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【⑭ ロキシー=トラバルト・ベオウルフ】

「この女、マジ油断にゃらにゃえ」



 とろんとした瞳に、たじろぐ僕の顔が映る。



「離れるのでありますよ」



 マーズが、鉄製の槍を構えて、ロキシーを威嚇していた。



「その女、余がお前の匂いを嗅ぎとって、存在を問うた時に、しらばっくれにゃがったんにゃら」


「貴様のような品性のないケダモノに、ハラバを近付けるわけには、いかないのであります」


「……云ったなクソトカゲ」


「なんでありますかケダモノ」



 僕に向けていた表情が一転、ロキシーとマーズが、額をつき合わせて睨み合う。互いに高身長。

 めっちゃ仲わりぃなあ。そんな目で見てると、ロキシーが不意に僕に顔を向けた。



「ポックルやドワーフの小人種は、どうやらこっちには来てねえみたいだにゃあ」



 …………デューベンとアデラインの事でしょうか。疲労からか、鈍くなった思考を回していると、ロキシーがライカン族の1人を顎でしゃくります。

 2年前とは異なる顔触れ。パンダでした。

 パンダさんが、僕に包みを渡してきました。



「預かりもんだにゃ」



 包みの隙間から見えたそれに、僕は目を見開き、ロキシーを見ました。



「二人がかりで『めんてなんす』? したんにゃとか」



 後で確認してみますが、大して知識も、なかっであろう2人が、これを仕上げたと。ありがてえ。



「……それで、お二人は?」



 僕が、デューベンとアデラインの所在について、ロキシーに訊ねようとすると、グロリオサ商会のドアが開かれる。姿を見せるのは、リナリエル嬢。

 半年ぶり。彼女は、僕を見て、次に怪我人のスレイマンを。

 そして最後に、マーズ達と対峙しているライカン族の皆さんを見て溜め息を溢した。



「揉め事は御免被りますわ」







△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△











「旧人類? ……旧人類!?

 は? は?

 は? は?

 は? え?

 は? え?

 は? え?

 は? なに?

 なにそれ? え?

 聞いてない。聞いてない聞いてない聞いてない。

 聞いてないよ聞いてないんだけど?

 え? え?

 え? なんで?

 なんで云わなかったの? めっちゃ聞いてないんだけど」



 グロリオサ商会、客間。

 僕の素性を聞いたティルダの反応はというと、こんなもの。実によい反応でした。



「僕の生い立ちまで話せるような空気でもなかったじゃんすかぁ」


「いや、いやいや、いや、いや、さ。それでも。

 それでもよ? そうだとしても、それを差し引いたとしても…………ぶっちゃけ私の生い立ちよりも世界観のスケールがでかい設定なのよ。

 旧人類ってのは。もはや世界遺産だよ」



 ティルダが、ソファーに体重を預けて、天を……天井を仰いだ。



「えぇ……なんなの。私、知らないうちに、ずっと旧人類と一緒に過ごしてたってこと?

