14F ダンジョンに帰れないダンジョンマスター
28日目の早朝。
男たちの着ていた服からこの世界の一般的な服|(と思われる服)とローブをDPを使って用意し、まだ薄暗く朝靄の漂う森の中をヒロトは闇討チノ百足蟲の背に乗って進んでいた。
用意したアウトドアグッズとアニキ達から手に入れたサイフをマジックポーチに入れ、ナイフと共に腰につけていた。
闇討チノ百足蟲の背に揺られてしばらく、ヒロトは遠くに村が見える森の端に到着した。
「ここまで乗せてくれてありがとうなー闇討チノ百足蟲」
返事をするように闇討チノ百足蟲はギギ、と鳴く。
「ここからは俺一人で行くからお前たちは留守番よろしくな。侵入者は1階層にいる間は適当に相手して、2階層にたどり着いた、またはたどり着きそうだったら全力で排除しろ」
了解の意を示すように再び鳴いた闇討チノ百足蟲は長い体を翻し、来た道を戻って行った。
「よし、じゃあ俺は俺で情報収集がんばりますか。まずはあの村に行って聴き込みかな。よそ者に厳しい村じゃないといいなぁ」
前回ダンジョンの外に出た時は村には行かなかった。異世界28日目にしてやっと人の住む所へ行く。期待を胸にヒロトは歩き出すのだった。
30分ほど歩いてヒロトは村に到着した。
運が良かったのかヒロトは村に入るまで村人に出会うことはなかった。旅人を装っていても森の方から見かけない者がやって来たとなれば怪しまれるかもしれないと思ったのだ。
村人の大半は農作業に出ているのか家の数に対して村の中に残っている村人は少なく、見かけたのも井戸の傍で洗濯をしているお婆ちゃん3人だけだった。お婆ちゃんたちに宿の場所を聞き、そちらへ向かう。
村唯一の宿に入ってみると、肝っ玉母ちゃんという言葉が似合いそうなふくよかな年配の女性がモップがけをしているところだった。ヒロトが入って来たことに気づくと女将さんはこちらを向きニカッと笑う。
「おや、こりゃまた若い旅人さんだねぇ。ようこそ、止まり木亭へ」
「おはようございます。食事がしたいんですが今大丈夫ですか?」
「食事だね。温め直したものしか出せないけどそれでいいかい?」
「構いませんよ」
「はいよ。食事は銅貨10枚だよ」
「はいこれで」
適当に座って待っててちょうだい、と言って女将さんは厨房へ朝メシひとつ!と厨房に向かって叫ぶ。あいよ、と男性の声が厨房から返ってくると女将さんはヒロトの座る席の向かいにドカリと座るとヒロトに話しかけてきた。
「あんた、こんな畑と森しかない田舎によく来たねぇ。冒険者って感じでもないけど何しに来たんだい?」
いきなり何しに来たって聞いてくるってマジか、と思いながらもどう答えようか考える。女将さんはこちらを怪しんでいるという様子ではなく、何もない田舎の村に何の用かと単純に気になっているようだ。
「特に目的ってのは無いですね。いろいろなところを旅して見聞を広めてるんですよ」
「はー、若いのに大した志だねぇ。でもこんな時に来る必要もなかっただろうに」
「こんな時ってなにかあったんですか?」
「おや知らないのかい?いま森で魔物の大移動が起きてんだよ」
「え、そんな事が。それって大丈夫なんですか?」
自分がさっきまで居た森で魔物の大移動なんて明らかにヤバそうな事が起きていたなどと知らなかったヒロトは驚く。内容によっては今すぐダンジョンに戻らないといけないかもしれないからだ。
「そんなに慌てなくても森に近づかなけりゃ大丈夫さね。森の奥でなんかあったらしくてね、ボロボロになった魔物がけっこう森の浅い方に逃げて来てるんだよ」
「へぇそんな事が」
そう言いながらヒロトは顔が引きつるのを感じた。
(絶対俺のせいだ!)
