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5話 カフェオーナーの話3

 彼女の笑い方が、ほんの少しだけ硬い日があった。

 視線が合う回数が減り、いつもより滞在時間が短い。

 

(気づいてるな)

 

 焦るな、と自分に言い聞かせた。

 

 その日、彼女が何気ない調子で言う。

「最近ちょっと、新規開拓したいなーって思ってて」

 心臓が一拍大きく跳ねた。

 でも顔は変えず、いつもの笑顔を保つ。

「いいですね。気分転換になりますよ」

 声は穏やかに発して焦りを見せるな。

「この辺で探しますか?」

「うん、いろいろあるし悩んでる」


 ただのオーナーならここで止めるのが正解。

 でも。

 

「もしよかったら……二駅先に、雰囲気ちょっと違う店があるんです。Hasta pronto.(アスタ・プロント)っていう店で」

 

 自分の系列をおすすめする。彼女にはまだ言わない。

 

「甘いもの好きなら、あそこは当たりかも」

 彼女の目が少し明るくなる。

「へぇ、知らなかった」

「まだあまり宣伝してなくて」

 これは嘘ではない。実際宣伝は控えめにしている店だった。

 でも意図はある。

 逃げ道を作るふりをして自分の手の届く範囲に留める。

 彼女はスマホで店を検索しているようだ。

「行ってみよっかな」

 胸の奥が、わずかにザワつく。

 

(行くな、とは言わない)

 

 そんな事言えない。言わない。言える立場でもない。

「感想、聞かせてください」

 それだけを彼女に言うのがせいぜいだった。

 

 それから、彼女の来店頻度が明らかに落ちた。

 週一が、二週間に一度。

 来ない日でもいつもの週末はカウンターの端は誰も座らせない。


 さすがにスタッフに言われた。

「この席、案外人気ですよ?」

「…今日はいい」

 不自然なまでに彼女の影を追ってしまっている。

  

 夜、閉店後の静かな店内を見渡し、いつもの端っこの席で目が止まる。

 彼女がいない空間は、妙に広く感じた。

 

 PCを開き、別店舗の売上報告を見ていく。

 彼女がLa Pace (ラ・パーチェ)を訪れる時間帯の客数を、無意識に確認していた。

 彼女が訪れたかなんて数字じゃ分からないのに。

 心がざわめく。他店を自分が勧めたというのに。

 

 それでも、La Pace (ラ・パーチェ)の扉は、開かない。

 今は彼女が来たときのために豆の調整を考えている。

 

 近づきすぎたか。

 不自然に接してしまったか。

 怖がらせてしまったかもしれない。


 それでも、確信がある。

 きっとここに戻ってくる予感がする。

 なぜなら彼女にとっての“最初の安心”は、ここだから。

 焦らずただ、待ってればいい。

 カウンターの端を空けたまま。

——彼女が、自分から戻るまで。

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