【⑬ 八面ROCK'N'ROLL】
────燃やせ、燃やせ。憎悪を燃やせ。
憎悪を火種に、お前の焚火にくべてしまえ。
お前が自らの憎悪に呑まれてしまう前に。
すごろくゲーム【八面六臂】。
貴族のガス抜き、大衆の娯楽として、奴隷都市ジェイルに普及しているゲーム。プレイヤーは、逃亡奴隷であったり、大きなへまをした貴族の部下とか。
ゴールまで『生き残れ』ば、見事ゲームクリア。無罪放免だ。
ただ、こういったゲームの付き物で、『クリアした者は1人もいない』ってやつ。僕らは、磔にされたスレイマン達を放たれるモンスターから守りつつ、あがり……ゴールを目指す。
ゲームマスターを務める貴族が振ったサイコロの目に対応したモンスターと、止まったマス目によってはモンスターが追加される仕様。振っているサイコロが3つである事から、最低で1、1、1。
つまり、一回の振りで最低で3マス進む。進める数と、放出されるモンスターが対応してるのが、このすごろくの大きな特徴だ。
6が出れば、当然、多く進めるが、しかし、その分、放出されるモンスターも多い。だけど、1が出れば、楽というわけでもねえんすよ。
「1、1、3だ!」
オリヴァーの声が響く。入れ替わり、立ち代わり、檻が運ばれて来ては開く。
出てきたのは、トロルとオーガと……ホブゴブリン3体か。
「…………スレイマンの具合はどうだい?」
疲れた顔のディーンが、ティルダに問うが、ティルダもまた、暗い顔で首を振る。
「だめ。とても戦える様な身体じゃない。
私達が来るまでに、ずいぶんと痛め付けられていたみたい」
絞り出す様な声で、彼女はスレイマンの容態を告げた。
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「ねえ」
ダンジョンで出会せば、身動ぐようなモンスターの群れではあったけれど、飛び入り参加の魔法使いによって、なんとか窮地を突破した。
少し気だるそうに濃紺ローブの人が、僕を見つめる。
「魔力切れなったんよ」
かなり頼りになる魔法の数々でしたが、さすがに無限に撃てるわけがねえですもんね。
「分かりました。僕の後ろへ」
「おっ。嬉しいこと云ってくれるやん。
守ってくれるんや? ありがとねえ」
砲台に無限の弾と火薬が搭載されているわけじゃねえ。魔法ってのは、モンスターの塊を、時に一網打尽にしてくれる、非常に頼りになるものではあるけれど。
「…………」
ええと、飛び入りで参戦してくれたのはいいけど、なんて呼べばいい? 僕が言葉を詰まらせると、濃紺ローブの人は、くすくすと笑う。
「ヨルシカ」
ヨルシカ────と、名乗った人物は、ごそごそと、ポーション瓶を取り出すと、景気よく口に含む。
魔力回復のポーションだ。初めて見た。
「ヨルシカ=ロウェナ・バグマイヤー」
ふうん? ……ヨルシカさんね。
よし、覚えた。強力な魔法をぶっぱしてくれて、すげえ助かってましたから。
ヨルシカさんの事は、ガッツリ護衛しますよ。
「だめっ! 兄さん、まだ寝てて」
そうこうしていると、ティルダが声を荒げた。見ると、ボロボロのスレイマンが、立ち上がろうとしている。
ティルダは、せめて座るように声を掛け腕を引き、ディーンは立ち上がろうとするスレイマンに手を貸していた。
「まだ、寝てなよ。傷は浅くない。
分かるだろう?」
仕方なく、手を貸している風のディーンから見ても、今、スレイマンが身体を動かすのは、好ましくはないと判断している様だ。少なくとも、二人の付き合いは、そう浅いものなんかじゃないのだから。
友人が傷付き、無理をしている姿を見たくない程度には。ディーンは、スレイマンに情がある。
ぜえぜえ、と。息を切らし。
ディーンから予備の剣を借りて、それを杖に、なんとか立つ。満身創痍。
嬲りものにされた後だ。肋骨とか、折れてんじゃないのか。
