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【⑳ 契約の魔王バールベリト=ドグラ・マグラ】

 










「手筈は?」


(とどこお)り、恙無(つつがな)く」



 僕の問い掛けに、テーゼはスムーズに答えを返す。あちらもうまくいったようで何より。




「ふっ……」



 振り上げ、引き抜かれた切っ先が、赤の弧を描く。振り払った筆先から、塗料がキャンバスに散る様に。

 ステージに、魔王の血が流れる。その様を見て。

 魔王バールベリトは、静かに嗤っている様であった。このタイミングの伏兵による奇襲までは、読めてなかったのでしょう。

 だから、無防備な背中からブチ抜かれ。斬り上げで肋骨も鎖骨も断たれた。

 肺はもう、使い物になるまい。勝負あり、じゃんすか。

 実力で圧倒的に強い魔王と僕らとでは、こうでもしなけりゃ、勝てない。勝負として、今まで成立してたのは、本当にギリギリの綱渡りをしていて。

 偶然、またまた。僕らが綱から足を踏み外さなかったという。

 ただ、それだけ。


 じゃんすか。



「心臓を狙ったんだがな」



 ケルヴィムが、つまらなそうに吐き捨てる。



「見事」



 一言。

 たった、一言。魔王バールベリトは、ケルヴィムに言葉を。

 しかし、それは、確かな称賛。対照的に、ケルヴィムは心底嫌そうに顔を(しか)めている。



「余が、貫かれる刹那まで、貴様の存在は匂わなかった。完璧な隠密であるな。

 よくやった、ケルヴィム=グリッペンベルク。天晴れである」



 血が、止まらない。話せるうちに、評価をしておきたかったのだろうか。



「よせよ」



 でも、ケルヴィムは本当に嫌そうだ。


 少しだけ。

 テーゼから話してもらった事がある。ケルヴィムの過去だ。

 魔王バールベリトが、エルフの里…………グリゼルダの故郷に侵攻した折……彼の所属していた傭兵団は、その戦列に加わっていたらしい。まあ、ケルヴィムは付き合ってらんねえってんで、傭兵団がエルフの里に突入する前に抜けた。

 そのせいで、手痛い制裁を受けたっつー話だけども。ケルヴィムは、今でこそ並の戦士を圧倒する腕っぷしだけど、その頃はまだ少年だったから。


 ケルヴィムがまだ、傭兵だった頃。彼の隠密能力は、その頃からずば抜けていたらしく、敵地に潜入して指揮官や部隊長の暗殺を主な仕事としていたのだとか。


 忍び寄り、一撃で仕留める。

 狼の狩りだ。



「俺のそれは、戦士じゃない。戦士の在り方じゃねえ」



 ただ、これだ。この、自己肯定感の低さ。

 こりゃ、散々、云われてきたんだろな。傭兵団の戦士を自負する大人達から。

 どんなに成果を挙げても。どんなに戦果を挙げても。

 どんなに。どんなに。



「世辞ではないのだぞ。これは、賛辞である」



 震えながらも立ち上がり、ふらつきながらも、魔王バールベリトは、僕らから一定の距離を保つ位置まで歩く。1歩、また1歩と。



「この作戦を考えたのは、貴様か?」



 魔王バールベリトが僕に視線を向けたので、僕は緩く首を振ってそれを否定する。



「私、だ」



 グリゼルダが息も絶え絶えに立ち上がり、魔王バールベリトを睨む。



「そう、か……貴様、が……

 そうかそうか……」


「ハラバと話した。何度も話した」



 グリゼルダは、殺したかった。魔王バールベリトを。

 故郷の仇だ。魔王バールベリトの領地ススキノを、滅ぼしたかったわけじゃない。

 だが、魔王バールベリトの子供達たる貴族もまた、生かしてはおけない。貴族達だって、エルフの里襲撃に参加していたのだから。

 貴族達が死んだ今、残る標的は、魔王バールベリトただ1人。



「何度も袋小路の計画に、一筋の勝ち筋を見出だして、その度にまた新たな袋小路に行き詰まり……それを、何度も何度も……でも、それも、お前を殺せば、それでやっとおしまい」



