湖緒 [1]
「あなたは、全てを手に入れられる。ただ、一度には手に入れられないだけ。───オプラ・ウィンフリー」
本当かなぁ。
湖緒は、手元のハードカバー本に印刷された文字たちをじっと見つめた。
世界の偉人の名言集。これを借りようと思った理由は特にない。いや、ないということはなかった。
なにか一つでも、己のどこかを把捉できる台詞が欲しかった。
己で生み出した言葉じゃなくて、会ったこともない偉人が、人生の経験から語る言葉で、この世界にしっくりとしたかった。
───なんて、脳内で格好をつける。
中学二年生だからちょうど厨二病みたいだな、とちょっと恥ずかしくなる。
笑える、なんて思っていながらも、実際にはくすりともしない。それが、中学二年生、澄川湖緒である。
全てを手に入れられる、かぁ。
僕の手からは、血の繋がった家族と、素直な心が零れ落ちていったというのに。
───やめよう。
なにを思考しても厨二病っぽくなってしまう、と判断した湖緒は、本をぱたりと閉じた。それに、己で己の古傷を刺すのは、ただつらいだけだ。
次の授業は国語。もう準備もしてあるので、授業が始まるまで待つだけだ。
「·······──え、蒼唯って料理すんの好きなの!?」
ふいに、斜め後ろからそんな声が聞こえてきた。声が大きく、どうしても聞こえてしまい、ちょっと居た堪れない気持ちになる。
湖緒は、わいわいと談笑するグループをちらりと見やった。
いつも明るく、笑いの絶えない四人グループだ。
そして、その中心となる人物が、いま名前が出た郡山蒼唯だ。
「そうだよー。わたし、お弁当は自分で作ってるんだー」
「すごぉ!俺、母ちゃんに作ってもらってるわ〜。これが女子力ってやつか······」
「そういうのを得たいわけではないけどね?」
二人はぽんぽんと軽いテンポで話している。
あんなに軽やかに会話できるなんて、と湖緒は密かに衝撃を受けた。
郡山と、もう一人の彼――北野は仲が良い。北野はとても運動神経が良くて、女子からかなりモテている。
が、北野と親しい郡山は、女子から疎まれてはいないようだ。少なくとも、湖緒は郡山の陰口を聞いたことがなかった。
それはひとえに、彼女の人格からだろう。
明るく快活で、いつでも誰にでも優しく接する。
成績も悪くなく、教員からの信頼も厚い印象だ。
運動はとてつもなく苦手で、ドジを踏むことも多いようだが、その欠点すら親しみやすさを生んでいる。
ほとんど関わったことはないものの、湖緒は郡山に好印象を抱いている。