 ………………半年も!?」



 自分で云って、その言葉を脳内で再確認してもう一度びっくりしてた。

 リアクション100点満点が過ぎる。

 むしろ、100点が限界値ではなく、まだまだ伸び代があるんじゃねえかってくらいの。

 そんな、リアクション。



「…………なんだよー、云えよー……マジでー」



 スレイマンは、リナリエル嬢が、奥に連れていき治療を。聖女であり女神の回復魔法だ。

 信仰されちまう程の。そんな彼女の魔法なら、スレイマンは大丈夫でしょう。

 ティルダも、治療はリナリエル嬢にお任せだ。薬品も清潔なベッドもありますからね。

 ここには。



「君にも何かしら事情があるのだろうとは思ってたけど、これは予想外だったな。もっと、こう……没落した大富豪の一人息子だとか、そういった類のものかと」



 僕の設定を知ったディーンは、ティルダ程じゃねえにしろ、驚いていた。

 …………設定。そう、設定だ。

 僕が、狙われるに足る設定。これを、2人の前で明かした。

 おそらく、これからは、魔王や13騎士団からの襲撃が激しくなってくる事でしょうから。だから、彼等の前で、変に僕だけが狙われる場面が目につくと思われます。

 不審に思われるでしょう。今、この場で明かしたのは、そういった時に備えて先に事情を知ってもらう為。

 勿論、裏切られるリスクも抱えちまいますが。でも、裏切られるかも知れねえからって、何も明かさねえっつーのは、それこそ信頼度がマイナス方面に傾きかねねえ。

 これが失敗だとしても、結果論として割り切る。僕は、そう判断しました。



「全く、策士だな。ここで私が退いたら、明らかに私が君の情報を漏らした事になるじゃないか」



 ディーンの言葉は、怨み言に聞こえなくもない。けれど、苦笑いを浮かべつつも。



「しょうがないから、付き合ってあげるよ」



 「最後まで」と。ディーンは、僕に苦味の消えた笑みを向けるのでした。



「……で」



 僕は、対面に座ってるロキシーを見る。人間骨格の、獣。ライカン族。

 その気性は、戦闘民族と云っても過言じゃねえっす。共和皇国と、最もガチンコでやりあってるから、戦争大国とまで云われてるくらい。

 四大国…………小国は、幾つか存在するけれど。

 最大規模にして、最強国家の共和皇国。そして、残り3つの大国が、それぞれ、共和皇国に侵略されねえようにちまちまバチバチやりあってる。エルフの里も、アイ族の国も。

 戦争大国ベオウルフ。

 ロキシーは、そこの女王であらせられる。

 早い話、一番、権力持ってるし、一番、喧嘩が強い個人でもあるってわけ。

 ただし、一番、喧嘩が強いっつっても、それは、戦争大国ベオウルフの中ではってだけ。

 一応、国内にはリザード族の里もあるけれど、リザード族の里は、戦争大国ベオウルフの属国ではない。故に、リザード族の里の中には、ロキシーよりも強いと自負してる戦士だっている。



「お前、生きててくれてよかったにゃあ。余の兄貴のとこに居たのは、予想外ではあったんにゃけど」


「遅れて来たお前に、ハラバに触れる権利はないのであります」


「なんだあテメエ!?」



 ガタリ、と。ロキシーは勢いよく立ち上がり、壁で彼女を警戒していたマーズを睨み付ける。

 ああ。まただ。

 この2人の、この感じ。2人は、僕の身柄について、揉めている。

 どちらの国で、僕を保護するのかを。以前は、そこのあたり、グリゼルダの国とダキア個人が譲らなかった。

 でも、エルフの里は滅んだし、ダキアは死んでしまいました。新たに、僕は誰かの庇護下に入らなくちゃいけねえのかも。

 共和皇国以外で。



「────ところで」



 睨み合う2人の間に割り込む形で。



「デューベンとアデライン、そして、ロキシーは『あの後』どうされてきたのですか?」



 僕は、質問をブッ込む。



「……あァ」



 ロキシーは、ゆっくりと僕の顔を見ると目を細める。

 語り出される彼女の話はこうだ。曰く、13騎士団と全力でやりあったものの、消耗した状態では、追い返すだけで精一杯。

 なんとか、捕まりそうになっていたアデラインとデューベンは取り返せたけれど、その時にはあまりにも僕との距離が離れていて、僕の回収まで手が回らなかったのだとか。それでもどうにかこうにか、僕の落とし物を拾えたらしく。

 アデラインとデューベンが、協力して落とし物を、また使えるようにメンテナンスしたみたい。戦争大国ベオウルフで療養しただけでなく、鍛冶場までお借りして。

 知識も技術もない状態から、よくぞやってくれたもんですよ。


 で、礼の一つでも云いてえのに、2人がここに居ねえ理由ですか、どうやら、グリゼルダの捜索に動いたのだとか。

 エルフの里が滅んだものの、エルフ族そのものが、絶滅したわけじゃねえですからね。それに、数ヶ月ではあるけれど、一緒に旅した仲間でもある。

 2人は、僕の捜索はロキシーに任せて、グリゼルダの捜索を行動方針に定めた。ロキシーには、別にグリゼルダを積極的に探す意思はなかったから。

 それよりかは、ロキシーとしては、戦力の低下した自らのクランの百獣喰らいの再編成と、怪我の療養と体力の回復が終われば、すぐにでも僕を探しに行きたかったのだそう。愛されてますねぇ。

 アデラインとデューベン曰く、いずれあるかも知れない共和皇国とのガチンコ大戦に備えて、グリゼルダとの合流は外せないって話。亡国の姫である彼女に、旗印として、共和皇国とやりあう暁には、生き残りのエルフ族を集めて欲しいとか、そんな意図があって。

