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【20】大団円編:世界で一番騒がしい結婚式

 晴天。これ以上ないほどの「リリア日和」となった。

 魔の森に突如として現れたクリスタル大聖堂の前には、聖都から駆けつけた大司教やグレン団長、そしてリボンで着飾った魔獣たちが整列し、その時を待っていた。


「リリア、準備はいい? 背筋を伸ばして、ゆっくり歩くのよ。いい、ゆっくりよ?」


 控室で、カレンとミナが執念で修復(補強)したウエディングドレスを纏うリリアに、最後のアドバイスを送る。

 ゼノスが丹精込めて作り上げたそのドレスは、リリアが動くたびに周囲の空気を浄化し、神々しい光の粒子を振りまいていた。


「はい! 一生懸命、転ばないように歩きます!」


 大聖堂の扉が開く。

 パイプオルガンの代わりに、浄化された怪鳥たちが清らかな歌声を響かせる中、リリアは一歩を踏み出した。

 祭壇の奥には、正装に身を包んだゼノスが立っている。そのあまりの美貌と、リリアを見つめる熱い眼差しに、参列した女子たちの多くが早くも失神しかけていた。


(ゼノスさん、待っていてください……! 私、今行きます!)


 リリアはゼノスの瞳だけを見つめ、一歩、また一歩とバージンロードを進む。

 しかし、彼女の運命は、祭壇まであと数メートルというところで牙を剥いた。

 リリアの強大すぎる聖力に反応し、磨き上げられた床の摩擦が、ついに『マイナス』に到達したのである。


「あ…………わわわわわっ!?」


 リリアの右足が、何もない空間で滑った。

 彼女は華麗に宙を舞い、純白のドレスを翻しながら、ゼノスに向かって砲弾のような勢いでスライディングを開始した。


「リリアァァァ!!」


 カレンたちの悲鳴が響く。だが、リリアはめげなかった。

 彼女は滑りながらも、一生懸命にゼノスへと手を伸ばした。その瞬間、彼女の「大好き!」という想いが聖力として臨界点を超えた。


 ドォォォォォォォォン!!


 リリアがゼノスの足元に激突すると同時に、大聖堂全体を包み込むような巨大な光柱が噴き上がった。

 衝撃波で参列者の悩みや肩こりが一瞬で消え去り、大聖堂の屋根からはお祝いの「光るお芋」の破片が雪のように降り注ぐ。


「……あ。管理人さん……じゃなくてゼノスさん、ただいま到着しました!」


 ゼノスの足の間で、ベールをボロボロにしながらも満面の笑みを浮かべるリリア。

 ゼノスは呆れ果て、しかし誰よりも深い慈愛を込めて、彼女の脇に手を差し込み、ひょいと抱き上げた。


「……ああ。最高の入場だったぞ、リリア。お前以外には不可能なな」


 その頃、実況席(最前列)のカレンとミナは――。


「ギャァァァァァァ! 見た!? あの転倒を『聖なる爆発』で演出に変えちゃったわよ!」

「リリア、あんたのドジはもう伝説を通り越して神話よ! 見て、大司教様が『これぞ神の降臨だ』って涙流して拝んでるわ!」

「カレン、お芋の雪が綺麗ね……。さあゼノス様、そのまま押し倒して誓いの口づけをぉぉ!!」


 女子たちは、歴史に残る「衝撃の入場」に、もはや笑いと涙で顔をぐちゃぐちゃにしながら、全力の拍手を送るのだった。


 歴史に残る派手な入場(転倒)から数分。

 ゼノスに抱き上げられたリリアは、ようやく祭壇の前で彼と向き合っていた。

 大司教バルトロメウスは、お芋の雪で白くなった法衣を整え、震える声で言った。


「……ゼノス・エル・ルミナリス。汝は、この一生懸命……すぎる聖女を、妻とし……いかなるドジが起きようとも、世界が浄化され尽くそうとも、愛し抜くことを誓うか?」


「誓う。……俺の命が尽きるまで、この手を離すつもりはない」


 ゼノスはリリアの手を強く握り、真っ直ぐに彼女を見つめた。

 続いて、大司教がリリアへ問いかける。


「……リリア。汝は、この最強の騎士を夫とし、一生懸命に支え、どんな時もめげずに歩むことを誓うか?」


「はい! 私、ゼノスさんと一生一緒にお掃除……いえ、奥様として頑張るって誓います!」


 リリアの純粋な誓いの言葉が響いた瞬間、彼女の幸福感はリミッターを解除した。

 そして訪れる、誓いの口づけ。

 ゼノスがリリアの腰を引き寄せ、優しく唇を重ねた――その刹那であった。


 ドゴォォォォォォォォォン!!


