第一話 転生とモフモフと会議資料
職場で倒れたところで記憶が途絶えた。
やばいな、会議資料あと少しなのに。
上司にこき使われ部下に振り回された社畜、それが俺”一条大牙”だった。
目が覚めた。
暗い。
温かい。
やわらかい何かに全方向から押しつぶされている。
手を確認しようとした。
肉球があった。
もう一度。
にくきゅう。
視界が横長だ。
周囲にうごめいている物体が複数、どう見ても同じ種類の生き物で、温かくて、毛が生えていて——
ああ。
そういうことか。
(……とりあえず生きてはいる。では現状把握から)
社畜の適応能力というのは死んでも抜けないらしかった。
外に出た日、水たまりで自分の姿を確認した。
センター分けの黒白ハチワレだった。
胴体は白地に黒。
どう見てもビジネススーツだ。
ノータイだが。
(……なんだこれは)
三十八年間スーツを着続けた呪いが毛並みにまで及んだらしい。
気ままに生きようと思った。
本気でそう思った。
上司もいない。
部下もいない。
ノルマも会議もない。
日向で丸くなって、腹が減ったら何か食べて、眠くなったら寝る。
それだけでいいはずだった。
公園の前を通りがかった時、ベンチに小学生が一人いた。
三日連続で見る顔だ。
ランドセルを足元に置いたまま、砂を見ている。
(……あの顔は知ってる)
組織に馴染めなかった新人社員と同じ顔だ。
ダルい。
もう関係ない。
今日は気ままに生きる日だ。
足が止まった。
(……はあ)
(おいガキ、なんでいつも一人なんだ)にゃー
男の子がこちらを見た。
(お、キャッチボールか? 捕るのは得意だぞ)にゃー
男の子がボールを転がしてきた。
(いやそんな転がすんじゃなくてちゃんと投げろ)にゃー
(こうか、これで投げ返せるか)にゃー
ボールがぽてぽてと転がった。
……
(さあもう一回来い)にゃー
日が傾くまで謎のキャッチボールは続いた。
男の子の口元が緩んでいた。
帰り際、男の子は給食の残りのパンを出した。
「はいこれ」
(なんだ、俺にくれるのか)にゃ?
パンを食べた。
コッペパン。
懐かしい味がした。
そういえば、ちゃんと昼飯を食えた日が去年何日あっただろう。
男の子は振り返らずに手を振って帰っていった。
次の日、公園にその子の姿はなかった。
(……まあそれでいい)
気ままに生きるのは、明日からにする。