 エルフの里が焼け落ちても、そこを囲う大森林が全焼したわけじゃねえですし、大森林の中には、エルフの氏族が散ってますから。彼女の一声では、集まらないかも知れねえ。

 なんやかんや、ただの口実なのかもね。仲間を探しに行く。

 是非とも、見つけ出して欲しいもんですよ。


 ロキシーの方はというと。

 割りと激し目に奴隷都市ジェイルとやりあってたそうです。ロキシーが放浪してる間も、小競り合いはあったものの、ロキシーがへとへとになって帰ってきたのを、どこで情報が漏れたのか。

 ……多分、13騎士団から話がいったのでしょうが。とにかく。

 奴隷都市ジェイルから、戦争大国ベオウルフへの攻撃は、激しくなった。かつて、祖国の玉座を巡る争いに敗れた男によって。

 ロキシーは、正直、一対一ならば、兄には勝てないだろうと、渋い表情で云った。何せ、血を分けた肉親ではあっても、相手は最強格の魔王だ。

 僕も逃げるので精一杯だったし。純粋な戦闘力、殺傷能力ならば。

 彼がもし、玉座に就いていたら、歴代最強のライカン族の王になっていただろうとも。そして、最悪の王にもなっていたに違いない、とも。

 ティルダの表情も、険しくなっていた。レオラグナ=トラバルト・ベオウルフが、強さこそを至上にしていた国家でありながら。

 それでも、君主になれなかった理由。それが、彼の戦争狂い。

 全てを滅ぼし。全てを従える。

 滅ぼす為に戦い。従える為に戦う。

 個人の最強だけでは満たされぬ欲望。自らが従える国が、最強であらねばならぬ。

 その思想の為に突き進む。まるで、昔話のハーメルンの笛吹。

 奴の思想の音色に振り回されれば、いずれは戦争大国ベオウルフすらも滅びる事になりかねない。そう思われたのだ。

 そう判断された。切り捨てられた。

 だから、選ばれなかった。しかし、玉座を追われ。

 祖国を見限り。それでも、尚。

 レオラグナは、戦う事を、やめない。やめられない。

 その、性質故に、今の状況になってしまったのだとしても。

 祖国を戦火で塗りたくり。妹を殺し、玉座に再び着こうとも。

 他の大国、共和皇国すらも滅ぼすまでは。きっと、魔王レオラグナは、止まらない。

 まるで、呪いじゃないか。とすら、思う。


 ロキシーの傷が癒えた頃、何があったのか分からないが、奴隷都市ジェイルの興業施設の崩壊の噂を、ロキシーは耳にした。

 同時に、魔王軍が戦線から撤退し始めた事もあり、噂の真偽を決定付けた。行動力ある彼女は自ら奴隷都市ジェイルに乗り込む。

 フットワークが、重さの概念を置き去りにしてるよ。

 新生百獣喰らいを引き連れての侵入に手間取りつつ、コロシアムが崩壊した噂が、真実である事を知る。しかし、どうにも。

 彼女は、どこかで、嗅ぎ覚えのある匂いが、引っ掛かったのだそう。どこか、気に食わないような。

 そんな、匂いに。確信がなかなか持てなかったが、嗅ぎ覚えのある匂いは、この街に滞在している間に、徐々に輪郭を帯びていく。

 やがて、ぼやけていた匂いの正体の確信に変わるまで。それが、マーズの匂いだったと。

 「獣の嗅覚は、侮れないでありますな」と、マーズが横槍を入れるもんだから、そこでまたロキシーがキレて話が止まる。もう、勘弁してくれ。

 話が、進まねえでしょうが。


 ともかく、マーズの匂いを辿って、グロリオサ商会に着くと、案の定、そこには、マーズが居たわけで。

 しかも、現地で、リザード族のクランまで作って。新生竜噛みっすね。

 まあ、そのくらいなら、然して、ロキシーも気分を悪くする事もなかったでしょう。問題は、顔を合わせたマーズに、挨拶もそこそこ、僕の所在について訊ねたところ、マーズは「知らない」と答えたのだとか。