 リリアから溢れ出した「幸せの聖力」が、愛の共鳴によって何千倍にも増幅され、大聖堂の屋根を突き抜けて空へと奔った。

 白銀の光は空中で放射状に広がり、魔の森から聖王国、さらには大陸全土へと波及していった。


「な、なんだこの光は!? 体が……体が軽いぞ!」

「ああっ、私の長年の腰痛が消えた! 歯茎も健康になったわ!」

「見て! 国中の枯れ木に花が咲き、野良犬たちが一斉にお座りして歌い始めたわ!」


 リリアの無自覚な聖力は、世界中の「淀み」を一瞬で浄化し、全人類の健康状態を一段階底上げしてしまった。

 大聖堂の中では、参列した騎士団や魔獣たちが、あまりの多幸感に包まれて「うおおおん!」と男泣きを始めている。


「……あ。また、やりすぎちゃいました?」


 唇を離したリリアが、顔を林檎のように赤くして首を傾げる。

 ゼノスは、光り輝く世界を見渡し、呆れたように、しかし愛おしくてたまらないという風に彼女を抱きしめた。


「……ああ。全人類を健康にする結婚式など、お前以外には不可能だ。……誇れ、リリア。俺は世界一騒がしくて、世界一尊い妻を娶ったようだ」


 その頃、最前列の女子会席では――。


「ギャァァァァァァ! 見た!? 今の口づけで、私の視力が2.0まで回復したわよぉぉ!!」

「リリア、あんたの愛はもはや公衆衛生の域よ! 見て! ゼノス様が今、おでこをコツンって合わせて微笑んだわよ! 尊すぎて寿命が五百年延びたわぁぁ!!」

「カレン、泣いてる場合じゃないわ! この幸せの光のお裾分け、全力で浴びるのよぉぉ!!」


 女子たちは、リリアが起こした「世界規模のドジ(奇跡)」に震えながら、かつてない多幸感の中で親友の門出を祝福するのだった。


「……決めたわ。私、今日からこの魔の森に住むわ!!」


 リリアとゼノスの誓いの口づけ(と世界規模の浄化)から一夜。

 披露宴の興奮冷めやらぬ領主館の庭で、カレンが鼻息を荒くして宣言した。その手には、お祝いの品としてリリアから贈られた「光るお芋(ハート型)」が握られている。


「カレン、あんた本気!? 聖都の資料室でのエリート聖女候補としての生活を捨てるの?」


「何言ってるのよミナ! あんなに不器用でドジなリリアが、ゼノス様みたいな『人類の至宝』を捕まえたのよ? この森を一生懸命に歩き回れば、第二、第三のゼノス様が土の中から生えてくるかもしれないじゃないの!」


「……確かに、この森にはまだ浄化されていないイケメン魔族や、呪われし騎士が埋まっている可能性があるわね。……よし、私も行くわ! 一生懸命、運命の相手を掘り起こすのよ!」


 二人の瞳には、リリアの聖力とは別の意味でギラギラとした欲望の炎が宿っていた。

 彼女たちはドレスの裾をたくし上げ、ハイヒールを脱ぎ捨てると、リリアから借りた予備のスコップを手に、意気揚々と森の深部へと繰り出した。


「わあ、カレンさんたち、とってもやる気ですね! 頑張ってくださいーっ!」


 テラスから見送るリリア。だが、彼女が大きく手を振ったその瞬間、案の定、自分の袖が手すりに引っかかった。


「わわわわわっ! 応援の波動ですーっ!」


 ドォォォォォォォォン!!


