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【後日談】

 魔の森に平和(と爆発音)が訪れてから数年。

 領主館の庭では、かつて『絶望を喰らう黒狼』と呼ばれた白狼が、今や一歳児の乗り物として、誇り高く(?)その背中を貸していた。


「わあ、わあ! わんわん、もっとはやーく! 一生懸命、走るですよー!」


 白狼の背中でキャッキャと笑うのは、リリアとゼノスの愛娘、ルルア。

 桃色のふわふわした髪と、ゼノス譲りの意志の強い蒼い瞳を持つ彼女は、母親の「ドジっ子パワー」と父親の「強大な魔力」を、最悪のバランスで受け継いでいた。


「ルルア! 危ないと言っているだろう! ……リリア、お前も『頑張れー!』と応援している場合ではない!」


 執務室の窓から身を乗り出し、ゼノスが悲鳴に近い声を上げる。

 だが、その隣でリリアは「えへへ、ルルアも一生懸命で可愛いですねぇ」と、呑気にお芋を齧っていた。


「あ! パパだ! パパ、お仕事一生懸命でお疲れ様です! ルル、パパにいいもの、プレゼントするですよー!」


 ルルアはそう言うなり、白狼の背中から勢いよくダイブした。

 もちろん、三歳児がそんな高所から飛び降りればタダでは済まない。……普通の子ならば。


「わわわわわっ! そーれっ!」


 ルルアが地面に激突する直前、彼女から溢れ出した無自覚な聖力が炸裂し、地面をフカフカの薬草のクッションに変えた。

 そのまま、彼女は「パパへのプレゼント」を探すため、驚異的な脚力で森の最深部へと消えていった。


「待て、ルルア! そっちはまだ浄化が——」


 ゼノスが窓から飛び降りて追いかけるが、時すでに遅し。

 数分後、森の奥から『地響き』とともに、ルルアが何かを一生懸命に引きずって戻ってきた。


「パパ! 大きいトカゲさん、拾ったですよ! これで肩、トントンするです!」


 ルルアが引きずっていたのは、数千年の眠りについていたはずの『古の地竜アースドラゴン』の尻尾だった。

 ルルアの浄化パンチを食らって白目を剥いている地竜を、ゼノスは引き攣った顔で見上げた。


「……リリア。……娘が、伝説の地竜を『肩叩き棒』として連れてきたぞ」


「わあ、ルルアすごい! 一生懸命選んだんですね! ゼノスさん、せっかくですからトントンしてもらいましょう!」


「死ぬわ!!」


 その頃、テラスで様子を見ていたカレンとミナは、腹筋を抱えて転げ回っていた。


「ギャァァァァァァ! 見た!? あのルルアちゃんのドジ、もはやリリアを超えてるわよ!」

「地竜を肩叩き棒にする三歳児……。ゼノス様、これからは娘さんのドジから世界を守る生活が始まるのね。……合掌!」


 魔の森に、また新たな「一生懸命な伝説」が刻まれる。

 ゼノスの胃痛と溺愛の日々は、どうやら一生終わることはなさそうだった。


 ◇◇


 領主としての公務と、広大な「お芋領地」の管理。

 多忙な日々を送るリリアとゼノスだったが、今夜はカレンたちが気を利かせて娘のルルアを連れ出し、館には二人きりの静かな時間が流れていた。


「……リリア。たまには、領主やその代行という立場を忘れて、昔のように過ごさないか」


 ゼノスが、少しだけ照れくさそうにリリアの手を取った。

 彼が連れてきたのは、館の裏手にひっそりと残してある、あの「始まりのボロ小屋」だった。今はリリアの聖力で白銀の輝きを放ち、中は最高級の毛皮が敷き詰められた、二人だけの秘密の隠れ家となっている。


