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Side ―王子さま―
夏といえば合宿。
打ち解けてきたクラスメイトとさらに友好を深めるべく、海の見える旅館に臨海合宿だ。
朝は周辺探索、昼はレクレーション、夜はバーベキュー、そしてその後は――
「毎年恒例の、肝試しっ!!」
どんどん、ぱふぁぱふぁ! と各クラスの担任が学年主任の後ろで効果音を鳴らした。
学年主任は自分を見ろ、といわんばかりに壇上に立ち、生徒を見下ろしている。
「諸君らはこれから肝試し大会に参加してもらう。ルールはいたって簡単。男女二人のペアで山頂へ行き、校章マークが入ったボールを取ってくればいい。ペアは抽選なので、今から発表する。名前を呼ばれた人はこちらに来るように」
メガフォン片手にやる気まんまんな学年主任。
その光景を見ながら肉をかじり、中村が俺を小突いた。
「蓮、運命ってあると思うか」
「あー、あったらいいな」
「あーも、なんでお前はそう夢がないんだ。三森と一緒になったら! とか考えないのか?」
「考えるもなにも、1クラス40人、それが5個。特定の相手とペアになれる確率がどれだけだと思ってるんだ」
考えるだけ虚しい。
それに。
「今日は俺、委員長に会ってない」
「え!? マジ、俺バスで一緒だったぞ?」
「俺は違うバスだったし、昼だってなんか違うグループに入れられるし、今は今で委員長どっか行って居場所わからないし」
せっかくの合宿なのに、一言も声を交わしていない。
他の面子に聞くと所々で委員長は見かけられるらしいけど、俺は会ってない。
というよりは、
「蓮、もしかして、避けられてる?」
「人が気にしていることを言うなぁ!!」
持っていたペーパー皿を肉の残りごと中村に投げつける。
それは綺麗に避けられたが、俺の不満は納まらない。
なにをした覚えもない。
嫌われるようなことを言った記憶もない。
先週の金曜日、学校では普通に会話していた。
だというのに合宿が始まってからというもの、委員長は俺を避けている……らしい。
「誰だ、誰が俺の計画の邪魔を!!」
「だよな、せっかく三森好みに髪切ったのにな」
「うるさい。暑かったから、ちょうどいいんだ」
「まったまたぁ。相手の好みにあわせるだなんて、青春だねぇ蓮君。ん? あでもそういえば三森も……」
「木島 蓮! 橋本 亜子!」
会話を遮るように、学年主任の声が聞こえた。
あれは、肝試しのクジ。
「お前、亜子とか!」
「みたいだ――」
数ある女子の中から橋本とペアになる。
まぁ、まったく知らない女子と組むよりは何倍もマシだろう。
先ほど中村に投げつけたペーパー皿をゴミ箱に捨て、集合場所に向かう。
「んじゃ、また後で」
「おう、また部屋で――」
「中村 悠一! 三森 千鶴!」
次のペアが呼ばれた。
ほぉ、そうか、中村とかいう男と、委員長が一緒に……中村と、委員長がペアに……
「……あー」
「……」
「あー、蓮?」
「呪ってやる、祟ってやる、怨んでやる!」
神様は俺のことが嫌いなんだ。
いや、これはもっと慎重にことを進めろという暗示か? それにしたって、なにも中村と委員長をくっつけることないだろう。
「お前か、お前が俺の計画を邪魔しているのか!?」
せっかく男として意識してもらおうと準備してきたというのに、邪魔ばかりが入る。
握りこぶしを作りちらつかせると、苦笑いの中村が俺をたしなめる。
「ま、まぁ、とりあえず集合場所に行こうぜ。三森にも会えるぞ」
そんな言葉に流されるほど、俺の意思はたやすく……
たやすかった。
「あたしのペアが木島くんね。よかったわぁ、中村じゃなくて」
「なによぉ、亜子ったら! 俺がペアじゃないことそんなに悔しがらなくてもいいじゃなぁい!」
