70.6話 ミリヤ 後編
「ようこそ、ビット村へ。村長のダオンと申します」
冒険者を出迎えたのは、立派に鍛え抜かれた肉体を持つ男性だ。現役の冒険者にも劣らず、一目で実力者であることが分かる。ミリヤはそんな彼を見て、胸が高鳴った。
(ぜんぜん変わってない……!)
騎士の鎧を脱ぎ、地方の平民らしい服を着ていても、風格は全く変わらない。きっと実力も変わらないのだろう。
ダオンは冒険者たちを一瞥し、ミリヤに少し目を止めた。だがすぐに視線を元に戻し、注意事項を述べ始める。ミリヤに気づいても仕事を優先しているのかもしれない。
そして彼が説明する内容は、ほとんどイライから聞かされたものと変わらない。魔女についての話が多いのは、それだけ村の中で重要人物ということだろう。
(早く話したいけど、まずは仕事が優先。公私を分けるのは、鉄則……)
これから魔境の防衛のため村に滞在するのだ。話す機会はいくらでもあるだろう。まずは仕事のルールを覚えるのが先だ。
「現在、ビット村には魔女さまのほかに宮廷魔導士さまも滞在されております。騎士団や魔導士さまとの打ち合わせは、一度腰を落ち着けてからにしましょう。この人数と荷物ですと……村には入りませんな」
「ああ、そうだな。キャンプ地を作りたい。土地さえ用意してもらえれば冒険者はどこでも過ごせる」
「ええ、それなら……ああ、ちょうどいい。少々お待ちください、魔女さまがいらっしゃいましたので、キャンプ地について相談をしてきます」
魔女と聞いてミリヤはダオンが向かった先を見た。そしてその存在を目にした瞬間、息をのんだ。……圧倒的なまでに、その姿は美しかったから。
咲き誇る大輪の花を人の姿に閉じ込めたような、この世に存在していいのかというほどの美女だ。ミリヤは同性だからその美しさに圧倒されるだけで済むが、このような美女を見慣れておらず、注目したがために微笑み返された他の冒険者たちなどは、まっすぐ見つめることもできなくなったらしい。
(……あ、笑ってる)
そして、冒険者たちを鋭い眼光で一瞥していたダオンですら、魔女の前では表情を和らげて笑っていた。
この世のものと思えないほどに美しく、そして竜と戦った英雄で実力者。そんなに完璧な人間がいていいはずがない。そんな者の前ではたかが獣人なんてかすんでしまうし、視界にすら入れないのではないか。
ふいに、花の魔女がこちらを見て目があった。つい毛を逆立てて威嚇してしまったのは、本能的に敵わないと悟ってしまったことへの反抗心か、それとも醜い嫉妬心か。……突然威嚇されても困ったように微笑むだけで受け流せる余裕を持ち、性格まで完璧だと見せつけられてさらに自分がみじめになるだけだった。
(ダオンは……魔女が好きなのかな。あたしのこと、忘れちゃった?)
ずきりと胸が痛んだ。ダオンがミリヤに向ける視線には親しさを感じない。魔女を見る目と全く違うからよく分かる。
期待はすっかりしぼんでしまった。しょんぼりと落ち込みながら、大人しく指示に従って行動する。……でも、話せば思い出してくれるかもしれない。そう気分を持ち直したところで、どうやら魔女がキャンプ地を作ってくれることになったらしいと聞いた。
「キャンプ地を作るって簡単に言うが、伐採して場所を開けるのは重労働のはずだけどな。……あんなほっそい体で……?」
「魔女、っていうんだから魔法でどうにかするんだろうよ。……あんまり想像つかないけどなぁ」
獣人で魔法が使える者は少なく、人族で才能があれば魔法は便利だ。しかしたいていの人間は、魔動具を使ったり生活の補助に簡単な魔法を使う程度で、冒険者でもせいぜい戦闘の補助の魔法を扱える程度である。
強い魔法を使うには才能が必要で、そういう人間は冒険者よりも聖騎士になることが多い。あちらは制限も多いが高給取りで、信頼も好感度も高い。冒険者とはそれよりも安く魔物討伐の仕事を引き受ける者たちであり、魔物から取れた素材などで生計を立てている。冒険者の中では強い魔法を見る機会は少ない。
「このあたりをキャンプ地としていただく予定です」