たまに、膝から力が抜けてしまうようで、ガクリと身体が崩れ落ちそうになるのを、その度になんとか気力を振り絞り踏ん張っていた。限界だ。
どう見ても。
「…………」
スレイマンは、震える指で、垂れ幕のすごろくを指差す。
次の次のマス。そこは、貴族への挑戦のマスだ。
散々、モンスターを相手に戦わされる前半。後半からは、貴族との戦いが、このすごろくゲームには待っているらしい。
むしろ、ここからが本番。醍醐味とでも云わんばかりの。
「やり取りは少し聴こえてた。奴等は、スタンピードについては懐疑的なんだろ?」
ぽたりぽたり、と。地面に赤黒い染みが出来ていく。
「本来なら、こんな事をしている場合じゃないんだが…………こうなった以上、俺達が逃げ出すには、ゲームに乗った上で、スタンピードの混乱に便乗するしかない」
乗り換えっすな。それ。
それはもう。
「だが、それも貴族に囲まれてちゃ厳しい。すごろくの後半戦で、貴族をルールに則り、自然な形で始末するぞ」
敵戦力の低下…………か。
僕らのやろうとしている事は、奴隷都市の市民の見殺しだ。道徳としては、なんとかスタンピードを信じてもらい避難を促していくってのが、人としては正しいのだろう。
正しいが、しかし。最早、僕達にそんな余裕なんてねえ。
魔王レオラグナは、殺さなきゃなんねえし、その為にも、この都市からは無事に脱出して体勢を立て直さなきゃいけねえのです。
強欲なまでに。
欲張りに。
僕達は、多くを求める。
目の前の多くの命を見捨ててでも。
60点で満足出来るかよ。減点主義上等。
「へへっ。頑張ってんなあ」
上から、安全圏から。オリヴァーが話し掛けてくる。
「元貴族のスレイマンが、やっとお目覚めかあ? いいぜ、このゲームは寛容だ。
途中参加は歓迎するぜ────何せ、このゲームのプレイヤーである諸君には、少しでも長く粘ってもらわねえとよ?」
悪趣味なこって。
とことん。
どこまでも。
「それに、八面六臂は後半からの難易度がダンチでレベチだ」
「だが」と。
オリヴァーは声を弾ませる。
「リターンもでかいぜ。なにせ、貴族との戦いに勝てば、その度に、サイコロが6面から8面のものに変わる。
最終的に、8面ダイスが3個になるわけだ」
へえ。
今まで、最高の出目が18だったのが24になるわけか。まあ、3マス戻れとか振り出しに戻るのマスもでたらめに多いけど。
ボーナスのマス目で、ポーション獲得引けたら、望みはある。
「────ひひ、お陰様で大盛況だ」
奴隷都市の娯楽。住民達は、あと何回のダイスロールまで生きていられるか。
貴族を何人、殺せるのかを、賭けていた。いやはや、マジで。
悪趣味の極み。
「さあ、お前達も遠慮なぁく楽しんでいってくれよ? 踊れよ、振られた賽の如く」
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一体、幾つの檻を用意してるんだか。
貴族の部下が、忙しそうにモンスター入りの檻を運んでくる。運んでくるって事は、どっかで大量に飼育してる小屋でもあるんでしょうよ。
飛び掛かるワーグの身体を、二等分にしてやると、貴族の部下が、怨めしそうに僕を睨む。
「俺達の労力をなんだと思ってやがる」と云わんばかりに。流石に少し、申し訳ねえ。
つっても。
斬っても、斬っても。
叩けど、叩けど。
どんだけ、溜め込んでたんだよ。ってなくらいに、投入投下の勢いが、留まることを知らねえんだ。
満漢全席かよ。
「チグハグ」
「チクタク」
四方八方から、飛んでくる石礫を、僕の鉄パイプが叩き落とす。ゼベア&グアン戦では、きっと、ティルダの存在が必要不可欠になる。
グアンの魔法は、放っておくと、こちらが壊滅しかねない程、危険なものだ。
全体強化と、全体弱体化。バッファーとも呼ばれている、魔法の使い手。
そこで、輝き刺さるのがティルダの魔法だ。奇しくも、同系統の魔法ですよ。