「わあ、懐かしいです! ここに来ると、ゼノスさんを一生懸命ゴシゴシしたのを思い出しますね!」


「……ああ。あの時の俺は、お前に文字通り命を救われた。……だが今夜は、俺がお前を『ゴシゴシ』……いや、大切にする番だ」


 ゼノスの声が、かつてなく甘く、独占的な熱を帯びる。

 彼はリリアをソファー(聖力で究極に柔らかくなった切り株)に押し込み、逃がさないようにその両手を押さえた。至近距離で見つめる蒼い瞳に、リリアの胸は出会った頃よりも激しく、一生懸命に鼓動を刻む。


「あ、あの……ゼノスさん。なんだか、お顔が近くて……また吊り橋が揺れてる気がします……っ」


「吊り橋ではないと言っただろう。……これは、夫から妻への愛の『残業』だ。覚悟しろ」


 ゼノスがゆっくりと顔を近づけ、リリアの唇に触れようとした、その時。

 リリアは緊張のあまり、一生懸命に目を閉じようとして、案の定、勢いよく頭を後ろに逸らした。


「わわわわわっ! おやすみなさいですーっ!」


 ドッゴォォォォォォォォン!!


 リリアの後頭部が、背後の壁に激突した。

 彼女の恥ずかしさと愛おしさが混ざり合った最強の聖力が暴発し、白銀に輝いていた小屋の屋根が、お祝いのクラッカーのように夜空高くへと吹き飛んだ。


「……あ。……管理人さん。お空に、お星様がとっても綺麗に見えますね……?」


「………………ああ。屋根がなくなったからな。……お前というやつは、本当に最後までムードをぶち壊す天才だ」


 ゼノスは崩れた壁の残骸に埋もれながら、虚空を見つめて溜息をついた。

 しかし、目の前で真っ赤な顔をして「すみません……」と涙目になっているリリアの姿を見ると、やはり怒る気など失せてしまう。


「……まあいい。星空の下での『残業』も、悪くはないな」


 ゼノスは苦笑いしながら、今度はリリアが転ばないようにその体をしっかりと抱き込み、屋根のない小屋の中で、誰よりも深く、誰よりも甘い「口づけ」を交わすのだった。


 その頃、遠くの森から双眼鏡で覗いていたカレンとミナは――。


「ギャァァァァァァ! 見た!? 今、小屋の屋根が飛んでいったわよ! どんな激しいことしてるのよぉぉ!!」

「リリア、あんたのドジはもう物理法則を超えてるわ! ゼノス様、屋根がなくても頑張れぇぇ!!」


 女子たちの熱烈な声援(という名の野次)が、静かな星空に虚しく響き渡るのだった。


 ◇◇


「ちょっとミナ! あっちの茂み、今キラッと光らなかった!? 絶対イケメンが埋まってるわよ!」


 領主館から少し離れた「新聖域・開拓エリア」。カレンは泥だらけのスコップを手に、獲物を狙う魔獣のような鋭い眼光で周囲を探索していた。

 彼女たちの目的はただ一つ。リリアがゼノスを「発掘」したように、自分たちも運命のイケメンを見つけ出すことだ。


「カレン、焦りすぎよ。……あ、でも見て! あそこの大岩の影に、浄化されて『絶世の美青年』になった元・魔族の幹部が挟まってるわ!」


「「いたぁぁぁぁぁ!!」」


 二人が猛然とダッシュを開始したその時、偶然にもお散歩中のリリアと、彼女の腰を片時も離さないゼノスが通りかかった。


「わあ、カレンさんたち! 一生懸命、宝探しですか? 私にもお手伝いさせてください!」


「リリア、やめろ。お前が手を貸すと宝探しが『発破作業』になる……っ!」


 ゼノスの制止も虚しく、リリアは「えいっ!」と気合を入れて足元の小石を蹴飛ばした。

 案の定、その石はリリアの聖力を帯びて弾丸のように飛び、ミナが指差した大岩を直撃した。


 ドォォォォォォォォン!!


