1日に1回キスしないと死ぬ呪いにかかっている。
堂々の完結
ぼくは初めて誘拐してしまった。
梓と会ってからというもの、良くない方向に成長してしまった気がする。
人通りがない道をただ車は走っていく。
「この辺りで降りる」
「そうか。親父、止めてやってくれ」
「いいのか。駅までは送るぞ」
ぼくは無言で首を降る。
特にその後は言及されず、ぼくと梓は車から降りた。
時は夜に移った。遠くには海が見える。
月夜が海面に反射して、幻想的な空間を醸し出していた。
夜風が少し寒い。
隣にいる梓はぼうっと月を眺めている。
「不思議。昨日までもう色々諦めかけていたのに。まさか伊織が迎えに来てくれるなんて思わなかった」
「約束したから。ぼくは梓の彼氏だから」
「半ば強引に伊織を利用しておいてなんだけど、なんで好きでもない相手にここまでしてくれたのかが分からない。やっぱりに、これを見ちゃったから?」
梓は自身の手首を晒した。リストカットの跡が少し赤らんでいる。
梓が強く自分の手首を掻いた跡だ。
最近、自殺をまた意識していたのかもしれない。
「いや、違う。違うんだ」
ぼくは言葉を詰まらせた。
理由は単純なのに、いざ口に出そうとすると恥ずかしい」
「私の家は昔からずっと皇家の人間と関係を持ちたがっていた。今回結婚予定だった人とは、小学校より前からの付き合いでよく遊ばされた」
「政略結婚ってやつか。今でもあるんだな」
「日本じゃ、ごく一部だけだろうけど。結婚すら決められた私の人生ってなんだろうなってふと思って、こんな人生ならいっそ死んじゃったほうが楽なのかなって思った」
手首をさする。
彼女は常にその苦悩と共に生きて来た。
堤防まで歩いて海を見た。
どこまでも広がる海が今は少し恋しい。
「高校になって。君と出会った。蓮実家の人間だと知って特別視する中、君だけは知らんぷり。まるで興味もない~って感じ。ちょっと腹が立ってさ」
「あはは、本当にすみません」
「ううん、でもちょっと救われた気がしたから」
ぼくは意外に思って梓の横顔を眺める。
夜空を見上げながら、ふっと目を細めた。
「私を私として見てくれる。ただの道具でもなく、クラスの中心人物でもなく。ただ君が私をただの蓮実梓として見てくれていたからこそ、私は私でいられたし……生きようって思えた」
梓は震える手でぼくの肩を掴む。
誰も傍にはいない。
二人だけの空間で、梓はぼくに顔を近づけた。
「……好き」
初めて、ぼくは梓の口からその言葉を聞いた。
心の奥が瑞々しく震えた。
「大好きだった。伊織、伊織……」
ぼくは堪えきれずに梓の華奢な身体に腕を回した。
そして思いきり抱き寄せる。
「伊織……?」
「ぼくも、梓が好きだ」
「えっ」
「梓を好きなったら『特別』じゃなくなるって分かってたけど……でも気持ちが抑えきれなくて、やっと自分に正直になれたんだ」
ぼくは青春を馬鹿にしていた。
でも今では宝物のように大切に思える。
「ぼくは梓が好きだ、世界中の誰よりも梓を大切に思っている。梓の為なら、何だってしたいと思えた、だから今ぼくはここにいる」
ぼくの覚悟を、言葉にして。
精一杯梓へと伝えた。
梓はぽろぽろと涙を流しながらも、ぼくの言葉を聞き入れた。返事をする代わりにより一層抱きつく力を強めて、身体の熱でその存在を感じ取る。
「なら、両想いだ」
「ああ」
一生分の幸せをこの時費やした気がする。
静寂に包まれた夜の海は、邪魔は入らない。
星が引かれ合うように当然にぼく達は抱き合ってキスをする。久しぶりの感覚は、まるで命を送り込むように全身に染み渡って幸せを享受する。
「これからどうする?」
「さあ。逃げるしかないんじゃないか?」
「ほうほう、駆け落ちと」
梓は遠足に行く子供のようにワクワクしていた。
ぼくとしては一生を捨て去る覚悟だったのだが。
「まあ、気長に暮らすとしようか」
学生が二人。そうそう上手く行くとは思えない。
どうせどこかで捕まってぼくは牢獄に閉じ込められるのだ。だがぼくは別にそれでも構わないとさえ思っていた。人の恋心は時に抑止が効かなくて、罪をすら犯してしまう。
愛する彼女に気持ちを伝えたくて。
どうしても、幸せになって欲しいと願うから。
ぼくは彼女の隣にいる事を望んだ。
「そろそろ駅に向かおう。今からでも空いているホテルはあるはずだ」
明日原や藤堂は今頃どうしているだろうか。迷惑はかけないようにと早めに分かれてある意味正解だったかもしれない。ぼくは歩こうとした先に、人が立っているのを見て全身が崩れ落ちるような錯覚を覚えた。
「お母様」
梓の母親は、怒りを隠しきれないという様子でぼくの元へと歩いてくる。周囲には彼女の護衛が何人か集まっていて、逃げ出す隙間すらなかった。
「待って、この人は悪くない……私は!」