 矢を摘み。


 淀みなく。滑らかに。


 そして、速やかに。


 彼女は、矢を番えた。



「憎しみだけ、ではあるまい。原動力ではあるのだろうがな。

 長い旅路であったろう。よくぞ」



 立て続けに。放たれた矢が、魔王バールベリトの胸に刺さっていく。



「よくぞ、ここまで」



 ギリギリ、だったけどな。勝った。



「…………よろしい」



 ガンッ。



 たたらを踏んだ魔王バールベリトが、杖でステージを打つ。



「……よろしい」



 ……ガンッ。


 魔王バールベリトが、倒れない。

 背中から刃を受けて。胸に矢を受けて。

 それでも。



「よろしい」



 ガンッ。


 くそっ。まだ、余裕(伏せ札)があったのか。



「……て」



 そりゃそっか。まだ、切ってなかったよな。

 今夜は。まだ。



「仕切り直し、と…………云いたいところではあるが、生憎、これが余の最後の手札である」



 ボコボコ、と。

 泡立つ。粟立つ。

 孕んだ気泡を排出しながら、傷口が、塞がっていく。



「人狼」



 ヨルシカの呟きが、僕の頭蓋骨の密室で、ぐるぐるぐるぐると。撹拌されている。


 人狼計画(リバーシブル)


 それが、魔王バールベリトのやろうとしていた事。

 人に化けた獣。

 化獣(バケモノ)を、人里に潜入させていき、喰らい尽くす。疑心暗鬼の感染症。

 吊るし合い、喰らい合う。地獄、じゃんすか。

 そんなの。


 最初に起き上がったのは、《泉》のミカエル。もう、見る影もないのだけどね。

 痩躯の化獣が、天を仰ぎ吼え猛る。ああ、恐ろしい。

 なんて、恐ろしいのだろう。化獣が、そこにいた。

 《泉》のミカエルが。《魔宴》のラファエルが。《暴風》のエグリゴリが。《万貫》のアルマロスが。《肉屋》のアブディエルが。《顎》のガルガリエルが。

 夜空の下で、天を仰ぎ、吼え猛る。



「泥仕合の殺し合いじゃねえですか」



 人狼に囲まれ、ただ1人、魔王バールベリトだけは、人の姿で佇む。息子も、娘も。

 人狼になったという事は、人狼にしたのだろう。父親である、魔王バールベリトの手ずから。

 ただ1人、魔王バールベリトだけが。ただ1人、魔王バールベリトだけは。

 人狼に、なるわけには、いかなかった。魔王バールベリトの目的は、人狼になる事ではなかったのだから。



「余は魔王である」



 ガンッ、と。杖先が、ステージの床を叩く音が。

 ぐるぐるぐるぐる。

 僕の頭蓋骨の密室で、撹拌されていく。僕の脳味噌は、もういっそ。

 吐瀉物にでも、なってしまいそうだ。



「なれば、魔王らしく」



 獣が。怪物が。化物が


 化獣が。


 王へ。


 魔王に片膝を着く。


 人の身でありながら。魔王であり、人狼の王。

 驚いた。驚いたよ。

 さすがにね。まさか、自分には、何も改造を施術していないとは。

 まあ、人間を、人狼へと変えてしまう施術がどんなものかは知らないけれど。

 人としては、どうであれ。矜持は感じたよ。

 人の心は、あれだけど。


 人間のまま、人狼の王となったのだ。以前、交戦した人狼。

 ファヌエルとゾフィエルは、理性を感じない暴れっぷりでしたが。ともすれば、ガルガリエル達のそれは、単純により上等な施術により、理性が残ったのか。

 少なくとも。再生能力は、ファヌエル達よりも高いと評価出来る。

 首と胴が離れたガルガリエルは、それでも新たな頭を胴から生やして、再生……というよりかは、復活したくらいだ。つまり、そのレベルの再生持ちの化獣共との殺し合いになるわけで。