2人は、戦闘開始から、全体強化と全体弱体化の魔法を掛け合っている。
これは、グアンを無力化したと云ってもいい程の効果です。30近いゴブリンやら、レッドキャップがお供ですからね。
これが、一斉に強化されていたらと思うと、ゾッとしますよ。そして、我々が一斉に弱体化されていたらとも思うと。
えげつねえ。きつい。
きついきつい。きついって。
ティルダいなかったら、詰んでたな。ティルダがいて、ツイてたよ。
「トランキル」
「!!」
こてん、と。ゴブリン共が、次々と、眠りこけていく。
バフデバフ合戦の合間の、魔法。
ティルダの魔法が、ゴブリンを眠らせたのだ。意表を突かれたグアンは、そこで、大きなアドバンテージをティルダへと渡してしまう。
「何をしているッ」
「!」
間断なく、ディーンへの牽制を向けて、決定打を打たせぬようにしてきたゴブリン共ではありますが、しかし、トランキルの魔法は、強制的に眠らせる魔法。もちろん、全てのゴブリンを眠らせたわけではありませんが、8匹いたとしても、半分か3分の1でも眠らせたら儲けもの。
減らしたそばから供給される取り巻きの数こそが、一番の強敵でしたから。取り巻きの大半を剥がされたゼベアが、グアンへと叫ぶ。
「お前もこいつらを眠らせるか、眠っちまった小鬼を起こすなりなんなり────」
「わ、わかってる────」
グアンが、そうゼベアに返そうとした時、彼は宙を舞うグアンの生首を見た。
仕留めたのは、ディーンとスレイマンのコンビだ。大量の取り巻き……その供給に一瞬の綻びさえあれば、西パノプティコンでは最強格だった2人に敵うものか。
「腕は落ちてないようだな」
「云ってくれる」
スレイマンが、ゼベアの首を刎ねたディーンに、言葉を投げつける。ディーンの方はと云うと、苦笑い。
片方が、ゴブリンやレッドキャップを引き付け、もう片方がゼベアを。立ち位置なんかで、たまに役割分担を変えながら。
息ピッタリじゃんすか。
「あの2人、なんだかんだで付き合い長いんだよ。試合で、何度か手を組んで、その度に生き延びて」
ティルダの言葉に、僕も頷く。
互いの動きが、互いを邪魔しない様にしていた。見事なもんだよ。
「【凍て雲溶かせ 獅子の涙が 土塊焦がす ぬくもり忘れじ】」
おっと。
お喋りしていると、ヨルシカの魔法が、グアンを爆発させた。相棒の生首を見上げていたグアンは、相棒とは異なる最期を迎えたわけだ。
ザマないね。
ハイオークというモンスターの仲間でありながら、魔王デュランの貴族として、成り上がり。その、魔王デュランという主を失った後は、魔王レオラグナに拾われ奴隷に。
そして、コロシアム崩壊後は、貴族に取り立ててもらった。端から見ると、鞍替えだよ。
「素晴らしい」
馬車の上で、オリヴァーが拍手をしている。
「そちらに元貴族が混じっているとは云え、この不利な状況で貴族を討つとは、大したもんだ」
奴隷狩人のオリヴァー…………この、胸糞悪いゲームの主催者。奴隷狩りの組織の長だ。
奴隷商人の元締めである、貴族クロックとは、また異なる役職の。こいつもまた、生かしてはおけない。
多くの人間を捕らえ、奴隷にしてきたし、多くの逃げ出した奴隷を捕らえもした狩人。
追跡の達人であり、狩りの達人。
「特に、ターバンの彼」
僕を指差すが、失礼だからな、それ。
「君の活躍が、最も目覚ましく、そして、勝利に貢献してるんじゃないかな」
余裕ぶりやがって。偉そうに。
「全体をよく見て、誰を守るべきか、どの攻撃が脅威なのか……その判断がよくできているし、よく動く」
今、ここで。なんとしても、殺してやりてえ。
頭に、この鉄パイプを。
全身全霊、渾身のフルスイングを、ヴチ込んでやりてぇんだ。
だって、こいつが居るから。どんどん、奴隷が世の中に、増えていくんだろ。
憎悪が、僕をシンプルな思考に塗り替えていく。
「まさに、八面六臂だったよ」
「うるせえんだよ」
