心配(美香視点)
1月から琉依さんはもっと忙しくなった。4人の人を雇って教えながら、通常のお仕事もしないといけなくて、それにその通常のっていうお仕事も今まで以上にたくさんあるようになったんだって。だから早くて21時、遅いと多分23時過ぎに帰ってくるようになった。多分なのは何時に帰ってきてるのかわからないから。琉依さんは遅いから起きてなくて良いよって言ってくれてて、でも頑張って起きていようとして結局寝てしまう。実家にいた時から早寝早起きで同棲を始めてからも身体に染み付いてて眠くなっちゃう。今日こそはって思ってテレビを観ていてもいつの間にか眠ってて、しかも床に座ってたはずなのに起きたらベッドの上にいて琉依さんだって思う。
琉依さんが忙しくて過労っていうのになって倒れちゃったら病院にいけないのにどうしたら良いのってわからなくなってたら八百屋さんに夜ご飯のお買い物に行った時に祥子さんが言ってくれた。泣いても琉依さんを支えてあげられないよ、頑張ってる琉依さんを支える奥さんになりたいんでしょって。琉依さんにもしものことがあったらどうしようって涙が溢れてきた私をそう励ましてくれた。私が初めてこの商店街に来てから一緒に暮らし始めるまで料理ができないって言う琉依さんにせめてバナナくらい食べてなさいって買わせていたんだって教えてくれて会社でそれくらい食べられるんじゃないかって言ってくれたからお弁当とは別にバナナやりんごを持っていってもらって、パソコンに集中して食べるの忘れちゃ駄目よって言ってる。それから祥子さんは琉依さんの前では元気でいたいんでしょって言って泣きたい時は泣いて良いって言って目が腫れないように冷たいタオルと熱いタオルを交互に目に当てていくと良いよって教えてくれたからおうちでよくやってる。
駄菓子屋さんのおじいちゃんは琉依さんよりおじいちゃんの方がかっこいいからおじいちゃんのとこに嫁いできたらって言ってお菓子をおまけしてくれるんだけど琉依さんの方がかっこいいし琉依さんのお嫁さんになりたいのって言ってお菓子はおまけしてもらってる。魚屋さんの本木さんもお肉屋さんの天野さんもみんなみんな優しくて助けてもらえてすごく嬉しい。頑張らなくちゃって思う。
琉依さんのためになにができるかなって考えて、優菜と電話で話してる時にお客さんに事務のお仕事してる人がいてホットアイマスクっていうのが良いって聞いたって教えてもらった。琉依さんもパソコンで目をたくさん使うから良いかもねって。
優菜は20才以上年の離れた人とお付き合いしてたんだけどいつの間にか別れてていつの間にか別の5才年上の人と付き合ってた。後からお義母さんとお義父さんに言えなくて加代子さんや佳代子さんのおうちに泊まってたって聞いてうちに来れば良かったのにって言ったら琉依さんに駄目って言われたしそもそも嫌だって言われちゃった。むー優菜が来てくれたら楽しいのにって思った。それでいつの間にか別の人と付き合い始めてその人の家に泊まるようになったんだけど偶然お義母さんにその人のおうちから出てくるところを見られてどういうことなのって聞かれて白状したんだって。お義母さんにもお義父さんにも親を騙すなんてって怒られてお義母さんはすぐに許してくれたけどお義父さんとは今も喧嘩中。お正月に去年と同じように私の家族と琉依さんの家族みんなで集まった時も全然お話ししてなかった。優菜が悪いんじゃないの、ごめんなさいしたらって言ったらまともなこと言ってムカつくって言われちゃった。琉依さんが理不尽だね気にしなくて良いよって言ってくれた。
そういうわけで優菜に聞いたホットアイマスクを買いに商店街に見に行ったんだけど売ってなかった。だから電車で大きなショッピングセンターに行くつもり。
そんな2月のある日。21時に帰ってこれた琉依さんにお願いする。
「琉依さん琉依さん、あのね」
「うん、どうしたの?」
「今月もらった生活費の他に2000円もらっても良い?」
「良いよ。美容院?にしては安いね」
「あのね、アイマスクを買うの。それに他にもなにか良さそうなものがあったら買おうかなって」
「アイマスク?」
「うん、優菜が教えてくれたの。琉依さんのお仕事はパソコンを見て目を使うから温かいアイマスクをしたら疲れが取れるんだって。事務のお仕事してる優菜のお客さんが教えてくれたんだって」
「そっか」
「商店街に売ってなかったから電車でお出かけして買ってくるわね」
「うん。……え?1人で?」
「え?うん」
「僕も行くよ」
遅くまで仕事をしてる琉依さんに休みの日はゆっくりしてもらいたかったんだけど。
「良いの?おうちでゆっくり休んだら?」
「美香がいないのに家にいても休まらないよ」