「決着をつけよう。人狼という新たな種を生み出した新人類の余と、一度滅び去った筈の旧人類の貴様。

 一体、滅びるのは、どちらなのか」



 気力のみ。それだけで、開戦直後以上にプレッシャーを感じる。



「それを、決めるとしようか」



 手負いの魔王。



「今」



 僕は、鉄パイプを握り締める。



「ここでッ」






▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△





 迸る魔力の奔流。繰り出される精霊魔術。

 魔王バールベリトは最後まで。ああ、最期まで。

 魔王だったさ。





▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△








「【狂い喰らう暴食】【底無しの大喰らい】【(めし)いた貪食】【飽くなき悪食】」



 言霊のざわめき。





 魔力の暴力だ。


 重力魔法……か。初めて見たよ。

 魔王バールベリトと戦うまでは、存在すら知らなかった。



「【一時(ひととき)の悪夢よ 仮初めの命を呼び寄せろ】【黄泉の底より這い寄れ】【死者共の行軍が轍を生み】【死者共の告発が荒れ狂い吹き荒ぶ】」



「【狂葬列行進劇曲リヴィング・デッドマンズ・マーチ】」



 蘇生魔法も。

 何度も殺して、ようやく殺し切った人狼共。6体の死体のうち、蘇ったのは、2体。

 毛皮も肉も臓腑も剥がれ落ちて。それでも骨格に僅かにへばり着いた血肉が、リヴィングデッドを動かす。



「────【咀嚼の渦(ブラックホール)】」



 そして。

 ついに時間差で放たれた()()()()重力魔法。1度目の発動で、僕のパーティーは半壊しかけた。

 刺し違える火力で人狼を殺し。魔王バールベリトを守る肉壁がいなくなったかと思えば。

 今度は死者蘇生ときたもんだ。


 1度目は、テーゼが「死にたくなる。殺したくなる」と呟いてからの竜舌魔法《咆哮》 。

 それによって、重力魔法により、超加速で降ってくる堕天の果実デス・フロム・アヴァヴの大半を焼き払った。そのまま魔力物質の粉塵を撒き散らされるよりかは、燃焼させた方がまだマシと判断したのでしょう。

 魔力中毒を起こした人間は、いませんでした。幸いね。

 まあ。周りが火の海になりましたが。


 ────……外は日も落ち、雪が降っていたらしい。


 燃え盛るオークション会場。


 雪と火の粉がタンゴを踊る。


 オークション会場が、重みを増した自重により、崩れていく。



「安くないぞ。余の首は」



 クソ性格悪いな。


 雪が降り。

 火の粉も降り。


 瓦礫まで降ってきた。



「バール……ベリトォッ」



 タイミング次第で、土砂崩れの様に、オークション会場の梁やら瓦礫片が降り注ぐ。僕らごと……この野郎。



()く逃げぬと死んでしまうぞ?」



 喉を鳴らし。魔王バールベリトは嘲る。

 意図的なのだろう。大口を開ける様に。

 ステージが崩壊して、床の大穴に、魔王バールベリトが呑まれていく。勝ち逃げか。

 ここで、魔王バールベリトが死んだとして。瓦礫の山から、魔王バールベリト本人だとはっきり分かる死体を、回収出来る保証なんてねえ。

 灰色の勝利じゃんすか。

 もしかしたら、逃げ延びて。

 生き永らえているかも、なんて。



「バールベリトッッッ」



 グリゼルダが、叫ぶ。魔王の名を。

 その頬を、火の粉が焼く。その事に、意に介さず。

 憎悪の炎は、今や大火。


 大穴へと飛び込み、後を追う。

 まあ、そうだろうな。そんな、感じ。

 グリゼルダは、追うだろうなってね。僕は、戦闘の最中、僕を守り続けてくれたマーズを見る。

 人狼の牙や爪、そして瓦礫や倒れてくる柱から。

 彼女は、僕を守ってくれていた。今は、傷付き、槍を杖にしてなんとか立っている。

 ────今思えば、おとんもそんな風に僕を守ってくれていたんだね。


 リナリエル嬢も、魔力切れで満足に回復魔法を出力出来ねえ。この世界の回復手段は、回復魔法と傷薬(ポーション)