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「────おめでとう」
死闘を潜り抜けた僕達に向かって、紙幣と小銭が投げ込まれる。馬車を見上げれば、複雑そうな顔で、オリヴァーが手を叩くのが見えた。
垂れ幕のすごろくには、僕らの駒が、全員揃ってゴールしていた。貴族はあと、オリヴァーだけ。
ギャラリーの反応は、称賛半分、もう半分がブーイングってところ。
「マジでクリアしちまうとはな」
「もう一勝負といきません?」
間髪入れずに、僕は、言葉を被せた。オリヴァーが、怪訝な表情を浮かべる。
「ああ? せっかく生き残ったのに、何ほざいてんだ。
さっさと失せろよ」
「見逃してやる」────そんな態度で、オリヴァーは眉間に皺を寄せた。
「いやいや、貴族の中であんただけ暴れてないでしょ? 無傷で、安全圏からへらへらしてただけで」
「はは。威勢がいいな。
さすが、ゲームをクリアしただけはある。ちゃんとトトカルチョから賞金も出してやるから、それを受け取ってとっとと消えろよ」
煽りが足りないか? 今、この場には貴族が奴だけになったけど、まだ、騎士団は健在。
こいつだけでも、仕留めておきたい。こいつに追跡されたら、逃げ切るのは困難。
出来れば、騎士団の介入がない状態で。
────始末してえんすよ。
踏み出す一歩。靴底が、存分に血を吸った砂利を噛む。
オリヴァーは、すでに僕を娯楽を提供する金蔓から、厄介な面倒事を持ち込む輩を見る目になっていた。
近寄る僕に、警戒はしているけど。
その警戒は、金をせびろうとしてる小悪党を見る目だ。どうやら、僕が喧嘩をふっかけているのは、もっと金をオリヴァーに吐き出させたくてやっているんじゃないのか。
そう、受け止められたらしい。
「──────……」
「あ? なんだって?」
観客達の喧騒のせいで、僕の声はオリヴァーに届く前に、かき消える。
僕が彼に近付くのは、ごく自然なこと。
「………………」
爪先が、ゴブリンらしき何かを蹴飛ばしたようですが、今はそんなものに構ってられない。一歩、一歩と。
距離を、間合いを詰めていく。
「ああ、くっそうるせぇな」
紙幣を数えていたオリヴァーが、不意に観客達の方へと顔を向けた。
歓声も喝采も野次も罵声も怒号もまるで号砲で。僕らの聴覚を、乱暴に殴り付けてくる。
耳障りだ。どいつもこいつも。
僕らの必死な戦いを、娯楽にしてた奴隷都市の市民も。その娯楽を、商売にしてる目の前の男も。
憎悪とは、理不尽や不条理を押し付けられ、それを受け入れず、押し付けられたものを、相手に叩き付け返してやろうとした時に芽吹くもの。
激情であり衝動。
行為への原動力。
動機の種火。
…………でも、罪悪感への誤魔化しでもあるのかもね。今、この場で、見捨てちまう命への。
「…………────ああ!?」
血飛沫も、悲鳴も。それは、爆発するかの如く。
起きる時には、一瞬で。その異変に、最初に気付いたのは、騎士団連中。
「なんだあ?」
近衛騎士達が集まった場所に、オリヴァーも意識を向けて、僕から、目を逸らした。綻び、である。
斬りかかったところで、反応されていたよね。きっと。
予感はしてた。でもね、だったら、反応出来ない瞬間を狙うまで。
その瞬間が、必ず来ると分かっていたから。
僕は、狙い澄ますんだ。
その、隙間を。一瞬を。
僕達が、こうしてすごろくに付き合わされてる間、その足音は近付いてきてた。ゴブリンや、オークの様子がおかしかったっすからね。常に世話をしていたであろう、兵士でも、ちょっと今日は気性が荒いな程度の認識でしたでしょう。
そんなもんでしょうよ。
だって、なんとなく、いつもより狂暴に見える程度なら。そんなもん。
致命的でしたが。
「なんで、街中にこんなにモンスターが溢れてんだ……?」
スタンピードだよ。お前が、斬り捨てた男が、ずっと訴えていただろ?
