三片目*憧れと現実
リュオは絵本を閉じた。
先ほど一族の主たる者たちのみに経緯を説明し、自室に戻ってきてすぐに絵本を手に取った。
幼い時から擦り切れるほど読んだ、雪の神の花嫁の絵本。
それはこの国・クリスノゥの昔話だ。
いつか【守護者】に選ばれることを夢見て、五つ上の兄のフレイに何度もねだって読んでもらった。
絵本では花嫁の寿命ついては触れられていないが、人の中の時の流れを停めてしまうのは神々の盟約に反するらしく、当代の寿命間近に代替わりが行われる。その時期までに必ず国のどこかで白き雪の娘が生まれるのだ。リツカは八代目にあたる。
絵本で出てきた少年も同じく、末裔のリュオの一族から選ばれる。リュオの一族は神殿の衛兵を纏めるものとして神殿に仕えていた。
リツカが三歳の時に、兄が九歳、リュオが四歳で引き合わされ、候補として守役兼遊び相手として傍に上がった。
リツカは出会った頃、物静かな人見知りの激しい子だった。最初のころは愛情表現として服の裾を摘み、目が合うと微かに表情が緩むくらいだったが、兄のフレイはそんなリツカに根気よく接し、少しずつ距離を縮めていった。そうして次第にフレイやリュオにはふわりと優しい笑顔を見せるまでになった。
それでいてフレイの剣の腕は国随一のものだった。
もちろん兄に負けじとリュオも剣の腕を磨き、兄に追いつこうと頑張った。
だがやはり成長期の五歳差は大きく、またリツカの信頼が一番厚い者としてリツカが十歳の時に代替わりが行われた際、【守護者】には兄が選ばれた。
そして六年間、雪の神のために二人は尽くし、祈った。
共に居る姿はお伽噺のようで、完璧なる対の姿はリュオには眩しく映った。
なのに。なのに。
兄は突然失踪してしまった。リツカを置いて。
リツカは気を失っているのが神殿の祈りの間で見つかり、目覚めた時には全て忘れていた。
リュオは胸元に掛かった紅の雪晶の飾りを手に取る。
本来は水晶のように罅が入った透明の飾りなのだが、それは兄のフレイに贈られている。失踪時に持ち出したようで、返還もされていない。
フレイの失踪により一族は窮地にたたされてしまった。
【守護者】はリュオたちの一族からのみ選出されてきたのだ。神の怒りに触れる事を思うと勿論のこと、国中に知られれば混乱の極み。いつ戻るとも知れない者を待つ余裕はなく、神官長・カザリナは代わりに候補の中でも次点であり、兄によく似ているリュオに白羽の矢を立て、二回目の儀式、つまりは賭けに出たのだった。
一人の花嫁に二人の【守護者】など、前代未聞である。 しかも花嫁は記憶喪失による人格交代。
国や神殿としては是が非でも秘匿しておきたい事柄だ。
雪の神の加護が無ければこの国など、隣国の大国·ラグナに一飲みにされてしまうだろうから。
「血のような、真紅の飾り・・・か。神の血の涙、ということなのか?」
絵本を書棚に戻し、飾りを眺めながら独りごちる。
そうならば神はどれほどお怒りだろう。
それとも花嫁の変わりようを嘆いているのか。
何れにしろ、これ以上不興を買う訳にはいかない。
そう結論に至ったとき、部屋の扉が叩かれた。
「リュオ様、リツカ様がお呼びです」