 なんとなく、マーズを横目で見ると、彼女は顔を背けた。



「…………」



 うん、まあ。まあ、ね。

 うん。


 思うところは、ある。あるには、あるのだけど。

 半年前に、僕と再会した情報を隠して、僕を独占するつもりかよ、なんて。思わなくもないのだけど。

 まあ、いいよ。それは。

 あんまり、よくないけどさ。話が進まなくなるし。

 だから、スルーになるんだけど。

 やめろよ、マジで。お前、そういうところだからな。

 火種蒔き散らすなや。


 で、マーズがすっとぼけてたら。そんなタイミングで、僕がそこにやってきちゃったわけで。

 リナリエル嬢も、表が騒がしいから、顔を出したら、マーズがロキシーと揉めてるし、僕が来てるしで。

 とりあえずは、僕達を招き入れて、一番、やっべえ状態のスレイマンの治療から。その間に、我々は、これまでの経緯についての、お話合いだよ。

 ティルダがスレイマンをリナリエル嬢に預けた際に、リナリエル嬢からは、命だけは絶対に助けるとのこと。ただし、怪我を残してダンジョンという劣悪な環境で、長期間、結果として放置してしまった為に、怪我を負う以前の様な動きは出来ないかも知れないとの事だ。

 今よりかは、確実にマシにはなる。ただし、どこまで全盛期に近い身体に戻れるかは、運次第。

 生きてるだけで、丸儲けではあるのだろうけれどね。オリヴァーによって、酷い拷問をされた後みたいだし。



「…………に、しても、スタンピードにゃあ……」



 ロキシーが欠伸を噛み殺しながらぼやく。



「お前が生きてた事も驚きだし、ましてや、それが、魔王の国だった事も更にそれに拍車を掛けてんにゃ。おまけに、スタンピードの情報まで持ってきて」



 ロキシーは、兄貴を殺すおつもり。

 でも、その意思を口にした時、マーズではない者が、彼女に食って掛かった。



「待った。あいつを殺すのは私よ」



 冷徹な殺意を瞳に滾らせ。

 ティルダは、ロキシーへと意思をぶつける。ロキシーとしては、因縁の相手だ。

 だけど、ティルダもまた、そうである事を知らない。知ってはいても、それで、彼女を優遇してくれはしねえでしょう。



「なんだァてめえは……」



 まあ。まあまあ。

 まあまあまあ。喧嘩はよしましょうよ。

 ねえ。ロキシー、その手はなに。

 爪を出すな。引っ込めろ。

 戦闘態勢に入ろうとすんな。



「ロキシー」



 彼女の名前を呼ぶ。

 沸騰しかけた雰囲気。緊張感が、緩む。



「彼女にも、魔王と戦う理由があります」


「あァん?」



 女王とは思えねえガラの悪さ。まあ。

 いいけどね。そこは。



「彼女は、被害者ですよ。貴女の兄の」


「…………!!」



 ロキシーは、僕の言葉に目を見開くと、ティルダを見た。相変わらず、ティルダは冷徹な殺意を瞳に滾らせている。

 ロキシーの威圧もなんのその。戦闘力そのものは、確かにロキシーには、劣るでしょうが。

 しかし、ティルダは絶対の意思がある。


 怨恨。

 或いは、怨嗟の塊。


 壊され、奪われた者が宿す色。


 それが、ティルダから渦巻いている。



「………………」



 ロキシーは、何事かティルダに云おうと、口を開く。



「~~~~ッッ!!」



 けれど。結局は、何も言葉が出てこない。

 何も。何一つ。

 魔王レオラグナとは、云わば、戦争大国ベオウルフの汚点。恥部だ。

 身内の恥だから。だからこそ、ロキシーとしては、自分達の手で、魔王レオラグナを討ちてえでしょうな。

 けど、それは。目の前の被害者に云えるような事じゃねえ。

 それが分かってんだ。だから、何も云えねえ。

 ロキシーは。諌める言葉も。

 慰めになる言葉も。何もかも。

 一切合切。

 権力者らしく。或いは、強者らしく、力ずくで、ティルダを黙らせる事が出来るとしても。

 それは、彼女から、復讐を取り上げる事だ。人生を奪われた彼女から、更に復讐まで奪う事じゃんすか。

 そんなん。そんなん、あまりにも。

 あまりにも、残酷でしょうが。そんなのって、ねえでしょうが。

 あんまりだ。あまりにも。

 あまりにも、あんまりじゃねえですか。これ以上、ねえってくらいに。



「…………」



 そして、ロキシーは僕を見た。少し。

 少しだけ、怨めしそうに。

 こういった流れに持っていった僕に対して、ロキシーは、やり場のねえ感情をぶつけたくなったのでしょう。



「……はぁ」



 ガリガリ、と。後頭部を掻きながら、ライカン族を統べる女王は、口から憂鬱を吐き出した。