嗚呼、梓。ぼくの為に泣いてくれてありがとう。
少し別れが早まっただけだ、そう悲しむ事は無い。
ぼくはこの気持ちが通じ合っただけで満足だ。
諦めて、ぼくは彼女の母親の元に歩く。
すぅ、と息を吸って覚悟を決めた。
「後悔はしていません」
ぼくは堂々と口にした。
悪いとはまるで思わない。
自殺すらしようとした彼女の決意は、彼女の拒絶は本物だ。それに応えようとしたぼくが間違った行動をしたとは思えない。
確固たる意志を持って、母親へと対峙する。
その人は、感情の全く籠らない声で一言。
「そう」
静かに口にした。
「一生を添い遂げる覚悟が貴方にあるという事?」
「はい、勿論です」
「なら、頼んだわ」
「え……?」
ぼくは何かを受け取った。
夜闇でぱっと見ただけでは分からなかったが、暫く見てそれは大量の現金だ。束になってズシリと詰められている。百万以上はあるだろうか。
「どうしてくれても構わない。皇家の人間には上手く言っておくわ」
「えっと……」
「だってあの子自身が決めた事なのでしょう。ここまで全く意志を持たなかったあの子が初めて貴方を選んだのだから仕方ないでしょう」
「お、お母様……結婚の件は」
「まあ,詩織か玲奈にでも頼もうかしら。あの人も、それなら納得するでしょう」
後から聞いた話、詩織や玲奈とは梓の兄弟に当たる人間らしい。それは問題を先送りにしているとも捉える事が出来るが、ひとまず梓の自由は保証された形だ。
あの人、つまり梓にとっての父親にはどうにか母親から説得してくれるという。
「ありがとう……ございます」
「ただし、梓。貴女は蓮実家を今後名乗らない事。結婚式を台無しにした責任は必ず取ってもらうからつもりでいなさい」
「分かりました……」
「それじゃ、用がないなら帰るわ」
母親は、振り返らずに去っていく。向こうに車が止めてあった。梓にとっては生みの親、絶縁宣言をされた以上話すのもこれで最後になるかもしれない。
「お母様……ッ」
梓は呼び止めた。
喉の奥から声を絞り出して叫ぶ。
「今まで育ててくれてありがとう」
「……」
嵐は過ぎ去った。梓は目を赤らめながらも、寧ろここに来る前より顔ぶれはすっきりしている。彼女は鎖から解き放たれ、逃げ惑う心配もなくなった。
これで彼女は正真正銘自由となったのだ。
「てか、クレカで渡せないからって現金でそのまま渡すとかびっくりしたよ。やっぱり梓のお母さんも大した人だ」
「時々驚く程大胆だからびっくりするよね」
クスクスと梓は小さく笑った。
「じゃあ、改めてどこ行こっか」
「逃げる心配がないなら、行き先は一つだろ」
ぼくは、家の鍵をくるくると手で回す。
「帰ろう。ぼく達の家に」
「うんっ」
その日から、ぼくの家に家族が一人増えた。
お父さんとお母さんにも紹介を済ませ共に暮らし始めた。
頂いたお金は、梓の養育費として母親に提供し、まるで兄弟みたいに、だが将来はぼくのお嫁さんとして暮らす日々が続いた。
「高校生にして許嫁がいる気分はどうだ?」
藤堂には何度か揶揄われたが変化はそれくらい。
相変わらず梓は、『あんな男なんか捨てて付き合ってくれ』と告白を受けているようだが、それはもうこっぴどく振りまくっているらしい。
高校三年生、受験戦争は終わりを迎え。
ぼくは有名国公立に進学した。勿論、梓も一緒の大学だ。ぼくの方が少し成績が危なかったが、一生を捨て去ろうとしたあの頃に比べれば、大学受験など容易いものだ。
大学が進み、バイトが出来るようになると、ぼくは親元を離れ、梓と家を借りてそこで同居生活を始めた。梓は高校の頃に比べて更に大人びて美人になった。
「ちょっとどこ見てるのよ」
胸もちょっぴり大きくなった気がする。
「あ、え? いやなんでもないよ」
「どうだか。それより、キスしてよ」
「なんで。いきなりそんな」
「じゃなきゃ死んじゃうかも」
「寂しがり屋の兎じゃないんだから」
彼女はいつも勝手だ。
ぼくの気も知らないで、ぼくの人生を大きく変えてしまった。ただそれがいい方向だっただけに、ぼくは彼女を拒む理由は無い。
契約の履行、キスを済ませる。
柔らかな唇の感触を確かめると、彼女から名残惜し気に離れていく。
太陽みたいに眩し気にはにかむと、ぼくをぎゅっと抱き締めた。
「えっへへ、もう一回」
「もう死なないだろ」
「今日はね♪」
そう、この可愛らしい彼女は。
1日に1回キスしないと死ぬ呪いにかかっている。
完結しました!
最後はかなり駆け足でしたが、なんとか纏まって良かったと思います。ここまで読んで頂いてありがとうございます、現実恋愛を書くのは初めてでしたが、割と楽しんでかけたかなと思います。
良かったな、また見たいなという方はブクマ・評価だけして頂けると励みになります。それではまた、何か別のジャンルでお会いしましょう〜。




