Act.8 王都帰還
リハビリがてら久々の更新です。
よろしくお願いします。
大陸において中位にあたる国リューテンベルグ王国。
国土は大国と比べ広大ではないが、豊かな自然と上質な鉱石や宝石、魔石がとれる鉱山をいくつも保有するリューテンベルグは、財政豊かな国である。気候も穏やかなため、農耕も盛んであり、財政の後押しをしていた。
周辺諸国は、起伏のない穏やかで先行きも明るいリューテンベルグを、春の陽射しのような穏やかな国、春陽の王国とも揶揄する。
そんなリューテンベルグの王都へと続く門は、にわかに慌ただしかった。
ロープで両手を縛られたならず者たちが、兵士たちに引き立てられている。城下町の人々はその様子を遠目から興味津々な視線を送っていた。
だが人々の視線はならず者たちから、すぐに兵と話す人物へと移る。
その者がならず者たちを捕えてきたのだろうと、誰もがすぐにわかった。
その者は、有名な二つ星の、万人が認める美しき女冒険者だった。
長く緩い癖のあるピンクゴールドの髪は、日光に反射し淡く輝いていた。女神のように整った美しい顔立ちには、磨き上げられた宝石のようなシアン色の瞳が嵌っている。
兵よりも頭一つ分低い、華奢な肢体。とはいっても、それは男と比べればというだけで、贅肉のないスラリとした手足やくびれ、大きすぎず小さすぎない胸や尻は、男の欲望を刺激するには十分だった。
男からの視線を感じているのか、女冒険者は、決して視線をそちらに向けない。だが無表情な彼女の薄紅色の形のいい唇は、彼女の気持ちを代弁するかのように歪んでいる。
「では、あとは頼みます」
「はっ」
彼女の言葉に、兵は真面目な表情で敬礼をしたが、その頬は紅潮していた。
彼女、本名リシュフィー・ストラクス。冒険者ギルド登録名フィーリは、内心嘆息し踵を返した。背中に兵の熱い視線を感じたが、それはあえて無視する。
(だから、王都や町は嫌い……)
フィーリは内心愚痴る。
フィーリにとって、男たちから向けられる欲の籠った視線は、悲しいことに日常的なことだった。もちろん同性からの嫉妬の籠った視線も。特に王都や大きな町は住人も多く、比例して己に向けられる視線も多い。
もちろん自意識過剰ではないか、と思う時もあった。否、そう思いたかったが、フィーリには多くの神々から『祝福』が授けられている。
その中には美を司る女神の祝福もあり、そのせいで己の容姿は人を惹きつけるものだと、フィーリは生きてきた年月で、否応にも理解していた。
全ては己に宿る『祝福』のせいであり、彼らに罪はない。そう思わなければ、フィーリはやっていけないほど、ある意味諦めていた。
そんな彼女に、首元からぬっと出た白い尾が、慰めるように彼女の頬を叩く。
そして鎌首を上げたのは、白い蛇……人型から通常の蛇のサイズに戻ったオルだ。
気にするな、とペシペシと尾で頬を叩く。
フィーリは擽ったそうに、ふわりと微笑み、肩を竦めた。
その微笑みに、周りの兵や見物に来ていた人々が、感嘆のためいきを漏らす。
「ストラクス様、いつもご協力ありがとうございます」
「隊長さん」
そんな彼女に、話しかけたのは一部隊を預かる兵隊長だった。
四十代の隊長は、フィーリに邪な視線をむけることはない。もともと彼は、フィーリが幼い時からの知り合いだった。
隊長がフィーリに話しかけつつ、さりげなく厳しい視線を周りへ向けると、フィーリの微笑みに見とれていた兵たちは、慌てて視線をそらし己の職務へと戻って行った。
そんな彼に、フィーリはやや苦笑を漏らす。
「隊長さん、いつも言っていますが、私は一冒険者ですし年下ですから、様付けなんてしなくてもいいですよ」
「そうはいきません。あなたは我が国の優秀な二つ星の冒険者なのですから」
隊長は真面目な顔で首を横に振る。
「むしろストラクス様こそ、私に敬語は不要です」
「年上の方に敬語を使うのはあたりまえですよ」
その言葉にフィーリが今度は首を横に振った。日本人だったフィーリは相手にもよるが、自然と年長者への対応も自然と敬語になってしまう。
ここまでが、いつも彼とのやりとりだった。
「今日は、とりあえずギルドへ寄ってから帰ろうかと、思っています」
フィーリの言葉に、何か言いたげな表情になる隊長。そんな彼にフィーリは首を傾げてみせる。
「? なにか?」
「……できましたら、王城へも行って頂くことはできませんか?」
申し訳なさそうに隊長が言った。
「私も報告しますが、ストラクス様に直接ご報告して頂いたほうが、迅速な対応ができるかと」
辺境での獣人族の奴隷狩りが行われていたことは、既に隊長には報告済みだった。
リューテンベルグでは、許可のない奴隷売買は違法とされている。またそれに関して、いろいろ後ろ暗いことがありそうだと睨んだフィーリは、隊長にすぐ対応した方がいいと報告をしていた。報告というよりは、全てを押しつけようとしていたのだが、本音である。
