8話 大量のジャンクスナックをゲットしたの巻
「……よし、誰もいないな」
アイギス王立学園、購買部裏。
ユウ・エゴ・イーストは、周囲を警戒しながら、ワゴンに積み上げられた賞味期限当日のシールが貼られたポテトチップスの山を睨んでいた。
(……一袋10銅貨。ふざけんな。期限切れ間近なら、1銅貨が妥当だろ。この守銭奴ババァ、俺のなけなしの資金をむしり取ろうっていうのか?)
ユウの本音は、ドブ川の泥よりもドロドロとしていた。だが、その背後から鼓膜を震わせるような、野性的で凛とした声が叩きつけられる。
「――見つけたわよ、ユウ! あんた、こんなところで何コソコソしてるのよ!」
振り返れば、金髪ショートをラフに揺らし、意志の強そうな瞳をギラつかせた第三王女、アシュリー・ヴォル・アイギスが立っていた。
制服の上からでも分かるしなやかな筋肉のラインと、力強く布地を押し上げる豊かな胸の膨らみ。彼女は獲物を見つけた猛獣のような笑みを浮かべていた。
(げぇっ! 筋肉じゃじゃ馬姫! ……おい、放っておけよ! 俺は今、人生の重大な局面(値切り交渉)の最中なんだよ!)
ユウの顔が露骨に引きつる。だが、カオスコンバーターは無慈悲に聖者の旋律を奏でる。
「――おしとやかな姫、アシュリー様! まさか、運命の糸が俺たちをこんな場所で手繰り寄せるとはね。……ああ、まさか俺のささやかな慈愛の儀式が、少しだけ照れくさいよ」
「……はぁ!? 何が慈愛よ! ただの値切りじゃない! そのツラ……一見まともなこと言ってるけど、中身は絶対ロクでもないセコい計算でいっぱいね!」
アシュリーはズカズカと歩み寄り、ユウの胸ぐらを掴んで顔を近づける。至近距離で弾けるような生命力と、微かな石鹸の香りがユウを圧倒する。
「いい? 貴様はアタシが推薦した特待生なのよ! 王族の顔に泥を塗るようなケチな真似してんじゃないわよ。ムカつくから一発殴らせなさい!」
(うるせぇな! お前が勝手に推薦したんだろ! 俺はただ、安く買って高く売る……いや、安く食いたいだけなんだよ! 邪魔すんならどっか行け!)
「――静かに!君が推薦してくれたお礼をしたかったんだ。君といると居心地がいい......もっと近くに。
「…………っ!!」
アシュリーの動きがピタリと止まる。直球すぎる「褒め言葉(誤変換)」が突き刺さり、彼女の顔が耳まで一気に真っ赤に染まった。
「あ、あんたねぇ……っ! 本当に……っ! その腐った根性ごと、いつか叩き直してやるから覚悟しなさいよね!!」
アシュリーは拳を振り上げたままフリーズし、最後は地面を思い切り踏みつけて走り去っていった。
周囲の生徒たちは「またユウ様が王女を赤面させた……」「あの二人、またいつものノロケだな」と、遠巻きに溜息を漏らしている。
(……ふぅ。やっと消えたか。……さて、ババァ。本題だ)
ユウは再び、購買部のおばちゃんに向き直った。
ちょうど購買部のおばちゃんがずっと立っているユウを不審に思い声をかけた。
「なにかご入用かい?」
脳内では『おいババァ、このゴミ同然のポテチ、タダ同然で引き取ってやるから感謝しろ』という傲慢な言葉が渦巻いている。
「――あ、お姉さん。この美味しそうなお菓子を孤児院の子供たちに配ることができたらいいなって、そう思ってたんです。でも今これだけしか......」
ユウが放った言葉(変換済み)に、購買部のおばあさんは顔を赤らめ、「なんて徳の高いお方……!」と涙を流して拝んでいた。
(ちょろい。ちょろすぎるぜ、この学園。)
その後、ユウが慈愛の聖者としておばちゃんを陥落させ大量のジャンクスナックを抱えて旧校舎へ向かった。
さらに、おまけという名の貢ぎ物として、王宮仕立てのクラフトコーラにガリア風濃厚トリュフ塩ポテトまで袋に入っている。
◇
ユウが向かったのは、学園の最果てにある戦術学部の旧校舎。
錆びついた鉄門を抜け、廊下を歩くたびに床板が悲鳴を上げる廃屋だ。
(……ククク、最高だ。ここなら誰も来ない。あのアシュリーも、ここまでは追ってこないだろ。俺だけの不落のニート城だ!)
