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美学で盗めないものはない(4)

 静寂が凍りつき、重金属のような存在感が空間にのしかかる。

 その巨体はまるで動かぬ石像のようにも感じられたが、今まさに息づこうとしていた。


 ジルカメスは、ゆっくりとレイピアを抜いた。

 鞘から滑り出る細剣の輝きは、術式灯を受けて白銀に煌めく。


 ジルカメス、自慢の細剣(レイピア) 《カンタービレ・スティレット》。

 詩人のように舞い、歌うように穿つ、彼だけの“演奏剣”。


「美とは、剣を抜く理由にもなる。今宵、我が舞は“正当化”された」


 ロゼリアが香気の粒子を空中に撒き、 “舞台照明”を描く。

 視界が柔らかく揺れ、空間の一部がほんの少しだけ“曖昧”になる。


「香りは整いました。照明、完璧です。……ジルカメス様、主役のご登場を」


 ガーディアンが動いた。

 その一歩は、まるで質量の宣言だった。

 床が軋み、足音だけで空気が割れる。


 ジルカメスは、踵を鳴らして軽やかに跳躍。

 斜めに舞い上がり、装甲の肩を踏み台にして背へ回り込もうとする。


 ——だが、ガーディアンは鈍重に見えて、驚くべき反射速度で動いた。

 背面から生えている腕が振り上がり、無造作に打ち払う。


 ジルカメスは急制動をかけて姿勢を逸らしたが、掠めた衝撃が脇腹をえぐった。

 マントの端が裂け、細剣(レイピア)が一瞬、手元を離れかける。


「ッ……!」


 地面に着地するも、ガーディアンは追撃を止めない。

 一撃ごとに床を割り、空気を震わせながら、無言でジルカメスを押し潰そうと迫る。


 ロゼリアが即座に香気弾を放つ。

 白い花弁の幻影がガーディアンの顔面を覆う。


「今です、ジルカメス様!」


「心得た!」


 細剣(レイピア)が一閃。だがそれは斬撃ではない。コアが前の儀式。

 まるで白百合の花びらが舞い落ちるように――静かで、美しく、鋭い。


「――我が名は美。我が剣は詩。燃ゆるは想い、穿つは心臓……!」


 ジルカメスが軽く足をひねり、勢いをのせて低く身を屈める。

 そのまま、膝を軸に回転しながら踏み込んだ。


「白百合一閃 《リリカル・ブレイズ》!」


 剣が横一文字に走る。

 装甲がまるで“音楽に共鳴した”かのように、ふわりと割れた。

 ガーディアンがよろめく。

 ロゼリアはすかさず扇子を開き、香気の奔流を送る。


「動力反応に揺らぎあり。集中照射で誤作動領域を作ります!」


「ならば、踊り場は今――花束を頼むぞ」


「了解。では、閉幕の香りを」


 ロゼリアが腕を振ると、赤と白の香気が螺旋を描きながら巻き上がる。

 ガーディアンの視覚・聴覚・魔術感知に干渉し、座標判断を狂わせる。

 ジルカメスはその中を踏み込む。


「さあ、“カンタービレ・スティレット”。今宵も舞おう。美のリズムで」


 レイピアが三度閃き、喉を穿つ。

 ガーディアンの膝が崩れ、その巨体が膝をつく。

 ジルカメスはゆっくりと背筋を伸ばし、剣を肩に担いで一礼した。


「観客諸君、ご清覧感謝いたす。

 美しき狂詩曲 《ガーディアン・リタイア》、これにて閉幕」


 巨体が沈んだ。

 ガーディアンの膝が石床に触れると同時に、その全身から灯る魔術の痕がゆるやかに消えていく。

 まるで舞台の照明が落とされるように、戦いの幕が降りた。


 そして——ショーケースが、溶けるように消滅した。


 禍胎録(かたいろく)が、何の防壁もなく、ただそこにある。


 ジルカメスは、沈んだガーディアンを振り返り、そっと呟いた。


「心臓で始まり、喉で終わる。……どんな詩も、結びは静けさだ」


 小さく、息をつく。


「どこが急所かなんて、理屈じゃない。……美が導くものだよ」


 その瞳にわずかな疲れと満足を宿しながら、彼は剣を納めた。


禍胎録(かたいろく)のケースが……これは、試練を超えた者への許可、でしょうか」


「幕引きにはふさわしい演出だが……」


 ジルカメスの声に、微かな苦味が滲んだ。


 禍胎録は、表紙の革に血のような紋を浮かべて、じっと彼を“見ていた”。


 その瞬間——声が、鳴った。


「――(とが)とは“力”である。知ではない。才でもない。

 選ばれるものは、選ぶ意志を砕ける者。……お前に、それができるか?」


 声は人ではない。