「しょうがない」



 しょうがない、と。

 彼女は云った。しょうがない、と。

 それは、その言葉は、諦めであり、受容であり、許容。折り合い、だ。

 彼女は。

 折り合いを、付けた。一つの。



「ロキシー」


「分かってんだにゃあ。しょうがにゃい」



 ティルダ=ロベルタ・コレット・ジンジャーは、こうして、ロキシー=トラバルト・ベオウルフから、自らの意思を勝ち取った。








▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△






 復讐は、何も生まねえとか。死んだ奴は、そんな事、望んでねえだとか。

 そんなもんは、知るかよ。うるせえ、復讐させろ。

 ってのが、当事者の感情でしかねえって。

 後に、ティルダから聞きました。復讐は、自分の人生の為のものなのだと。

 慰めは要らない。癒しも、忘却も。

 復讐があれば、いい。それだけで。

 復讐の意思と、振り下ろす刃を掴む手だけあれば。

 僕は、ロキシーが敗北する姿だけは想像出来ねえのですが、この時ばかりは、彼女の敗北を目にしたのです。






▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△






 魔王暗殺。


 これを、完遂するのは、非常に困難を極める。不可能っつっても、過言ではねえくらいに。



「だが、ここへ来てスタンピードだ」



 客間にあるでっかいテーブルに、ディーンが、この街の地図を拡げる。



「今なら、魔王の戦力の大半は、スタンピードに費やされている。千載一遇のチャンスだよ、これは」



 今なら、魔王の首を狙える。

 逆を云えば、今じゃなきゃ、狙えない。

 あっさり、魔王が制圧出来るような規模の災害じゃないんだ。スタンピードってのは。

 下手したら、魔王レオラグナは、手勢どころか、自身がモンスターの波に呑まれかねない。

 逃げるのが、賢明なんすよ。普通ならね。

 普通なら、逃げる。魔王でも、逃げる案件。

 でも、我々は知ってんすよ。魔王レオラグナを。

 その、性質を。その、気性を。

 知ってる。奴は、逃げない。退かない。

 戦うでしょうね。十中八九。

 やる。絶対に。

 闘争という呪いに駆られた獣だから。


 実際問題、制圧は出来るのかも。貴族の数もさることながら、13騎士団という戦力が駐屯している今なら。魔王軍には、スタンピードに対応してもらい、精々、疲弊してもらいましょう。

 弱って、弱って、弱りきったところで。



「魔王レオラグナも前線に出るだろうからね。少なからず消耗している筈だ。

 そこを狙う」



 ────叩く。


 漁夫の利、という古い言葉があります。2つの勢力が争って、勝った方をぶん殴るのですよ。

 勝率を可能な限り、引き上げて。



「何にせよ、これから、我々は守りに入るわけだ」



 作戦決行となる日まで。

 その時まで、我々は、スタンピードの中を生き延びねばならない。

 狂暴なモンスターが、溢れるであろう魔王のお膝元でね。

 愉快な話だよ。全く。

 防衛に必要な資材や、薬品と食糧、武器も集めなきゃ。忙しくなるぞ。

 物資の枯渇が見えてくれば、他所から奪おうとする輩が出てくるのは、ダンジョン生活で分かってる。散々、見てきましたから。

 知ってます。


 グロリオサ商会は、特に狙われるでしょうね。常に、危険と隣り合わせ。

 上等ですよ。面白ぇじゃんすか。

 やってやるってんですよ。嘗めるな。

 僕は、人生の未来の為に。

 ロキシーは、人生の過去の精算の為に。

 ティルダは、人生そのもの。

 リナリエル嬢は、この機に乗じてコネでも作りてえってところでしょうか。

 ディーンは、僕とスレイマンの付き合いで。

 スレイマンは、妹の為に。

 誰もが。理由を背負ってる。

 何かしらの。それは、時に、譲れないもの。

 譲れないものを背負い、抱え、人は歩き、進み、生きている。

 戦っている。勝ち取る為に。

 戦わなくては。そうしなくては、意思を通せない時があるのだ。

 人生には。世界という舞台では。

 戦わないという事は、時に、相手に与えるという事。それは、相手からしたら。

 奪い取れるものだと認識されかねない。奪い取られぬ為には、やはり、戦うしかない時があるのだ。

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