番外編 朔と澪の話2
俺の家に着き、玄関を開けて澪も連れて入る。
灯りをつけると、彼女は少し周りを見渡すような仕草をした。
さっきまで戸惑った表情をしていたのに、今は初めて入る俺の家への好奇心が隠せていない。
可愛い。
だからこそ、余計に苦しくなる。
扉が閉まり、鍵を閉めると、そのまま俺は扉に手をつき、澪を腕の中に閉じ込めた。
目を丸くして俺を見上げる澪と視線が交差した。
「……ねぇ澪。魅力が無いなんて、本気で言ってます?」
自分で思っているよりも低く掠れた声が出た。
「俺がどれだけ我慢してると思ってる」
澪が息を呑む。俺は更に一歩彼女に近づいた。
「怖がらせたくないんだよ」
「好きだから……澪に触れたら止まれなくなるって分かってるから」
俺の視線が彼女を舐めるように落ちていく。
髪、目、頬、唇、首元、鎖骨……
彼女を形成する全てが狂おしいほど愛おしくて全部欲しい。
「……さっき、他の男に話しかけられてる澪を見て、頭おかしくなりそうだった」
扉についた拳を握りしめ、彼女を上から覗き込むように、ほんの少しだけ首を傾げた。
「澪はさ、俺がどれだけ貴女が欲しいのか知らないよね」
「大事にしてるのは、欲しくないからじゃない」
「欲し過ぎるからだ」
「魅力無いなんて俺の前で二度と言うな」
――――――――
朔の腕に閉じ込められて、彼を見上げると、苦しそうな顔をした朔と目が合った。
彼の瞳の奥に、仄暗い光が宿ってて、でも愛おしいって全力で伝わる、そんな瞳だった。
胸がいっぱいで、奥から熱いものが溢れてくる。
私は朔の目を真っ直ぐ見返した。
「欲し過ぎるって……どういう事?」
「…っ………………もう黙って」
グッと何かを呑み込んで、朔は眉間に皺を寄せると、次の瞬間、噛み付くようなキスが降ってきた。
いつもの優しいキスじゃない。
荒々しくて、深くて、肺の空気を全部持っていかれるようなキス。
息継ぎをしたくても朔の手が後頭部にあって動けなかった。
私は朔のシャツを掴む事しか出来ずに彼に翻弄される。
酸素が足りず、頭の中が痺れたような感覚がした。
しばらくして唇が離れると、お互い息が上がっていた。
私は膝に力が入らず震えてしまう。
「……これが“欲しい”って事」
そう言うと朔は私をサッと抱き上げた。動きは乱暴なのに、やっぱり触れる腕は優しくて、宝物を抱えるようにそっとベッドに降ろされた。
「……澪」
彼の唇が私の額に触れる。優しく包み込むように私の名前を呼んで、次々と触れられた。
額、頬、耳、髪、唇、首筋……彼に触れられる度に小さく吐息が漏れる。
鎖骨まで唇が降りるとジュッと音を立ててから顔を上げた。
さっきまで唇が触れてた所に朔は指を滑らせる。
「……あぁ、綺麗だな……」
朔の指が私の首筋を滑っていく。
「可愛すぎる」
朔の顔が私の耳元に近づいた。
「俺でいっぱいにして、ドロドロに汚して、俺だけで埋めたくなる」
低く、囁くように言われた言葉に背中がゾクゾクした。
彼はそのまま私の肩に額を押し付けるようにして顔を埋めた。
「…………怖いだろ、こんな俺……澪に、嫌われたくない……澪を、壊したくない……」
朔の声が震えてる。本気で、そう思ってるのが伝わってくる。
私は朔の顔を上げさせて、不安そうに揺れる彼の瞳を見つめた。
「……私だって、寂しかった」
「え……」
「触れてくるのに止められる度、私じゃ駄目なのかなって、寂しかった」
朔の呼吸が一瞬止まる。私は彼の頬に手を添えた。
「欲し過ぎるのは朔だけじゃない。私だって、朔が欲しかった」
「……み…お?」
「私、壊れたりしないよ?そんなに、弱くなんて無い。だから……」
息を小さく吸って彼に届くように、両手で彼の頬を包んだ。
「私、朔に、全部あげたい」
――――――――
澪の言葉が耳の奥で何度も反響していた。
全部…。
全部…?
