第九話 ジョーカー
「あ、ジョーカーだ。ラストの相手はジョーカーだよ、お姉さま」
「ジョーカー? それって渾名か何かか?」
「うん、そう。ジョー・カーラングル、イギリス人なんだって。名前とフインキから、ジョーカーって呼ばれてるんだ」
郡山音葉が、カオルの傍らで解説要員よろしく、相手の情報を語る。
「戦績は確か、防御系のB-だったと思う。結構固いガードと、たまに見せる回復魔法で、ねちっこい戦いを見せるよ」
「なるほど、相手の疲れによるミス待ちの持久戦か。そんなの……」
「ん、そんなの何? お姉さま」
「あ、いやなんでも無い」
(そんなの、疲れを知らないあの化け物達には通じない戦法だ)
そう、一人心の中で呟くカオル。
そして対戦相手に向き合い、その容姿を視界に納め、改めて尋ねるのだった。
「お前が最後の相手か?」
カオルの問いに、小さく頷く「ジョーカー」なる少女。
身長も体型もカオルとほぼ同じ程の、美しいブロンドのストレートヘアが人の目を引く生徒だ。
ふと、左の目を黒い眼帯で覆っている事に気付く。そんな彼女に躊躇いを覚えたカオルは、
「左目、見えないのか?」
と、まるで戦わない理由を見つけたように問うのだった。
「問題ない。人並以上に戦える」
「そうか……なら断れない、か」
カオルは、今の気持ちを率直に吐露した。
正直、あまり気乗りがしない……と言うより、彼女から漂うある種の不気味さに、できるなら戦いたくないと言う意識が顔を伺わせていたのだ。
(なんて目ェしてやがんだ……あれは人の命を一ダースは奪ってきた目だな。けど――)
心の中で、ダークグレーの瞳から繰り出される、冷ややかな視線の印象を語る。
だが、受けた心象には、もう一つ特筆すべき個所が見て取れた。
(酷く悲しい瞳だ……まるで、世の中の業を一人で背負い込んでるような瞳だぜ)
軍隊では、過去に「人対人」で戦争をしていた時代からの軍人も居た。そう言った人々が、野営キャンプの焚火の前で感傷的になった時に時折見せる、悲しみの眼差し……それに酷似しているのだ。
(こんな年端もいかない少女が、なんでまた戦争屋の目をしてやがんだ? いや、そんな少女だからこそ、ここに居るのでは?)
ただならぬ雰囲気に、千早や音葉などと戦った甘い気持ちを払拭するため、カオルは色々な想像を巡らせて、目の前の「敵」の印象に折り合いをつける。
(抜かるなよ、俺。相手は14歳の小娘と考えるな、締めていけ!)
あくまで「倒すべき敵」として、ジョー・カーラングルを見据える。
「大丈夫よ鬼首ヶ原さん。彼女、そんなに強くないから」
そんな中、稲垣静音がカオルへお気楽な言葉をかける。
「そーだよ、所詮B-だもん。それにいつも、『敵わない相手』には、途中で棄権するから」
更に音葉までもが、ジョーカーの戦いぶりを評して言う。
「棄権する?」
「そ。持久戦に特化している防御系魔法の癖に、諦めが早いって言うかなんというか……魔法感覚の選択ミスだね」
「そうか、わかった」
と、口にはしたものの、彼女たちの言葉を鵜呑みにはできなかった。
「棄権。それはつまり、無駄な戦いはしない主義なんだろ?」
「だね。お姉さまくらい強い相手だと、スグにギブアップするんじゃないかな?」
「……そう言うのが一番オッカネェんだよ」
(負けの代償を支払ってでも、得るものがある。彼女はそう言った意識の下で戦ってるんだろう)
増々の戦い辛さに頭を悩ませながらも、カオルは腹を決めた。
「まぁ、戦ってみないとワカンネェよな。綾乃先生、バトル開始お願いします!」
「ええ。じゃあ双方共、準備はよくって?」
「「はい」」
「では、デモ・マガバトル――開始!」
「インギー、ジェイクとエリウッドを召喚!」
「了解」
「フィナンシェ、いつも通り」
「ラジャ」
傍らを飛ぶ、デフォルメされた梟の使い魔へと指示を出すジョーカー。
が、その「いつも通り」と言う指示は――
「野郎、得物ナシでやり合おうってのか?」
つまり、武器を召喚せずに手ぶら状態。
「ナメやがって!」
カオルが、まるで「気分を害された」とでも言うように、感情に任せて二丁拳銃を乱れ討つ。
勢いに任せて放たれた幾筋もの魔法弾丸は、その全てがジョーカーへと辿り着く軌道を描いていた。
だが!
