第26話 禁断の白い魔薬とドワーフの親方
エルフのフィオナたちが移住してから、一週間。
アルリックの家の周囲は、劇的な変化を遂げていた。
荒野だった場所が、見渡す限りの「農園」に変わっていたのだ。
北側には黄金色の稲穂。
南側には、色とりどりの野菜畑。
トマトの赤、キュウリの緑、ナスの紫。
エルフの『植物魔法』と、アルリックの『環境制御結界』の相乗効果は凄まじく、野菜たちはまるで爆発するように成長していた。
「……素晴らしい。これぞ『地産地消』だ」
アルリックは畑の真ん中で、もぎたてのキュウリを齧った。
パリッ。
瑞々しい音が響く。青臭さはなく、甘みが強い。
だが、何かが足りない。
(……素材は最高だ。でも、味付けが『塩』か『味噌』だけじゃ、芸がない)
毎日、新鮮な野菜スティックを味噌で食べるのも悪くはないが、現代人の舌を持つ彼には、もっとコッテリとした「油分」と「酸味」が恋しくなっていた。
「……あれを作るか」
アルリックは決意した。
人類が生み出した、最も罪深い調味料。
野菜嫌いの子供すらも虜にする、カロリーの塊。
――マヨネーズである。
***
キッチンに戻ったアルリックは、ボウルを用意した。
材料は、この一週間で仲間たちが集めてくれたものだ。
・新鮮な卵(庭で放し飼いにし始めた『コカトリス(鶏の魔物)』の卵黄)。
・植物油(エルフたちが育てた菜種から搾った)。
・酢(果実酢)。
・岩塩。
「……あと、これだね」
アルリックが取り出したのは、小さな瓶に入った黄色の粒々だ。
「フィオナたちが森で見つけてくれた『野生のカラシ菜の種』。……これを磨り潰せば、マスタード代わりになる」
乳化を助け、風味を引き締める隠し味だ。
エルフの採取能力に感謝しつつ、彼は調理を開始した。
「おいアルリック、また実験か?」
レオナルドが覗き込んでくる。
足元には、ブランとフィオナも興味津々で並んでいる。
「実験じゃない。……『錬金術』だよ」
アルリックはボウルに卵黄と酢、塩、そしてカラシ菜のペーストを入れ、泡立て器(魔法で高速回転させた)を突っ込んだ。
(解像度を上げろ。……重要なのは『乳化』だ)
油と水(酢)。
本来混ざり合わない二つを、卵黄のレシチンを仲介役にして、ミクロのレベルで結合させる。
「――撹拌、開始」
キュイイイイン!!
ボウルの中で液体が高速回転する。
そこへ、糸のように細く油を垂らしていく。
一度に入れると分離してしまう。焦らず、少しずつ、確実に。
ドロリ……。
黄色かった液体が、徐々に白く、もったりとしたクリーム状に変化していく。
ツンとした酸味と、まろやかな卵の香りが混ざり合う。
「……完成だ」
数分後。
ボウルの中には、艶のあるクリーム色の物体が満たされていた。
「……なんだこれ? 生クリームか?」
レオナルドが指で掬って舐めようとするのを、アルリックは止めた。
「そのまま舐めるものじゃない。……これにつけて食べてみて」
彼が差し出したのは、茹でたてのブロッコリーと、カリカリに揚げたポテトフライだ。
「……よくわからんが、いただくぜ」
レオナルドはポテトに、その白いクリームをたっぷりとつけた。
そして、一口。
――サクッ。
「…………!!」
レオナルドの動きが止まった。
目が見開かれ、瞳孔が収縮する。
「な、なんじゃこりゃああああっ!?」
叫び声がリビングに響いた。
「酸っぱいのに、甘い! こってりしてるのに、止まらない! イモのパサパサ感が消えて、濃厚な旨味の塊になったぞ!?」
酸味と油分のハーモニー。
それが、揚げ物の脂っこさを中和しつつ、カロリーの暴力で脳髄を殴りつけてくる。
「フィオナもどうぞ。……君が見つけてくれたカラシ菜がいい仕事をしてるよ」
勧められたフィオナは、キュウリにマヨネーズをつけて食べた。
ポリッ。
「……っ!?」
彼女の長い耳がピーンと立った。
「こ、これは……! 野菜の青臭さが消え、まろやかなコクが……! いけません、これは『悪魔のソース』です! こんなものを知ってしまっては、もうただの塩には戻れません!」
と言いつつ、彼女の手は止まらない。
次々と野菜スティックをディップし、リスのように頬張っている。
ブランに至っては、皿に残ったマヨネーズを直接ペロペロと舐め尽くしている。
「……うん。成功だね」
アルリックも満足げにポテトをつまんだ。
これで食卓のバリエーションが一気に広がる。ポテトサラダ、エビマヨ、お好み焼き……夢は広がるばかりだ。
だが、その濃厚な香り(油と酢の匂い)は、またしても新たな客人を招き寄せていた。
ドンドンドン!!
激しいノックの音が玄関から響いた。
「……たのもう!!」
野太い声だ。
アルリックがドアを開けると、そこには髭もじゃでずんぐりむっくりした、小柄な男たちが立っていた。
手にはツルハシやハンマーを持っている。
ドワーフだ。
「……なんの用?」
「おう! 俺たちゃ山向こうの鉱山で働いてるドワーフだ! 風に乗って、とんでもねぇ『油の匂い』がしてきやがった! 揚げ物か!? それとも酒か!?」
先頭に立つ、親方風のドワーフが鼻をヒクつかせている。
彼らは油っこい料理と酒に目がない種族だ。マヨネーズとポテトの香りは、彼らにとってフェロモンのようなものらしい。
「……揚げポテトと、特製マヨネーズならあるけど」
「マヨ……なんだって? 食わせてくれ! 言い値で払う!」
「お金はいらないよ。……その代わり」
アルリックはニヤリと笑った。
ドワーフといえば、世界最高の建築技術と土木技術を持つ職人集団だ。
彼らが来てくれたということは――。
「……温泉街を作りたいんだけど、手伝ってくれる?」
「おう! 飯が美味けりゃ、城だろうが地下迷宮だろうが作ってやらぁ!」
交渉成立(即決)。
こうして、マヨネーズという「白い魔薬」と引き換えに、アルリック開拓団に最強の建築部隊が加わった。
農業、建築、警備、武力。
役者は揃った。
アルリックの理想郷建設は、ここから加速的に進んでいくことになる。