 どちらも、魔力細胞に作用して、傷口(ダメージ)を塞ぐわけだけど。

 僕の場合は、それがねえから、(すこぶ)る効き目がくっそ悪い。だから、防御力の高いマーズや、再生能力の高いテーゼが、僕を守ってくれていた。

 僕が致命傷とまでいかなくとも、例えば、四肢を欠損する様な傷を負えば、新人類なら切り離された本人の()()の傷口に押し当てて傷薬のグレード次第で助かったりする。運が良ければ。

 でも、僕の場合は、その望みはもっと薄い。

 高度な医療器具と技術が必要じゃんすか。そして、安全で清潔な療養施設。

 長い治療期間、リハビリの時間も必要だ。そういった、ハードルの数々をクリアしたところで、以前の機能を取り戻せるとも限らない。


 旧人類は、か弱い。


 すぐに死ぬ。



「絶体にやめなさい」



 グリゼルダが、魔王バールベリトを追って大穴に飛び込み、続いて、ルーシャとヨルシカも。

 それを見て、リナリエル嬢が、余裕のない顔で、僕を止める。魔力どころか、体力まで削って回復魔法とバフを掛け続けてきたのだ。

 僕には、体感する事が出来ねえ感覚なのだとしても、きっと、それはしんどい。

 そうなのだろうなって、想像する事しか、出来ないのだけど。張り詰めた表情で、リナリエル嬢は、僕の手首を掴み、首を横に振る。



「グリゼルダ達が行った。僕も後を追います。

 …………魔王の息があれば、確実に止めてきますから、他の皆は直ちにここから逃げてください」



 崩れ落ちゆくオークション会場。もう、誰も余力なんてない。

 テーゼですら。



「おやめなさい。潮時でしてよ」



 リナリエル嬢の意思は、分かる。分かった。

 ここが、引き際なのだと。

 そうなのだ。きっと、それは、正しい。

 リナリエル嬢の、云っている事は。正しいのだ。

 僕が、納得してねえってだけで。



「グリゼルダ達を、連れ戻さなきゃ」


「復讐こそが本懐。それが、彼女達の意思なのでしょう?