 リリアの「みんなに素敵な出会いがありますように!」という願いが、聖力の波となって女子たちの背中を直撃した。

 二人は凄まじい勢いで森の奥へと射出され、その先でたまたまお昼寝中だった「浄化されて美形になった魔族の青年たち」の上に、次々とダイブしていく。


「……あ。管理人さ……じゃなくてゼノスさん。皆さん、さっそく運命の出会いをしたみたいですよ?」


「……リリア。あれは『出会い』というより『衝突事故』だ。……まあ、あいつらなら、あの程度の衝撃では死なないだろうが」


 ゼノスは、森のあちこちから聞こえてくる「キャーッ! イケメン発見ーっ!」「離さないわよぉぉ!!」という女子たちの猛々しい叫び声に、少しだけ同族(?)の魔物たちに同情を覚えた。


 リリアはゼノスの腕の中に収まりながら、幸せそうに微笑む。

 こうして、魔の森は「死の地」から、世界で最も騒がしく、そして最も成婚率の高い「恋の聖域」へとその姿を変えていくのであった。


「よしっ、ゼノスさん! 私たちも一生懸命、次のお芋を植えに行きましょうね!」


「……ああ。お前のドジがこれ以上、森の独身男性を増やさないことを祈るばかりだがな」


 二人の笑い声が、光り輝く森の空に溶けていった。


 かつて「魔の森」と呼ばれた場所は、今や大陸全土から憧れられる聖域『ルミナリス領』として、その名を轟かせていた。

 浄化された森には色とりどりの花が咲き乱れ、黄金色に輝くお芋の畑が地平線まで続いている。


「わわっ! 待って、待ってくださいお芋さん! 逃げないでー!」


 そんな平和な光景の中を、小さな影が猛烈な勢いで駆け抜けていく。

 桃色のふわふわした髪をなびかせた三歳ほどの少女——リリアとゼノスの愛娘、ルルアである。


「ルルア、走るな! 前を見ろと言っただろう!」


 背後から、かつての鋭さはどこへやら、すっかり「過保護な父親」の顔になったゼノスが、焦った様子で追いかける。

 しかし、その警告も虚しく、ルルアの小さな足が、地面からひょっこり顔を出していたお芋の蔓に引っかかった。


「わわわっ! とーっ!」


 ドォォォォォォォォン!!


 ルルアが転んだ瞬間、母親譲りの……いや、父親の魔力も合わさってさらに強化された規格外の聖力が炸裂した。

 衝撃波で周囲の木々が一斉に実を実らせ、空には昼間だというのに星が輝き出す。


「……あ。また、パパに怒られちゃうかな?」


「ルルア……。お前は本当に、リリアにそっくりだな……」


 膝をついて溜息をつくゼノス。そこへ、少しだけ大人っぽくなったものの、相変わらずどこか着崩れたドレス姿のリリアが、一生懸命に駆け寄ってきた。


「わあ、ルルア! 今の転び方、とっても一生懸命で素敵でしたよ! さあ、ゼノスさんも一緒に、お昼寝中の皆さんに挨拶しに行きましょう!」


「リリア、お前まで……。まあいい、これこそが俺の守りたかった日常だ」


 ゼノスは苦笑しながら、妻と娘を両腕に抱き寄せた。


 その頃、領主館の豪華なサロンでは——。


「ちょっと! 今の爆発、絶対ルルアちゃんでしょ!? また聖域が広がったわよ!」

「リリアの娘だけあって、ドジの火力がエグいわね……。でもカレン、見て。私たちの旦那様たち(元・魔族と元・騎士)、あの爆風を浴びてまたお肌がツヤツヤになってるわよ」

「本当ね! やっぱりこの森に永住して正解だったわ。さあミナ、次のお芋パーティーの準備よぉぉ!!」


 カレンとミナも、それぞれに見つけ出した「一生懸命に掘り起こした」伴侶と共に、この森で賑やかな生活を謳歌していた。


 聖女リリアの物語。

 それは一度は捨てられた少女が、その一生懸命さと、めげないドジっ子パワーで、死の地を楽園に変え、最強の騎士の心を溶かした奇跡の記録。


 空には今日も、親子三人の笑い声に反応した、世界で一番大きな虹が架かっている。

 リリアの「一生懸命」が続く限り、この森のハッピーエンドは、永遠に終わることはないのだ。


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