勘は大当たり(琉依視点)
ついに来てしまった。事情を知っているのは小林くんと関さんだけ。会社で小林くんに昇と木村くんを地獄の食事会に誘うように頼んだのに小林くんめ、頼まれたのは僕でしょって丸投げしてきた。それでとにかく翠さんと加代子さんと佳代子さんがみんなで食事がしたいそうだから絶対土曜日予定開けてって言った。もちろん無理って言われたけどそこをなんとか僕を助けると思ってお願いって、じゃなきゃ仕事しないよ仕事手につかないしって言ったらしぶしぶオッケーしてくれた。そして美香から連絡を受けた竜二さんは誰が来るかも何も聞かされなかったけどとりあえず予定は調整したって関さんに連絡がきたけど関さんは酷だ。そのまま誰がいてどんな惨状になるかも教えずに待ってるよってだけ答えたらしい。そして村岡くんだけど村岡くんには僕がいつものように情に訴えても関さんがただ待ってるよって言っても無理だということで嫌だなーって愚痴りながら小林くんが説得した。そもそもシフトが入ってる村岡くんに、詳しくは言えないけど翠さんたちがすごく怒ってて昇の命がかかってる大事件だから18時に帰れるようにお店に頼んでくれるようにって話した。頼んだとしても許可してもらえるかはわからないって来てくれるかは五分五分だったけど無事に来てくれた。
でもこのピリピリした雰囲気に誰も何も言えない。ただ1人ハイになってるのか空気が読めないのか初めて見る桜さんに翠さんたちがどうでもよくなったのか木村くんが僕の肩をつついてくる。
「琉依さん、琉依さん、そこにいる人は四天王の最後の1人ですよね、これは一体全体どういう集まりなんですか?」
「えっと、関さんに聞いて」
「駄目です、こそこそ話がこそこそ話じゃなくなっちゃいます」
「あのね木村さん、これはね、桜ちゃん」
美香が桜さんのことを話しちゃいそうになって翠さんが咳払いする。怖い。うう、可愛い美香を抱き締めたい。
ああ、竜二さんも関さんに、聞いてないぞ帰って良いかって小声で聞いて、言ってないからね駄目だよって言われてる。
「あの、私西園寺桜と申します。よろしくお願いいたします」
「よろしくしなくて宜しいのです」
各々こそこそ話はしてたけど席に座って最初に話し出したのは桜さん。すぐに翠さんがピシャリと言う。
「まあまあ、とりあえず仲良くね」
「宗一郎さま、仲良くしなくて宜しいのです」
「あ、うん」
「琉依さん大変です。関さんが翠さんに敵いません」
「ちょっと木村くん、静かにしててよ」
木村くんが煩い。僕も翠さんに睨まれてるじゃないか。関さんもしっかりしてよ。
「そうだ、桜ちゃん昇さん以外見たことないでしょー。私が紹介してあげるわねー」
「ええ、ありがとう美香ちゃん」
「琉依さん、どうして昇さん以外なんですか?昇さん会ったことあるんですか?」
「うんうん、木村くん翠さんたち見てごらんよ怖いよ」
疑問に思うのはわかるけど頼むから黙っててよー……。
「木村さん琉依さん良いー?」
美香が純粋な目を向けて首をかしげるから良いよって答える。そうだ、僕も美香みたいになにも気にしないようにすれば良いんじゃないか。それに木村くんみたいに馬鹿になればこんなに胃が痛い思いをしなくて済みそうだ。
「あのね、関さんは翠さんの婚約者なの」
「宗一郎さまはお話ししたことがあるのよ」
「あ、そうなのー?じゃあ次ね、小林さんはーこの前琉依さんと一緒に挨拶してたわねー。じゃあ次竜二さんはかこさんのー……えっと、なんだろー」
「竜二さんは私の幼なじみよ。桜、次の琉依さんは前に話したでしょ。はい、紹介終わり」
お気楽怪力女な佳代子さんも今にも昇に殴りかかりそうで怖い。普通にしてるようでイライラしてるから余計に怖い。
「かこさん、それでは紹介の意味がありませんわ。美香ちゃん」
「えっと、うん、竜二さんの隣が昇さん、名字はなんだっけ、忘れちゃった」
「なんでだよ、どういう紹介だ……なんだよ」
