10話 魔法学部の初等生活魔法・後編
窓枠に肘をつき、外の空気を吸う。
少し居眠りでもするか。
と、その直後だった。
バァァァン!!
実習室の扉が、壊れんばかりの勢いで蹴り開けられた。
「いたわね! ユウ・エゴ・イースト!」
そこに立っていたのは、輝く金髪をなびかせ、威風堂々と胸を張る第三王女――アシュリーだった。
(……げぇっ、筋肉女。なんでここがバレた。お前といるとロクなことにならねぇんだよ!)
アシュリーはズカズカと俺の方へ歩み寄ると、鼻で笑いながら俺の机を指差した。
「あんた、特待生のくせにこんな子供騙しのクラスで何してるのよ。新人戦の準備、サボってるんじゃないでしょうね?」
「こ、こども騙しのクラス……」
先公のバルガスが冷や汗をかいている。
(サボってるよ! 全力でな! つーか、新人戦ってなんだよ、そんな面倒くせぇ行事、俺の記憶にねーぞ!)
「……新人戦?」
俺が素で聞き返すと、アシュリーは信じられないものを見るような目で俺を睨んだ。
「とぼけないでよ。 学園の一年生なら、この季節にやるでしょ。全学部の新人が実力を競い合う、年に一度の大行事よ。……あんた、王女の盾として有名になったんだから、不参加なんて許されるはずないじゃない」
(そんな行事があんのか……でも俺、不参加だし。関係ねーわ。旧校舎で寝る。俺の不参加届はどこだ?)
「もちろん知っている。もちろん参加だ。寝る間も惜しい。参加届はどこだ、アシュリー」
俺がそう言って窓の外を見つめると、アシュリーはニヤリと不敵な笑みを浮かべた。
「知ってんじゃない。というか、あんた、特待生でしょ? 学園の規定で、特待生は参加必須なのよ。……ま、めんどくさいだろうから、アタシが親切心で登録申請しといてあげたわ。感謝しなさいよ!」
(……あんの筋肉ゴリラ! 余計なことをしやがってぇぇぇ!!)
俺の心臓が、怒りと絶望でバックバクに跳ねる。
そんなめんどくさくて痛そうなもん、勝手にエントリーすんじゃねぇ! 今すぐ取り消せ! 慰謝料払え!
叫びたかった。
だが、俺の喉は、絶望を余裕へと強制変換して解き放つ。
「――フッ。退屈しのぎにはちょうどいい。ちょうど、自分の名を刻む舞台を探していたところだ」
「……へぇ。言うじゃない。ビビって逃げ出すかと思ったけど、意外とやる気ね」
アシュリーは面白そうに目を細め、俺の肩をバチンと叩いた。
「いいわ。せいぜい、そこらの雑魚に負けてアタシの顔に泥を塗らないことね。当日、決勝で当たるのを楽しみにしておくわよ。じゃあね!」
嵐のように現れた王女は、満足げに立ち去っていった。
残された俺は、ガクガクと震える膝を必死に抑えながら、心の中で血の涙を流していた。
(あんにゃろう好き勝手しやがって……一回戦でわざと負けて逃げるか……?)
アシュリーが嵐のように去っていった後、実習室には嵐の後の静けさと、俺の絶望だけが取り残されていた。
休憩時間が終わり、生徒たちがゾロゾロと席に戻ってくる。俺は真っ白な灰になりかけながらも、次の講義のチャイムで無理やり意識を引き戻した。
(……落ち着け。まだだ、まだ終わっちゃいねぇ。エントリーされたなら、当日までに戦わずに勝つか無傷で負ける方法を見つければいいだけだ……)
そんな俺の迷走する思考を切り裂くように、休憩の終わりを告げるチャイムが鳴った。
「ごほんっ……さて、休憩も終わりましたね。次はアイスチップの魔法について実習を行います。これは文字通り、少量の氷を生成する魔法です」
バルガス先生がパチンと指を鳴らすと、空中に親指の先ほどの小さな氷の粒が現れ、用意されていた水の入ったカップの中にポチャリと落ちた。
「主に夏場の生活魔法として重宝されます。飲み物を冷やしたり、患部を冷やしたり……射程は短く、生成できる量もごくわずか。魔力消費に対する効率が悪いため、戦闘には全く不向きと言えるでしょう」
周囲の生徒たちが「あー、便利だよね」「水筒持ってくるの忘れた時に使えるわ」と、これまた緊張感のない感想を漏らす。
「アイスチップですが主に飲み物を冷やすための魔法ですが……最大の特徴は、掌の上だけでなく、指定した空間に直接魔力を結実させられる点にあり形も自由に……うんぬんかんぬん」
(アイスチップ……。戦闘には不向き、か。……ククク。これはやり方によっては使えんじゃねぇか)
俺は目の前に置かれた水の入った小さなカップを見つめ、意識を集中させた。
狙うのは、大きな氷塊を作ることではない。
(バルガスは位置や形状は自由にできるって言った。つまり、射程さえ合えば、自由度が高いってことだろ?……だったらよぉ)
俺は紙コップをじっと見つめた。
(……氷の生成位置、紙コップの底。……形状は、円形で厚さは極薄プレート)
俺は、紙コップの底に極小の氷片を生成する練習に没頭した。
ハァハァと荒い息をつきながら、数ミリのズレも許さない執念で、空間に干渉し続ける。
(……ここだ。底の隙間に、ジャストフィットする氷を……ッ!)
カチッ、と。
紙コップの底にまるっときれいにフィットする形の綺麗な極薄の円柱の氷が生成された。
「……おや?」
またしても、バルガスが俺の机の横で足を止めた。
俺は慌てて、生成した氷をカップの中に隠すように落とした。
「ユウ君。君が今作った氷……。普通のアイスチップとは、形状が全く違って見えましたが?」
(やべっ、魔法で遊んでたのバレたか!?)
「……いえ、先生。自分はただ、より効率的に、より確実に冷やすにはどうすればいいかと考えただけで……」
「……なるほど。大きな氷を作るエネルギーを捨て、指定した空間への座標干渉の精度を極限まで高めたのですね。位置指定と形状の自由という特徴を伸ばそうとしている……」
先生は感心したように手帳を取り出し、サラサラと何かを書き込んだ。
「素晴らしい。派手な魔術に頼らず、生活魔法の特性をここまで理解するとは。特等生の君がここまで基礎を重んじていると知れば、他の生徒も襟を正すでしょう」
(勝手な解釈してんじゃねぇ!)
「――先生のおっしゃるとおりです。」
「……うむ。その素直さも好感が持てますね」
教室中が「さ、さすがユウ様……」「やっぱりユウ様は違うわ……」と、畏敬の念に満ちた視線を送ってくる。
俺はその視線を背中に浴びながら、心の中で勝利の雄叫びを上げていた。
(ヒヒッ……これで攻め守りも手札が増えたな。あとは装備だな)
◇
放課後。
夕日に染まる学園の廊下を、俺は一人、白金バッジを弄びながら歩いていた。
(……さて、魔法はいいとして。次は装備だな。しっしっし、このバッジがあれば全学部の施設に入り放題だ。……あの王女様に命を助けたお礼と称して、何か値打ちのありそうな剣でもせがみに行くか)
俺は笑みを浮かべ、夕日に背を向けて歩き出した。
《ユウ・エゴ・イースト。彼の不本意すぎる聖者への道は、まだ始まったばかりだった》




