小さな昇天
「なにが……起きた!」
愕然とする博士の意識に……
「もういい……もう、終わりにしよう……」
防衛情報通信基盤を通じて、何か『巨大な者』が田所博士にアクセスしてきた。
「『G』……」
博士は憎悪と畏敬がないまぜになった感情に引き裂かれそうになりながら、『巨大な者』の……『G』の正体を知った。
それは人の無念であった。
かつての戦争、突如巻き起る自然災害、理不尽な災厄に命を奪われた何十万人ものヒトの無念の集積が、六十年の長きに渡り日本を蹂躙し続けた巨龍の正体であった。
「何度滅ぼされても、退治されても、俺の怨念は、妄執は『この国』を離れる事が出来なかった」
巨龍の、悲痛と苦悶に捻じくれた魂魄が、博士の意識に直接そう語りかけてきた。
おお。博士は倒れた『G』に目を向けた。怪獣の巨大な眼から急速に、燃盛る憎悪が、怒りの焔が消えて行く。そしてそれは、『G』の命の焔でもあった。
「だが、『この国』そのものが、母なる海に沈みゆく今、もう、俺達の役目も終わった……やっと、行くべき世界に行ける……」
怪獣が、瞼を閉じた。先程まで怒りに戦慄いていた巨大な全身が、ゆっくりと弛緩していく。
「『XXX』!!!」
博士は、我知らず、小さな漁村の伝説に伝えられた巨龍の真名を叫んでいた。
ああ見ろ。今や静かに事切れて、黒山の様に横たわった『G』の巨体を。
ゴツゴツした岩のような皮膚が、図太い尾が、手が、足が、幾筋もの金色の光に包まれ『ほどけて』いく。
まだ戦火の黒煙たなびく血の様な夕焼け空に、かつて巨龍の体を成していた何千筋もの金色の、眩い光が立ち上ってゆくのだ。
「おおお……! まさか! そんな馬鹿な!」
刻々昏さを深めて行く夕闇の上天に吸いこまれ、瞬いては消えて行く巨龍の魂を目の当たりにして、田所博士の心は千々に乱れていた。
彼が命をかけて、その肉体を捨てた後もなお、全情熱を注ぎ滅殺せんとしてきた、憎んでも飽き足らぬ仇敵。
その敵が、役目を終えて呪縛を解かれた怪獣の魂が、今、『彼方』へと還ってゆく。
博士の魂は、未だに沈みゆく国土に、『ここ』に縛り付けられたままだというのに!
「許さん……! 何故、お前だけ逝く……!」
博士の魂魄が虚しく悶えた。
いま泣く事が出来たなら、博士は泣いていただろう。
だが肉体を捨てネットの海を漂う意識体になり果てた今の博士には、それも叶わなかった。
「あなた、お疲れさまでした」
ふと、悲嘆に打ち震える博士の心に、誰かが語りかけて来た。
ああ。もう何十年も忘れていた懐かしいその声に、博士の悲嘆が、虚しさが、安堵に変わって行く。それは、亡き妻の声だった。
「あなたを誇りに思います。沈みゆくこの島で、あなたは最後まで踏みとどまって、龍の暴走を止めた。一億二千万の人達の脱出に力を尽くした……」
「だからもう、休みましょう。さあ、重荷をおろして……お父さん」
次いで心に響いてきたのは、博士の娘、慧那の声。
「ああ、そうだな那美、慧那、もう家に『帰ろう』……」
そう呟いて田所博士は茫漠たるネットの大海からゆっくりと、妻と娘の声のもとを、金色の光に満たされていく上天を仰いだ。
映画「パシフィック・リム」の予告編をみて、
wktkが収まらずに書いてみました。