昇が普段通り反射的にツッコミするけど翠さんに睨まれて怪訝な顔をする。
「あ、ああ!!思い出したわ!!加賀美だわ、ね、琉依さん!!」
「う、うん、そうだよ」
「どのような漢字を書きますの?」
「あ?加えるに賀正の賀に美しいって書いて加賀美」
「ふっ!!昇さん自分で美しいだって!!」
「ちょっと木村くん……」
笑いだす木村くんを宥める。見てごらんよ翠さんたちもう鬼みたいに恐ろしい形相してるよ。木村くんもそれに気付いて小さく悲鳴をあげて黙る。初めからそうしてよ。
「昇さまというのはどういう字ですの?」
「あー……日が昇るの昇だけど?」
「まあ、素敵なお名前ですわね」
「そうか?」
桜さんは昇に興味津々だ。対する昇は翠さんたちに怖じ気づきながら桜さんの好意に気付いてないみたいに話す。
「桜ちゃん、琉依さんの隣に座ってるのは木村さんよ」
「木村さまですね。下のお名前はなんとおっしゃいますの?」
「……あ、えっと、実です」
話を振られた木村くんは翠さんたちをチラチラ見ながら言う。
「実さまですわね、よろしくお願いいたします」
「あのね、木村さんも琉依さんと会社を創った人でね、よくわからないんだけど折るみたいな資格を持っててお仕事をしてるんだって」
「まあ、折る……?」
「あ、そう、ボキッてねー」
「ああ、簿記ですわね。木村さまは経理のお仕事をされていますのね」
「……あ、はい」
うう、こんな時じゃなきゃ美香が可愛いって言いたい。なにボキッて。不思議すぎ。可愛い。
「思い出したわー。あのね、ボキッていうのの1級を取ったのを知った昇さんに会社に入ってって言われたんだってー」
「そうなのね。木村さまは大変優秀でいらっしゃいますのね」
「そ、それほどでもー「コホンコホン」……ないです、はい」
調子に乗りやすい木村くんを加代子さんが牽制する。
「翠さんも加代子さんも風邪ひいちゃったのー?」
「違うわよ、最後まで続けて良いわよ」
なんで風邪だと思うんだろ、美香は本当に可愛い。
「村岡さんは今は大学の時から働いてるイタリアンのお店で働いてるけど将来はお店を出したいんだって。ワインも好きでソム……ソムソムを目指して勉強中なんだって。それから村岡さんはね、とっても優しいの。意地悪なんだけどよく相談にのってくれるの」
ソムソムだって。可愛い。美香可愛い。
「ワインソムリエですわね。私は未成年なのでよくは存じませんがここのワインは美味しいそうですので是非お好きなワインをお選びください」
桜さんに渡された村岡くんがどうもって、初めて言葉を発する。村岡くんはお店に来て翠さんたちがいるのを見て僕らを見て眉をひそめて何も言わずに席に座った。
「村岡さん今日全然お喋りしてくれなーい。いつもはもっとね、煩いですねとか馬鹿ですねとか言うのよ」
「俺はこの馬鹿と違って空気を読んでるんです」
「村岡さん空気読めるのー?空気なんて見えないのにー?」
「話になりません」
村岡くんは翠さんたちを見ないようにしてメニューを見る。
「ふふっ。そうだわ、コースメニューは翠さんが決められたのですが飲み物はお好きに選んでいただくので皆さまもお決めになってください」
「あー村岡が俺たちの分も選んで」
ここで何にしようかとか話すほど余裕がない。関さんも僕と同じ、というかみんな同じ気持ちだからそう言う関さんに誰も何も言わない。村岡くんはアルコール度数の高い辛口のワインを選んだ。本当に空気を読める村岡くんは偉い。みんな酔ってしまいたい気持ちが同じだ。
何に乾杯してるのかわからないけど乾杯してワインを飲む。
「昇さまもワインがお好きでいらっしゃるのですか?」
「……俺は焼酎の方が好きだ」
「そうですのね。それでは和食の方がお好みでした?」
おー桜さんは積極的だね。ぐいぐいいくね。すごいすごい。
「んーまあどっちかってーとそうだな……です、いや、フレンチも」
気分は良くなってくるけど翠さんたちが睨んでくるのは変わらない。昇頑張れ!!悪の四天王なんかに負けるな!!
