第八話 使命感
「ったく、一瞬ヒヤッとしたぜ。まさか奥の手の『格闘術』を使う羽目になるなんてな」
小声で零すカオルの耳元に、インギーが小さく返す。
「カオル。奥の手とは、エリウッドの事ではなく格闘系の技の事だったんですか?」
「ああ、そうさ。できる事なら使いたくはなかった……軍人だったって言う素性を詮索されないようにさ。普通おかしいだろ? 射撃と格闘技に精通してる女子中学生なんて」
「なるほど、そうですね。なら、勝ちを譲ってあげればよかったのでは?」
「ダメだ! こーゆー高飛車なガキには、どっちがツエーか……あ、いや、世の中にはもっと強い奴がいるって事を教えてやる必要があるのさ。これも年長者の務めってヤツだよ、うん」
「ああ、つまり負けるのが嫌だったんですね……大人げない気もしますが、まあいいでしょう」
「……うるさい」
インギーとの会話を終え、カオルはふぅ、と一息。
左手のエリウッドをクリアし、千早への戦闘態勢を解いた。
と、そんな瞬間!
「―――― ッ ! 」
一瞬、戦いへの集中の火を再燃させるような、突き刺さる程の視線を、カオルは感じ取ったのだった。
「何だ!?」
咄嗟に、送られてきた視線の主を探る。
だが、視界に入る少女たちの視線の、どれでもない事に気付く。
「……気のせいか?」
「どうしました? カオル」
「ああ、今何か刺すような視線を感じてさ……いや、あれは殺意と言ってもいい」
「殺意、ですか」
「そうだ。俺と戦いたがっている、そして倒してやる! と言う意気込みのこもった視線だった」
「はたして、そんな中学生がいるでしょうか?」
「さぁてね。俺のような変り種が居るんだ、もしかしたら……とんでもないサイコ野郎が居たとしてもおかしくないだろ」
「さもありなんですね。一応、精神的・肉体的なチェックはしていますが……きっとそれも建前上ですから」
「なんだよ、結構いい加減なんだな――」
突然、そんなカオルとインギーの会話に割って入る、怒り心頭な声があった。
「もぉ~! どーなってんのよ!? 何よ今の、ぜんぜん魔法戦闘じゃなかったじゃないの!!」
赤坂千早の、悔しさと憤怒にまみれた抗議の声だ。
「何だ? ちゃんと魔法弾丸でトドメ刺してやったろ」
「ふざけないで! 魔法戦闘ならちゃんと魔法技で戦いなさいよ!! 不意を突いた足払いなんて姑息な手段、私は認めないんだから」
「いや、認めないっつわれてもな……」
「大体、私はまだ必殺技も繰り出してないのよ!? それを、あんなツマンナイ足ひっかけなんかで邪魔されるなんて……信じられない!」
「足ひっかけって、お前なぁ……」
「そもそも、そんな組技なんて、悪魔獣との戦闘に必要ないじゃない! 奴らとの戦闘はあくまで魔法技よ、なら魔法技での戦いに重きを置くべき――」
「バカ言うなよ。お前は――いや、お前らだ! お前ら全員、戦いをナメてんじゃないのか!?」
少し怒気を孕んだカオルの一喝が、千早の抗議を、そして周囲の少女達の浮ついた気分を抑え付けた。
この三戦で得た、少女達への「戦いにおける意識の持ちよう」が、カオルにはどうしても我慢ならなかった様子である。
「な、何よいきなり」
「お前達、『敵』と戦う意識はちゃんと持っているのか? て話だよ」
「し、失礼ね! ちゃんと持ってるわよ!? 現に、対悪魔獣デモ・マガバトルで、幾度も勝ちを収めているんだから」
「敵は――実際の悪魔獣ってのは、プログラムで動くゲームモンスターなんかじゃないんだぞ!」
カオルの言葉に、少女達の周囲を重い空気が立ち込めた。
あくまで、対戦してきた悪魔獣は架空の代物。実戦ではない。どんなイレギュラーな動き、戦い、事態に陥るかわからないのだ。
そんな状況下の中、臨機応変に動ける思考と戦い方を身に付ける事が、これから戦いに身を投じる者にとっての、最大の課題……そう幾度と無く訓練で教えられてきたカオル。
事実、その心得を守ってきたおかげで、今まで生き延びてこれたし……それを怠ったせいで、「死」というペナルティーを受けてしまった。
「敵が人型じゃないからって、格闘技が必要ない。と言う意識の下で戦って、もし、格闘技に特化した悪魔獣が出現したら――その瞬間、お前らの半数が……いや、それ以上が壊滅的な打撃を受けるかもしれないんだぞ。今のお前みたいにな!」
「そ、そんな事! ……そんな事知らないわよ」
赤坂千早は言い返せず、ただ他人事のようにぷいっとソッポを向くのだった。
「でもね、そんな地味な戦闘は、誰も覚えたがらないんだよ。カオルお姉さま」
険悪な空気の中。少し怯えの入った口調で、郡山音葉が訴える。
「ガキじゃあるまいし、派手な戦闘がしたいだなんて何バカな事――」
と、怒りを口にしたところで、カオルはハッと我に帰った。
そう。ここに居る者達は皆、14歳の女子中学生。今まで戦いなんてものには無縁の生活を送ってきた「子供」なのである。
「そうだよな。すまない、ちょっと熱くなっちまった」
「ううん、いいんだよ。カオルお姉さま」
「流石はお姉さまだわ! ちゃんと私たちの事を考えて、叱ってくださるのね」
「おねえさまかっこいい!」
と、今しがた叱責を買ったばかりだと言うのに、その意味の半分も理解せず、ただその「勇ましさ」にきゃーきゃーと色めき立つ少女達。
