不条識な狼の理73
♗73
状況が少し落ち着いたのは次の日になってからだった。
大きい街の病院だからなんとかなるだろうと思ったら甘かった。もともと病院行かないキャラなのと、こっちに来てからの医療の在り方というのを完全に舐めてかかっていた。というか、歩の診療所の時点で気付くべきだったんだ。
この世界。医療が全然進んでない。元の世界大和国の感覚で、このくらいの怪我とか病気ならって感覚が全然通じない。なんなら輸血用の血が足りないって言われる始末。ヒカミが偶々キアラと同じ血液型だったみたいで難は逃れたけど、十分な血液パックすらないって。
キアラはまだ起きなかった。
心拍数とか呼吸とか諸々安定してるから、そのうち起きるだろうけどって話ではあるが、問題はあった。
「視神経の培養してないってどういう事?」
ハクスイは執刀医に詰め寄っていたけど、そういう事らしい。
ハクスイ救出の際、左目に致命傷を負ったキアラはもう隻眼として生きていくしかないようだ。
この世界の仕掛け事体、元は成人前の魂がこっちに呼ばれて、それでこっちで二世三世と繁栄しているだけなのだ。つまりたかだか百年とかで、当時子供の知識だけ今の大和国の文明と同レベルでものが語れる筈は無いのだ。インターネットや飛行機が存在しない時点で気付くべきだった。その辺一番察しが良いヒカミが一年間も寝ていたというからついつい発想が追い付かなった部分もある。ハクスイに至っても記憶喪失が足を引っ張って、記憶は無くても知識はあるわけだから、それがこっちの世界で通用する知識なのか、大和国でしか通用しない知識なのかは自己判断は出来なくて当然だ。
「助けてもらった身でケチつけて悪いけど、なんであの時、ヒカミじゃなくて亜美さんが助けにきたの?」
正直いって、キアラの目がヤバいという話なってから、完全にヒカミに当たり散らしてる感じだ。
「ああ。なんでだろうな。昔のおれだったら絶対におれが行くって言ってキアラさんの意思も尊重しなかったんだろうけどな。人の気持ちを考えないで結果論だけで物事を考えて。でもな、多分そんな考えでいるうちはこの世界はクリアまで辿りつけない。そんな気がしてきてな。」
「言ってる意味。全然解らないわ。」
「そうだな。おれも分からねえ。」
ハクスイが変なのは分かるけど、ヒカミが変、というかこの悩んでる感じはなんなんだろう。
「なあハクスイ。二場三命の話。どこまで知識として残ってる?」
「記憶に残ってるというかは、亜美さんと再会してから、ある程度の知識は貰ったわよ。」
「じゃあ。この世界のは常識は通用しない通用するのは条理のみって言葉覚えてるか?」
「何それ、条理って、」
ハクスイが何かを言いかけて噤んだ。
「佐竹羨望。」
うう。昨日救出前にヒカミと話したなんとなくの第三者の干渉で佐竹の疑った事を思い出す。やっぱりアイツもかかわっていたのか。
「なんだ会ったのか?」
明らかに動揺した表情でハクスイは語り出した。
「昨日。誘拐された時に、あの男にボコられる前に佐竹と話したわ。
木皿亜美とシバカワキナミのクリア率が異常に高いから妨害工作に出たって。」
妨害……?
「佐竹はクリアをさせたく無い側……」
ヒカミが露骨に難しそうな顔をする。
「条理。対価。延命。呪い。魂を数値化。願い。あと少しなんだよな。もう少しで解けそうなんだ。」
ヒカミがブツブツと独り言に喋る中。突然ハクスイは帯を取って、着物を脱ぎだした。
えっと、いくら今この病室にあたしたちと寝ているキアラしかいないからって、どうして急に脱ぎだしたんだろう。
『えっ、ハクスイ急にどうしたの?』
「背中見て。」
あたしとヒカミの背を向けて、サラシまで外した。
「昨日佐竹に何かされたのよ。目隠しされたままだったから何をされたか解らないけど。」
ハクスイの背中には傷痕があった。殴られたとじゃなくて、背中をバックりと何か刃物で切られたような傷なんだけど、何が変って綺麗に縫って治癒した痕なのだ。その何かをされたというのは昨日の話なのに。
「この一年、おれたち会う前に背中切るような怪我はしてないよな。」
「ええ。覚えは無いわ。最初に記憶が始まった時に、背中に擦り傷があったのと、頬に切り傷があったぐらいよ。」
「だとしたら、背中には妙な古傷があるな。昨日なんかされた割には、昨日から今日でこんな治り方と言ったら違和感しかない完全な治癒痕だ。君は覚えてるかどうか分からないけど、初めてキアラさんと会った時にもキアラさんにもあったものだ。」
という事ははやっぱりキアラも、シキもそして、今ハクスイも……待ってさっきハクスイが言ったシバカワキナミって……シキの事なのでは?
聞こうと思ったけど、キアラが寝ている今聞いても意味ないとすぐに分かったので今はまだ言わないでおく事にした。
「そう。やっぱり何かされたのね。それだけ解れば良いわ。」
ハクスイは言いながらサラシを巻き直して、着物を着たけど、あたしは佐竹の謎の傷だけじゃなくて、昨日の暴行の痣が気になって仕方なかった。人間って沢山殴ると本当に皮膚が青と黄色になるんだなあって。痛くないんだろうか。あんなにボロボロの身体してるのに。
「まだ二人は病室にいるのよね。」
『ヒカミ次第だけど、もう少し待ってみようかな。起きたら聞きたい事もあるし。』
ってもあたしの聞きたい事はそのシキの本名がシバカワキナミなのかって事だけなんだけど。
「ちょっと私、短期で仕事するから、出るわ。明日また来る。」
病室を出ようとしたハクスイをヒカミが止める。
「おいおい。短期の仕事ってその痣塗れの身体で何するつもりなんだよ。」
「この見た目だからこそ高く売れる場合もあるのよ。」
冷たく言い放って、ハクスイは出て行ってしまった。短期でその身体で高く売れるって。
「ったく。記憶無くても、本当にハクスイのまんまだよ。向こうにいた時から少しも変わってねえよ。」
って事はまあ、またいつも通りロクな商売じゃないって意味で。
ヒカミも苛立った態度で病室を出ようとする。
『え?ヒカミもどっか行くの?』
「小便してくる。」
前から思ってたんだけど。この人もっと女らしい言葉使えないんだろうか。
そう思ってたら、トイレの方から盛大に物音がした。もう今度は何って思って、ヒカミを呼ぶけど返事はない。
『ヒカミ、どうしたの?』
マジで返答無い。個室のドアは閉まってる。
ちょっと申し訳ないと思いつつも、今トイレにはあたしとヒカミしかいないので、あたしは個室のドアに上って、上から覗いてしまった。
『……あ。』
尻を出したまま無様な姿でヒカミは倒れていた。