「昇さんなんでも食べるわよー。だって私が作ったサンドイッチとかカレーとか美味しいって言ってくれるもの」
「美香ちゃんはお料理が上手だものね」
「そうなのー!!」
「確かに美香ちゃんの料理は旨いけどこの美香ちゃんがっていうので余計に旨く感じる気もするんだよな」
「ですよね!!ギャップですかね!!」
「むー?昇さん木村さんそれは悪口ー?」
「褒めてる褒めてる」
「そうそう、めっちゃ褒めてる」
「じゃあ良いわよー」
昇もいつもなら焼酎をぐいって飲んで酔っぱらいところだろうけどワインを飲んで翠さんを気にしないように話してる。
「昇さまがお好きなものは焼酎の他にはなにがありますの?」
「好きなもの?趣味はキャンプと釣りだけど」
「桜ちゃん、昇さんキャンプかっこよかったのよー。テントを張るのもこうするんだってみんなに教えてたりお魚もいっぱい釣ったり、それから火もね、こうやってつけてたの」
「まあ、素敵ですわね」
「いや、普通のことをしただけなんだけどよ」
そんな風に桜さんが昇に夢中になってると料理が運ばれてきて木村くんがワインを頼もうとするから僕たちもってみんな言う。みんな思いは同じだ。ピリピリから解放されて良い気分になりたい。
木村くんと美香と桜さんが話してる間に僕らはどんどんワインを飲んで、そしてメインの料理が運ばれてきて食べる。
「桜、見てごらんなさい。昇さんは慣れてないから召し上がり方がなってないで……なってるわね」
「あ?」
今日初めて翠さんから話を振ってきて昇が応える。ちなみに昇はガラが悪いから機嫌が悪いんじゃなくてたいていこう返事をするんだけど桜さんの目が輝いた気がした。気のせいかもしれないけど。
「翠、いくら和食の方が好きでも俺たちで行くから昇もマナーはわかってるよ」
「宗一郎さん、それを早くおっしゃってください。これではなんのためにこのお店にしたのかわかりませんわ」
「申し訳ございません翠さん、失念していました」
「あら、加代子のせいではないわ。全てはこの男が悪いのです」
「翠さん、昇さまを指差さないでください」
「桜、あなたは騙されているのよ」
「そんなことありません」
どうしよう。翠さんと桜さんが言い争い始めた。そうか、昇がガラが悪いくせにマナーがちゃんとしてるのが悪い。
「俺予定調整しなきゃ良かった」
「駄目だよ竜二、1人だけ被害を免れようとしないで」
「お前だって今日が先週だったらなとか思ってるだろ」
「そうだ!!」
竜二さんも関さんもこそこそするのも止めて堂々と話してる。そこで美香が何か思いついたみたい。
「かこさんかこさん、竜二さんとお話ししたら?久しぶりでしょー」
「そうね、竜二さんの最低なところを見せなきゃいけないんだったわ。さあ、竜二さん、最低な話をして」
「意味わからない。なんだそれは」
「最近遊んだ女の子の人数とかあるでしょ」
「最近は仕事で忙しくてそれどころじゃない」
「あらそうなの?そうなんだー……」
「ちょっとかこさん僕見ないで。最低な話聞いたら僕を投げ飛ばす気満々だったでしょ」
「えへへ、さすが琉依さんわかってるー」
残念そうに肩を落とす佳代子さん。恐ろしい。
「こうなったら毒吐き男2人に」
「いやー桜ちゃん良い子ですね!!可愛いし聞き上手だし!!」
今度は翠さんが木村くんと村岡くんの悪いところを桜さんに見せようと試みようとするのを木村くんが遮る。
「ふふ、木村さんはお世辞がお上手ですわ」
「いやいや!!お世辞じゃないよ!!誰だ男誘惑する系だって言ったの!!あ、僕だ!!でも昇さんも村岡も言ってましたよね!!」