「キモイ喋り方すんじゃないわよ! 誰が悔しがってるっての? 木島くんはアンタと違って紳士だから、ねー?」
俺の腕にしがみついて中村への威嚇なのか、舌を出す橋本。
少し離れたところには委員長がいるのに、橋本が邪魔で近づけない。
と、こちらに気づいたのか、委員長がなぜか蒼白な顔で近づいてくる。
「亜子ちゃん!」
橋本の腕を引っ張り、彼女を自分のほうへと寄せる。
どうしても俺と近くにいるのがいやなのか、こちらをちらちら見るものの、すぐに視線がそらされる。
「ごめん、ちぃ。もうしないから」
もう触れません、という示しなのか、両の手を委員長へ見せて謝る橋本。
「木島くんは亜子ちゃんのペアだけど、でも、そんなに近づいたら」
「なんか蓮、お前、病原菌みたいに言われてるぞ」
もう、病原菌でもなんでもいい。
委員長はやはりというか、俺のほうを見てはすぐに視線をそらす。
つまり、これはつまり、俺がなにかをしてしまったのだろう。
予定変更だ。
男としてみてもらう前に、以前の状態に戻らなければ。
そうしないと会話もままならない。
「……苦痛だ」
「なにが?」
「っ!? 橋本、いたのか」
ペアで並ぶので横に橋本がいるのは普通だけれど、なんだか違和感がある。
「木島くんさ、今日ちぃに会ったの、さっきが初めて?」
「そう、だけど」
「なにか気づいた?」
「え? なにに!?」
なにか委員長に変化があったのか、もしそうなら教えてもらえれば、俺のことを避けている理由もわかるかもしれない。
救いの神様を見る面持ちで橋本からの言葉を待っているが、彼女は俺がなにも言わないことを見ると深くため息をついた。
「気づかなかったのね」
「な、なににでしょう」
つい敬語になってしまう。威圧的というか、これは、もしかしなくても怒っている?
「ちぃ見てなにも気づかなかったの?」
すごい剣幕でにらまれた。美人が怒ると怖いと聞くが、本当だ。
次の人どうぞーと肝試しの係りが言うので、仕方なく俺と橋本は歩き出した。
音響をセットしてあるのか、ありきたりな『ひゅ~どろどろ』という音が響いている。
……無言だ。
目的地はわかっているから別にいいんだけど、無言だ。
「あの、さ。橋本」
「なに」
「怒ってる、よな」
「へぇ、あたしが怒ってるってわかるんだ。でもなんで怒ってるかはわからないってわけ?」
歩みをとめて振り返ると、仁王立ちで腕を組み、こちらをにらむ橋本の姿。
俺のほうが随分と身長は上のはずだけど、見下ろされている気がしてならない。
今日の委員長、先ほど会った委員長、なにか違うところがないか探してみる。
橋本の怒りの原因は俺が委員長の変化に気づかなかったからだろう。
けれど、先ほど会った委員長に取り立ておかしなところはなかった。
具合が悪そうにも見えなかったし、俺のこと避けている以外は別に普通どおりだ。
「髪、切ったのね」
「あ? ああ、暑かったから」
「木島くんってメガネするの?」
「メガネ? いや、視力はいいから」
「……鈍感」
ぐいっと足を踏まれた。
いきなりで、不意打ちだったから、避けることもできず、
「ったぁ」
「なんでアンタなんだろう」
「なにがだよ!」
いきなり足を踏まれる覚えはないぞ。
たとえ委員長の変化に気づかなかったにしても、橋本に足を踏まれるいわれはない。
「お前な、いい加減」
「れーん!!」
遠くのほうから、中村の声が聞こえた。
聞こえるはずのない声になにごとかと、先ほどのやり取りも忘れて俺と橋本は顔を見合わせ、声のしたほうへと視線を向ける。すると、道なき道から草を掻きわけ、中村が走ってきているのが見えた。
「なにやってるんだ、お前」
「ヤバイぞ、まずいって」
「いきなり出てきてなんなのよアンタは。ってか、ちぃは?」
「三森、一人でどっか行っちまった!」