第2話「ふたりきりのエレベーター」
「こちらです。社長がお待ちです」
秘書・橘理沙の案内で、陽翔は本社ビルのエレベーター前に立っていた。
ルクシア本社の最上階――40階には、なんと社長室と結衣の私邸が併設されているという。
「専用エレベーターです。基本的に社長しか使いません。面接は社長室のラウンジで行いますので、こちらでお待ちを」
理沙はそのまま、エレベーターのドアが開いた瞬間に軽くウインクしながら、陽翔に小声で囁いた。
「社長にはもう伝えてあります。“あの時の子”だって。……それと、好きだから結婚すると。本人の意志ですから」
「……えっ?」
唐突すぎる言葉に反応する間もなく、理沙は視線を警戒するように左右へ配り、小さく付け加えた。
「――あんまり長くなさらない様に。他の人に、気付かれますから」
まるで“これから何かが起こる”ことを当然のように知っているかのような口ぶりだった。
エレベーターの中は、外の喧騒が嘘のように静かだった。
陽翔が一歩中に入ったその瞬間――
「乗っていい?」
振り返ると、そこには氷室結衣本人がいた。
社長自身が、自ら新入社員の面接に出向くなど異例中の異例。
それなのに、彼女は当たり前のように隣へ並び、エレベーターの**「40」**を押した。
扉が閉まり、二人きりの空間になる。
(近い……)
結衣は静かに陽翔を見つめたまま、エレベーター内の天井隅にある監視カメラに一度だけ目線を向けた。
そして――カメラから見えない“死角”の場所まで陽翔を軽く引き寄せる。
「……あの時の、コンビニ。覚えてる?」
「はい。雨の日で……社長が、重い袋を……」
言いかけたその唇を、結衣の唇が塞いだ。
「っ……!?」
濃密な香水の香り、微かに震える指先、そして柔らかい唇。
(な、何が起きてるんだ……!)
驚愕する陽翔の思考をよそに、結衣のキスは深く、甘く、まるで時間を溶かすように続いていた。
唇が離れたその瞬間、結衣はほんのり赤くなった頬を隠さずにこう囁いた。
「んっ……陽翔。あの時、本当にありがとう。あれが、私を救ったの」
陽翔は完全に動けず、ただされるがままだった。
だが、結衣の瞳は一切の迷いなく、真っすぐに彼を見つめている。
しかも――
その後もエレベーターは止まることなく、社長室専用の直通モードに切り替えられていた。
時間はゆっくりと、だが確実に経過し、20分、いや30分近く、ふたりはキスを繰り返していた。
扉が開いたときには、陽翔の鼓動も、呼吸も、完全に乱れていた。
「ようこそ、私の“社長室”へ」
結衣は涼しい顔のまま、陽翔を中へと招き入れた。
社長室――とは思えないほど、落ち着いたシックな内装。
重厚な革張りのソファ、香り高いアロマ、そして奥にはパーテーション越しに生活空間のような一角が見えた。
「じゃあ、形式的な面接を。形だけね」
そう言って、ふたりはソファに座り、形式的な志望動機や自己紹介が始まった。
陽翔は頭を切り替えようとするが、先ほどの“キス”の余韻がどうしても拭えない。
30分が過ぎた頃。
「……やっぱり、まだ“あの時の御礼”、ちゃんとできていない気がするの」
結衣が、再び陽翔の目を見つめる。
「え……?」
彼女は軽く体を傾けて、今度はもっと深く、ゆっくりと、唇を重ねた。
(こんな……濃厚で甘いキス、初めてだ……)
息が触れ合い、音すら聞こえるほどの距離で交わす唇と息づかい。
結衣の手はそっと陽翔の頬に添えられ、ほんの少しだけ涙ぐむような優しい声で呟いた。
「陽翔……あの時、あなたが私を見てくれて、本当に嬉しかった。だから……もう、迷わない」
ふたりは、まだ始まったばかりだった。
「交際」は一度もしていない。だけど――この想いだけは、本物だった。
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