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第6話「ママじゃない社長でも、母であり、そして――秘密を抱いたまま、私は社長で在り続けた」


サブタイトルが… 重役会議ともう一つの同期会




顔合わせ会をなんとかやり過ごした夜。

リビングの照明は落とされ、間接照明のやわらかな灯りだけが部屋を包んでいた。


三つ子たちはすでに寝息を立て、双子の陽葵と悠翔も、揃って眠りの国に旅立っている。

ひとときだけ、静けさが戻った。


キッチンにいた結衣は、カップに紅茶を注ぎ、

深呼吸ひとつして、カウンター越しのソファに座る陽翔のもとへと歩いた。


「ふぅ……もう、ほんっとうに、今日は疲れたわ……」


「お疲れ様、“一般人の氷室さん”」


「もう、誰よそれ……って、私か」


ふたりは顔を見合わせ、自然と笑った。

少しだけ、肩の力が抜ける。


「……けどさ」

陽翔がカップを手にしたまま、ぽつりとつぶやく。


「今日、俺たち……堂々と“親バカ”になれたよな」


「ええ。……久しぶりに、“仕事抜きで”名前を呼ばれた気がした。

“翔太くんのママ”って、あんな風に」


「悪くなかった?」


「ううん、嬉しかった。……正直、すごく。

ああ、私、“社長”って肩書きじゃなくても、

誰かに認めてもらえるんだなって、ちょっと思えた」


結衣はそう言いながら、自分の両手を見つめた。


「十年前、私が社長になった時、

“家庭を持ったら終わりだ”って、誰にも言われたことなかったのに……

自分でそう決めてたの。勝手に、ね」


「……結衣」


「でも、今日みたいに、子どもの名前で呼ばれて、

“翔太くんのママ”って自然に言われたら……ああ、それもいいなって」


陽翔はそっと手を伸ばし、結衣の指先を包んだ。


「それでも君は、“氷室社長”でも、“翔太のママ”でも、どっちも本物だよ」


「……ありがとう。あなたと結婚して、子どもを産んで、

いまここにいることが、どんな仕事よりも――

一番“誇れること”だって思えるようになったわ」


***


そのとき――子ども部屋から、ぱたぱたと足音。


「……ん? あれ、翔太……?」


小さな寝ぼけまなこの三つ子の長男・翔太が、ふらふらとリビングへ現れた。


「まま……」


「どうしたの、翔太。おトイレ?」


「ちがう……おしごとのゆめ、みた……」


「……お仕事?」


「ママね、しゃちょーのゆめ、みたよ……」


ピクリ、と陽翔が反応する。

結衣も、少しだけ肩を強張らせた。


「ママ……おしごと、なにしてるの?」


その質問は、いつか必ず来ると思っていた。

“社長”として、母として、“正直”に向き合える日はいつか、と。


だけど結衣は、優しく微笑んで――

その小さな頭をそっとなでた。


「ママはね、おうちでみんなのことを守るお仕事、してるの」


「ふーん……たいへん?」


「ううん、すごく楽しい。あなたたちが笑ってくれるだけで、ママのしごとは大成功なの」


「じゃあ、ぼくもおしごとするー!」


そう言って、翔太は結衣にぴとっと抱きつき、

数秒後にはすうすうと眠ってしまった。


結衣は、その温もりを抱いたまま、目を閉じた。


「……ねえ、陽翔。

“しゃちょー”って名前を名乗らなくても、

私は、ちゃんと“子どもたちの誇れる人”になれるかしら」


「もうなってるよ。

たぶん、世界で一番忙しくて、世界で一番かっこいい“ママ”だ」


静かな夜。

その言葉に、結衣の頬にはふっと笑みが浮かんだ。


そして――そっと囁いた。


「じゃあ、明日も“在宅社長”頑張らなくちゃね」


「俺も、“在宅専務”でサポートするよ」


夫婦の距離は、言葉以上に近く。

ふたりの背には、眠る5人の命の気配が、静かに灯っていた。


***


数日後――


会社が休みの日の朝。

氷室結衣のスマートフォンが、一通のメッセージを震わせた。


《理沙:今日、少しだけ会社に来られる? 離れの会議室で話したいの。》


“離れ”。

それは本社の喧騒から外れた、役員専用棟の一角にある小さな会議室。

限られた者しか使えない、静謐な空間。


陽翔に子どもたちを預け、結衣は静かに頷いた。


「……分かったわ。行く」


***


その午後――

重役会議でもなく、報告書もない会議室に集まっていたのは、

たった五人の重鎮たちだった。


専務取締役・朝比奈豪

常務取締役・羽田輝彦

社長専属秘書・宮原絢

副社長副秘書・市原希実

人材法務管掌取締役・橋爪佳子


その中心に、氷室結衣と橘理沙が並んで立つ。


結衣は、深く頭を下げた。


「皆さん。まず初めに……黙っていたことを、お詫びします」


会議室に静寂が落ちる。


「私には、五人の子どもがいます。

そして、社内で長らく隠してきましたが――

夫は、瀬川陽翔です」


ざわめきはなかった。

だが空気が、一瞬だけ緊張を帯びた。


朝比奈が静かに眉を上げた。


「……相手が“あの若手のエース”か。正直、驚いた」


羽田が笑みを浮かべて呟いた。


「だが、妙に納得もしてる。あれだけ会社に尽くしてた二人が……いつか交差すると思ってたよ」


絢も静かに目を細める。


「ずっと支えてきましたものね、社長のこと」


市原希実と橋爪佳子も、それぞれに頷いた。


「社長。……私たちは、知れて良かったと思っています」

「どうか、秘密にしてきた自分を責めないでください」


「ありがとうございます……」


結衣は目元を押さえた。


「このことは……社員には伏せたいの。

彼らのためにも、夫である陽翔のためにも。

お願い、どうか、この場限りで……」


「当然です」


朝比奈が即答した。


「我々5人の胸の内に収めます。それが“氷室結衣という社長”への信義だと、私は思っています」


それは、結衣にとって、

何よりの“許し”だった。


***


その頃――都内の居酒屋の一角。


「かんぱーい!!」


賑やかにグラスが交差する中、瀬川陽翔は静かに笑っていた。


飲み会の最初は、同期の村瀬翼・赤井美波・進藤あかりの4人だけ。

しかし、その後続々と顔を出す同期たち――


松邨大聖、小園賢輔、綾瀬日和、美園由花、早乙女隼、北条陸、御堂梨奈、森下環、高瀬悠斗、朝倉凪、藤川亮真、宮内華、黒木翼、瀬戸愛梨、篠原蒼。


店内は一気に“同期会”と化した。


「てか陽翔さ、最近ぜんっぜん会社来てないけど、何してんの?」


「え、まさか……フリーランスに転身とか!?」


陽翔はグラスを持ち上げて、肩をすくめた。


「いや、俺は在宅ワークに切り替えた。現場にはほとんど出ないけど、ちゃんと仕事は続けてるよ」


「えっ、在宅!? いいなぁ〜!」

「リモート希望組、増えてるよね最近!」


「ほんと、うらやましい」


言葉の波は、軽く流れていく。


だが、陽翔は“それ以上”を語らなかった。

誰一人、“彼が父親であること”も、“5人の子どもの親であること”も知らない。


彼はあくまでも、“職場を離れたデザイナー”としてそこにいた。


だが、グラスを持つ手に、少しだけ力が入った。


(結衣、ありがとう。俺たちのことを……守ってくれて)


その夜、秘密を抱えたふたりは、

別々の場所で――同じ夜空を見上げていた。


(つづく)



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