ユウは資料室の扉を開けた。
そこには、かつての秀才たちが捨て去った古文書や、巨大なソファ、そして山のようなクッションが、主を失ったまま放置されていた。
そして――なぜか、大量のポテトチップスの空袋が散乱していた。
「ここだ。ここを俺のニート城とする!」
俺は、抱えていたポテチの袋を机に叩きつけ、一番巨大で、一番埃を被っているが故にふかふかそうなゴミの山……いや、クッションの集積地へ向かってダイブした。
「ふはは! 自由だ! 自由万歳! 今日から俺はここでポテチを食い、コーラを飲み、二度と太陽の光を――」
――モゾッ。
ダイブしたユウの腹の下で、何かが動いた。
「……ひっ!?、化け物!?」
彼の心臓が跳ね上がった。
(幽霊か? それとも刺客か?)
彼が慌てて跳ね起きると、クッションの山と、聖教会の紋章が入った法衣の中から、一人の少女が発掘されるように這い出してきた。
山が崩れ、中から這い出してきたのは、この世のものとは思えないほどに白く、静かな少女だった。
月光を浴びたようなサラサラとした銀白の長髪が無造作に広がり、顔色は病的なほどに白い。薄い布地は、蕾のようなささやかな胸の膨らみを静かに描いている。
そして何より、その瞳。焦点が合っていない。彼女の瞳には、目の前の彼が映っていないように見えた。
「……このにおい……」
無機質な、鈴の音を叩き潰したようなウィスパーボイス。
少女は、這いずるような動作で彼の方へと近づいてきた。
ユウは恐怖で腰を抜かし、後退りする。
(待て待て待て! なんだこの不潔な女! 廃人か? 呪いか? 俺の城に先住者がいたのかよ!)
「――ああ、闇の中に眠る美しき精霊よ。君の安らぎを乱した無礼を、どうか許してほしい」
ユウの口からは、勝手に高潔な謝罪が溢れ出す。
だが、少女は彼の言葉など一ミリも聞いていなかった。
少女はふらふらとユウに近づき、獲物を狙う小動物のように、彼の腰元に顔を寄せた。
「……くんくん……」
(……ひぃっ!? な、なんだ、この女!)
「……ガリア風、濃厚、トリュフ塩……ポテト」
「……は?」
「……早く。……脳が、溶ける。……エネルギー、枯渇。……死んでしまう。……そのポテチを……私の、口に……」
彼女は、震える手で俺の胸ぐらを掴んだ。
その瞳は、俺の顔ではなく、俺の脇に転がっている大袋のポテトチップスを、獲物を見つけた猛獣のような殺気で捉えていた。
「……それ。……ください。……早くしないと……私が、消えてしまいます……」
「……え、あ、はい。……どうぞ?」
ユウは困惑しながらも、言われるがままにポテトチップスの袋をバリリと引き裂いた。
途端、芳醇なトリュフの香りと、暴力的なまでの塩気が部屋に広がる。
少女――シエルは、まるで飢えた小動物のような俊敏さで袋に手を突っ込むと、数枚のチップスを口に放り込んだ。
パリポリ……パリポリポリ……!
鼓膜に響く、小気味よい咀嚼音。
するとどうだ。死人のようだった彼女の頬に、みるみるうちに赤みが差し、焦点の合っていなかった瞳に、冷徹で知性的な光が灯っていくではないか。
まさにジャンクフードによる緊急チャージ。
「……あ、王宮仕立てのクラフトコーラもありますね。……どうぞ?では、遠慮なく」
「なにも言っていないが......(なにも言ってねぇ......)」
めずらしくユウの思考と発言が一致した。
彼女は最後の一片まで吸い込むように食べ終えると、ふぅ、と長い溜息を吐き、彼を正面から見据えた。
「……ふぅ。……助かりました。死の予言を見るところでした」
声に、先ほどまでの震えはない。
無機質だが、どこかこちらを見透かすような、絶対的な優位に立つ者の響き。
(なんだこいつ。食い終わった瞬間に態度がデカくなってねーか? 礼の一つも言えねーのかよ、このネズミ女!)