 私、お前を失うわけにはいきませんの。ここまで復讐にはお付き合い致しましたけど、これ以上は」



 僕は、グリゼルダ達を大事にしたい。

 でも、リナリエル嬢達が、僕が大事にしたいグリゼルダ達を、大事にしたいのかというと。それは、別の話になるわけで。



「止まらないんでしょ? 君は」



 リナリエル嬢の後ろから、ティルダが、声を掛ける。



「ああ、その通りだな。貴公は止まらない」



 グレンケア生徒会長殿が、リナリエル嬢の肩に手を置く。



「魔王は殺します。全員、殺します。

 特に、《契約》の魔王バールベリトは生かしてはおけません。《百獣》の魔王レオラグナの方がまだマシですね」



 人を興行の資源として使っていた魔王レオラグナと、人を喰らい尽くす魔王バールベリトでは、方針のベクトルが違う。

 魔王レオラグナは、世界を支配する魔王であり、魔王デュランと魔王バールベリトは、世界を滅ぼすタイプだ。魔王デュランの場合は、旧文明の核兵器を発掘していた。

 考えられるのは、交渉カードじゃんすか。要するに、抑止力。

 こっちは、世界を滅ぼす力を持っとるんやから、喧嘩売ってくんなよって話。そういうやつ。


 リナリエル嬢が、ため息を溢す。深い深い、ため息であった。



「あ、そ」



 「ああ、そう」と、彼女は云う。両手さえ、挙げてみせて。



「もういいですわ。お行きなさいな」



 ついでに。



「誰でもお救いになって、お好きになさい」



 苛つかせちまったな。

 そう思う。僕のやる事に。

 聞き分けのなさ。

 頑固。

 強情。

 意地っ張り。

 僕は折れないし、譲らない。



「そして、ここから先は、私が貴公のお供をしよう」



 1歩。

 先んじて。


 グリモア学園三年生、現生徒会長、マリー=ゴールド・グレンケア・エイル・カーターが。


 彼女の周囲には、4つの水が球状になって浮遊している。重力どうなってんの。

 いいけどね。べつに。

 注目すべきは、彼女の手。その指と指の間。

 うっすらと見えるのは、膜。それに、肌に浮かぶ鱗。



「……人、魚……?」


「そうまじまじとレディを見るもんじゃない」



 思わず見惚れそうになるその姿に、視線が固まっちゃってたのを、グレンケア生徒会長殿に窘められる。



「失礼」



 小さく咳払い。



「…………」



 しかし、まあ。



「なるほど」



 そういう種族でしたか。


 死の商人。武器商人。

 グレンケア商会。


 武器を世界規模で流通させて発展・拡大してきた一族。

 跋扈する海賊にも、遅れを取らず。一線を張り続けていられたのは、なるほど、海の一族だったからというわけで。



「……」



 僕は、指にはめた【水精の指輪】に視線を落とす。



「……もしかして、かなり……大事な物なのでは?」



 海の一族から譲られた、水の精霊ミツハが指輪から飛び出し、僕の眼前を飛び回る。



「投資だよ、投資」



 精霊なんて、どこにでもいるわけじゃない。安定した、澱みのない魔力濃度の空間を好むとは云われているけれど。

 そんな、超絶激レアな精霊なんて、貰っちゃってよかったのか。投資とは、グレンケア生徒会長殿は云うけども。



「まあ、その、なんだ。試しに譲ったら、我が一族の誰よりも、貴公に懐いている。

 今さら返せとは云えんよ」



 あ。ごめんなさい。

 なんか。


 なんなんだろうね。

 僕のこの体質も。魔力を持たない僕についててもデメリットの温床だろうに。

 火も、風も、水も。精霊さん達は、僕に懐く。

 謎だ。



「……何にせよ、貴公がこれから、火の海の中を往くのなら、私の魔法が有用だろう?」



 それはそう。

 渡りに船。

 助かる。普通に。



「では、魔王の首を獲ってきますよ」


「…………」



 怨めしそうなリナリエル嬢の視線を背中に受けながら、僕と、グレンケア生徒会長殿は、奈落を思わせる暗闇へと身を投げた。










▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△











 火の粉の降り積もる暗渠。



「ほぉう……次は、貴様、というわけか。……ふ、大盛況であるな」



 正面からは、腹をレイピアで貫かれ。その他、チャクラムの裂傷が全身に走り。


 鎖骨あたりに、矢が刺さっている。


 ヨルシカも、ルーシャも、グリゼルダも、力及ばず。力尽きちゃってるね。

 生きては、いる。手負いの魔王を瀕死まで追い込んで。

 敗北したのだ。

 無念だったろうね。グリゼルダは、魔王バールベリトの身体に、握り締めた矢を突き刺して気絶している。

 最後の力を振り絞っての一撃だったのだろう。4体いた筈の闇の精霊も消滅し、魔王バールベリトの足元に、真っ二つに折れた杖が落ちていた。



「余は、《契約》の魔王バールベリト=ドグラ・マグラ。果たして貴様は、余を討ち取る勇者か、英雄足り得るかな?」



 意識を失ったグリゼルダを振り払い、魔王バールベリトは、刺さった矢もそのままに、僕に向かって歩み寄る。短杖を構えるグレンケア生徒会長殿を手で止めて、僕も、魔王バールベリトへと向かう。