『もしも』や、『万が一』が起きるのが世の常だ。後学になったか?
オーライ。ぶち殺す。
市民に飛び掛かり、首の肉を食い千切るゴブリン。逃げる市民の背中に、深々と斧の刃を沈めるレッドキャップ。
市民を襲うモンスターを槍で突き殺そうとした兵士の脚に噛み付き、引き倒すと、そのまま暗闇へと引きずり込むワーグ。
まあ、見ての通り、見たくもない光景なわけだけど。待ってた。
この時、このタイミングを。目の前で直面する現実としての。
スタンピードだよ。武器を抜き、或いは、魔法にて、応戦する者がちらほら。
そう、呆けてる場合じゃねえんだ。戦って殺さなきゃ、喰われるだけ。
切り替え、戦い始める市民と兵士達。だけど、この数だ。
どんどん、奥から押し寄せてくる。ダンジョンから、溢れちまったケダモノ共が。
押し留められるとしたら、それこそ、魔王級の武力でも、必要になってくるんじゃねえですかね。────近衛騎士と、13騎士団員が、一斉に、モンスターの波へと飛び込む。
「くそっ」
あんたはどうかな?
奴隷狩人のオリヴァー=トレヴァー。彼は、個人の武力が、あんまり高くない事を自覚した貴族だ。
流石に、そこらのチンピラには負けねえでしょうがね。それでも、彼が強いのは、貴族として自身の徒党を率いているからです。
そして、常に他の貴族の近くにいる事。後ろ楯のようなもん。
矢面に立つだけの武力も、そんな度胸もねえ。金をばら撒き、大勢の部下を従え、腕の立つ貴族と友好関係を結んでるからこそ、オリヴァー個人を討つのは、難易度がクソ高けぇんだ。だから、すごろく遊びに乗じて、あんたの手札を吐き出させてもらったよ。
部下は、金で代えが利く。
取り入った貴族も、また探せばいい。
ゲームでギャラリーが熱狂して、金を投資してくる。その空気、熱を。
冷まさせたくなったんでしょ?
