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Color.4 髪と鏡

 

 夏がどうやら終わり、異世界に秋が訪れていた。

 越してきたばかりの借家の、サマーキッチンの朝。

 自分と村尾さんは、パンとチーズ、そして塩漬け肉を少し入れた野菜スープの朝食を終えて、今は食後のお茶を飲んでいる。

 

 そんな時。

 突然、村尾さんが椅子に座ったまま、すうっと剣を顕現させて、両手で縦に掴んだ。

 一瞬ギョッとする。

 村尾さんは剣の柄を逆手に握るとカチャッと引き、鞘から剣の根元だけをギラリと覗かせた。

 そして刃をじっと見つめる。

 家に二人でいるとき、ときどき見かける光景だが、なかなか慣れない。

 やがて顔を少し横に向けたり、戻したりしている。

 

 「……どのくらい、切ってもらおうかな」

 

 元の世界のような鏡がないこの世界では、顔を一番クリアに映せるのは、この剣の刀身だ。そして今日、村尾さんは髪を切ってもらいに行くことになっている。

 しばらく剣の根元を眺めていた村尾さんは、自分の方を向いて、

 

 「どう思います?」

 

 そう言ってきた。

 

 「え? あ、え~と……」

 

 村尾さんの髪は、もともとあまり長くない。後ろは肩にかかるくらい、両サイドもすっきり切り揃えていて、詳しくはないがショートといっていいのだと思う。

 見た目だけを言えば、今のままで全然いいと思ってしまうのだが、そうもいかないようだ。

 

 「ナオさんは、何て?」

 

 ナオさんというのは、お世話になっている冒険者パーティのメンバーで、ただ一人の女性だ。先日一緒にミッションをこなしたのだが、そのときに、そろそろ切った方がいいねと、そう言われたらしい。

 

 「前と横が、邪魔になってて危ないよって」

 

 そう言った村尾さんは、視線を至近に移して、手で前髪と、そして横髪をつまんだ。

 言われてみれば最近、普段から手で髪を抑える場面をよく見る気がする。戦闘ではそれが命取りになることもあるだろう。

 

 「なら、視界を遮らないくらいまで、かな?」

 

 無難なことを言っておく。

 すると村尾さんは自分をじっと見て、

 

 「この髪型、好きですか?」

 

 うお。

 予想外の方向から来た。

 何と言うか、正直に言えば全くその通りなのだが、反応は慎重に……

 

 「うん」

 

 それだけ言って、あとはコクコクと頷いた。

 村尾さんはふふっと笑うと、

 

 「なら、全体的に、少し短くするだけにしますね」

 

 そう言って、剣を鞘にカチッと納めると、すうっと消した。

 ひょっとして、何かリクエストしたらかなえてもらえたのだろうか。

 

 

 

  ◇◇◇

 

 

 

 村尾さんを街に送り出し、自分は留守番。

 二階の自室で、考え事をしていた。

 村尾さんがこの世界で床屋へ行くのは初めてだが、女性冒険者たちがよく行く店で主人も女性だというから、心配はないだろう。

 それよりも、今さらなのだが、自分は朝の光景が気になっていた。

 いくら映りがいいとは言っても、剣の刃が鏡がわりというのはどうなんだろう。面積が十分でないのは明らかだし、顔を近づけるものとして物騒すぎる。

 何か鏡がわりに加工できるものはないか――

 

 元の世界のことを思い出していた。

 工作で、銅板を鏡面加工した記憶。このとき、金属を手作業で鏡面に仕上げるコツと、手間さえかければ結構鏡っぽいものができることを知った。

 この世界で、あのときのような工作をするとしたら。

 その方法は色々と思い浮かんできた。

 しかし、問題は素材となる金属だろう。

 そして金属というなら。

 

 そういうわけで、一人で再びサマーキッチンにやってきた。

 生活用品のほとんどが木製であるこの世界。そんな中、この家にあるもので、ある程度の大きさの金属というと、もう『鍋』しかない。

 鍋類が並べられた棚の前に立ち、物色していく。

 大ぶりなものはダメだし、深さがあるものも不向きだ。

 底面にそれなりの広さがあって、できるだけ平べったい鍋。

 ――あった。

 焼いたり炒めたりするときに使う、平べったい片手鍋。フライパンだ。

 手に取って、撫でてみる。

 材質は分からない。学校にあったヤカンのような、金色を薄くした色。表面に錆らしきものは見当たらない。いい素材のような気がする。

 底面は暖炉の直火に晒されて焦げが目立つが、煤は落とせそうだし、どのみち研磨することになるので問題ないだろう。

 ただ、鏡として常用するならフライパンとしては使えなくなるので、そこは仕上がり具合で村尾さんと相談、ということになるだろうか。

 よし。

 ではやってみよう。

 できれば村尾さんが帰ってきたとき、髪を切った様子を映し出せたらベストだ。

 

 

 

  ◇◇◇

 

 

 

 引き続きサマーキッチンで一人。

 まずはいつもの鍋磨きの要領で、フライパン底面の汚れを落とした。

 リンゴ酢を表面に塗って、リネンの布でゴシゴシ擦る。汚れが落ちにくくなったら一度水洗いして、またお酢を塗って、ゴシゴシ擦る。その作業を二十分くらい繰り返していると、すっかり汚れは落ちて、未使用のようなきれいなフライパンになった。

 予想以上にきれいにできたので一瞬それで満足してしまいそうになったが、違う。フライパンを洗浄したいわけではない。

 

