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しゃべれま10³ ――しゃべれません  作者: 1010


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1/10

第1話「ちゃんと、やれてますから」

深夜一時。

 街の音が一段階、下がる時間。


「FMまちかど、『しゃべれま10』のお時間です」


 低くて、よく通る声。

 黒崎の声は、感情が少ないのに妙に残る。


「この番組は、“まだ誰にも言っていないこと”を持っている方だけが出演できます。無理に話さなくて大丈夫です。……話せるところまでで」


 一拍。


「では、今夜の方です」


 カサ、と紙の音。

 小さな緊張が、電波に乗る。


「ラジオネーム、ユイさん。18歳」


 マイクの前に座る気配。

 息が、少しだけ浅い。


「……こんばんは」


 かすれる声。

 頑張って出しているのが分かる。


「こんばんは。来ていただいて、ありがとうございます」


「いえ……」


 それ以上、言葉が続かない。


 黒崎は急かさない。


「今日は、どんなお話を」


 沈黙。

 五秒。

 十秒。


 普通の番組なら事故みたいな時間。

 でも、この番組では、それが“本編”だった。


「……受験、で」


「はい」


「ちゃんと、やらないとって思ってて」


 言葉が、途切れ途切れに出てくる。


「周りも、みんな頑張ってるし……親も、期待してて」


「うん」


「だから、その……」


 また止まる。


 黒崎は一度、視線を落としてから言う。


「“だから”の先、言えそうですか」


 少しだけ、優しいトーン。


 ユイは、息を吸う。


「……逃げたらダメだなって」


「逃げてる、と思いますか」


「思ってないです」


 即答だった。


 でも、その速さが、少しだけ不自然だった。


「ちゃんと、やれてますから」


 その一言は、きれいに整っていた。


 まるで何度も心の中で練習したみたいに。


 黒崎は、すぐには返さない。


「“ちゃんと”って、どういう状態ですか」


「え……」


 ユイが詰まる。


「勉強してて、成績も落ちてないし……」


「うん」


「だから、大丈夫で」


 言葉が、だんだん軽くなる。


 自分で言い聞かせているみたいに。


「ちゃんと、やれてます」


 もう一度。


 今度は少しだけ、弱い。


 スタジオの時計の秒針だけが進む。


 黒崎が、静かに言う。


「誰かに、“大丈夫じゃない”って言われたことは」


「ないです」


 少し間。


「……言わせてないだけかもしれませんけど」


 小さく付け足す。


 その声は、ほとんどマイクに乗らないくらいだった。


 黒崎は、それを拾う。


「言わせてない、というのは」


「……」


 ユイは何も答えない。


 代わりに、マイクに近づく気配。


 息が、少し荒くなる。


「……ちゃんと、やれてますから」


 三回目。


 今度は、祈りみたいだった。


 黒崎は、そこで初めて少しだけ笑う。


 優しさにも、諦めにも見える笑い。


「そうですか」


 一拍。


「それなら、よかったです」


 その言葉は、肯定でも否定でもなかった。


 ただ、終わらせるための音だった。


「ユイさん、ありがとうございました」


「……ありがとうございました」


 椅子が引かれる音。

 足音。

 ドアが閉まる。


 スタジオに、また静けさが戻る。


 黒崎は、次の紙をめくる。


「この番組では、まだ誰にも言っていないことを募集しています」


 いつも通りの声。


「無理にしゃべらなくていいです」


 少しだけ間を置いて、


「……そのほうが、楽なこともありますから」


 赤いランプが、変わらず点いている。

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