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第2話-3 今までとこれからと

 

 

 

  ◇◇◇

 

 

 

 手を握られる力が、徐々に弱くなってきた。

 ゆっくりと、手を離してみる。

 もう大丈夫そうだ。

 浅い睡眠に移行したのだろう。

 

 周囲に神経を向けながら、村尾さんをそっと芝の上に降ろした。

 いつでも戦いに立てるように片膝でしゃがみ、周囲と、村尾さんを見守った。

 

 しばらく、時間だけが流れた。

 何も来ないし、他に誰もいないまま。

 夜風が柔らかく吹くと、そのたび村尾さんの前髪が、小さく揺れた。

 

 どれくらいそうしていただろうか。

 彼女に視線を落としたときに、ちょうど村尾さんが、ゆっくり目を開いた。

 しばらく目が合う。

 

 「相良くん」

 

 村尾さんがポツリと、抑揚なく言った。

 

 「……起きた?」

 

 驚かさないように、なるべく静かに言う。

 

 村尾さんは起き上がろうと体を動かしたので、その肩と背中を支えて、ゆっくりと起こした。

 

 「もう少し、休んでた方がいいよ」

 

 聞こえていないように、村尾さんは自分の方に片手を伸ばす。

 肩、上腕と順番に触れて、手首の上あたりを、強めに握る。

 

 「相良くんだ……」

 

 そういうと、今まで見たことのない、無邪気な感じの笑顔を見せた。

 

 「……うん」

 

 自分も笑顔を見せて、頷く。

 村尾さんは、フフッと静かに笑う。

 そして、ゆっくり視線を上げて、しばらく周囲を見渡す。

 

 「誰も……いないですね……」

 

 そういって、少しの間、無言だった。

 何があったか、思い出しているようだ。

 

 「そのうち、誰か戻ってくるかもしれないし」

 

 そう言ってみたが、聞いていないようだった。

 村尾さんは視線を戻し、自分の顔をじっと見る。

 みるみる涙が溜まっていくのが見えた。

 

 「ダメだよ、相良くん……あんな……」

 

 「……」

 

 「あんな危ないことして――」

 

 自分の手首を右手で強く握りしめたまま、左手で口元を抑えた。

 嗚咽混じりに変わる。

 

 「相良くん……消えちゃうかも――しれなかったよ」

 

 どう答えていいか分からず

 

 「ごめん。もっと楽勝のはずだったんだけど」

 

 そういって笑ってみる。

 

 「――」

 

 村尾さんの嗚咽は止まらない。

 自分の言葉はあまり届いていないようだ。

 

 「ごめんなさい。私、怖くて……動けなくなって……」

 

 「……」

 

 「それで相良くんまで……あんな危ない目に遭わせて……」

 

 「……」

 

 「――ごめんね!」

 

 嗚咽の中から、絞り出すように言った。

 村尾さんの嗚咽はしばらく続いた。

 

 自分はそのまま、彼女が落ち着くのを待った。

 そして

 

 「ねえ、村尾さん」

 

 そう話しかけてみる。

 

 まだ口元を抑えたままの村尾さんが、赤くなった目で自分を見た。

 

 「パネル、開ける?」

 

 村尾さんはしばらくそのまま自分を見つめてから、ゆっくりと前方に視線を向けた。

 ステータス画面が出たようだ。

 

 そして、尋ねるように自分に視線を戻す。

 

 「何か、増えてない?」

 

 それを聞いてもう一度、ステータス画面に視線を向ける。

 しばらく見渡して、

 

 「『回復』……?」

 

 そう言った。

 思った通りだ。

 

 「うん。それ」

 

 「これ……魔法、ですか?」

 

 その口調から、少し落ち着いたことを感じて、続けた。

 

 「あのままなら、自分は消えてたと思う」

 

 村尾さんは黙って自分を見つめる。

 

 「村尾さんが、『回復』で救ってくれたんだ」

 

 「魔法で……ですか?」

 

 当然、覚えがあるはずもない。

 少し考えて、言ってみる。

 

 「自分いま、HPがあんまりないんだ」

 

 これは本当だ。

 ブルーベアとの戦いでギリギリまで削られたあと、自然回復で少し戻っただけだ。

 村尾さんが驚いたように目を見開く。

 

 「回復、頼める? でも1回だけ」

 

 村尾さんは少し自分を見つめてから、静かに目を閉じた。

 精神集中しているようだ。

 

 やがて自分のHPゲージが光り、ゲージが右側に、2割くらい動いた。

 それに合わせて、体もスッと軽くなる。

 村尾さんが目を開ける。

 

 「ありがとう。すごく楽になった」

 

 「……私が。『回復』で……」

 

 たぶん実際に発動させてみて、あのときの感覚が蘇ったのだろう。何が起きていたのか、理解したようだ。

 

 「うん。それで勝てたんだ」

 

 村尾さんが俯く。

 

 「……私もう、ただ祈るしかできなくて……」

 

 「……」

 

 「でもそれが魔法になって届いてたなら……」

 

 村尾さんは視線を上げた。

 

 「うん……少しは……よかったのかな」

 

 自分は、ただ黙って頷いた。

 多くのことが一度にありすぎて、まだ時間が必要に思えた。

 ただ、お礼も慰めも、今はもう必要ないと思った。

 

 「……」

 

 村尾さんは視線を落として、彼女が掴んだままの、自分の左の手首のあたりを見た。

 仕草が、ちょっと吹っ切れた印象に変わった。

 

 「相良くん――」

 

 「うん?」

 

 「手を、ちょっとだけ、借りていいですか?」

 

 「……え~と、手を?」

 

 「はい」

 

 すぐに頷いて言う。

 

 「別に、いいけど」

 

 村尾さんは手を引き寄せて、その頬に自分の手のひらをそっと当てた。

 そして目を閉じた。

 

 「あ……えと」

 

 戸惑う自分を気にしていないように、目を閉じたまま

 

 「相良くん。ありがとう――」

 

 そう言って、頬をより強く押し当てた。

 

 「本当に、よかった」

 

 村尾さんは、しばらくそのまま動かなかった。

 自分も手を掴まれたまま、そんな村尾さんをただ見ていた。

 

 その言葉が、今のすべてのような気がした。

 

 

 

 このあと自分と村尾さんは、明日からのことを話しながら、夜明けを待った。

 

 

 

  ◇◇◇

 

 

 

 街道の脇から、どこまでも広がる畑を眺めていた。

 隣の村尾さんに目を向ける。

 ブラウスにロングスカートの、町娘風の装い。

 遠い視線で、景色ではない何かを見ているようだ。

 考えれば、自分もそうだったような気がする。

 

 「そろそろ行こうか」

 

 村尾さんは我に返ったように自分を向くと、笑顔を見せた。

 

 「そうですね。あんまりゆっくりしてると、日が落ちちゃいます」

 

 二人で並んで、街道を街へと歩き始めた。

 気のせいか、さっきまでより村尾さんの位置が近い気がした。

 

 

 

  ※※※

 

 

 


 お読み頂きありがとうございました。

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