 概念のように、重みをもって響いた。


 ジルカメスは顔をしかめる。


「やれやれ、またそういう物言いか。

 知を愚弄する力の詩など、時代遅れも甚だしい」


 だが、禍胎録は沈黙したまま、彼の前にとどまり続ける。

 その場に咎める気配は、ない。


「……気にくわんが、これは許可と解釈しておこう」


 ジルカメスが巻物へと手を伸ばし、ついに“触れた”。

 手のひらに重く、しっとりとした感触。

 まるで“生きている”かのような質感に、背筋がうっすらと冷える。


「任務、完了ですわ」


 ロゼリアが空気の余韻を確認するように囁く。

 ジルカメスが巻物を懐に収めた瞬間、周囲に残っていた魔術反応とガーディアンはすべて霧散し、禍胎録の間は静かな石造りの空間へと還った。



 アジトに戻ったジルカメスとロゼリアは報告のため、作戦会議室に直行し、扉をそっと開けた。


 しかし、会議室では、並行して行われていた神喰計画(かみぐいけいかく) 《プロジェクト・デウスヴォア》の緊急対応中であった。現地との通信が切断されたまま、繋がらないとのことだった。


 ジルカメスとロゼリアはそっと会議室を出た。


「我々の報告は明日にしよう」


「そうですわね、今はこの成功をふたりだけの秘密としておきましょう」



 翌日、ジルカメスとロゼリアはリザリスとダルフィに報告を行った。

 本来、作戦会議室は幹部専用の空間。

 ロゼリアのような一般怪人がこの場に呼ばれることはほとんどない。

 彼女はいつものように優雅な微笑みを浮かべていたが、その指先は、ほんの少しだけ強ばっていた。


 会議卓の中央には、黒い封巻――『禍胎録』が置かれている。

 それは場の空気をも書き換える、“本物”の存在感を放っていた。


「――今回の任務は、“禍胎録”の奪取。標的は封印処理された地下金庫内に存在し、ガーディアンとの交戦を含む。間違いないか?」


 リザリスの淡々とした問いかけに、ジルカメスが応じる。


 「ありません。すべて実記録に基づいております」


 リザリスは頷き、資料を閉じた。

 そのタイミングで、会議室の扉が静かに開かれる。


「――ジルカメス、今回の作戦、見事であった」


 その声が響いた瞬間、空気が一変する。


 漆黒のコートを翻し、地獄元帥が入室する。

 威厳に満ちた姿で会議卓へ歩み寄ると、何も言わず、禍胎録へと手を伸ばした。


 封を確認し、巻物を開く。

 文字のかすれ、装飾の細部――すべてを黙して見つめる。


 その口元が、わずかに緩んだ。


「……間違いない。これは“本物”だ」


 ジルカメスは静かに頭を垂れる。


「恐れ入ります、首領」


「よくやった。ならば、この成果にふさわしい名を与えよう」


「"秘文再臨奪取計画 《ヴェール・リヴェレーション》(通称:麗峰館侵入作戦)"。

 古の封印を破り、闇の中から知を持ち帰ったその行いに、我らの刻印を残す。これが、今回の作戦名だ」


 誰も異議を唱えなかった。


 ジルカメスが、小さく肩を落としたのをロゼリアだけが見ていた。


「……素晴らしい響きでございます、首領」


「美しき働きだった。次も任せるぞ、ジルカメス」


「――全身全霊にて、応えさせていただきます」



 その夜、ジルカメスはひとり、アジトの外で夜空を眺めていた。


 月は高く、雲ひとつない夜空に、冷たい光を落としていた。


 足音がひとつ、後ろから近づく。


「……おひとりで?」


「夜風にあたりたくてな」


 ロゼリアが横に並ぶ。


「戦いのあとに、こうして空を見上げると……ほんの少しだけ、“穏やか”というものがわかる気がします」


「穏やかさもまた、美の一種だ。静けさもまた、音楽だ。

 夜は終わる。だが――美は、永遠に咲き続ける」


 しばしの沈黙。

 そしてロゼリアが、少しだけ優しい声で言った。


「……お疲れさまでした、ジルカメス様」


「君もな、ロゼリア」


 風が吹いた。

 ふたりのコートとドレスの裾が、夜の空気を孕んで揺れた。


 その静かな夜が、しばらく、終わりを許してくれないまま――続いた。

「……束の間の休息だ。誰にも、必要なはずだ。たとえ――悪であっても、な」

 次回、『平穏とは悪の隙間に生まれる(1)』

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