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19.再会

リジーの母親が戻ってくるのを待とうと思っていたのだが、残念ながらアンナとエリオットにそこまでの時間は無かった。

屋敷に戻ると、すぐさま聖夜祭の支度をするためにそれぞれ使用人を捕まえて話し合いをしなければならないからだ。


「あんまりです奥様…素人を神聖な厨房に入れるだなんて!」


予想はしていたが、エリソンは厨房に町の料理人を入れる事を良しとしなかった。自分の戦場なのだから、知らない人間が好き勝手に動き回るなんて許せないのだろう。


「でも…この量を三人で用意出来るの?」

「それは…何とか」

「出来るの?出来ないの?」


じっと見つめてくるアンナの視線から逃れるように、エリソンは言葉を詰まらせながら視線を逸らす。その顔は「出来ません」と言っているように見えた。


「エリソン、私の我儘に付き合わせて申し訳ないと思っているわ。でも、貴方はとっても素晴らしい料理人でしょう?手際も良くてお料理も美味しいって皆に自慢したいのよ」


胸の前で手を組み、目を潤ませながら「お願い」を繰り返すアンナに、エリソンはまんざらでもなさそうに小さな咳払いをした。


「まあ…私とキッチンメイドの三人では大変な量ですから…少し手を借りましょうか」

「流石エリソン、話の分かる人ね!」


当日出すメニューはどんな物にしようかと、エリソンはパーティー用のメニューをあれこれ考えてくれた。アンナもあれが食べたい、子供向けにこれはどうかと案を出し、二人で暫くの間メモを書き続けた。


「奥様、少し宜しいでしょうか?」

「あらブルックス、どうかした?」

「聖夜祭の日ですが、庭も解放しませんか?一部だけでも開放しておけば、幼い子供たちが退屈せずに済みます」


屋敷の中は走り回ってはいけないと散々叱られる事になるだろう。幼い子供たちが美味しい食事で腹を満たしたら、遊びたくなるのは自然な事だ。

ハラハラしながら見ているよりも、いっそのこと外に出してしまえば良いとブルックスは言う。


「噴水に魚のおもちゃを浮かべて、釣りが出来るようにしても面白いのではないかと。釣れた魚の数によってもらえる景品を変えるとか」

「ブルックス…もしかして子供好き?」

「あー…まあ、そうですね」


恥ずかしそうに後頭部を掻いているブルックスはふいっとアンナから視線を逸らす。隣に座っているエリソンはニヤニヤと笑みを浮かべながらメモに「砂糖、たんまり」と書き込んだ。


「あー…それと、お屋敷の中を飾る花は何にしましょうか。シクラメンが良い時期だと思うんですが」

「シクラメンだと鉢植えかしら?」

「はい。百は用意出来ますよ」

「そんなに?凄いわ」


それだけあれば、大広間のあちこちを可愛らしく飾る事が出来るだろう。ブルックスは他にも花はあると言うが、正直花を選ぶセンスが無いアンナは全面的にブルックスに任せたい。


「任せても良い?」

「勿論。それから、庭の木を少し弄っても良いでしょうか?子供向けに遊び心をと…」

「全部任せるわよ」


よろしくねと微笑むと、ブルックスは嬉しそうな顔をしながら頭を下げ、庭に向かって走り出す。走るんじゃないと怒っているバトラーの声が聞こえたが、バタバタと聞こえる足音は止まらなかった。


◆◆◆


支度に追われて一日を終えると、アンナは疲れた顔で談話室の暖炉に当たる。じわじわと温かく、眠気を誘われてしまうのだが、まだ眠るわけにはいかない。中途半端になっている刺繍を仕上げようと、眠気に負けそうな重たい瞼を必死で持ち上げながら、ちくちくと針を進めた。


刺繍は好きだ。何も考えず、ただひたすらに手を動かすだけで美しい模様が出来るのは心地が良い。出来上がった作品を広げた瞬間の達成感は何度味わっても癖になる。


流石にドレスの染みを隠しきるだけの大きな刺繍をした事は無いが、出来上がればきっと素敵な作品になるだろう。上手く出来ますようにと心の中で祈りながら糸を切ったアンナは、そっとドレスを持ち上げて刺繍の出来を確認した。


「うん、良さそう」


ワインの染みは分からなくなった。大きな刺繍で少し派手な印象になってしまったが、これくらいなら着られなくも無いだろう。


「アンナ、まだ眠らないの?」

「これを仕上げたかったのです。見てください」

「どれどれ…」


暖炉の前で嬉しそうにドレスを差し出したアンナに、エリオットが歩み寄りそれを受け取る。暖炉の火に照らされたドレスはエリオットが見ても良い出来だったようで、「凄いよ」と目を輝かせて笑ってもらえた。


「最初からこういうドレスだったみたいだよ。大変だっただろう?」

「でもまだ五着もあるのですよ?全部に刺繍をしたらどれだけかかるか」


エリオットとエミリーは新しいドレスを作れば良いと言うが、まだ着られるドレスを捨ててしまうなんて勿体ない!と、アンナは決してドレスを捨ててしまおうとはしなかった。

修理出来ないと言われたティアラですら、捨てずに衣裳部屋に残しているのだ。そろそろもう一度修理出来る職人を探そうかと思っているのだが、忙しくてなかなか動けずにいた。


