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閑話 カフェオーナーの昔

 俺は自分で言うのもなんだけど、容姿が整ってる方だと思う。

 日本人の平均身長より10cmは高い身長、中肉中背、スポーツも勉強も平均以上で出来る。

 人付き合いだって得意だ。

 だからか学生の頃から女性に困った事ってなかった。 

 

「あなた、何考えてるのか分からない」

「ちょっと怖いよ」

「私のこと、大して好きじゃないんでしょ」

 

 過去、一緒にいた女性達はみんなそう言って離れていった。

 可愛いな、とも思ってたし俺なりに大事にしていたと思う。もちろん女性に対する性的な欲はある。

 でも心のそこから湧き上がるような衝動ってのはどんなものなのか理解ができなかった。

 だから別れ話になっても「わかった」の一言で終わり。

 よく考えたら酷い奴だったと思う。

 何に対しても常に“一定” 。

 腹がよじれるほど笑ったり、声を荒らげて怒る事も、なにかに対して必死になることも無い。

 俺自身を一言で表すならそれだった。


 あの日までは。


 俺は当時務めていた会社の上司と長いこと折り合いがつかず、ずいぶん疲れていたのだと思う。

 いっそ仕事を辞めてしまうか…いや、まだ出来ることがあるのではないかと俺にしては珍しく悩んでいた。

 

 そんな時に入店してきたのが彼女だった。


 ふと目が合った時、身体に電流が走ったような感覚になった。

 キリッとした目元にとおった鼻筋、桜色の唇、綺麗に手入れがされている長い黒髪。

 今思えば一目惚れ、というやつだ。

 彼女から目が離せなかった。

 

「...なんか、顔色悪いですけど、大丈夫ですか?」

 

 と、凛とした声が響く。

「...いえ、大丈夫です...ちょっと、仕事が行き詰まってて...」

 俺はかろうじて声を出す。

「そうですか、大変ですね」

 そう言って視線が外れ、彼女はコーヒーを一口飲む。


 衝撃と、悩みと、自分の中に初めての感情が渦巻いていた。

「……意味あるのかな」

 独り言のつもりでポツリと漏らした一言。

 でも彼女は、少しだけ横を向いてその言葉に笑って応えてくれた。

 

「自分で選んだ道なら、意味なくても悪くないんじゃないですか?」


 たったそれだけ。


 感情がこもってる訳でもない、ただの会話。

 きっと他の人が聞いたって「そうですね」で終わる会話。


 でも俺はその言葉に救われたのだ。

 人生をかけても良いと思える程に。


 それからの俺はすぐに仕事を退職、バリスタの修行、起業、開店、系列店立ち上げ、全て精力的にこなしていく。

 俺自身、こんな衝動的な行動が出来た事にも驚いた。

 あれから何年も経ったが、あの駅前の喫茶店での出来事は鮮明に思い出せる。

 彼女への思いはどんどん募っていく。

 起業をし、カフェのオーナーになった事はいつか彼女との再開に繋がると信じての行動だった。


 仕事もしっかり軌道に乗って順調な日々は過ぎていくが、なかなか彼女が来店する事はなかった。


 そしてとうとうやって来た。

 閉店間際の時間帯にドアベルが鳴った瞬間、あの喫茶店での時間が戻ってきた。

 いつものように振る舞い、席を勧める。 

 彼女は勧めたカウンターの端っこに座り、俺が入れたコーヒーを飲んでとても安心したような顔をした。


 やっと……やっと彼女に恩を少し返せた気がした。

 

 彼女はあの日の事は覚えていない。

 それでも構わなかった。ここで笑ってくれるなら。

 俺の作ったこの空間で安心できるなら。

 

 最後、「ご馳走様でした」と挨拶をしてくれた彼女は軽い足取りで店を後にする。

 きっとまた来店してくれる予感がした。


 それからは彼女が来店する度に少しだけ、彼女の事を知っていく。

 コーヒーの好み、甘味の好み、オムライスを食べると機嫌がよくなる事…

 たったそれだけでも胸が苦しくなるぐらいの喜びが溢れる。


 気づかれてはいけない。


 どう考えても怖いだろ。


 よく知りもしない男からの好意なんて。


 ただの常連客とオーナーの立場さえ失ってしまったら…。


 だから今日も俺は“一定”を保つ。

 彼女の安心出来る場所として。

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