だから、止まったマス目で、自分の部下を遠慮なく、僕らと戦わせた。
僕らも、『勝てる』雰囲気を出す為に、息切れしてましたし。実際、超絶悶絶息苦しかったのだけれど。
取り巻きの部下という手札を失い、取り入った貴族仲間までいなくなった。そして、あんたの近くにいた筈の、13騎士団の連中は、スタンピードで離れちまった。
「…………あ?」
もう遅い。僕の鉄パイプは、オリヴァーの首に押し付けられていた。
状況に動揺し、混乱し、迷い……そうしているうちに、自分の状況に気付き。その時には、チェックメイトなんだよこの野郎。
「……くそ、油断してたわけじゃねえのに」
でしょうね。オリヴァーは、驚いてもいない様子で、憎々しげに、僕を睨む。
「何か仕掛けてくる。そんな腹積もりの奴は、目を見りゃ分かる。
今のてめえみてぇにな」
スタンピードによる混乱がなければ、僕の奇襲に対応出来ていた。オリヴァーは、そう云っている。
僕も、そう思う。流石に、疲弊しきって、パフォーマンスが落ちたこの体じゃ、ね。
無理でしょうなあ。その上で、オリヴァーは、警戒までしてたんだ。
僕が、仕掛けてくるって。警戒心の高さも、強さも。こいつの、手強さ、厄介さを構成する要素の一つってわけで。
「あ~あ、つまんねえ幕引きだぜ」
「英雄的に死ねるような人生だったとでも?」
「……ま、そりゃそうだ」
強かに、この時代を立ち回ってきてたんでしょうがね。
「────やれよ」
僕を睨んでたオリヴァーの表情が、緩くなる。怒りも悲しみも。
その、どちらでもない。諦め、だ。
在るのは、諦観。
「はいはい、と」
僕は、鉄パイプをオリヴァーの首に滑らせた。
有刺鉄線がたっぷりと巻かれたそれは、オリヴァーの首の肉をこそぎ取る。まるで、肉食獣の舌じゃんすか。
やけに。生々しく。
やけに。重々しい。
重苦しい、手応え。噴き出し、撒き散らされていく血液。
そして、断末魔すらも吐き出せずに噎せ返り、崩れ落ちていくオリヴァーの絶命の音。
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「本当にあの状況から生還出来るなんてね」
荷台から顔を出す、ヨルシカさんとトゥランメルさん。
「ヘクちん、ほんとーに一緒に来ないの?」
エルフとは到底、思えねえような、筋肉質なごつい腕が伸びて、僕の頭を撫で回す。
「なんですか、もう」
あまり、嫌じゃねえから、僕はそれを、抵抗せずに受け入れる。
「頭を撫でられて喜ぶような年じゃありませんよ」
「あははー、知ってる。でも、もう少し」
「もう少しだけ」と、彼女は名残惜しそうに、僕の頭を撫でるのだ。
「ふふ、長命種特有の、別れの挨拶のようなものなんよ」
ヨルシカさんも、僕の頭に手を乗せる。そして、フードを降ろす。
「おやまあ」
茶褐色の肌と、暗褐色の瞳、そして、まるでエルフ族のような、鋭く尖った耳。これは────この特徴は、メイフェム族だ。
或いは、闇エルフ。
初めて見た。
「君のような短命種は、私達のような長命種とは、生きる時間の歩みが違うけね。やから、こうしてさ、君の頭蓋骨の形を覚えようとしとるんよ」
なんか、怖い。
「君が骨になっても、私達の掌は、君の頭蓋骨の形を覚えとおけんさ」
なにその、カジュアルな死生観。
「またね」
トゥランメルさんは云う。別れの儀式に、別れの言葉を添えて。
エルフの里では、された事はなかったな。あれは、僕が必ず帰ってくるものだと考えてくれていたからなのかな。
「ええ、また」
またね、か。人生のスパンが違う種族同士だもんな。
でも、それでも、だからこそ、なのか。
人は言葉に願いを込める。別れの最後に、また、いつか。
また、どこかで。ってさ。
頭では、これが今生の別れと思っていたとしても。
トゥランメルさん達を乗せた馬車の車輪が、ゆっくり回り出す。
がらがら。がらがらと。
捕まっていた皆を連れて、モンスターから逃げ回り、なんとか都市を囲む壁の近くにある馬小屋へ。そこに辿り着くと、共闘してくれたヨルシカさんとはお別れ。