「アンナは刺繍上手なんだね」

「お義母様に教わったのですよ。以前刺繍の本をいただいて、丁寧に教わって…」


王都にいる間、時々エミリーが刺繍を刺しているところを見ていた。実家にいた頃少しだけやってみた事があるのだが、忙しくてなかなか完成させる事が出来ず、それからどうしたか思い出せなかった。


上手ですねと声を掛けると、エミリーは毎年バザーに出品していると教えてくれた。いつか自分も出してみたいと何となしに言っただけなのだが、エミリーはすぐに道具を用意して、アンナに丁寧にやり方を教えてくれたのだ。


「刺繍のおかげでお義母様と仲良くなれました」

「嫌になったりしないかい?母上は口煩いから」

「いいえ、全く。あれくらいで嫌になったりしませんよ」


エミリーはいつも小言を言うが、言っている事は間違っていない。叱られると少し落ち込みはするが、褒める時は存分に褒めてくれる。もっと褒めてもらおうと、頑張ろうという気持ちになれた。


「ソフィアさんたちをお迎えする時色々ありましたでしょう?あれ以来、お義母様は私がお客様のおもてなしをするとか、屋敷の事を任せてくださるようになりました」


不測の事態にもすぐさま対応出来る嫁だと認めてくれたのか、最近のエミリーはアンナのやる事を出来るだけ見守るようになった。

時々どうしたら良いのか分からない時や、もっと良くなるのではないかと思った時はエミリーに相談するし、相談されたエミリーは少しの小言を言いながらもきちんと相談に乗ってくれる。


朝食を終えて庭を散歩するエミリーについて行き、義父の墓を掃除するのも日課になった。その時に色々と話をしているうちに、エミリーが笑うとエリオットとよく似た目元になる事を知った。


「今度お義母様のお友達に紹介していただく事になって…何か騒がしいですね」


話している途中なのだが、少し遠くからドンドンと何かを叩くような音が響いている事に気が付いた。

何事だろうとエリオットと二人で談話室を出ると、玄関ホールでバトラーが一人の女性を相手に怒っていた。


「どうしたんだい?」

「旦那様…申し訳ございません、すぐにお帰りいただきます」


開かれた扉から吹き込んでくる風はとても冷たい。思わず肩を竦めたアンナは、バトラーに縋りついている女性が子供を抱いている事に気が付いた。


昼間相手をしたリジーという名の子供であると気付いた瞬間、女は悲鳴のような声を上げた。


「助けてエリオット!」


大粒の涙を流している女性は、エリオットの名を叫んだ。驚いて夫の顔を見たアンナは、「お知り合い?」と呟く。


「アリシア…?」


驚いたような顔で女性の名を呟いたエリオットは、バトラーを突き飛ばして駆け寄って来た女性を受け止める。


「お願い、子供が熱を出したの!お医者様にかかるお金も無いわ、お願い助けて頼れるのは貴方だけなの!」

「離れなさい!」


バトラーが慌てて女性を引き剥がそうとするが、アンナはそれを止めた。

子供はぐったりとしているし、このままでは本当に死んでしまうかもしれない。呆けているエリオットの背中をバシンと叩き、この場にいる全員を落ち着かせるように声を張り上げる。


「医師を呼んで!」


バトラーは躊躇っているが、もう一度同じ言葉を繰り返すと、渋々と言った様子で下がった。すぐに町から医師を呼んでくれるだろう。


「グレース!誰かグレースを呼んで!」

「奥様、ここにおります」

「お客様がお泊りになるわ、支度をしてちょだい。それから子供が食べられるものを作るようにエリソンに伝えて」

「かしこまりました。他に必要な物はこちらで判断してご用意してもよろしいでしょうか」

「頼んだわ。さあこっちへいらっしゃい。もう大丈夫よ」


エリオットに縋りついている女性が何者なのか分かっていないが、アンナは出来るだけ安心させるように笑みを浮かべながらアリシアと呼ばれた女性に声を掛けた。

談話室はつい先程までアンナが居た為、暖炉の火で充分に温められている。寒い夜道を歩いて来たのなら、きっと体が冷え切っているだろう。


「駄目だよアンナ、この人は…」

「駄目?どうしてです?この方は貴方しか頼れないと言っています。幼子がぐったりしているのに寒空の元に放り出すおつもりですか」


そんな事は許されないと、アンナはきつくエリオットを睨みつける。泣きながら呆けているアリシアは、荒い呼吸を繰り返し、顔を真っ赤にしているリジーをしっかりと抱きしめている。


「さあ、暖かい部屋に行きましょう。リジー?聞こえるかしら?もうすぐお医者様が診てくださいますからね」

「ありがとうございます…」


震える声で礼を言ったアリシアを連れて、アンナはさっさと談話室を目指して歩き出した。

エリオットはまだ何か言いたげな顔をしているが、このまま放り出せばまだ幼い子供がどうなるか分からない。それは駄目だと思い直してくれたようで、女性たちが入れるように扉を開いてくれた。


「暖炉の前にどうぞ。寒かったでしょう?」

「どうしてうちに来たんだい?君は修道院にいる筈だろう」


部屋に入るや否や、エリオットはじろりとアリシアを睨みつけて低く唸る。

先程からアリシアという名に聞き覚えがあるような気がする。聞き覚えのある名前と修道院という言葉に、アンナは漸く子供を抱いている母親が何者なのかを察した。


「二人目の、奥様」


こくりと頷いたアリシアは、申し訳なさそうな顔でアンナに頭を下げた。


「アリシア・ネビルと申します」


選択を間違えたかもしれない。

そう思ったアンナの隣で、エリオットは深々と溜息を吐いた。

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