「そうなの?」
「そうだよ」
「そうなんだー」
じゃあ良いのかな。
「今週の土曜日で良い?そうだ、久しぶりにボウリングでもしようか」
「え、良いのー?」
疲れてるのに余計に疲れちゃうんじゃ……。
「良いよ良いよ。久しぶりだね、できるかな……」
「できるわよー。じゃあ、土曜日はデートね」
「うん、デートだね」
そういうことで週末電車に乗ってショッピングセンターに来た。
「あ!!琉依さん見てー」
「あった?」
「ヘッドスパだってー。わーなんだか不思議な感じー」
置いてあった試供品を頭に当ててみてから琉依さんにやってみてって言う。
「どう?気持ちいい?」
「うん、そうだね」
「頭皮を柔らかくしてって書いてある……優菜がよくお義父さんに頭を柔らかくしてって言ってるわよねー。教えてあげよっと」
「そうだね。買ってみて本当に頭が柔らかくなるか試してみようか。そういう意味じゃないけど」
「わー!!私もやりたーい」
「美香、これは?疲れといえば足つぼマッサージも定番だよね」
「足つぼ!!おーやってみたい!!」
「じゃあこれも買っていこう」
そうやって面白そう、やってみたいって言って、レジで琉依さんがお会計をしたあとハッとする。これじゃいったい何しに来たのかわからない。琉依さんの疲れが取れるなにかを探しに来たのに!!
「ホ、ホットアイマスクは買ったっけ?」
「買ったよ。これなら家でも会社でも疲れが取れるよ」
「ふー……良かったー」
「じゃあ外でお弁当食べてボウリング行こうか。思ったより買っちゃったけどこれなら買い物はあとにすれば良かったね」
「でも楽しかったから大丈夫よ!!行こー!!」
そう言ってショッピングセンターを出て広い公園で作ってきたお弁当を食べてボウリングをしておうちに帰って買ってきたものを次々出して試したりした。琉依さんと久しぶりにデートができて楽しかった。
最近の土日は家事をしてご飯を買いにいって私が学校の勉強をしてる間に琉依さんがパソコンの本を読んでいたり、2人でパーティーに行ったり私がお茶会に行ってたりすると琉依さんはおうちにいるか木村さんと出かけたりしてた。
今までは社長代理で小林さんと琉依さんがパーティーに出席してきたけど昇さんが桜ちゃんと行くようになったから昇さんと小林さんで参加していて琉依さんに声がかかってくるパーティーが月に1度あるだけで私がパーティーに行く回数は減った。それに翠さんたちが会った人に私は琉依さんとの時間を大切にするからって言ってくれて月に1度だけ誰かの招待を受けてお茶会に行くっていうことになった。七菜子さんと百合子さんが私が保育士になるのをやめたって言ったら初対面の時に言ったことは気にしないでってすごく気にしてくれたけど自分で考えて決めたことなのって話した。遥さんや楓さんたち仲良しになった人たちにも同じように話して、私が決めた選択を応援してくれた。変わらず仲良くしてくれるし本当にみんな優しいなって思う。
そんな日々が過ぎて3月になった。今日は七菜子さんと百合子さんと夏実さんと芽衣さんと桜ちゃんとのお茶会。
「桜さまは婚約者の加賀美さまとはいかがですの?」
「毎日が楽しくて幸せなのです」
「どのような方なのですか?」
「かっこいい方ですわ」
「どのようにかっこいいのですか?」
「全部ですわー」
「えっと……桜さまはとてもお幸せなのですわね。美香さまは以前からお知り合いなのですよね」
「昇さんは琉依さんの親友なんですよー」
「どのような方なのですか?」
「んー……うぜえんだよーとかちげえんだよーとか言う人?」
荒っぽいってどう言えば良いのかなって思って具体的に言ってみたらみんなきょとんとする。
「ね、男らしい方ですわよねー」
桜ちゃんが嬉しそうに言うとみんながお茶を飲む。
「そうですわね、男らしい方ですわね」
「それからへたれで女の子に慣れてないのですが顔を赤くして手を繋いでくださったり恥ずかしがりながら俺は馬鹿とはちげえからって言って付き合いはじめた日から毎日噛みながら好きって言ってくれるんです。あまりに恥ずかしがるのでメールで良いですよってお伝えしました」
「まあ、可愛らしい方なのですね」
「そうなのです。かっこよくて可愛らしいんです」
桜ちゃんの昇さんの話をたくさん聞いたあと七菜子さんがお付き合いを始めた人の話をして、夏実さんと芽衣さんと百合子さんは好きな人いないの?って聞く。
「私は婚約者がおりますがほとんどあったことがありませんわ」
芽衣さんが言う。私は思い付いてしまう。
「まさか竜二さんですか!?」
竜二さんにはまだ婚約者がいるままだって琉依さんが言ってた。まさか芽衣さんが相手?
