第十二話 桜の木の下で
春の深夜は静かだ。
でも今夜は違った。
公園の桜が満開だった。
風が吹くたびに花びらが舞って、街灯の光の中をゆっくり落ちていった。
地面が薄く白くなっていた。
桜の木の下に、猫が集まっていた。
三匹、四匹、五匹——気づけば十匹を超えていた。
いつもの顔がいた。
見たことのない顔もいた。
何匹かは冬の間にいなくなった。
母猫がどっかりと真ん中に座っていた。
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いつからだろう。
猫会議に食べ物を持ってくるようになっていた。
肉屋のおっちゃんにもらった切れ端。
魚屋のおばちゃんにもらった小魚。
タマさんちの残りもの。
最初は自分だけだった。
気づいたら、みんな何かを持ってくるようになっていた。
小魚。
肉の欠片。
誰かが拾ってきたおもちゃ。
カサカサ鳴る丸めた紙。
議題はない。
進行役もいない。
資料もない。
ただ、それぞれが持ち寄って、ただそこにいた。
猫会議はいつの間にか宴会になっていた。
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花びらが一枚、鼻の頭に落ちてきた。
払った。
また一枚落ちてきた。
今度はそのままにした。
隣を見た。
知らない子猫が丸くなって寝ていた。
反対側を見た。
古株の黒猫が小魚を齧っていた。
いなくなった顔を思った。
どこへ行ったか分からない。
また会えるか分からない。
でも今夜ここにいるやつらは、今夜ここにいる。
もしかすると明日は会えなくなるやつもいるかもしれない。
(なら今日を精一杯やるだけだ)
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母猫がこちらを向いた。
頭を舐めてきた。
ゆっくりと、丁寧に、何度も。
目を閉じた。
桜の匂いがした。
夜風が柔らかかった。
誰かがおもちゃで遊ぶ音がした。
誰かが鳴いた。
誰かが返した。
三十八年間、明日のために今日を削ってきた。
気ままに生きようと思っていた。
でも気がついたら街に人がいて、路地に猫がいて、なわばりができていた。
明日からじゃない。
今日をまずは精一杯生きるんだ。
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桜がまた散った。
風が花びらを連れて、夜の中に消えていった。
猫たちの夜桜宴会はまだ続いていた。
元社畜、一条大牙。
タイガーなのに社畜柄猫の日常は、まだ続く。
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【作者より】
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
元社畜の野良猫・一条大牙が、気ままに生きようとしながらも放っておけない性分のせいで、気づけば街の人たちと不思議な縁を結んでいく物語でした。
言葉は届かない。
でも、伝わるものがある。
そんなことを書きながら思っていました。
反響をいただけるようであれば、大牙の日常はまだまだ続きます。タマさんの春、ユキのその後、商店街の顔なじみたち——なわばりの中にはまだ出会っていない人たちがいます。
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大牙とまた会いたいと思っていただけたら、ぜひ教えてください。
それでは、また路地のどこかで。
Light_Well




