも、貴族ロザインなら、そいつの評価を下げるだろう。

 自分なら、そうする。その程度だ。

 この問題なんて。その程度。

 故に、貴族ロザインは、自らの力のみで、事態に対処しようとした。



「平時より、人数を増やさねばならんな」



 貴族ロザインは、短く息を吐く。どうやら、すっかり落ち着いたらしい。

 床に散らばった連中は、実に運が悪い。もっと早く落ち着いて欲しかったところだろう。



「────改めて、ギルドに使いを出すか」



 貴族ロザインが、そう行動指針を口にする。まずは、人員の確保。

 警備には、数が必要なのだから。

 貴族ロザインは、脳内で帳面を作成する。タスクと、その調整。

 そして優先順位と、取捨選択。

 弾く、弾く。選択肢を。



「よし。まとまってきた。

 書式という形にしよう」



 それは、まるで、損得勘定を弾き終えた商人の仕草の様に。貴族ロザインは、両手を擦り合わせる。

 足が向かう先は、自身の執務室。貴族ロザインが、廊下を歩く。

 人員、装備、ローテーション、教育。忙しくなるだろう。



「旦那様」



 家令ルードヴィッヒが、思考の隙間にするりと言葉を滑り落とす。



「顔が綻んでいらっしゃる」



 貴族ロザインの足が止まった。



「────」



 足が止まった貴族ロザインが、廊下に並ぶ甲冑……中身の入ってない装飾品の甲冑なのだが、その板金の表面を覗き込む。



「そうか。……笑っていたのか……私は」



 貴族ロザインは、自身の表情を、そこで、初めて自覚した。

 魔王直属の貴族という地位に着き、久しく現れる事のなかった敵対者。嘗められるのは、腹立たしい。

 ああ、それは、腹立たしい事だ。

 しかしだ。

 しかしである。

 飢えは人を尖らせ、安定は人を停滞させるもの。

 闘争。闘争だ。

 大いに結構。結構な事ではないか。


 癇癪を起こして、人を細切れの肉片にしたかと思えば、挑戦者に対して、好ましさすら覚える。力を持った地位に着く人間とは、得てして、傲慢にも身勝手にも見えてしまう。


 そんな、貴族ロザインの機嫌も、長くは続かなかった。






△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼







「は?」



 《商人》貴族ロザインは、間の抜けた声を出してしまっていた。



「もう一度、申し上げます────……旦那様」



 それは、貴族ロザインを、刺激する。刺激する言葉なのだが、それでも、家令ルードヴィッヒは、その言葉を口にした。



「【アマルガム合金】が、宝物庫より盗み出されました」



 予告状が出されて1ヶ月後、なんと、貴族ロザインの屋敷の宝物庫から、【アマルガム合金】が、盗み出されてしまったというのだ。



「ッ」



 貴族ロザインの裏拳が、家令ルードヴィッヒの頬を叩く。安いものだ。

 主人の発火する激情。それに触れて、障ってしまった代償としては。

 貴族ロザインも、ここで、感情のままに、家令ルードヴィッヒを殺してしまわぬよう、ブレーキを掛けるだけの理性が働いていた。彼は、こんな事で消耗するには、有能過ぎる。

 代替え品が無いのだ。

 手を出してしまった事と、それを覚悟の上で報告した。何せ、そんな事など、然したる問題にならない問題点が、目前にあるのだから。



「────見事、と、評価するには、気に障るやり方をするものだ」



 言葉と感情を呑み込み。そこから、厳選した言葉と感情を絞り出す。


 《契約》の魔王バールベリトの領地ススキノ。ここの興行は、学園とオークションである。

 特にオークションは、年に1度の特大イベントであり、爆発的な収益が見込める。【アマルガム合金】は、目玉商品の一つ。

 大々的に宣伝もしてきた。何より、手に入れるまでの投資額が、馬鹿にならない。


 それを。

 横から。

 かっ攫われた。


 腹立たしい事に。


 1年後と予告し、1ヶ月後に盗む。何より、今までの傾向を振り返れば、怪盗ミュージアムは、予告を出せば、その通りに盗み出してきた。

 その怪盗ミュージアムが、自ら出した予告を破って、犯行に及んだのである。商人としての顔も持つ、貴族ロザインとしては、契約内容や取引の変更は、商談相手から何度もあった事。