酔った木村くんのテンションが高い。
「まあ、男誘惑する系とはなんですか?」
「翠さんと加代子さんとかこさんの性格最悪集団の秘蔵っ子は3人とは違った悪いやつだって。四天王の最後の1人は美女で男を誘惑して騙す悪い女だって予想してたんだよ!!ね、昇さん!!」
あーあ、翠さんも加代子さんも佳代子さんも恐ろしい顔してるよ。もう僕知らないっと。
「お、俺はそんなこと言ってねえ」
「えー言ってましたよ!!村岡も言ったろ」
「馬鹿木村、3人の顔見てください。これ以上怒らせないでください」
「あ?あ、えっと……」
「木村さま、他には私がどんなだと予想をされてましたの?」
「え、えっとー……」
「私お伺いしたいですわ」
「そう?えっと、レーザービームだすやつとか昇さんは黒魔術で陥れる系かもって言ってましたよね」
「ああ、もう、言った言った、これで良いだろ」
「まあ、皆さま面白いですわね」
「あ、えっと、そう?面白い?」
「ええ、楽しい方たちですわ」
翠さんたちを見てやってしまったって顔をした木村くんだったけど桜さんに言われてどんどん話していく。
桜さんが笑うから木村くんも調子に乗っていろんな話を始めた。美香も一緒になって、桜さんが僕たちに話を振ってきたりして、いつしか翠さんたちも普通に話していた。
昇に惹かれてるなら昇にばかり話しかけて知りたいことを聞けば良いんじゃないかと思うし実際昇にはかなりぐいぐい聞くんだけどそれだけじゃなくてみんなと話していく桜さん。僕はほんの少しだけ桜さんのことがわかった気がした。けど昇は桜さんじゃ……。
食事が終わると最初より元気そうな関さんと竜二さんが奢ってくれるって言ってくれた。美香たちが外に出て僕たちは一斉に終わったーって息をはく。
「疲れたー。っていうか小林くん最初の方まったく喋ってなくない?」
「そう?」
「お前ああいう時は存在感だせよ。空気だったぞ。俺の隣関だと思ってた」
「喋らないようにしてただけで透明人間になってたわけじゃありませんよ」
「そりゃそうだよね。あー疲れた。俺翠に金縛りかけられて身体バキバキ……ってあれ?木村がつっこまないね……いる?」
そういえば木村くんどこだろ。そう思ってたら後ろから大きな声を出してきた。
「いやー!!桜さんすごい良い子でしたね!!超可愛いし聞き上手だし!!」
「木村くんそれさっきも言ったよ」
「でもまじでなんであんな良い子が四天王なんですかね。あー可愛いー。僕ああいう子タイプです」
「馬鹿、見てわかるじゃないですか。桜さんが好きな人なんて」
「えー誰々?」
木村くんそんなに馬鹿だったんだ。わかってないの木村くんだけだよ。そう思いながらみんなで昇に視線を向ける。
「あーあ、飲みなおしてえ。ところでこれは何のために集まったんだ?竜二さんまで来るなんて知らなかったし。あ、関さん結婚決まった祝い?にしては中途半端だな。……あ?みんな何だよ。俺の顔になんかついてるか?」
「馬鹿がここにもいましたね」
「本人が気付かないか。あんなにあからさまだったのにね」
「村岡、関さんどういう意味?」
「へたれのくせに鈍感って世話焼けるね」
「おい琉依、意味わかんねえけどお前に世話焼けるとか言われる筋合いねえ」
「とりあえず今日は疲れたからその話はまた今度にしよう」
「だから小林は全然あいつらに睨まれてなかったんだからダメージないだろって」
「ありますって。目立たないようにしてるのに疲れました」
「やっぱり目立たないようにしてんじゃないか」
竜二さんがそう言いながらドアを開けると外にいた翠さんたちがまた睨んできた。ひい!!今度は何なの!?