ここまで、一緒に戦ってくれただけでもありがてぇってのに、非戦闘員の皆に同行してくれるんだと。
「君達が、なんでまーだここに残るのかは知らんけどさ。まあ、元気でね」
ヨルシカさんは、名残惜しそうに云う。
十分に付き合ってくれたし、なんなら、自分がこの都市から脱出するついでに、トゥランメルさん達の護衛までしてくれる。これ以上、何も望む事なんて、ないよ。
小さくなっていく馬車。このまま、あの馬車は、門から脱出していく筈じゃんすか。
モンスターが、この都市中に、ギチギチのギッチギチになるのに、まだ少し時間はあるでしょう。モンスターへの対処は、魔王側に頑張ってもらうとして。
僕達は、この都市に潜伏して、魔王側が疲弊するのを待つ。
当座の行動指針は、そんなところ。
「行きましょう」
僕は、振り返り、残った仲間達へと声を掛ける。スレイマンの表情が険しい。
身体が痛むのでしょう。ティルダが、肩を貸したくてそわそわ。
お兄ちゃんとしては、意地でもそれは出来ねえってところでしょうか。そこはもう、素直に借りとけよ思いますが。
「そうだね。我々には、身体を休め物資を補給出来る拠点が必要だ」
ディーンが上手く話をまとめた。正直、この人がまだ付き合ってくれるのが意外。
別れるとしたら、ヨルシカさん達と一緒に、さっきの馬車に乗り込むタイミングでした。それを、むざむざと見逃すとは。
人が良すぎやしないかい? こっちは、助かるんだけどさ。
「では、当初の目的地に向かいます」
△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼
「にゃんだあ、お前。久しぶりじゃにゃあか」
グロリオサ商会。
そこは、まず最初に、我々が目指していた場所でした。アンギル族の、リナリエル嬢が、そこにいる筈と思い、訪ねたわけですが。
都市の街角から、飛び出す巨大ネズミやら豚やらを処理しながらの移動は、楽なもんじゃなかった。でも、貴族と騎士団、そして、魔王によって、モンスターのラッシュはとりあえず最初のものより落ち着いてきている。
都市内部の目立つ要所には、市民が自主的にバリケードを築き、要塞化してましたね。すげえ戦闘の民っぽい。
ガチでやり合うつもりじゃん。
そんな感じで、宿屋やら銀行やら。
要塞と化した施設を見て回った我々の目の前に、ついにグロリオサ商会が。そこに居たのは、リザード族の団体とライカン族の団体。
見たことあるなこれ。なんて思っていると、僕達の存在に気付いたライカン族の女が、僕に反応を示す。
つか、なんだ。知ってる顔を見た反応だな。
一目見て、僕だと気付く。そんな反応。
僕が誰だか分かってる奴の。そんな反応。
「ええと」
するりと僕との間合いを詰めて。ライカン族の女は、鼻をひくひくさせた。
猫みたいな身のこなし。そして、距離感バグってる。
「離れるのでありますよ!」
リザード族の…………巫女装束の戦士が、後ろから槍を振って、ライカン族の女を追い払う。
「マーズ」
僕は、彼女の名を呼ぶ。
リザード族の誇り高き戦士。顔を見るのは、ずいぶん久しぶりなんじゃないかって思う。
リナリエル嬢の食客というか用心棒というのか。護衛。
2年前くらいに、一緒に魔王と戦った仲間だ。
「きっと生きていると信じていたでありますよ」
死にかけたけどね。コロシアム崩壊の後は、ずっと生死不明のまま、半年だ。
それでも、この都市を離れなかったという事は、僕が生きていると本気で信じてくれていたっつー事かな。
なんか、リザード族さんの数が増えてっけど。
さて。
それで。
僕は、ライカン族一行を見る。
先程、僕の匂いを嗅いだ女性が先頭に立っている。彼女が代表かな。
僕を知っているライカン族。そして、あの喋り方。
僕は、彼女の名前を2年ぶりに呼ぶのでした。
「久しぶりっすね。ロキシー」
ロキシー=トラバルト・ベオウルフ。
百獣の魔王レオラグナの妹だ。
「にゃっはっはー。久しぶりにゃあ、ハラバ」
明らかに2年前より戦士の身体に成長した彼女がそこに居た。