蟲を森の奥に狩りに行かせていたがまさか魔物の大移動なんて大イベントが起きるとは思っていなかった。
しかもさらに聞いてみればその調査にすでに冒険者が派遣されて来ているというではないか。昨日倒したあの3人も恐らく調査に来た冒険者のパーティだったのだろう。
「それで、昨日の調査で3人の冒険者が行方不明になってね。まあ十中八九死んだね、これは。逃げてきたオーガにでもやられたんかねぇ」
自分がやりました、とは口が裂けても言えない。
「だけど犠牲を出しつつも森の異変の原因を突き止めたんだよ。なんだと思う?」
机に身を乗り出して女将さんは聞いてくる。
少し仰け反りながらもヒロトは、
「いや〜ちょっとわからないですね。なんだったんです?」
ここまで来れば原因がなんなのかだいたいわかっていたがヒロトはトボけた。
「なんとダンジョンができてたんだってさ!それもわりと森の浅いところに」
両手を広げて女将さんはどうだすごいだろうという感じに言う。
「へ、へぇ、ダンジョンができてたんですか。へぇ……」
しかしヒロトは素直に驚けない。自分のダンジョンがもう周知の事実になっていることに冷や汗がとまらない。
確かに昨日アニキ達を倒した数時間後、新たにダンジョンに侵入して来た冒険者がいたのだ。彼らは少し入って【瘴気】の濃さにすぐに引き返して行ったのでダンジョンの存在の情報は持ち帰られたとはヒロトも認識していたが、ここまで情報が拡まるのが早いとは思っていなかった。
「なんだい、反応が薄いねぇ。まあでもこれからこの村は賑やかになるねぇ。なんたってダンジョンは宝の山だからね!冒険者がこれからたっくさん来るようになるよ」
宿屋も儲かって万万歳さ、と笑って女将さんは厨房に食事を取りに行った。
その後もヒロトは食事を食べながら女将さんにこの村の事、近くの町、冒険者ギルド、そして今回のダンジョン発見と冒険者の動きについていろいろ聞いた。
今は食事も食べ終わって食後のお茶を飲んでいる。女将さんが気を利かせてくれて何も無い田舎だけどゆっくりしていってくれとサービスしてくれた。
しかしヒロトは食事もお茶も楽しめるような精神状態ではなかった。今も湯のみを持つ手が震えそうになるのを必死に我慢している。
(マズイマズイマズイ!ここまで情報が拡まるのが早いなんて思っていなかった。しかもダンジョンの入り口に見張りを立ててるって!?これじゃあダンジョンに戻れないじゃないか!)
田舎にずっと住んでいたからか女将さんの話は曖昧なところが多かった。しかし異世界の一般常識がゼロに等しい今のヒロトにとってはそれでも有益なものが多かった。
ヒロトのダンジョンがある森はリブラ大森林、そしてこの村はモリヤ村、一番近い町がテラゴウシクというそうだ。テラゴウシクには冒険者ギルドがあり、そこで冒険者登録ができること、そして今回リブラ大森林の調査をテラゴウシクの冒険者が担当していることを聞けた。
また派遣されて来た冒険者たちの動きも聞け、明け方調査に出た冒険者たちと自分が入れ違いになっていたことも知る事ができた。
ここで女将さんにいろいろ聞けたのは運が良かった。何も知らずにのこのこ帰っていれば監視の冒険者に見られるところだった。
だが逆に言えばその監視がいる間は自分はダンジョンに帰れなくなることを意味する。秘密の抜け穴なんて用意していないし、転移はダンジョン内でしか使えない。
「そういや女将さん、冒険者が来て村が賑やかになるって言ってたな。そうか!冒険者になればダンジョンに入っても怪しまれることはないな」
ダンジョンに帰る方法を考えた結果、冒険者になりダンジョン探索の名目でダンジョンに入るのが一番手っ取り早いという事になった。
そうと決まれば冒険者登録をするために冒険者ギルドのあるテラゴウシクに早く行った方がいいだろう。
着けてきた腕時計を見れば時間はまだ朝の8時。日の沈まないうちに少しでも距離を稼ぐべきだ。
女将さんに出発する旨を告げ、 ヒロトはテラゴウシクに向けてモリヤ村を旅立つのであった。
・補足
ダンジョンから森の端まで闇討チノ百足蟲は最短距離を進んできたのでダンジョンの監視の冒険者も追い抜いて帰還したため発見されていません。