ダオンに案内されて村を出て、小道のそばの林の前で止まった。魔女は従者をやっているらしい狼獣人の少年を道の端で待つように指示し、一人で林に踏み入る。そして手前の木をいたわるように、優しくそっと撫でていた。
植物を愛している、というのは事実らしい。その木を切り倒すことを、悲しく思っているのかもしれない。
(ん? ……なんか、変……)
魔女が触れている木が急速に色を失っていく。水気を含み、実りのある立派な栗の木が、あっという間に枯れ木へと変わった。たしかに枯れている方が伐採はしやすいか――と思っていたら、魔女が手を離すと同時にさらさらと崩れ落ち、根すら残さず塵となる。
(う、わ……これが魔法、かぁ……)
魔法に長けた人種が扱うそれは、他とは比べ物にならない。一瞬で木を灰にするような魔法を扱えるのは魔族くらいのものだろう。しかも驚くことに彼女は声を失っており、この魔法を無詠唱で行っているのだ。
魔法を無詠唱で使うには、よほど深くその原理を理解していなければならないとされている。というか、過去にそういう魔族がいたという伝説が残っている程度で、作り話や誇張された存在だと思っていた。……さすが、竜との戦争を生き抜いた英雄は格が違う。
魔女は塵となった木を見下ろした後、こちらを振り返った。そこにあるのは微笑みだが、しかし悲しくはかなげに見えるのは彼女が植物を愛していると聞いているからだろうか。……実際、一本ずつ優しく木に触れて、丁寧に葬っているのでそうなのだろう。
(とっても強いのに、でも優しい。……この子もすっかり、そんな魔女が好きみたい。……ダオンもそうなんだろうな)
近くに控えている狼獣人の少年のまなざしはとても輝いていて、魔女に対する強い尊敬の念が見て取れた。……幼い頃のミリヤも、きっとこんな目でダオンのことを見ていただろう。
「……魔女さんがだいぶ広くしてくれたな。よし、テントを張るぞ」
「木の幹も根も残ってないし、かなりやりやすいな。これ以上手間をかけさせないよう、手際よくやるか」
ほかの冒険者たちが大荷物を運び始めたので、ミリヤもそれに倣おうとした。しかし冒険者の中の一人がミリヤの前に立ちはだかり、よそへ移れと言い出した。しかもその理由が「臭いから」などと言うものだから――想い人に聞こえる場所で、そんなことを言われては普段聞き流せる言葉でも、頭にカッと血がのぼる。
「あたしは臭くない! 汗臭いのはあんたの方だ! あたしの鼻にはよく分かる!」
言い争いはよくない。そう思いながらも毛を逆立てて、大きな声で反論した。獣人は鼻がいいからこそ清潔には気を遣う。これは差別からくる言いがかりだと、ダオンにわかってほしかった。
大声で言い合っていると、突然あたりから音が消えた。その異様さに耳と尻尾を立てて警戒しながら、口を閉じてあたりを警戒する。目の前の冒険者の男も困惑しているから、彼の仕業ではない。
(あれ、足元にあるこれは……?)
いつの間にか、周囲に見知らぬ草が大量に生えていた。植物と言えば「花の魔女」だ。草が伸びるツタを目で追えば、その先には美しい魔女がいる。
魔女の仕業であるのは一目瞭然。そして彼女は、ミリヤと冒険者に向かってにっこりとほほ笑んで見せた。
(……あ……怒らせるなって、言われてた、のに……)
彼女は静かに笑っている。けれど、こうして強制的に声どころかすべての音を奪い、空間を支配して強制的に「分からせて」いるからには、きっと怒っている。……醜い争いをしていた、ミリヤたちに対して。
あらゆる気力がしぼんで、丸まる尻尾をつい股下に挟んで縮こまってしまう。圧倒的強者を前にすれば、本能がそれに平伏したくなる。風に乗って流されていく木の灰が視界の端にちらついて、体内に響く心臓の音だけが聞こえる異常な状態が恐怖を煽った。
これが魔族。――それは、強い魔物に対峙した瞬間よりも恐ろしい。
違うんだ、本当に強草な魔物なんだ……。
四月も終わりですね、四月中毎週更新のコミカライズ版も明日また更新あります!
六月発売予定の二巻も順調に進んでいるところです。もう少しなのでがんばります…!