 騙されたのだ。貴族ロザインは。



「嘗(な)めやがって」



 約束の1年後まで動きはあっただろう。怪盗ミュージアムにも。

 実際、貴族ロザイン側にも準備を整えなければならない準備期間なわけで。しかし、怪盗ミュージアムの動きは、契約違反の横紙破り。

 これは、騙された方の落ち度という話にはならない。そもそも、立場上、真っ当に騙されたとしても、貴族ロザインは、引き下がるわけにはいかないのだが。


 武器防具で武器庫を満たした。冒険者崩れで宿舎を満たした。

 より、頑丈な鉄扉を発注した。より、強固な金庫を発注した。


 怪盗ミュージアムについても、特定して身柄を抑えようとも考えた。


 その全てを、ぶっちぎって。


 怪盗ミュージアムは、貴族ロザインが追い付けない速度で。


 貴族ロザインの屋敷の宝物庫から、お宝は盗み出されてしまった。


 まだ、何も準備が出来ていない。まだ、何も準備が終わっていない。

 なのに。やられた。

 負け。負けを、押し付けられた。

 一方的に。一方通行で。

 赦(ゆる)せるのか。赦せるわけがない。



「嘗めやがって」



 奥歯を噛む。拳に密度が増す。



「嘗めやがって」



 すぐに広まるだろう。貴族ロザインが、怪盗ミュージアムに出し抜かれたのは。

 出し抜かれ、盗み出されて。負けた。

 視界が赤く。そして、白(しら)む。

 真っ当な勝負ではない。互いにルールを敷いたわけではない。



「嘗めやがって」



 わかっている。

 わかっているのだ。



「……嘗めやがって」



 わかっては、いる。



「…………」



 わかっているから。

 だからといって。

 今、この感情が。

 この激情が。


 0になるわけではない。


 嘗められて。それで、終わるわけには。

 いかない。いかないだろう。

 貴族として。《商人》として。

 貴族ロザインは、嘗められたままでいるわけには、いかなかった。雪(そそ)がなければならない。

 雪がなければなるまい。そう、しなければ。

 そうでなければ。


 ロザインは、貴族ですらなくなる。



「────」



 貴族ロザインが、灰昏(ほのぐら)い眼を家令ルードヴィッヒへと向けた。強張るが、それを微塵も表には出さない家令ルードヴィッヒ。

 殴られようが、全く動じなかった男が。貴族ロザインの視線一つを警戒している。



「吊り上げろ」



 静かに。

 静かに、貴族ロザインは云った。



「怪盗ミュージアム────奴には、賞金が懸かっていたな」



 怪盗ミュージアムは、義賊である。悪徳商人の類いから盗み、貧困層に富の再分配。

 故に怪盗ミュージアムは、大衆からの人気は高い。だが、法の内側で活動しているわけでもない、云わば、アウトローだ。

 つまり、怪盗ミュージアムに賞金が懸けられるのは、真っ当な話なのである。



「現在、怪盗ミュージアムの賞金額は、30万アンディスでございます」



 家令ルードヴィッヒが、怪盗ミュージアムの賞金額を告げた。



「低い。額を上げろ。

 ……そうだな……50万────50万アンディスまで上げろ」



 結果として、怪盗ミュージアムの賞金額は、その後、正式に53万アンディスで確定した。



「…………」



 ふと。

 貴族ロザインは、脳内で思考の足を止める。何かが引っ掛かった。

 何だろうか。



「…………何故、【アマルガム合金】は盗まれた?」


「と、申されますと?」



 貴族ロザインのクエスチョンに、家令ルードヴィッヒは怪訝な表情を見せる。



「……怪盗ミュージアムは、私から【アマルガム合金】を盗むと挑発した。そして、1ヶ月後に行動に移したわけだが」



 何故。何故、このタイミングだったのか。

 確かに、まだ準備が整っていないタイミングを衝かれ、まんまと盗まれてしまったのだ。計画通りに、見えなくもない。

 見えなくもないが、疑問もある。



「奴が私から【アマルガム合金】をこのタイミングで盗み出すのは、本当に計画通りだったのか?」


「…………まさか」



 家令ルードヴィッヒも、主人と同じ可能性が脳内に浮かぶ。



「……追い詰められた、か?」



 貴族ロザインは、一つの答えに近付いている。直近で、貴族ロザイン達が起こした行動が、思いもよらずに、怪盗ミュージアムにとって、クリティカルな状況を生み出した。

 故に、怪盗ミュージアムは、行動を起さざるを得なかったのではないか。そんな、可能性。

 貴族ロザインと、家令ルードヴィッヒが、顔を見合せた。



「最近、我々がやった事と云えば……────」



 家令ルードヴィッヒは、貴族ロザインからの命令を思い返す。



「怪盗ミュージアムの捜索」



 誰が義賊か。

 義賊の正体は?

 それを調べようとして。



「…………容疑者は、冒険者ギルド所属の冒険者達」



 それと。



「グリモア学園の学生」


 

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