「竜二さん実家帰るんでしょ。一緒に帰ろー」
「なんでお前が知ってるんだ」
「竜一さんに聞いたの」
「クソ……こっちはお前がいるとも知らなかったってのに兄貴知ってたのか」
「もちろん。タクシー呼んでー」
「電車で帰れば良いだろ」
「無理ー。村っちがきついワイン選ぶからくらくらー。タクシータクシー」
「ったく、水でも買ってからにするか」
「イエスイエス!!」
どうやら睨まれたけど女子たちで話はまとまったみたいだ。美香と桜さんが楽しそうに話してるのを見る限り昇のことが好きで翠さんたちも桜さんが好きならって納得したってところかな。しぶしぶだろうけど。
それから1週間が経った。
「はい今日の仕事終わりー。僕帰って良い?」
「うん、良いよ」
「はあ……俺も帰るか。土曜日のせいで1週間ずっと疲れてた」
「じゃあ僕も帰ります」
「木村、付き合えよ」
「えーまたですか?仕方ないですねー」
そうして全員で会社を出る。
「あれ?あ、桜さんですよ!!」
会社のビルの前に桜さんがいた。なんで会社の場所知ってるんだろう。
「加代子に聞いてたよ、会社の場所」
「ああ、そうなの?今僕喋ってた?」
「うん」
「僕も疲れがたまってるかも。早く帰ろっと。木村くん行くよ」
「え、なんでですか?桜さん、どうしたの?」
「えっと、お疲れ様です。あの、ちょっとお話が……」
「なになに?」
「木村くんにじゃないよ。帰るよ」
僕がそう言って木村くんの襟を掴んで引き寄せようとすると昇が帰ろうとするから小林くんが引き止める。
「なに昇が帰ろうとしてるの。昇に用があるんだよ」
「あ?何でだよ」
「何でじゃないよ。じゃあね、桜さん」
「はい、皆さまお気を付けて」
騒ぐ木村くんを引っ張りながら昇を置いて帰った。家について美香に桜さんが来たよって話すとすぐに電話をかけ始めた。桜さんの声は聞こえないけど美香の口振りからするとフラれたんだろう。それはそうか。昇の理想と真逆だもんな。こればっかりは仕方ない。桜さんは良い子だと思うけど昇は華やかなことが苦手だし翠さんたちでお嬢様が苦手だし1週間前にちょっと話しただけの子にいきなり告白されて気持ちに変化があるわけない。
「ほえ!?明日!?」
そう思ってると美香が大きな声を出すから驚いた。電話が切れたらしい美香にどうしたのって聞くと明日桜ちゃん来るってって言われる。なんだそれは、一体全体なにがどうなってるんだ。当然駄目って答えるとどうしてって聞かれるからいろいろ問題があるでしよって思いながらとりあえず1つめ、ポスターがあるでしょって言うと桜さんは知ってるって言ってきた。何で知ってるのってびっくりだけど仕方ない、いや、仕方なくない、でも美香が嬉しそう……うん、1回だけならね、うん。
そしてお風呂に入って出ると僕の携帯に木村くんから何度も着信があったから出ちゃったって美香が言う。うん、それは良いけど何て言ったのって聞いたら昇さんに桜さんが何の用だったのか聞いて告白で振ったって言うからどういうことだって聞いてきたから普通に桜さんは昇が大好きだからよって答えたそうだ。間違ってないし木村くんだからメールも来てるけど返さなくて良いや。
そして翌日。
「まあ、可愛い美香ちゃんね」
「でしょー。よく撮れてるでしょ」
「とりあえず桜さん、うち来てどうするの?」
早くやることやって早く帰ってもらおう。貴重な美香と過ごせる休日なんだから。
「普通に生活しているところを見てみたいのです。普通にいつもしていることをしてください」
「普通って言われてもなー」
「じゃあお買い物に行こー」
元気に出かける美香が可愛い。商店街に向かって歩く。
「美香ちゃん、そのメモはなに?」
「これは買った金額を書くの。ここの商店街はほとんどのお店でレシートを渡してないからいくらだったのかすぐにメモしておうちで家計簿に書くのよ」