 岩が砕け散ると同時に、眩いばかりの浄化の光が炸裂した。

 光の中から現れたのは、岩に挟まっていた美青年……だけではなかった。リリアの「みんな幸せになって!」という願いが余波となって広がり、周囲にいた「呪いから解き放たれたばかりの美形騎士や精霊たち」が、次々と吸い寄せられるように集まってきたのである。


「「「………………っ!!(眼福)」」」


 カレンとミナは、あまりのイケメン密度の高さに、同時に膝から崩れ落ちた。


「わあ、皆さん仲良しですね! よし、一生懸命お芋を焼いて、歓迎会をしましょう!」


 リリアが喜んでお芋を配り始めると、集まった美形たちは「女神の再来だ……」とリリアに跪こうとする。だが、その瞬間にゼノスの「殺気(独占欲)」が彼らを氷漬けにした。


「……リリアに触れるな。……それとカレン、ミナ。そこの男たちは好きにしていいが、一歩でも館に近づけたら、この森の肥やしにするからな」


「わかってるわよゼノス様! この人たちは私たちが責任を持って『管理』するわ!」


 こうして、魔の森は「伝説の聖女」を起点として、大陸で最も美男美女が集まる『縁結びの聖域』へと進化した。

 カレンもミナも、リリアのドジっ子パワーに振り回されながらも、自分たちだけの「一生懸命な恋」を掴み取るために、今日も元気にスコップを振るうのであった。


 魔の森に響く、笑い声と小さな爆発音。

 それは、世界で一番騒がしくて幸せな領地の、変わらない日常の音だった。


 ◇◇


 それは、リリアが「魔の森の領主」として生涯を終えてから、数百年が経過した頃の話。


 聖王国ルミナリスの歴史書において、聖女リリアの名は『聖域の開祖』として、何よりも尊く、そして何よりも「謎多き存在」として刻まれていた。

 彼女が転ぶたびに大地が潤い、彼女がお芋を焼くたびに病人が癒えたという伝説は、今や教会の教義の根幹となっている。


 そんな下界の様子を、天界の玉座から眺めている存在がいた。

 この世界の創造主であり、リリアたちが信仰していた女神ルミナである。


「……はぁ。本当に、あの子には最後まで驚かされっぱなしだったわ」


 女神は、手元の「運命の書」をめくりながら、苦笑いをもらした。

 実は、リリアが第一話で粉砕した聖具『女神の涙』には、本来なら世界に災厄をもたらす「過剰な魔力の淀み」が封じられていた。

 それをリリアが「頭突き」という最も純粋な衝撃で粉々にしたおかげで、呪いは浄化され、清らかな魔力として世界中に還元されたのだ。


「結果的に世界を救ったのはいいけれど……私の最高傑作だったあの森を、ジャガイモ畑に変えたのはあの子くらいのものよ」


 女神が視線を魔の森へ落とすと、そこには今もなお、リリアの血を引く末裔たちが、相変わらず「一生懸命」に転び、周囲を光り輝かせていた。

 そしてその傍らには、代々受け継がれてきた「伝説の黒髪騎士の守護」があり、かつてのゼノスのように愛おしそうに、そして必死にドジを未然に防ごうと奔走している。


 ふと、女神の耳に、時空を超えて明るい声が届いた気がした。


『あ、女神様! 今日も一生懸命、世界をピカピカにしておきましたからねーっ!』


 それは、天界へ昇ってきたリリアの魂が、雲に躓いて転んだ拍子に放った「浄化の挨拶」だった。

 その衝撃で、天界の庭園に見たこともないほど巨大な『黄金の光るお芋』がニョキニョキと生えてくる。


「……あの子、天界に来てまでお掃除とお芋作りを始めるつもりかしら」


 女神ルミナは呆れ果て、しかし誰よりも優しい笑みを浮かべて、新参の「ドジ聖女」を迎え入れるための準備を始めた。


 一生懸命で、めげなくて。

 本人は失敗だと思っていても、その一歩一歩が誰かの光になる。

 聖女リリアの伝説は、天界の雲の上でも、そして彼女が愛した魔の森の土の中でも、永遠に、そして賑やかに続いていくのであった。


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