第4話「母との対面、そしてふたりのはじまり」
土曜日の朝、春の光がやわらかく差し込む静かな住宅街。
その一角にある、瀬川家の玄関先で、ひとりの女性が静かに深呼吸をしていた。
氷室結衣――35歳、大手企業『ルクシア』の社長。
その彼女が、18歳の新入社員である陽翔の“実家”を訪ねていた。
「ごめんください。瀬川陽翔くんのお母さま、いらっしゃいますか?」
インターホン越しに聞こえた声に、陽翔の母・**瀬川 美佳**は一瞬驚いたが、扉を開けてすぐに、息を呑んだ。
そこに立っていたのは、写真や雑誌で何度も目にしたあの“氷室社長”本人だった。
「……あなたが、結衣ちゃん?」
結衣は柔らかく微笑んだ。
「はい。突然のご訪問、失礼いたします。陽翔くんと――お話ししたいことがありまして」
玄関先からリビングへ通され、あたたかい紅茶と焼き菓子が並ぶ。
陽翔は隣に座りながらも、なんとなく緊張している様子だった。
そんな中、母・美佳がふと声を上げた。
「……でも、不思議ね。陽翔、あなたには言ってなかったかしら?」
「……何を?」
「私と結衣ちゃんのお母さん――陽乃さんは、小学校から高校までの幼なじみなのよ。月に一度、駅前の喫茶店で会ってるの」
「えっ……!?」
陽翔が思わず声を上げたのと同時に、結衣も小さく驚いた。
「やっぱり……あの“瀬川美佳”って、お母さまだったんですね。母がよく話していました。“美佳ちゃんは優しくてしっかりしてる”って」
「お互い、娘と息子の話もしてたのよ? 結衣ちゃんのこと、もちろん知ってる。
確か、10万人の社員を抱える大企業の女社長さんでしょ? 本当に立派よ」
結衣はわずかに頬を赤らめ、照れたように微笑んだ。
「恐縮です……でも、まさか陽翔くんが美佳さんの息子さんだったとは」
「しかもね……」
美佳は茶碗を置いて、にこっと笑った。
「私と陽乃さん、以前言ってたの。“子どもたちの結婚相手、あんたの娘とか息子だったらいいのにね”って。まさかそれが、本当に現実になるとはねぇ」
陽翔は呆然として言葉も出ない。
まるで長年仕組まれていたかのような偶然が、目の前でつながっていく。
その流れのまま、美佳はさらりと言った。
「で? 陽翔と結衣ちゃん、もう決めたんでしょ? なら私は――反対なんてしないわよ?」
「えっ……?」
「こんなにしっかりした人なら、安心して任せられる。うちの子はまだ18だけど……心はずっと大人びてたからね」
そう言いながら、美佳は婚姻届を手に取り、自分の名前を“証人”としてさらさらと記入した。
「これで、親としても文句なし。……頑張りなさいよ、陽翔」
「……ありがとう、母さん」
結衣は静かに目を伏せたあと、ゆっくりと口を開いた。
「私も……少しだけ、父の話をしてもいいかしら」
美佳は頷き、結衣の話に耳を傾けた。
――彼女が社長という重責を背負うことになった経緯。
――高校時代に父を事故で亡くし、そこから人生が一変したこと。
――誰にも支えられず、ひとりで立ち向かってきた日々。
「だから……陽翔くんと初めて話した時、心の奥があたたかくなったの。あの時の“ありがとう”を、きっと私は一生忘れないと思う」
美佳は涙をこらえるように微笑んで頷いた。
「娘がいても、きっと結衣ちゃんみたいに育たなかったわ。本当に、素敵な人ね」
その後、陽翔の部屋に入り、引っ越しに必要な荷物を整えることになった。
服や下着、パソコン、小物類。
だが、結衣の手が止まったのは――クローゼットの隅にしまわれた花札とカードゲーム、ボードゲームだった。
「……陽翔くん、こういうの好きなのね?」
「昔、父さんとよくやってたんです。懐かしくて、今でも時々ひとりで遊ぶんです」
「それ、私ともやってくれる?」
結衣はくすっと笑って、ゲーム類を袋に入れながら言った。
「全部は持たなくてもいいわ。また今度、遊びに来ればいいもの」
最低限の荷物をまとめ、陽翔と結衣は社長室――新しい“ふたりの暮らし”の場へと帰っていった。
始まりは突然だった。
でも、それは確かに“運命”と呼ぶにふさわしい出会いだった。
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