表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

189/191

第8話「名前を呼ぶ声と、父としての覚悟」



ある朝。

瀬川陽翔は、ベビーベッドから聞こえてくる微かな鳴き声に目を覚ました。


「……ん、陽葵か……」


隣の結衣はまだ眠っている。

三つ子は先に起きてリビングで動画を見ている気配がする。

悠翔は陽翔の腕にくっついて、うつらうつらしていた。


(寝不足でも、これが俺の“朝”。)


静かに体を起こし、陽葵のもとへ向かう。

赤ん坊特有のあたたかな匂いに包まれながら、陽翔は小さく笑った。


「おはよう、パパですよー。さぁ、今日は何して過ごそうか?」


***


在宅ワーク用の書斎で、陽翔は静かにデスクに向かっていた。


10年前と違い、今やルクシアでは「リモート対応」や「在宅制作案件」も制度化されている。

特に、デザイン部門の要である陽翔の要望には、柔軟に対応する流れが出来ていた。


だが、それでも「自分が現場に立てないこと」への負い目は消えない。


(……俺は、会社に背を向けたわけじゃない。

だけど、“現場に立てないリーダー”に価値はあるのか――

今でも、ふと思うことがある)


そのとき――

スマホに通知が届いた。


《村瀬翼:なぁ陽翔、今度のプロジェクト、少しだけ話せないか?》


(……あいつ)


思い出されるのは、昨日の同期会でのひと幕だった。


『陽翔、お前、ずっと来てねぇけど――

正直、お前の“目線”が必要だって現場でも言われてんだぞ?』


『でもさ、家族もいるんだろ? それはそれで、すげぇことだと思う。

お前が“パパ”やってるの、ちょっと……うらやましいよ』


翼の言葉は、冗談めかしていたが――

その奥に、本音があった。


(“パパ”である自分と、“デザイナー”である自分。

……どっちかを捨てなきゃいけないなんて、誰が決めた?)


陽翔は、ゆっくりとスマホに返信した。


《もちろん。話そう。俺は、今もルクシアの一員だよ》


送信。


そして立ち上がり、リビングに向かった。


***


「結衣、昼から少しだけ、Web会議に出るね。

村瀬からの依頼。たぶん、プロジェクトの方向性調整だと思う」


「ええ、行ってらっしゃい……じゃないわね。“そこにいてくれる”だけで十分」


「……ありがとう」


結衣は陽翔のシャツを整えながら、ふと訊ねた。


「ねえ、陽翔。あなたは後悔してる? 在宅を選んだことを」


陽翔は一瞬だけ目を伏せて、けれどすぐに顔を上げて言った。


「してないよ。――後悔どころか、これが俺の誇りだって、ようやく言える気がする」


その言葉に、結衣の目が少し潤む。


「……あなたが私の夫で、良かった」


「俺も。君が、子どもたちの母親で――そして、俺の妻で、良かった」


二人は軽く口づけを交わし、静かに時間を区切った。


***


昼。

三つ子は昼寝、双子もベビーベッドの中で落ち着いている。


陽翔は、書斎でノートPCを開いた。


モニターの向こうには、村瀬翼、赤井美波、進藤あかり、さらには現場の新メンバーたちの顔が並ぶ。


「よ、瀬川パパ。久しぶり」


「……いや、今は“在宅主任デザイナー”でよろしく」


「あ、それ、いいな。称号みたい」


皆が笑い、会議が始まる。


陽翔の視点は、やはり現場とは違う。

でも、それゆえに見えるものもある。

誰も気づかなかった配色のズレ、コンセプトの弱点、そして“届けたい相手”の姿――


陽翔は、10分でチームの空気を変えた。


会議が終わる頃、誰かがふと呟いた。


『……やっぱ、瀬川がいると違うな。俺たち、まだまだ教わり足りないや』


陽翔は、画面越しに静かに微笑んだ。


「また、必要なら呼んで。俺はいつでも、ここにいるから」


(在宅でも、離れていても、俺は――チームの一員だ)