「壁」
突然、その一言と共に、ジョーカーの前へと「石の壁」が現れた。
縦約三メートル、横約1.5メートル程の障壁は、十数発の魔法弾丸の群れを弾き返した後、その役目を終えたかのように姿を消したのだった。
「クソ、固ェな。だが!」
十数発の魔法弾丸を受けた「魔法壁」。けれどそれは、一切の攻撃を受け付けないと言う代物ではなかった。
そう、カオルは見逃さなかった。
「着弾した場所が破損してえぐれてた……つまりは壊せる!」
そして新たに、更なる勢いでジョーカーへと銃弾を浴びせる。
それは正に、魔法弾丸の雨あられ状態!
「壁」
ジョーカーが新たな石の壁を生み出し、カオルの攻撃を防ぐ。
「どこまで耐える!?」
まるでマシンガンのような無数の速射に、やがてソレは、全体に行き渡る程の大きなヒビを見せ――
(よし! 魔法弾丸およそ50発で破壊できるな)
トドメとばかりの一押しを打ち込もうとした、その矢先の事!
「タンッ!」と小気味の良い音と共に、石の壁を蹴って、黒い影が空高く飛んだのだった。
「上に逃げたか?」
瞬時に狙いを変更し、ジェイクとエリウッドの銃口が、上空へと逃れたジョーカーを追う。
「さて、どう逃げるよ?」
銃口が火を噴き、「パンッ!」という乾いた炸裂音が、幾度と無くけたたましく鳴り響く。
「ウォールッ!」
しかしながら、カオルの放った攻撃は、またしてもジヨーカーが空中に生み出した「壁」により、その目的を果たす事無く、四方に弾き散らされた。
更に!
「ダンッ!」と重い音が鳴り響き、思いもかけない光景が、カオルを襲ったのだった。
(野郎、壁を蹴って――!)
ジョーカーは、自らが生み出した長方形の「壁」をカオルへと向けて蹴り、それ自体を攻撃として見舞ってきたのだった。
「なんて野郎だ!?」
驚きはしたものの、そのスピードと軌道は、カオルの回避能力の範疇内であり、回避するに易かった。
が、その攻撃は単なるフェイクでしかなく――
「――いっ!?」
砕け散った「壁」の、破片と砂埃の中から、突如現れた手刀。
次いで、間髪入れずの右と左の拳が、カオルを襲う。
「ちょ、あぶねッ!」
紙一重のところで事無きを得たカオルではあったが、その戦闘方法に、そして戦いぶりに、驚きを隠せなかった。
(こいつは――人の急所を知ってやがる)
手刀はカオルの首の甲状軟骨のあたり、所謂のどぼとけを狙っていた。
そして拳で、こめかみや鳩尾といった「痛み」ではなく「平衡感覚のマヒ」や「呼吸困難」を狙ったと推測できる攻撃をも繰り出してきた。
「にゃろう!」
けれど、カオルとて気遅ればかりしている訳ではない。
「スキだらけだぜ!」
咄嗟に二丁の銃を収納し、反射的に人体の急所として教え込まれてきた「肝臓」や「腎臓」へと、お返しのボディーブローを見舞う。
「どうだ、痛くて声も出ないだろ――ッ!?」
本来ならば、その激痛に声も無く膝から崩れ落ちるであろう、渾身のパンチ。
だが、カオルは忘れていた……この模擬戦では、痛みは有効な手段ではない、という事を。
「残念」
まるで餞別の言葉のように、ジョーカーが零す。
直後、カオルの鳩尾部分に、大きな衝撃が襲った。
「うわっ!」
真っ直ぐに伸びた右足による突き蹴りが、見事なまでにカオルへと決まったのだ。
「――ぐっ!」
「お、お姉さま!」
「鬼首ヶ原さん!」
5~6メートルは吹き飛ばされたであろうカオルへと、少女達の心配の声が飛ぶ。
痛みは左程無いものの、精神的な衝撃と、呼吸の困難さが、カオルへと思いがけない負荷を生んでいた。
「コイツは……おもしれぇ」
けれどカオルは、その受けたダメージ達を甘受し、さらなる闘志に変換するのだった。
最後まで目を通していただき、まことにありがとうございました!