「……そのあたり、まだ改善してないんですか」
これだからお役所仕事は、とフィーリはじと目を隊長に向ける。
前々から、連携が悪いと注進をしていたのだが、やはりそこはお役所。かいぜんは遅々として進んでいないようである。
「面目ない」
そう言う隊長に、フィーリはため息をつく。そんな彼女に、オルの白い尾が慰めるように、彼女の頬をペチペチ叩いたのだった。
ならず者たちを隊長に預け、別れたフィーリは、当初の予定通り、冒険者ギルドへと向かった。
ちなみにならず者たちにかけていた『呪い』は、既に解いてあるが、あえてそのことは伝えていない。そのほうが大人しく言うことを聞くだろうし、奴らがやってきたことに比べれば、それぐらいの恐怖は与えても問題ない。
フィーリは冒険者ギルドの建物の扉を潜る。
冒険者ギルドは、ギルド兼冒険者の溜まり場となっているため、昼間は賑わっている。
冒険者たちは、フィーリの前世の世界でいうところのフリーターだ。彼らは仕事の依頼を受けるのも、受けないのも自由。そのため壁に掲げられた掲示板に張り付き依頼を吟味する者や、ギルドに併設されている食堂兼酒場で、昼間から酒を飲む者など様々だ。
賑わうギルド内をフィーリは進む。途中、酔った冒険者がからもうとしたが、その仲間が相手がフィーリだと知ると、慌てて酔った仲間に拳骨を喰らわせて、物理的に黙らせたりとあったが、フィーリは問題なく、ギルドの奥、受付カウンターに辿りつく。
「あ、フィーリ、おかえりなさーい」
受付に座っていた薄茶の髪おさげにした少女が、フィーリの姿を認めてにっこりと笑った。
ただ少女の耳は長くとがっていて、それが人族ではないことを示している。彼女は魔法に長けたエルフ族だった。見た目は少女だが、年齢はフィーリの五倍以上である。だがそのことについて、指摘する者はギルドにいない。皆、命は惜しいのである。
「ただいま戻りました、ギルド長はいますか?」
「奥のギルド長室にいるよー」
そう言って奥への扉をさす彼女に、フィーリは頷いて足を進めた。
ノックをしてはいると、煙草の匂いに、フィーリは思わず手で鼻と口を覆う。
「お、フィーリじゃないかい。どうしたんだい?」
扉が開く音に気がついた部屋の主が、彼女を呼んだ。
フィーリが視線を向ければ、椅子に胡坐をかいて座り、煙管を加えた女が、にやりと笑っている。
波打つ豊かな紫紺の髪、猛禽類を連想させる鋭い眼光の隻眼、浅黒い肌に豊満な肉体のフィーリとは違った、妖艶な色香を漂わせる女傑エヴ。
彼女は女だてら、リューテンベルグ王国の冒険者ギルドを仕切るギルド長であり、フィーリの冒険者としての師匠でもある。
「師匠」
フィーリが眉間に皺を寄せる。
「どうした、じゃないです。またいろいろ謀りましたね?」
「あら、あたいにはなんのことやら~」
「とぼけないでください」
煙管に口をつけ視線を逸らすエヴに、フィーリは鋭く追及する。
「だいたい、国の端っこの迷宮情報が、王都に届くなんて変だと思ったんです」
王都以外にも、冒険者ギルドは存在する。本来ならまず近くのギルドに情報がいき、現地の冒険者が対応するのが常だ。直接エヴから打診を受けたとき、フィーリはやや違和感を持ったが、それでも出向いた。
「でも迷宮はあったんだろ? よかったじゃないか!」
紫煙を吐きつつ、豪快に笑うエヴに、フィーリは胡乱気な視線を向ける。
「私が欲しいものはありませんでした」
「それは運がなかったねぇ、残念残念」
残念残念といいつつ、まったく残念そうに見えないエヴ。それに苛立ちを覚えたフィーリは恨みがましく口を開く。
「ついでに、獣人族を狩る悪党もいました」
「おやまぁ、それは一大事。もちろんそいつらは捕えたんだろ?」
フィーリは黙り込む。その様子が是と答えているようなもので、エヴは愉快そうに膝を叩いた。
「さすが二つ星冒険者、フィーリさまさまだ!」
「何が、さまさまですか」
ふう、とフィーリはため息を漏らし、あきらめたように首を振る。昔から、フィーリは口で師匠に勝てたことはない。
ただ下手に誤魔化したり、嘘をついたりしないことを知っているため、フィーリは信頼する数少ない人の一人だ。
「で、これは誰からの情報だったんです?」
フィーリの鋭い視線でエヴを射抜く。
「もう予想はついてるんだろ?」
だが年長者の余裕か、エヴはその視線をニヤリを笑って交わした。
「……やっぱり」
ひくり、とフィーリの口角が上がる。。
「ま、文句は本人にいうことだね」
そんな愛弟子の様子に、エヴは肩を竦め、再度煙管に口をつけたのだった
転生乙女の第二部スタートです。
第二部ではフィーリの家族や子供時代から学生の話とかもいれていけたらな、と思ってます。
またタグ通り逆ハーな展開に……なるといいな(希望)
テンプレイケメンでてくるよ!たぶん!きっと!
忘れたころにやってくるマイペースな更新になりますので、よろしくお願いします。
楠 のびる
2016/07/02