お礼SS『マイペース・ユアペース』×『辰巳センセイの国語科授業』by瀬川
砂臥様SSへの返礼として書かせていただいた小品です。
砂臥様から頂戴したSSの凄まじい完成度にかなうものではありませんが、砂臥様のSSをもう一つの別の視点から……砂臥様の傑作「マイペース・ユアペース」の主役二人が同じ新幹線に乗り合わせていたら、という設定で書いております。
『辰巳センセイの国語科授業』全編と、『マイペース・ユアペース』全編をどちらも読了された方が対象という、想定読者の狭い一作になってしまいました。でも、砂臥ファンに楽しんでいただけるよう、頑張ってちょこちょことネタを仕込んでおります。楽しみながら『マイペース・ユアペース』の二人の未来にも思いを馳せていただければと思います。
ぷしー。
空気の抜ける音がドアの近くということもあって、かすかに聞こえてくる。窓側に座った私は、自分の手にそっと目を落としていた。
私たちの席のちょっと前にある自動ドアが開き、何人かの乗客が入ってきた。手元のチケットで席を確認している様子が見える。
私の位置から、同年代の男性の顔が見えた。線の細い感じ、優しい目をした二枚目。かるくクセのある髪が、ちょっと可愛らしい。面倒見のいいお姉さんタイプがぱくっと咥えて連れていってしまうパターンをよく見るタイプだ。
彼について後ろから狭い通路に入ってきた少女を見て……女の私も思わず動きが止まった。こんな北の田舎じみた駅から、どうしてこんな子が乗ってくるのだろう、と失礼なことを考えた。テレビで見るアイドルがぽん、と目の前に現れたようで、周囲とは明らかに違う空気を放っている。年齢もまだ十代くらいに見えるが……隣の彼と、相当年齢差がある?
つい、隣に座っている彼の顔を見てしまった……ああ、やっぱり見なきゃよかった。当たり前のように、彼の視線も乗り込んできた少女に釘付けになっている。
つん。
脇腹を軽く一突き。彼がぎょ、っと振り向いたところを、ふーん、そうなのね、を精一杯表現した顔ーー仏頂面、というやつで迎え撃ってみた。
(……いや、そういうんじゃないから。気になるだろ、きみも)
セリフの字面は別にいいんですよ。でも、そのどぎまぎした顔がちょっとムカつくんです。
クセっ毛男と美少女が私たちの席を通り過ぎ……たと思ったら、すぐ後ろあたりでごちゃごちゃやりはじめた。
--「先生、どうぞ」
--「いや、俺は……」
--「先生が座った方が、いい」
先生?……学校の先生と、生徒、だったりするのだろうか?いや、少女の表情はずいぶん大人びているし……大学?だとしたら、教授……あれ?
窓際にどちらが座るかの議論のようだけど、先生、押し切られてる……強いな少女。
先生と少女は、私たちの一つ後ろに落ち着いてしまった。私たちとは並びが逆で、先生が窓側、少女が通路側だ。
--「こういうの、憧れてたんです」
背中から少女の声が聞こえる。つい気になって、そおっとシートの隙間から盗み見てしまう。少女が手のひらを先生に重ねて、恋人つなぎ……いかん、なんか悶えてしまう。台詞が猫かぶりでないのなら、手を握るのも初めての少女、ということになる。同性の少女に、私は何をドキドキしているのだろう。
私たちは、沈黙が気にならない二人だ。ゆったり新幹線に座って、サイズを直したばかりの彼から預かっていた指輪に触れていた。それだけで、心地よくなっていた私は、とっても静かな存在だ。
こっちが静まりかえっているのだから、後ろの二人の声がどうしても聞こえてしまう。
--「『先生』はかっこつけで見栄っ張りの矮小な男です」
--「……随分な言いぐさだな」
--「きっとそんなことくらい、妻はお見通しでしたよ? Kのことにしたって妻……お嬢さんは知っていたんじゃないでしょうか」
断片的に、流れが追える程度に会話を聞きながら、違和感を感じた。
喧嘩、でもないし、責めてる感じでもないけど……感情がこもってないわけでもない。どこかお芝居みたいな会話……なんなんだ?
(夏目漱石の、こころ、みたいだね)
隣から、こそっと小声で答を言われた。ああ、そういえば。でも、ただの作品論、にも聞こえない。感情が入りすぎてるというか……まるで、後ろの二人が物語の住人そのものみたいだ。
--「妻は、本当はどうして欲しかったと思いますか? 」
--「……きっと、」
--「……先生がスカートを汚したんじゃない、私が自分の意思で膝をついたんです」
ああ、なんだか……掴めてきた。
この二人は、恋を紡ぎ始めたばかりの二人なんだ。何かを二人で乗り越えようとしていて『こころ』を題材にして会話しながら本気でやりあっている。少女は彼の中に踏み込んで、傷つく覚悟で、言葉を投げている。笑顔は相手への優しさ、涙は本気の覚悟……こんなに若いのに、いや、だからか。正面から向き合って、斬り結んで。
--「先生、泣いてるんですか?」
……なんというか。うん。まいったな。
◇
新幹線から降りて、タクシー乗り場に向かって歩く。
道々、荷物をもってくれている広い背中に言った。
「……私たちも、言葉をもっと大切にしなきゃ、って思っちゃった」
「……奇遇だな。俺も、ちょっとそう思ったよ」
沈黙が気にならないから、といって、使うべき言葉をケチっていい、というわけじゃない。時によって……そう、例えばこれから結婚の報告のために、この人の兄弟に挨拶にいく、なんて大切な場面では、ちゃんと思いを言葉にして、向き合わなきゃいけない。
飾るつもりはない。でも、これからずっと家族になる人。ちゃんと私を知ってもらって、二人を祝福してほしい。
タクシーに乗ったら、指輪ばっかり見てないで……少女のようにしっかり手を繋いでみても、いいかな。
『マイペース・ユアペース』×『辰巳センセイの国語科授業』 完