「勇者でも英雄でもねえですよ。僕は、()()()のハラバ=ジャニ・ジャン・ジャックじゃんすか」



 先に動いたのは、魔王。

 振りかぶり、素人のテレフォンパンチ。僕は、それをまともに食らう。



「何をしているッ」



 苛立った声。うるせぇよ。

 背中から飛んでくるグレンケア生徒会長殿の怒声を無視して、僕は、魔王を殴り返す。



「ぐっ」



 呻き声。ステゴロなんて、経験ねえだろ。



「ふん」



 構わず、再び魔王が僕を殴る。よろめくが、僕も反撃を遠慮なくぶちかます。



「ぐ、お」



 殴り、殴って、殴られて。

 避けず、防御もせず。


 殴って、殴り返され。


 グレンケア生徒会長殿からの怒声も、止んでいた。


 殴り合う。


 それは、伊達や酔狂。

 様式美であり、儀式。


 魔王がそれを望んでいた事を、僕は、魔王の顔を見た時に分かっていた。闇の精霊を失い、魔法を強める杖も壊された魔王。

 最後に残ったものが、肉体。

 傷は、致命傷と呼べるものだろう。

 放っておいても、今から全力で治療にあたっても、余命数時間くらいに見える。

 そんな身体でも、まだ、生きている。そんな身体で、まだ生きている男が、最後に望むもの。

 僕には、それが、分かるから。分かってしまうから。

 それに、応じた。



「……ふ」



 何発目のパンチが入った時だろうか。ふらつく魔王が、がくりと、膝を折った。



「貴様よりも旧い…………我等の遠い……祖先……人類最古の…………武器、が……木材や骨……或いは…………都合のいい形状の石……棍棒、という……」



 震える膝を叩き、魔王が立つ。滝の様な流血。

 それが、足元の血溜まりから、枝分かれしながら伸びて、流れて。

 一筋の血から枝が生えた様なそれは、まるで。


 大樹みたいだった。



「ならば、我等が握る()()こそが」



 魔王が僕に拳を突き出す。



「戦士が最初に持つ武器である」



 駆ける。

 走る。

 魔王と僕。



「そうは思わぬか!?」



 叫ぶ魔王。猛る魔王。


 初手、魔王のダッシュ右ストレート。それを僕は額で受ける。



「ッ」



 痛みに顔を顰める魔王。しかし、覚悟を決めていたのか。

 再び繰り出される右ストレート。僕は、それを右ストレートで応じる。

 先に当たったのは、僕の拳。魔王がたたらを踏む。

 飽きずに。魔王の右ストレート。

 僕も。飽きずに右ストレートだ。

 今度は拳と拳が衝突した。ダメージを考えると、明らかに僕の方が今の魔王をフィジカルで上回っている筈なのだけど。

 力が拮抗していた。



「ぉお……おおッ」


「ぬ、ぐ……くぅ」



 歯を食い縛る魔王。


 渾身。全身全霊。

 乾坤一擲。


 僕は、拳を振り抜き、魔王を吹っ飛ばす。



「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、はあ……」



 息を切らす。僕も、限界に近い。

 いや。とうに限界なのか。



「く、ははっ」



 笑いながら。嗤い、ながら。

 魔王が。立つ。



「そうか」



 息を切らし。声も枯らし。



「そうかそうか」



 魔王が。口角を吊り上げ。



「そう、か」



 それは、新鮮なものに触れた時の反応に見えた。



「これが、殴り合い……という、もの、か」



 肉体の痛みが、今の魔王の身体にどれくらい残っているのか。



