百五十四話目
今日は金曜日。そして今は合奏の時間だ。
――だが、全員難しそうな顔をして先生の注意を聞いている。それもそのはず。今日の演奏が単純に昨日の演奏に及んでいないからだ。決して悪いわけではない。だが、満足のいく出来と言うことはできない……そんな感じだ。
吹奏楽というのは一人で出来ない。それが楽しみの一つでもあるのだが、同時に残酷な一面を孕んでいるのだ。気候、湿度、それから部員一人一人の体調やテンションによってもだいぶ変わる。それがピタリと合致した時にこそ、最高の演奏が完成するのだ。そんな奇跡的な要因が揃ったのが昨日だった。
プロはそれをコントロールする――が、俺たちは違う。それこそ精神的、肉体的に未熟だからそう思う通りにはいくはずがない。
「……みんな、集中して。もう時間がないんだよ」
「はい!」
もちろん集中している。だが、やはり昨日の演奏のインパクトは良くも悪くも俺たちに影響を与えたようで、みんなそれに引きずられていた。
「もう一度、行くよ」
「はい!」
再び開始される合奏――だが、しばらくして先生がそれを止めた。
「みんな。ちょっといいかな? 今日は全然出来てない。昨日の事を気にしてるなら、それはお門違いだ。あんなのは、ただのまぐれに過ぎない」
厳しい言葉を投げかけ、さらに告げる。
「確かに、あの感覚を忘れないように言った。でも、それを意識しすぎるようなら今すぐ止めた方がいい。全く同じ演奏は、絶対にできない。以下か、以上しかないんだよ。だったら……以上を目指せ。過去にすがるな。先を見ろ」
一呼吸。
「だから、早く気持ちを切り替えろ。俺たちが今考えなくちゃいけないのは昨日の演奏か? 違うだろう? 数日後の観艦式でどう演奏するかだ。だったら、必死にもがいて足掻いて模索して、あの時以上のパフォーマンスをどうやったらできるか考えな」
『……はい!』
「よし、いい返事だ」
構えられる指揮棒と楽器。
風を切る音と震わせる音。
息を鋭く吸い、吐く音。
――奏でられるのは先ほどとはまるで違う、迷いを全て振り切った調べ。昨日とは確かに違う。だが、それでいい。昨日ミスをしたところでミスをせず、改良すべきところは直している。
総合力では昨日の方が上だが、まとまっているのは明らかに今日の方。確かに、条件がすべて一致しているわけではない。だが、これが今の俺たちにできる最高の演奏だ。
「そう。それでいい。その時にできるベストな演奏をしていけば……いつかそれが最高の演奏になる。それを忘れないで」
先生が指揮を執りながら、告げる。それは俺たちの心に、確かに突き刺さった。