「ダメだこりゃ、確定で人類滅亡だ。なぁインギー、もっとちゃんとした年長者とか連れて来た方が良かったんじゃねーか?」
「そうは言いますが、この御時世、純潔の女性は若年者にしか求めようがありませんので」
「そうか、そうだよな。女性軍人は、純潔なんてとうの昔に捨ててるだろうし」
「そうです。そのために、あなたのような戦闘経験の豊富な男性を女性化し、年齢逆行措置でこの学園内に居る少女達と同じ年齢である14歳まで若返らせたのです」
訥々と語るインギーの言葉に、ふと、カオルの脳裏にある考えが浮かぶ。
「あー……って事は、だ。そうかあのババァ、俺にこいつらの戦闘能力の底上げをさせようって魂胆だな?」
「ババァ? 学園長の事ですか?」
「そうだ。恐らくあのご老体、俺のスペックデータをどこからか入手して、死んだらこのプロジェクトの検体にしてやろうとピックアップしてやがったんだよ。寮母時代に手を掛けさせた恨みも兼ねてさ」
「あながち違うとも言えませんね。でも、それだけカオルを買っているという事では?」
「買ってる、ね。俺がもし実験体として実績を残せば、今後腕のある兵士達はゆっくり死んでもいられないって事か」
「モノは考えようですよ、カオル」
インギーの言葉に、カオルは小さく頷く。
それは、自分自身がよく分かっていたに他ならない。
自分に今できる事。
それは、この場に居る少女達に戦いのなんたるかを教えてやる、という事。
「そうだな。こいつらが『見た目だけの戦い』ではなく、本当に一人前の戦士になる手助けをしてやる。そうする事が、悪魔獣を駆逐する、そして仲間の仇を取る事にもなるんだ」
ふと、目の前に道が開けた想いに駆られるカオル。
それは、この世界で「自らの使命」を見出した瞬間だった。
「――音葉」
「は、はい! カオルお姉さま」
「さっきも言ったが、お前の必殺技には隙が多すぎる」
「……う、うん」
「私という初心者に油断した事と言い、気持ちにムラが多すぎた。それが今回の敗因だ」
「そうだね。これからは気を付るよ」
「それに、静音」
「う……な、何かしら?」
「お前は自分の力を過信しすぎた。あのセルフィオンとやらがどんな戦いを見せるかは知らないが、戦いにおいて講釈をたれる余裕はないと知れ。相手は言葉も色仕掛けも通じないバケモノなんだぞ」
「わ、わかったわよ」
二人の少女が、カオルの言葉を受け入れる。
その素直さに、小さな満足の頷きを見せ、
「後は――千早だ」
「……何よ!」
未だ、カオルを睨み付けて「う~!」と唸りを上げている少女へと歩み寄り、言うのだった。
「お前のポテンシャルは見事だよ。それに、戦いに臨む際の周到な準備。私も見習わせてもらう」
「フン! 当然よ」
「ただ、ちょこっとばかり頭が固いな」
「う、うるさいわね! あなたには関係ないでしょ!?」
「関係あるさ。今後、共に戦う仲間なんだから」
カオルが浮かべた爽やかな笑顔から、赤面必至の言葉が突いて出た。
「な、な、な、何ハズい事言ってんのよ!」
「え? いや、今のは感動するところだろ?」
「か、感動なんかする訳ないでしょ! バカじゃないの」
(ええッ!? やっぱこの歳頃の女子はわかんねー)
「ガビーン」と言う効果音を背負い、ちょっと残念といった表情で肩を落とすカオル。だが、周囲に居た少女達はその一言に、
「お……お姉さま……超かっこいい!」
「次! 次は私に言って!!」
「ちょっと、冗談言わないで。次は私が囁いてもらうんだから!」
「ハァ!? 何寝言言ってんのよ!」
「何、やろうっての? いいわ、受けて立つ!」
「先生! カオルお姉さま争奪大模擬魔法戦闘の開催をお願いします!」
「 だ あ あ あ ! お ま え ら う っ せ ぇ !! 」
まるで「ドカン」と火山が噴火したイメージを背景に、カオルの一喝が飛ぶ!
そして、一斉に静まる周囲の少女達と言う図式は、もはやお約束の域に達していた。
「とにかくだ、千早。お前の力を最大限に引き出すには、もっと自由に物事を考える必要がある――」
「うっさい! ほっといてよ」
プンスカと怒ってほっぺたを膨らませ、千早が戦闘エリア外へつかつかと歩き出す。
「あ、ちーちゃん」
そんな彼女を見て、金色の髪の小さな少女が後を追いかける。
途中振り返り、カオルをじっと見つめ――
「ちーちゃん、分かってると思うよ」
そう笑顔で残し、また千早の後をぱたぱたと駆けて行くのだった。
「あーメンドクセェな…………けど、そう願いたいもんだ」
少し照れたような笑顔で零すカオル。
なんだか一つ仕事をこなしたようなホッとする感覚に、自然と表情が緩んでしまっているのだろう。
だが! そんな彼女の思いを他所に、新たな戦いが忍び寄って来たのだった。
「鬼首ヶ原薫。私と戦ってほしい」
少し低めの少女の声に、一瞬ピクリとカオルの眦が動いた。
それは、意識外の挙動であり、深層心理から発せられたサイン……危険。
「なんだ、この威圧感は?」
新たな対戦相手と対峙したカオルは、敵から漂う漠然とした「何か」に、不安感を抱くのだった。
最後まで目を通していただき、まことにありがとうございました!