「全部……?」
気づけば声が漏れていた。
澪は、静かに俺を見つめていた。どこか、覚悟を決めたような、そんな表情で。
俺の中で、何かが音を立てて外れた。
「いいの……?」
「俺が……?」
「俺の…全部」
言い切る前に身体が先に動いていた。
俺は頬に添えられていた澪の手を取り、ベッドに縫い付けていた。
目を丸くしている澪の顔が見える。
でも恐怖は浮かんでおらず、むしろ、その後優しく微笑まれた。
「うん。朔……来て」
その一言で、なけなしの理性が崩壊していった。
俺は桜色の彼女の唇を塞ぎ、深く口付けていく。少しずつ、薄皮をはぐように、彼女の肌を暴いていった。
見下ろすと息を呑むほど美しくて、俺の手や唇や舌の上で小さく甘く吐息を漏らす彼女の声に頭の中が沸騰したようになる。
ずっと、俺の方が彼女に翻弄されっぱなしだった。
「澪……俺の…澪」
「朔…好き…もっときて……もっと……好きって言って……」
俺に必死にしがみついて、そう言う澪が可愛くて愛おしくて、俺は思いっきり抱きしめる。
「好きだ……澪……好きすぎて頭おかしくなりそうだ……」
「いいよ……もっと…好きになって……」
「はっ……貴女って人は…っ!」
俺はずっと、彼女に溺れていた。澪は俺の腕の中にいるはずなのに、俺の方が包み込まれているようで。
何度も何度も名前を呼んで、何度も何度も求め合って、今までの彼女の寂しかった気持ちを埋めていく。
そうして、俺たちは夜に溶けていった。
ふと目を覚ますとまだ外は暗くて、青白い光がカーテンの隙間から顔を覗かせている。
腕の中にいる温もりに、一瞬だけ状況が把握出来なかった。
澪が、いる。
触れる素肌、胸元に流れる美しい髪、腕の中にしっかりと閉じ込めていた温もりに、昨夜の記憶が一気に蘇ってきて顔が熱くなる。
(全部……)
(全部、もらってしまった……)
喉の奥が熱い。
指先で、そっと澪の髪を梳いた。サラリと流れるその感触が現実だと教えてくれる。
(俺、こんな幸せで大丈夫か?)
(やっぱり俺、明日死ぬんじゃない?)
そんな事を思う自分に苦笑してしまう。
腕の中で、もぞっと動く気配がして視線を移すと、うっすら目を開けた澪が眠たそうな顔をしていた。
「朔……おはよ」
案の定掠れた声。
「……おはようございます」
俺は彼女の額に優しくキスを落とすと、澪はくすぐったそうに目を細める。
「ね、私、今すごく幸せだよ」
ドクンと、心臓が大きく跳ねた。
「朔に、全部、あげれたから」
その瞬間、俺は息が出来ないほど、胸が苦しくなった。
「澪……」
笑えるほど自分の声が震えていた。
「僕……もう、無理かもしれない……」
澪は不思議そうな顔で俺を見上げる。
「こんなに幸せで……もう普通に生きていけないかもしれない」
意図せずに、涙が俺の頬を伝っていた。自分でも気づいて無かったが、澪に頬を撫でられて気づく。
「あ……」
俺は慌てて上を向いて手を当てた。
「ヤバい……ほんと、かっこ悪いな……」
顔を覆ってた手をそっと外され、澪はもう一度俺の頬に手を当てると、優しく笑って俺の頬にキスをした。
「貴方はほんとに……可愛い人ね」
言われた言葉に俺はきっと呆気にとられた顔をしていたに違いない。
「だから……なんですか、それ」
震える声でそう言うのが精一杯な俺は、澪をもう一度強く抱きしめ、ベッドに潜り込んだ。
夜明け前の部屋に、静かに二人の体温が落ちていった。
番外編でした。
大人になってから特に一途に想われるって良いなぁと。
恋愛の煩わしいのが好きじゃなくて、矢印が両方お互いを向いてるクソデカ感情の関係が大好きです。
女より愛が重い男って良き……。
これにて番外編おしまい。
ここまで読んでいただいてありがとうございました!