***


夕暮れ。

陽翔がリビングに戻ると、結衣が三つ子の頭をなでながら、子どもたちに訊ねていた。


「ねえ、翔太。将来、何になりたい?」


「うーんとねー……パパみたいに、おうちでおしごとしたい!」


「えー、ぼくはおそとでおしごとー!」


「こずえはねー、ままみたいに、おうちとおしごと、ぜんぶするのー!」


ふたりは、ふっと顔を見合わせた。


「……夢は、ちゃんと届いてるみたいね」


「だな。なら、俺たちも、もっと誇って生きないとな」


その言葉の先には――

“父である自分”と、“働く大人としての自分”を、もう切り分けないという決意があった。



夜。

夕飯を終え、三つ子と双子を寝かしつけたあと。

静かになったリビングには、ふたりだけの時間が流れていた。


「今日の会議、すごく良かったらしいわね」


結衣がそう言って、紅茶を差し出す。

陽翔はそれを受け取り、照れたように笑った。


「美波から連絡あった? あの子、相変わらず早いな」


「翼くんからも。『やっぱ瀬川が必要だ』って。……ふふ、誇らしいわね。あなたがそう言ってもらえるのは」


「うん、でも……なんていうか、やっと“吹っ切れた”気がする」


カップを置き、陽翔はソファに身を預ける。


「現場にいない自分に、後ろめたさもあった。

でも今日、俺が背中を見せてたのって、画面越しだったけど――それでも、ちゃんと届いてたって分かった」


「……それは、父親になったからじゃない?」


「うん。父親になって、ようやく分かった。

“誰かに見られてる”って、こんなにプレッシャーで、でも同時に、力にもなるんだなって」


そう言って、陽翔はふと、結衣の手を取る。


「俺ね、ずっと君の背中を見てた。

ルクシアで働いてる時も、妊娠してる時も、三つ子を産んだあとも、双子を抱いてる今も。

ずっと君は、俺の“ロールモデル”なんだ」


「……やめてよ。そんな褒められたら泣くわ」


結衣は少しだけ声を震わせながら、笑った。


「じゃあ、私も言わせて。

あなたが私の夫で、子どもたちの父親で、ほんとうに良かった。

あなたが、在宅を選んでくれたこと……私は、誇りに思ってる」


ふたりは静かに唇を重ねる。

ささやかな夜の中で、“家族”として、“夫婦”として――確かめ合うように。


***


その後。

陽翔は眠る子どもたちの寝顔をひとりずつ見てまわっていた。


翔太の寝癖。

廉翔のぬいぐるみを離さない手。

梢のすやすやとした寝息。

陽葵と悠翔は、並んでベビーベッドで小さく伸びをしていた。


「……おやすみ。パパ、明日もここにいるよ」


自分が選んだこの道が、いつか彼らの“誇り”になってくれたら――

そう思いながら、リビングに戻る。


テーブルの上には、翔太が描いた家族の絵が置かれていた。


パパとママ、そして5人の子どもたち。

家の屋根には、大きなハートのマーク。


陽翔は、その絵をそっと胸に抱く。


「“働いている父親”の背中が、ちゃんと描かれてる。

なら、それで十分だよな」


静かな夜。

言葉にはしない“覚悟”が、彼の中に静かに灯っていた。


(つづく)



最後まで読んでくださり、ありがとうございます!

もしこの物語に少しでも「面白い!」と感じていただけたなら——


ブックマーク & 評価★5 をぜひお願いします!


その一つひとつが、次の章を書き進める力になります。

読者の皆さまの応援が、物語の未来を動かします。


「続きが気になる!」と思った方は、ぜひ、見逃さないようブックマークを!

皆さまの応援がある限り、次の物語はまだまだ紡がれていきます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