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3】真っ赤なリンゴと真っ赤な私

 ちょっと苦しいくらいの抱擁からようやく解放され、横ならびに座って他愛のない話をしていると、圭太君がふと思い出したように足元を手で探り出した。

「どうかしたの?」

「ああ、お見舞いにリンゴを持ってきた。さえ、食べるか?」

 そう言って彼が床に置かれた手提げ袋から取り出したのは、少し小ぶりで真っ赤なリンゴだった。

 普通食をモリモリ食べるのはまだ無理だけど、果物なら大丈夫そうだ。

 それにリンゴは果物の中で一番好きなものだから、具合が悪い時にはなおさら嬉しい。

「うん、食べられそうだよ。じゃ、剥いてくるね」

 私が圭太君に向かって手を差し出せば、やんわりとその手を押し返される。 

「いや、俺が皮を剥いてやる」

 やけに自信たっぷりに言ってのける圭太君。

 だが私の記憶では、彼が今までに台所に立った姿を見た事がないし、圭太君のお母さんからも彼の料理の腕前に関しては聞いた事がない。

「え?圭太君、出来るの?今まで、果物の皮なんて剥いたことなかったよね?」

 思わず訊き返すと、ムッとされてしまった。

「馬鹿にするな。天才外科医の伊野瀬 圭太様だぞ。腹や内臓を掻っ捌くことに比べたら、リンゴの皮むきなんて余裕、余裕。あっはっはーーー」

 と、高笑いを響かせ、彼はリンゴを手に台所へと消えた。




 そして15分後。




 台所からこちらの様子を窺うように、チラリと圭太君が顔を覗かせた。

「包丁の場所が分からないの?それとも、丁度いい大きさのお皿が見当たらない?」

 私の問いかけに、彼は力なく首を振る。

 その圭太君の顔は、リビングを意気揚々と出て行った人と同じとは思えないほど暗く沈んでいた。

「まさか、指でも切った?」

 メスを巧みに操るという圭太君が、たかが包丁で指を切ってしょげているのかと思って聞いてみたのだが、

「……切ってない」

 という答えに、私の予想が外れたことを知る。

 そうなれば、彼が落ち込んでいる理由がますます分からない。

「なら、どうしたの?なんで落ち込んでいるの?そんなところに立っていないで、こっちに来たらいいのに」

 私がそう声をかけると、彼はしばらく視線を彷徨わせた後、ゆっくりとリビングへ入ってきた。

 そして、ソファーの前にあるガラス製のローテーブルの上に、圭太君がお皿をソッと置く。

 それを見て、私は苦笑が漏れそうになるのを我慢した。

 圭太君がションボリと肩を落として運んできた皿の上には、予想よりはるかにいびつで、かなり小さくなったリンゴがあったのだ。

「天才外科医様?」

 所在さなそうに立つ圭太君を、ほんのちょっとだけ意地悪く笑って見上げれば、

「ごめん」

 と、小さく返ってくる。

「ううん、謝ることじゃないよ。味が変わるわけじゃないし。剥いてくれてありがとうね」

 ニコッと笑いかければ、圭太君はようやく表情を緩めた。

 いつもはどんな時でも自信満々の彼なのに、こうやって落ち込んでいる姿が可愛く見える。

 こんな姿は私にしか見せないのだと思えば、彼の失敗が逆に愛おしいものに感じるのだ。

 どんな彼の姿でも好きだと言える自分は、どれほど圭太君に惚れているのだろうか。


―――ま、計り知れないほど大好きってことかな?


 私はこっそり心の中で呟いた。




 ソファーの横に立ったまま、一向に動こうとしない圭太君。

 私は自分の横の座面をトントンと軽く叩いた。

「立ってないで座ったら?」

 私が怒りも呆れもしていないのが分かると、圭太君は素直に私の横にやってくる。

「……やっぱり、リンゴと内臓は違うな」

 ポスンとソファーに腰を下ろし、ハァと大きく息を吐く圭太君。

「でもさ」

 私はリンゴを指で摘み、サクッと一齧り。

「包丁に慣れていない圭太君が、私のために一生懸命剥いてくれたんだもん。すごく嬉しいよ。本当にありがとうね」

 笑顔で話しかけて、もう一口齧る。

「うん、美味しい。このリンゴ、甘いね」

 甘味が強く、だがわずかにある酸味とのバランスが絶妙で、私が大好きな味だ。咀嚼するたびに、口いっぱいにリンゴの香り高い芳香が広がる。 

 一切れ食べ終えた私は、新たなリンゴへと手を伸ばした。

 その様子を嬉しそうに見ていた圭太君は、

「俺にも味見させて」

 と言って、皿のリンゴに手を伸ばさず、私の肩に腕を回してくる。

「えっ?」

 驚きに目を瞠る私のすぐ目の前に、彼の顔が。

 あっと思った時には、圭太君が私の唇に自分の唇を重ねていた。


 互いの唇が重なったのは、わずかな時間。

 だけど、それは明らかにキスで……。


 彼は優しくキスをした後、ゆっくりと離れ、ペロリと自分の唇を舐める。

「ホント、甘いな」

 満足げに笑う彼。

 すっかりいつもの圭太君の顔だ。


―――甘いのは圭太君だよ!


 私の顔は、リンゴよりも真っ赤になった。



●これで、このお話しはおしまいです。

なんか、書いている自分ですらムズムズするほのぼの&あまあまですが、こういう展開は割りと好きです。

…いえ、「割りと」どころか大好きです(笑)


彼女のために一生懸命になる彼氏の姿を書く事が、ホント好きなんですよねぇ。

スマートにこなすのもいいですし、不器用な姿でも、それもまた良し♪




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