「そうなのね」
そして商店街で買い物をする。僕も休みの日はついてくるけどお買い物上手な美香がすごいなって思う。あと、桜さんもすごいスピードでメモをしてるけどこれでそんなに書くことがあるんだろうか。不思議だ。
買い物が終わって料理をする美香を僕が手伝ってるところも桜さんが必死にメモを取ってる。たまにストップをかけられる。なんだと思ったらちなみに僕はどれくらい料理ができる上で手伝ってるのかとかいろいろ質問された。これでは普段通りじゃないと思った。律儀に答える僕は偉い。
作ったハンバーグをテーブルに置いて食べた。
「このあとはどうするの?」
「まずはこれを片付けてお掃除とかアイロンがけもしようかなー」
そのあと美香が洗って僕がお皿を拭いてても2人で掃除をしていても桜さんはそばで質問しながらメモを取ってた。そして洗濯物も取り込もうって美香が言い出してそれはまずいと思って慌てて僕の下着を取ってタンスにしまった。不思議そうにする美香と桜さんにどうぞ続けてって言って、取り込んで畳む美香の手伝いをした。
「美香ちゃん美香ちゃん、ところでここのカーテンはなんのためにあるの?」
「ああ、それは今は使ってないの。前はお風呂に入る時にカーテンを閉めてたんだけどよく忘れちゃうし面倒だからって今はリビングで着替えてるの」
「そうなのね」
そうだけどこんなこともメモしないで。チラッと見たらリビングで着替えるって書いてある。いくら昇が素朴な生活がしたいって言ってても一人暮らし用のこんな狭い家には住まないから脱衣所ぐらいあるよって思う。
「さてと、これでだいたいおしまいよ。これからはまた夜ご飯を作るから同じなの。そうだ、私は琉依さんにお料理を作ってアプローチして本物の彼女になれたから桜ちゃんもそうしたら良いわ。桜ちゃんお料理得意なの?」
「一応できるけど昇さんのお口に合うかはわからないからお料理教室に通うことにしたの。お弁当を作ってみるつもりよ」
「そうなんだー偉いねー」
「ありがとう。じゃあ私は今日覚えたことを家に帰って整理するから帰るわね。琉依さん、また来ます」
「え!?また来るの!?」
「はい。では、お邪魔しました」
なんで!?今日たくさんメモ取ったじゃん。桜さんって顔に似合わず図々しい……。僕と美香の貴重な休みが……。
玄関で美香と桜さんを見送ってドアを閉めてから呟く。
「お嬢様って結構良い度胸してるんだね……」
「どういう意味ー?」
はあ……疲れた。でも僕の苦労はそれから長く続く。桜さんは昇の連絡先は聞かなかったみたいだ。でも朝早くから会社の前に待機して8時過ぎに来る昇にお弁当を渡し19時にそれを受け取りにまた来る。昇は戸惑いながらそれに応じてる。昇は桜さんを振った翌日の土曜日から翠さんと加代子さんと佳代子さんに罵倒され続けてる。可哀想に。見かねた竜二さん帰ってきて、だけど忙しいから昇にだけ会って2人でお酒を飲むだけで帰っていった。
桜さんは2週間に1回ペースでうちに来る。そんなある日。
「昇さまには弟さんと妹さんがいらっしゃるそうです」
「そうだね」
「琉依さんはお会いになられたことはありますか?」
「何回かね」
「昇さまはどんなお兄さまなんでしょう。優しいのかしら。厳しいのかしら」
「面倒見は良いんじゃないかな。喧嘩してるけど」
「まあ、そうなのですね。私は弟が2人おりますがつい甘やかしてしまいます」
「え、桜さんって弟いるの?」
「はい。2つ下と3つ下です。可愛くてこの前もお茶会でいただいたお菓子を持ち帰って弟たちにあげました。はしたないからお姉さま止めてって言われてしまうのですけど。でもちゃんとお断りを入れて持ち帰っているのですよ。美味しいので弟たちに食べさせてあげたくて」