「休憩はもう終わりでいいでしょ?」


「ああ、そうだな。続きを────」



 続きだ。続き。

 やろう。最後まで。


 殴る。お互いに。


 魔王の拳が、僕の鼻っ柱にぶち込まれ、僕は片方の鼻の穴から、鼻血を勢いよく排出。



「まだまだァ」



 僕の拳が、魔王の下顎を叩く。魔王は、血反吐と一緒に、砕けた歯を吐き出す。



「どうした旧人類ッ! 貴様はそんなものか?」



 ああ、痛い。ああ、熱い。

 その感覚が、徐々に遠退く。遠く、遠くへ。


 魔王が、コンクリートの床を蹴る。

 走って、走って。

 駆けてくる。

 僕は、それを迎え撃つ。


 ────決着の刻。


 4度目の、右ストレートの交差。


 今回は、先に魔王の右ストレートが先に僕に届く。命を燃やした一撃。

 それが、僕を殴り付けた。



「────ッッ!!」



 負けるか。


 負ける、か。負ける、もの、か。


 負けねえ。負け、ねえぞ。


 上半身が揺れる。


 ああ、崩れる。壊れて、いく。

 僕、が。


 ……倒れ、る。


 倒れ。


 …………。



「…………」



 ………………。

 倒れ、ねえ。

 倒れ、ねえ、よ。


 脚を踏み締め。踏ん張る。


 チカチカと、火花が瞬く視界。見えるのは、天井に空いた大穴。

 火の粉が、降っていた。



「……」



 天を仰いでいた僕が視線を動かすと、魔王と視線が衝突した。



「……!」



 「まだ倒れないのか」と、そんな風な、表情であった。出し切った、これ以上なく。

 そんな、様子だった。

 分かるよ。分かる。

 僕だって、そうだったさ。



「おおッッ!」



 握る。拳を。



「おおおぉ!!!!」



 猛る、猛る。

 滾る。



「おおッ」



 目を見開く魔王。



「────ぉ」



 もう、拳を構える力も残ってねえか。そうだな。

 効いたよ。さっきの、あのパンチ。

 負けそうだったし、負けたかと思った。

 死んだかと。そう、思った。



「オラァアッッッッッ!!」



 僕の拳が、魔王を撃ち抜く。


 最後の、最後。

 最後に。

 力、全て、全部を。僕に、残る。

 全部で。残っていた、全部。

 殴って、殴られて、吐き出し続けてきた僕が。

 それでも、残る全てを、絞り出し。振り絞って掻き集めて。

 殴り抜く。


 最後の右ストレート。



「…………っ見事」



 魔王の、声がした。



 そんな、気がした。














△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼









 崩れゆくオークション会場。


 その地下。暗渠にて。


 事前に、旧い水処理施設が、埋まっている事は、知っていた。


 魔王バールベリトを討ち取り、後は、脱出のみ。という、算段。


 僕と、グレンケア生徒会長殿は、瓦礫の山を見上げていた。



「…………」


「……ここまで、か」


「…………」



 グレンケア生徒会長殿が、力なく呟く。

 少し離れた位置に寝かされた、グリゼルダ達。息はまだあるが、時間の問題でしょうね。

 このままじゃ。

 意識のないグリゼルダ達や、ろくに動けない僕をここまで運んだのは、グレンケア生徒会長殿の水属性魔法じゃんすか。水流によって、火の手と、崩壊から逃れてきたわけだけど。