 ここからが研磨の本番だ。

 小麦粉に水を加えて、ペーストを作る。このとき、鍋磨きにいいと聞いた暖炉の木灰を少し混ぜてみた。そうしてできあがった灰色のペーストを、フライパンの底面に塗り付けて、リネンの布で磨き込む。一点集中で磨いて、そこがキラキラしてきたら、横に移動してまたペースト、そして一点集中の研磨。この繰り返し。

 相当に地道な作業だ。地道すぎてフライパンの底面が広大な荒野に見えてくるが、ここは精神一到、無心でいく。村尾さんが帰ってくるまで、まだ時間はたっぷりあるはずだ。

 どれくらい磨き続けただろうか。一時間くらい経っただろうか。

 無心になりすぎて心も澄み渡ってきた頃に、フライパンの底面全体をキラキラにし終えていた。

 塗り込まれたペーストや粉粒のせいで、まだあちこち曇ってはいる。

 が、これはいける。

 元の世界での経験がそう告げていた。

 

 いよいよ仕上げだ。

 フライパンを水洗いしてから、乾いたリネンで一点集中の乾拭き。指先が摩擦熱で熱くなるくらい、強く、高速で拭き込んでいく。やがて、覗き込んだときそこに自分の目が映るようになったら、横へ移動して、また乾拭き。これを繰り返していく。

 増してくる指の痛みをこらえながら続けて、やがて、全面の仕上げが完了した。

 全体をきれいに拭き直してから、柄を持ってフライパンを手鏡のように掲げてみる。黄色っぽい元の金属の色味はあるものの、フライパンの底面に、自分の顔が結構クリアに映っている。窓から差し込む日の光を当ててみると、反射した光が壁に黄色い円を作った。

 よし。

 まずは申し分ない仕上がりだろう。

 

 

 

  ◇◇◇

 

 

 

 やがて、髪を切り終わった村尾さんが戻ってきた。

 勝手口からキッチン部屋に入ってくると、立ち止まって

 

 「どうでしょうか?」

 

 両手を胸で組んで、少し不安そうに聞いてきた。

 

 「……」

 

 全体的に短くの言葉通り、スッキリと軽い感じになっている。

 髪のボリュームが軽くなったせいか表情が強調されて、切る前より大人っぽさは薄まったかわりに、春の花のような、明るくて可憐な印象が強くなっている。

 考えてみると、もともと彼女はこんな感じだった気がする。気付かないうちに、髪は伸びて印象も変わっていたようだ。

 

 「うん。すごくいいと思うよ」

 

 思った通りのことを言った。

 

 「そうですか? ……ちょっと切りすぎたかなって」

 

 村尾さんは視線を上げて、前髪を手で引いて見ている。

 よし。ここだ。

 

 「あのこれ、作ってみたんだけど」

 

 村尾さんの前に、おもむろにフライパンを差し出した。

 鏡面加工した底面を表にして。

 

 「え?――」

 

 村尾さんが目を見開く。

 フライパンに顔を近づけた。

 

 「これ……映ってるの……私?!」

 

 自分を見上げてくる、若草混じりの淡い瞳。

 黙ってコクリと、自分は頷いた。

 

 

 このあと、勝手にフライパンを加工したことを詫びつつ、どうやって製作したかを話した。村尾さんはひどく感心しながら、合間に何度も、その顔をフライパンに映して眺めている。気に入ってもらえたようだ。

 自分は特に必要はないし、村尾さんの好きに使ってよと伝えると、

 

 「いいんですか?!」

 

 もちろん、そのつもりだ。

 どうしよう、どこに置こう、などと言っている。

 うん。

 やっぱりかなり欲しかったんだな。

 作ってよかった。鏡。

 

 

 

  ◇◇◇

 

 

 

 このあと、落ち着いたところで、二人で納屋に移動した。

 サマーキッチンから運んできた椅子に、自分は腰掛ける。

 ベージュのエプロン姿の村尾さんは、自分の背中側に立っていた。

 

 「じゃあ、切りますね」

 

 そしてエプロンのポケットから櫛とハサミを取り出した。

 

 『髪を切ってもらう時、切り方も聞いてきます』

 

 自分の髪は村尾さんが切ってくれることになっていたのだった。

 

 「よろしくお願いします」

 

 「はい。慎重にいくので」

 

 そう言って、後ろから自分の髪を手で二、三回撫でた。

 少しドキリとする。

 村尾さんの散髪が始まった。

 

 静かな納屋の中に、チョキチョキと心地よい音が響く。

 この世界に来てから、初めての散髪。

 村尾さんの作業は言葉通りとても慎重で、少しハサミを入れると、すぐ髪を撫でて確認している。かなり細かく確認が入るので、髪を切られているというより、頭を撫でられ続けている感じがしてくる。

 時おり耳元に息遣いと、うん、とか、よし、などと音にならない声が伝わってくる。それも不思議と心地よい。

 切られた髪がパラパラと、納屋の地面に少しずつ落ちていく。

 やがて慣れてきたのか、

 

 「鏡のこと……相良くんに、何かお礼しないとですね」

 

 髪を切りながら、静かにそう言った。

 そんなに喜んでもらえたなら、それで十分だ。

 それに――

 

 お礼なら、今もうもらってる。

 

 

  ※※※

 

 

 

お読み頂きありがとうございました。

興味を持って頂けましたら、下の☆☆☆☆☆からご評価頂けますと、今後の参考になります。

あわせてブックマーク、感想の方頂けますと非常にうれしいです。

 

続編は近日中に投稿予定です。

 

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