第2話 立ち上がる
村尾さんと二人で、街に出発するところだ。
目的は、ギルドへの達成報告をいくつかと、溜まってしまった素材の引き取り依頼。
そしてそのあと、収穫祭を控えた街のお店や露店を回ってみることになっている。
あと、今日は自分も村尾さんもお昼が早かったので、露店に美味しそうなものがあれば食べてみよう、という計画だ。
ただ村尾さんはコストパフォーマンスに厳しいので、そこはまだ流動的だろう。
自分が先に勝手口から出て、村尾さんがついて出てくるのを見てから、パタンとドアを閉める。
ここで村尾さんが軽くドアを引いてみて、ロックを確認。
納得したらしく、自分を見て、真剣な顔でしっかり頷いた。
「じゃあ、行こうか」
「はい!」
いつもの段取りをこなしてから、街に向かって並んで歩きだした。
村尾さんは白のブラウスに、前掛けを結んだ緑のロングスカート姿。買い物に出るときの定番になっている町娘風の装いだ。
この家はもともと農家だったため街から少し離れており、街の入り口に着くまで10分くらい歩く。
街道に出るまではまず林を抜けて、畑の中の小径を歩くことになる。
しかし今は、畑は殺風景だ。
「もう何もなくなりましたね」
村尾さんは歩きながら、周囲の畑を見渡して、続ける。
「最初ここに来たときはすごかったですよね。人だらけで」
「ホントすごかった。この人たちどこから来たの? っていうくらいいたし」
自分たちが今の家に引っ越したのは、いわゆる収穫期だったのだ。
「バイトも募集してましたしね」
「うん。やってみてもよかったかな」
「ですよね。……たぶん、かなりきついと思いますけど、収穫はやってみたかったです」
「そうなの?」
「はい。小麦もライ麦も、パンやお菓子になるものですし」
思わず笑みがこぼれた。
収穫に興味がありそうなのは少し意外だったが、村尾さんらしい理由だった。
でも、村尾さんと一緒に農作業に汗を流すのは悪くない気もする。
街の宿を拠点にしていた頃は、気持ちの余裕がなかったこともあるが、街の外の風景は討伐エリアに向かう街道から遠目に見ているだけで、あまり関心を持てていなかった。
季節感というものを感じられるようになったのは、ここ最近のことなのだ。
「でも、今度は種まき、だよね」
「そうですね。もうすぐだと思います」
「また募集あるかな」
「さあ……。でも興味あるなら、家もちょうどいい場所にあるし、畑を借りて農家をやってみるのもいいかもしれませんね」
村尾さんは手を後ろで組んで弾むように歩きながら、自分に顔を寄せて楽しそうに話す。
誘ったら喜んで大地に根を下ろしてしまいそうだ。
「まあ、まずはバイトで適性を見てから……でいい?」
「それは手堅いですね。相良くんらしいです」
そんな話をしているうちに、畑を抜けて、街道に出た。
一度立ち止まり、振り返って景色を眺める。
秋の深まりを感じさせる涼しい風が、村尾さんのスカートの裾を揺らしていく。
いわゆる『異世界』なのだが、こうして見る限り異世界感はまったくない。
「4ヵ月くらい、経ったんですよね」
村尾さんがポツリと言う。
「うん……」
もちろん、この世界に転移してからの期間のことだ。
少し言葉選びに慎重になる。
転移事件は今の生活のきっかけにはなっているが、そこにはあまり思い出したくないこともあったからだ。
◇◇◇
元の世界で、知っていたこと。
転移した世界で命を落とすと、その世界の別の場所に転移する。
元の世界に帰還すると、転移した瞬間の時間に戻っている。
――しかし、帰還の方法は、分かっていない。
◇◇◇
4ヵ月前。
その日、この世界に転移してしまった後。
見たこともない、山岳地だった。
クラスの皆で話し合いながら、集団で移動したり、分担して周辺を探索したりと、色々と行動したが、やがて日も落ちて暗くなったため、誰かが持って来ていたライターで小さく火をおこし、ジャージ姿のまま一か所に固まって明るくなるまで休むことにしていた。
周辺には猛獣がうろついていることも分かっていたので、横になって眠るなど考えられなかったが、夜が更けるとともに、半分眠っているような状態に皆がなっていった。
そんなときだった。
地面に少し揺れを感じた直後、暗がりから突然、見上げるほど巨大な、ヒグマ型の生き物が現れたのだ。
あまりの驚きと恐怖に、誰も声が出なかった。
行動もできなかった。
夢か現実かも曖昧だった。
しかし無造作にドスドスと近づいてきたその巨大な生き物は、巨木のような腕を振り上げる。
グオォォォ!!――
周囲を揺るがす雄叫び。
巨大な腕は、一か所に固まっている自分たちを薙ぎ払った。
薙ぎ払われたクラスメイトの一団5~6名は、金色の粒子になって、大気の中に溶けるように消えた。
一瞬の沈黙。
そして、悲鳴と、逃げろの叫び声が一斉に起こり、全員が立ち上がって走り出した。
間に合わなかった一団が、また巨大な生き物に薙ぎ払われ、金色の粒子になって消えた。
自分も慌てて、全力で逃げ始めていた。
が――
ふと振り向くと、動揺のあまりか、立ち上がれずに座り込んだままの一人の女子が目に入った。
村尾さんだった。
巨大な生き物が、動けずに座り込んだ村尾さんの目の前に立っているという、衝撃的な光景がそこにあったのだ。
村尾さんは、ただそれを見上げるだけで、動く気配がない。
あの淡い若草の瞳が、ただ恐怖に見開かれているのが見えた。
そんなものが見えるはずもないのに。
このとき、自分で何をどう考えたのか、よく覚えていない。
気がついたとき、自分は座り込む村尾さんを背に、巨大な生き物――ブルーベアの前に立ちはだかっていたのだ。
◇◇◇
お読み頂きありがとうございました。
興味を持って頂けましたら、下の☆☆☆☆☆からご評価頂けますと、今後の参考になります。
あわせてブックマーク、感想の方頂けますと非常にうれしいです。