 デッドエンドだ。



「すまない。私の力では」



 声の調子を落としたグレンケア生徒会長殿が、僕に頭を下げた。



「しゃあねえですよ」



 魔王は、倒した。でも、僕は、命を落とす。

 それは、最初に設定した、勝利条件ではない。でも、ね。

 暗渠の存在は知ってはいても、全容までは、把握出来ねえってなもんですよ。広大に、拡がっていたわけですから。

 そもそも、メインに据えたプランにありませんでした。地下ルート、そのものが。

 準備期間がねえ、タイトでしたから。

 準備時間のない中で、超広域殲滅魔法が、電撃速攻で、最速で魔王に接近出来る案だったじゃんすか。

 今も、この行き止まりが、地上のどの位置なのか、分かっちゃいねえ。



「ご迷惑でしたでしょうが、お付き合い戴き、感謝しています」



 僕の言葉に、グレンケア生徒会長殿が、薄く笑う。



「美女が最期に寄り添ってやるのだ。感謝したまえ」



 精一杯のユーモア。こんな、状況で。

 でも、そのユーモアが。今の僕には、救いでもあった。



「やれやれ。本当は、君を旗印に、もっと我が商会を拡大していく腹積もりだったのだがね」



 少し大きめの石の上に腰掛けたグレンケア生徒会長殿が、ぶっちゃける。



「ああ、まあ、生徒会長殿には借りがありましたからね。力になりたかったです」



 僕も。

 グレンケア生徒会長殿の反対側に、腰を降ろした。



「……ふっ。まあ、しかし」



 崩壊音が近付いてくる。



「最後に素晴らしい闘いを見させて貰ったよ」



 魔王バールベリトとの殴り合いの事を云っているのだろう。



「千を超える魔法を開発したとも云われる、精霊魔術の達人が、最後に拳での殴り合いを所望するとはね」



 そんな風に話していたグレンケア生徒会長殿ではあるけど。

 不意に素早く立ち上がるや、腰に差す短杖を引き抜き構える。



「どうし────」



 何が。

 どうしたのか。急変したグレンケア生徒会長殿の様子に困惑する。


 それは、僕が魔力を感じられないからで。


 グレンケア生徒会長殿の険しい視線を追っていくと、そこの終着点は、通路を塞ぐ瓦礫の山。

 それが。地面に拡がる黒い靄に呑まれて沈んでいく。

 なんだ。この黒い……黒いのは。



「闇属性……魔法、か?」



 グレンケア生徒会長殿が、警戒を解かぬまま見解を口にする。闇属性魔法なら、可能なのか。

 分からん。闇属性魔法に詳しいわけじゃねえから。

 闇属性魔法……魔王バールベリトの多様していた魔法だけど。有り得なくはねえのかな。

 よく理屈は知らんけど。


 黒い靄は、どんどん瓦礫を呑んでいき。

 やがて、その瓦礫の山に最初から立っていたのであろう人物が、僕達の前に姿を見せた。黒っぽいローブに全身を包み。

 頭をフードですっぽりと覆った、謎の人物。……この期に及んで新キャラの投入だ。



「……怪盗ミュージアム?」



 その人物に、またしても見解を述べるグレンケア生徒会長殿。



「…………」



 それに、暫定、怪盗ミュージアムは答えない。

 代わりに、屈むと垂直に跳躍して、視界から消えた。



「ま、待ちたまえっ」



 天井に空いた大穴。

 黒い靄が消えた大穴の下から見上げると、朝焼けの空が見えた。



「…………!!」



 外だ。

 そこからの動きは早かった。何せ、崩壊は、すぐそこまで迫ってきていたからね。

 命辛々。暗渠からの大脱出。

 それを果たし。息を切らしていた僕達を観察する様に木の枝の上に立つ怪盗ミュージアム仮。

 いや。怪盗ミュージアムなんだろうね。

 来ていたか。オークションに。

 まあ。テーゼから、聞いてはいたけども。


 ここは、ススキノの街郊外にある枯れ木の森。


 こんな所に出たか。

 いやあ。助かった。

 怪盗ミュージアムが来てくれなきゃ、死んでたよ。僕は、頭上の怪盗ミュージアムに手を振る。



「ありがとう」



 わざわざ助けてくれて。



「…………」



 怪盗ミュージアムは、何も答えない。

 僕達の無事を確かめたくて待機していただけっぽい。夜が明け。

 朝日に怪盗ミュージアムが姿を消す。


 ふふ。


 ありがとう。君が来てくれてよかった。

 本当に。ありがとう。


 ……モリヴェ=ハーヴィー。



 

 


 舞台裏の小噺も投稿予定です。


 

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