他にも買い物に行ってもついつい弟たちのものばかり買ってしまうって話を聞く。昇は知ってるのかなって思って聞いてみたけど昇は桜さんのことはなにも知らないみたい。お弁当を渡す時も受け取る時も昇の話を聞くだけらしい。なんでかはわからないけど話してないなら僕も話さないでおこうって言うのをやめた。
大切な10月の記念日も黒崎さんのお店に行ってディナーを食べたのに、良いムードなのに、美香の話は昇と桜さんの話ばかり。良いけどね、良いけど大切な日なのになってちょっと寂しかった。そしてついに12月になってしまった。
「あー!!もう、昇さん!!」
「あ?」
「桜さんのことはどうなってるんですか!?」
「関係ねえだろ」
仕事中木村くんが怒りだした。いい加減にしてくれって思うのは僕もだ。勉強熱心で……あれを勉強熱心と言って良いのかはわからないけどとにかく勉強熱心で、家族思いでよく気が利いて……僕に気を使ってはくれないけど、それになによりこんな昇をまっすぐ想ってる桜さんをいつまで待たせるつもりなんだ。いい加減僕と美香のラブラブ同棲生活を邪魔しないでくれ。
「昇、木村、とりあえずお昼にしない?買ってこようか?」
「小林さん僕焼き肉弁当!!」
「昇は?」
「んー……」
「昇?どうしたのー?」
「いや、最近コンビニ弁当が味気ないんだよな」
僕たちはみんな思った。それ桜さんのお弁当が食べたいって言ってる。
「もう昇さん本当にいい加減にしてくださいよ。あんな可愛くて良い子が昇さんなんかを好きなんですよー!!」
「あーもううっせえな!!俺外で食ってくる!!」
逆ギレだ。昇にも困っちゃうな。
それから数日後、その日もお弁当の日じゃなくて、昇は1日に何度もため息をついてた。そして帰り、小林くんと木村くんがもう帰って僕も帰ろうとしてたら窓から桜さんが歩いてくるのが見えた。
「ねえ、昇、桜さんだよ」
「あ?今日はちげえだろ」
「でもいるよ。なんでだろうね。僕帰るから昇もあがって桜さんのとこ行けば?」
「あー……ああ。そうだな」
そう言ってる途中に電話がかかってきて昇が出た。帰れって合図してきたから手を振ってエレベーターに乗ってビルから出る。
「桜さん」
「琉依さん、お疲れ様です」
「昇ならもうすぐ来ると思うよ」
「え、あ、私そんなつもりで来たわけじゃ……」
「へ?じゃあ会ってかないの?」
「い、いえ、会いたいですけど」
「中入って待ってなよ。ここじゃ寒いでしょ」
「はい」
って言っても入らないんだろうな。僕は初めの頃に桜さんを上まで連れてってここで待ってたら良いよって教えたのに実際にそうしたことはない。仕事の邪魔はできないそうだ。別に部屋の外の椅子で待ってるだけで邪魔にならないのに頑なだ。風邪引かないようにねって言って僕は帰ることにした。
家に帰って美香に今日はお弁当の日じゃなかったのに桜さんが来てたよって言う。すると美香はビビッてきちゃったって大きな声を出す。可愛い。どうしたのって聞くと2度めの告白に違いないって言う。そうなのかな、でも美香が絶対そうだって見に行きたいって言うから僕もそんな気がしてきて昇がなんて答えるか気になるから美香と一緒に行くことにした。昇が桜さんに惹かれてるのは一目瞭然。へたれな昇がなんて答えるのかこれに収めようと思ってボイスレコーダーも持っていく。途中で美香にもう帰ってるかもって話したけどついてみるとちょうど昇がビルから出てきたところだった。電話のあとに急ぎの仕事でもできたのかな。明日にでも聞こう。
「琉依さん、なんだか刑事さんみたいね」
「そうだね」
美香と一緒に茂みに隠れて聞き耳をたててみる。
「わりいな、すぐ来れなくて」
「いえ、お仕事ですから」
「中入ってれば良かったのに。つーかお嬢様がこんな時間にうろつくなよ」
「大丈夫です。それにお仕事のお邪魔はできません」
「ん」
「まあ、またホッカイロですわね。ありがとうございます」
ああ、そこは手を握ってみるとこなのに!!昇のへたれ!!