「竜二さんとは神崎さまのことですか?」
「んー……わからないです」
竜二さんの名字って聞いたことあったかなって思ってると桜ちゃんがそうですわって言う。
「竜二さんの婚約者は伊織さまですわね、一応」
「そうですわね、一応」
「伊織さん?どんな人なんですか?」
「あえて言うならば翠さまのような方かしら……」
「キリッとしているところはそうかもしれないですけれど翠さまとは違いますわよ」
「自由人と言いますか、私たちももう数年お会いしていませんわ。噂では駆け落ちしてもう帰ってこないつもりだとか」
「ほえー……駆け落ち」
「噂ですけどね。親の決めた婚約者なんて嫌、もっとハンサムでスラッとした美男子が良いとおっしゃっていました」
「竜二さんかっこいいのに不思議な人ですねー」
「けど伊織さまのように婚約者を決められて断るなんて考えられないことですわね。初めて聞いた時は驚きました」
「私もですわ。竜二さんもお断りとおっしゃっていましたもの。お互い同じような方だからこういった状態になったのですわね」
「そうでなければ通常お父様が決めた婚約に反対するなんてできませんものね」
「婚約者を決められたらその方とというのが決まっているのですよ。竜二さまと伊織さまのように例外はありますけれど」
「そういうものなんですかー……。芽衣さんは婚約者が嫌いなんですか?」
「いえ、相手の方がお忙しい方なので会えないだけで好きとも嫌いとも言えませんわ。けれど決まっていることですからいずれ結婚するはずです」
「婚約といえば翠さまと琉依さまが婚約するとかしないとかといった噂が昔ありましたわね」
夏実さんがそう言って私はクッキーを食べていて舌を噛む。
「痛っ」
「ま、まあ!!美香さま大丈夫!?」
「噂よ噂!!」
「美香さま、大丈夫ですわ。正式に婚約が決まる前になかったことになったそうです」
桜ちゃんが教えてくれるけど頭の中でぐるぐる考える。えっと、親の決めた婚約は絶対結婚しなくちゃいけなくて断ることなんてできなくて、もし翠さんと琉依さんが婚約してたら2人が結婚……。
琉依さんが翠さんと婚約してたら私は琉依さんと付き合うこともなくて結婚することもなかったんだ。もしかしたらあの日優菜と遊ぶためにお家に行って婚約者がいる人を好きになって叶わない恋をすることになってたのかも。もし琉依さんが翠さんと婚約してたら今とは全然違くなってたんだよね。昇さんが桜ちゃんと付き合い始めて社長さんとしてパーティーに出るようになったみたいに琉依さんの隣に翠さんがいたらそもそも琉依さんは平社員だって言ってないで役職について偉い人になって翠さんがそんな琉依さんを上手に支えてあげられていたのかな。
琉依さんにとってどっちが良かったんだろう。お花屋さんの娘とボウリングしたりアスレチックをしたりスポーツ観戦したりピクニックしたり手作りの匂袋を渡されたりしてずっと平社員でいるのと有名な会社の社長令嬢と子供の時から慣れてるパーティーに出席したり豪華なお店で豪華なプレゼントを送りあって偉い人になるの。そもそもあんなに毎日一生懸命に働いてるのに一生平社員でいるってなんでなんだろう。私じゃ翠さんみたいにできないから?もし琉依さんの隣にいるのが翠さんだったら琉依さんにはどんな未来があったんだろう。社長さんは昇さんで副社長は小林さんだからなにかの役員さんみたいなものになっていたのかな。ぐるぐる考えてて気付いたらおうちのそばの商店街にいた。
「美香ちゃんおかえり」
「た、ただいま祥子さん」
「ん?また悲しくなっちゃったかい?」
「ううん、違うの、そうじゃなくてモヤモヤしちゃったの」
「そうかい。さっき琉依くん帰ってきてたよ。なんでも昇が桜さんの惚けばかりで美香ちゃんが恋しくなったから早く帰ってきたんだそうだよ。寂しがってるだろうから早く帰ってあげな」
「うん!!私急いで帰らなきゃ!!」
琉依さんに寂しい思いをさせちゃ駄目だ、元気にさせなくちゃって思って帰ろうとしたら祥子さんに買ってかないの?って言われて急いでお買い物をしておうちに帰った。




