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送空式の朝が来た。父様との最後の別れの日、そして私の初めての公務の日でもある。私は真っ黒な喪服を着て、父様のいる部屋へと向かっていた。式が始まってしまえばゆっくり顔を見ることもできなくなるし、燃やされてしまえばその姿は絵画の中でしか見ることは叶わなくなる。その前にもう一度会っておきたいからだ。
父様のいる部屋の扉は分厚い木で出来ていて、それは四歳の身体にはひどく重たい。全身に力を込めて押し開ければ、中から誰かが鼻を啜りながら泣く音が聞こえてきた。
「誰かいるの?」
私の声で、誰かが部屋に入ってきたことに気が付いたらしい。ゆっくりとこちらを見たその人に私はひどく驚いた。
「クランツ!」
そこにいたのは自室にいなきゃいけないはずのクランツだった。まだ風邪が治っておらず、今日も一日安静にしなきゃいけないはずなのに、なぜこんなところにいるのか。私は慌てて弟に駆け寄る。
「ねぇさま…」
「駄目じゃない、ベッドで寝てなくちゃ…ゆっくり休まないと治るものも治らないわ」
「ねぇさま、ねぇさま…うう…ふぇ、ねぇさまぁ…」
ぐずぐずと泣くクランツを抱きしめて、優しく背中を叩いてやる。たぶん落ち着かせないとこの子が何をしたいのか聞くことは出来ない。
腕の中の泣き声が落ち着いてきたころ、私はクランツから体を離しその淡いブルーの瞳と視線を合わせる。
「クランツ、ベッドを抜け出してまで、ここで何をしていたの?」
「とうさまに、おわかれを…とうさま、もうぼくとあそんでくれないんでしょう…?」
どきりとした。この幼い弟は、父の死というものを理解しているのか。
「かあさまとおなじ、とおいとこにいっちゃった…」
ぐすり、とまた涙ぐむ弟に何も言えず、誤魔化すようにその頭を撫ぜる。
「とうさまも、かあさまも、ぼくのまえからいなくなってしまって…ねぇさまも…」
「わたし?」
「ねぇさまも、ぼくをおいてどこかとおくへいってしまうの…?」
びくりと肩が揺れたのを感じる。この子は、こんな幼いのに父も母もなくして、もう二度と会えないことも分かっているのだ。
…やっぱり、私が支えてあげないと。
震える体をもう一度抱きしめる。ぎゅうぎゅうと力いっぱい。腕の中から戸惑ったようにねぇさまと呼ぶ声が聞こえるけど意図的に無視する。
「大丈夫よ、クランツ。姉さまは絶対クランツを一人にしない。父様や母様みたいに、クランツを一人にして遠くに行ったりしないわ。約束する」
「ほんとう…?」
「ほんとう。なんなら指切りをしましょう?」
右手の小指を立てて顔の前に持ってくる。不思議そうな表情をしてこてんと首を傾げるクランツを見て、この国には指切りの文化はないのかと思ったが、どうせなら日本式の約束の仕方を教えてやろうとクランツの小指に自分のそれを絡める。
「指きりげんまん、嘘ついたら針千本のーます、指切ったっ!」
ぱっと指を離すと、クランツはきょとんとした表情で離された小指を見つめていた。
「ねぇさま、いまのは…?」
「お約束事をするときの誓い、みたいなものかしら。もし姉さまが約束を破ったら、クランツは姉さまに針を千本飲ませていいのよ」
「!?」
「と、いうのは冗談だけれど。それくらい大事な約束、ってことよ。ね?」
「う、うん!」
顔を輝かせる弟を見ながら私も決意を新たにする。
絶対に、未来の死刑を回避しなくてはいけない。自分のためにも、可愛い弟のためにも。
「さぁ、姉さまと一緒に父様に最後の挨拶をしましょう」
「うん」
ふたりで父様の身体が納められた棺を覗き込む。その姿を見て、私の中にふつりと怒りがわく。
父様をこんな姿にしたティノを、絶対に許さない。
その時コンコンと扉を叩く音がする。
「失礼します。…サラサ様、クランツ様も。探しましたよ。式の時間が迫っております。どうかいらして下さい」
姿を見せたのはアメリだった。もうそんな時間になってしまったのか。私はクランツの手を引いてアメリに近づくと、弟を彼女に預ける。
「さぁ、クランツ、姉さまはもう行かないと。ちゃんと休んで、早く風邪を治してね。そしたら姉さまと一緒に遊びましょう」
「ほんとう?」
「ほんとう。だから、ね?いまはゆっくり休んで。…アメリ、クランツをお願い」
「はい、サラサ様」
部屋の前でクランツとアメリと別れ、私は送空式の行われる場所へと急いだ。