「――ああ、月の女神に感謝を。君の頬に再び赤みが差したなら、この捧げ物も浮かばれるというものだ」
ユウがいつもの聖者モードで微笑みかけると、シエルはわずかに眉を寄せ、鼻を鳴らした。
「……貴方。……最低ですね」
(……はぁ!? 助けてやったのに第一声がそれかよ!?)
ユウが心の中で逆上した瞬間、少女は薄い唇を吊り上げ、くふ、と虚無感のある笑みを漏らした。
「……くふっ。……くふふふ、あはははは!」
突然の爆笑。
シエルは腹を抱え、涙を浮かべて笑い転げた。
俺が呆気に取られていると、彼女はふと笑いを止め、至近距離からユウの瞳を覗き込んできた。
「……素晴らしい。貴方の口からは、清らかな言葉が流れていますが……その裏で魂は『このねずみ女、今すぐ塩をまいて追い出せ』って、心はドブ川のように真っ黒ですよ」
――心臓が、凍りついた。
「……なっ……!?」
(…………はぁぁぁ!? なんだこいつ!? 俺の正体を一瞬で見抜いたのか!? 超能力か!? それより、こいつを消すかどうかだな.....どうする!?)
「――君が何を言っているのか、俺には理解できないな。俺はただ、君という迷える子羊を救いたいだけで……」
「……あは、まだ言いますか。今の言葉、魂の色は『やべぇ、バレた! こいつ消さなきゃ!』って、最高に汚い色が見えてますよ? ……ふふ、いいですね。これほど面白いほど綺麗な黒色、初めて見ました」
シエルは満足げに頷くと、俺が持っていたもう一袋のポテチを奪い取り、抱きかかえた。
ユウの背中に、冷や汗が流れる。
カオスコンバーターの嘘を見抜かれたのは、これが初めてだった。
「……私の目には、魂の色が見えるんです。……教会の大人たちは、脂ぎった欲望を善意という名のオブラートで包んで、私を道具として消費する。……でも、貴方は少し違う」
彼女はさらに一歩、ユウに歩み寄った。
その距離、わずか数センチ。古い紙とジャンクフードの油が混ざったような不健康な香りが、ユウの鼻腔をくすぐる。
「……貴方の魂は真っ黒で、利己的で、怠惰の塊。……でも、教会の連中みたいな押し付けがましい偽善の臭いは一切しない。……ただただ自分勝手なだけの、綺麗な黒。……貴方の隣、不思議なくらい……静かで心地が良い」
(……褒められてる気がしねぇ……。というか、これ、俺の正体がバレたってことか!?)
ユウが絶望に顔を歪めようとした(実際には憂いを含んだ聖者の微笑になった)時、少女はポテチの空袋をぎゅっと抱きしめ、宣言した。
「決めました。……あなたは今日から私のポテチ支給大臣に任命します。……代わりに貴方のその嘘、周りにバレないように私の予言で守ってあげます。……いかがでしょう。」
(……え、やだよ。そんな大臣お断りだ!ここは俺だけの秘密の居場所なんだよ!)
「――わかったよ。君も孤独だったんだね。……いいよ。今日から俺は君のポテチ補給大臣だ。そして、この場所は俺たちだけの秘密の聖域だ」
「……ふふ。契約成立ですね、ポテチの王子様。……お礼に、明日はコンソメ味の大きいのを、持ってきてください。あ、王宮仕立てのクラフトコーラも忘れずに....神のご加護を......」
(……ふさけんじゃねぇ!!!誰がポテチ大臣だ!そんなもんお断りだぁぁぁ!!!)
「かしこまりました!その役職、謹んでお受けします。(ぺこり)」
夕暮れの旧校舎。
埃の舞う窓際で、銀髪の月の少女が楽しげに笑う。
ユウは天を仰いだ。理想のニート城は、手に入れた瞬間に天敵(共犯者)に占拠されたのである。
《……こうして、ユウ・エゴ・イーストの平穏な生活は、またしても一歩遠のいたのだった》