「お前今日車は?1人で来たのか?」
「はい、翠さんの真似をして電車に乗ってみました。昇さま、今日は初めて宗一郎さまたちと釣りをしたお話の続きを聞かせてください」
つまんない話してるねって美香に言う。まったく、もっとドキドキきゅんきゅんする話をしなよ、これだからへたれは……。2人が駅に向かうから僕たちも隠れながら釣りの話を聞く。懐かしいけど特に面白くない話だ。桜さんは面白そうに笑ってるけど。その話が終わって昇が立ち止まって桜さんも止まるから僕と美香も止まる。昇からいくのかな?へたれのくせに?いよいよなにかきそうな気がしてボイスレコーダーのスイッチを入れる。
「なあ、いつも俺の話ばっかでつまんなくねえの?」
「楽しいですわ」
「そういうのってなんかこう、自分の話とかすんじゃねえの?」
「まあ、昇さまはへたれだそうなのによくご存知なのですね」
ちなみに昇はへたれだって話したのは佳代子さんだ。僕は固唾を飲んで見守る。
「あー……と、とにかく、お前俺のことす、好きだって言うわりにあの日以降ほとんど自分がどう思ってるか言わねえじゃん。弁当作って朝早くに持ってきて夜に受け取りに来て俺の話聞くだけで帰って。なんか他に言うことねえの?」
ちょっと、好きぐらいどもらないで言ってよ。これだからへたれは……。僕が恥ずかしいよ。
「えっと、ではお弁当は美味しいですか?」
「全部食って返してるだろ」
「ふふ、だから美味しくないわけではないんだろうなって思ってました。迷惑なら食べてくれないし受け取ってもくれないだろうって」
「な……そうか」
「それに寒くなってきて外で待っていてホッカイロをくださって嬉しかったです。初めて見ましたけど」
「そうかそうか、お嬢様だもんな」
「それから、私は西園寺家の娘ではありますけれど、だから無理と言われても納得できません。私は西園寺の名に誇りを持っていますがただの桜として見てもらいたいです」
おお!!良いぞ!!そうだそうだ!!昇はなんて答えるのかな。
「……見てる」
「はい?」
「俺の敗けだ」
「敗け……?」
「だから、もうそんなん関係なしに見てるってことだ、桜のこと」
「もう一声!!」
「あ?なんだそれ」
「お願いします!!」
「だー!!だから、もう桜に惚れてるって!!」
「わー!!琉依さん聞いたー?」
「ぎゃー!!」
「聞いたし録音もしたよ!!」
桜に惚れてるだって!!面白いね!!美香と一緒に興奮する。
「お、お前らなんでいんだよ!!」
「あ、見つかっちゃったー」
「見つかっちゃったねー」
あ、そういえば立ち上がってた。昇とばっちり目が合う。
「見つかっちゃったじゃねえよ!!琉依!!なんだそれは貸せ!!」
「ボイスレコーダーだよー貸さないよー」
昇が走ってくるから逃げる。おいかけっこ状態になるけどすぐに昇が息を切らせる。
「琉依……それ……消しとけよ」
「みんなに聞かせてからね」
「止めろ!!」
「えー昇の意見はなー。桜さん良い?」
「はい」
「ほらー当事者が良いって言ってるんだから」
「あーもう、あいつらに聞かせたら絶対消せよな」
「わかったわかった。いやーへたれな昇があんなことをねー面白ーい」
「ねー昇さん面白いわねー」
「あーもう!!面白がるな!!」
ほんと面白かったし良かった。電車で帰る桜さんを家まで送るという昇と別れて僕と美香も家に帰る。僕みたいに勘が当たらなかったという美香に、告白して付き合うことになるって思ったんだよね、半分当たってるよって言った。それに僕は昇は桜にちなんだ子と出会うって予想してたから僕の勘は当たってたよって言った。桜さんは昇の理想とは真逆だと思っていたけど桜さんは昇と相性ぴったりの相手だった。やっぱりいまいち桜さんのことはわからないけど真面目で努力家で家族思いな昇とよく似てるのはよくわかった。美香との時間を邪魔されるのは嫌だったけどいつの間にか桜さんを応援しようと思うようになってた。傍観しようと思ってたはずなんだけどな。僕はまた思い付く。きっと桜さんはこの先大きくなっていく会社で大忙しな社長の昇を支えてくれる素晴らしい社長夫人になってくれるだろう。それからパーティーが嫌いな昇も桜さんが行くならって少しは行くようになるだろう。そう考えてみてこれは誰でも想像できる未来だったかなって思った。
家についてすぐにみんなに昇のことを話して、土曜日に緊急集合してみんなでボイスレコーダーを聞いて楽しんだ。竜二さんには関さんと翠さんの結婚式で聞いてもらって、油断してたら昇にあっという間に消されてしまった。残念だけど約束だから仕方ないね。