70.5話 ミリヤ 前編
ミリヤがまだ少女だった頃、住んでいた村を魔物が襲った。子供を好んで攫って食べる、コモリヒヒと呼ばれる魔物だ。この魔物の狡猾なところは、顔の模様を変化させて知人に化け、人間を誘き出す生態にある。
大人なら警戒できても、経験の浅い子供なら判断を誤ることもある。ミリヤも数日前にいなくなった友人がひょっこり木影から覗いていたので、心配して駆け寄ってしまった。
そこにいたのは友人ではなく、友人の顔をつけた毛むくじゃらの巨大な猿のような魔物だったわけだが――。
(あの時、助けてくれたあの人は……あたしを待ってくれてるかな)
コモリヒヒの鋼のような剛毛は物理攻撃をほとんど無効にしてしまうため、魔法の適性がない獣人では退治のしようがない。これを討伐してくれたのは聖騎士で、ミリヤを助けてくれたのは副団長をしていた男性だ。
人族は獣人を差別すると聞いていたのに、その人は恐怖で震えるミリヤが泣き止むまで、手を握って安心するような言葉をかけてくれて、とても優しかった。そんな彼と大人になったら結婚すると約束して、ミリヤは今年ようやく成人となる。
彼はもう聖騎士を引退して今は故郷のビット村に帰っているというし、その村は魔境の危機に際して冒険者を募集していたので、ミリヤはそれに志願することにした。
(あの人の隣にいて恥ずかしくないようちゃんと鍛えてきたし、実績も作ってきたんだから。……立派になったってほめてくれるかな?)
再会の期待に胸を膨らませ、冒険者へ仕事の斡旋をしている組合に申し込みを入れ、許可をもらって今回の仕事のメンバーの集合場所へと向かう。
新しい魔境は竜の死地だ。危険度も高い分、報酬はいい。志願者は多かったようだが、その中から実力者かつ無違反者が選ばれたらしい。
(……獣人に仕事させてくれない人族は多いけど……問題行動の有無が重要って珍しいや)
冒険者は粗忽で粗暴な荒くれ者も多い。だが普段の言動が荒々しい者は省かれていて、冒険者の中ではまともな人間が残されていると組合の人間からは聞かされた。今回のメンツは戦闘力よりも規律性を重視している。
(聖騎士とも仕事するから、いうこと聞かない人は困るとかそういう感じ? 一応、お国からの依頼だもんね)
今回冒険者をビット村まで案内するのは、普段から出入りをしていて村に詳しい商人のイライという者だ。
指定された集合場所に行くと、非常に目立つ馬車があったのでついつい近寄ってしまった。見たこともないような巨大な四葉が屋根に生えており、その周囲にはたくさんの小さな三葉が――いや、四葉が生えている。とてつもなく幸運が詰まっていそうな馬車だった。
「うわ、四葉ばっかりですご……可愛いじゃん……」
「そうでしょう。これは“花の魔女”さんが飾ってくれたもんでしてねぇ」
馬車の陰からひょっこりと姿を見せた人族の男性は、にっこりと笑いかけてきた。質素に見えるが上等な生地で服を仕立ててあり、清潔感がある。獣人を見ても嫌な顔一つせず笑顔で話しかけてきたので、少なくとも分かりやすい差別はしない商人のようだ。
「……獣人がいるのかよ」
むしろ、背後でぼそりと呟いた冒険者のような反応の方が一般的だ。はっきり態度に出さないまでも、多少嫌そうにする人族の方が多い。
だから今回の仕事はむしろ、獣人であるミリヤが省かれなかったのは不思議だ。規律性や協調性を重んじるなら、獣人は入れない方が円滑に回るはずなのである。
「あんたはミリヤさんで間違いありやせんか?」
「うん。はい、これが身分証ね」
「はいはい、確かに確認しやした。あんたで今回のメンバーは最後ですね。それではみなさんへ、あっしから今回の仕事についての注意事項を伝えておきやしょう」
冒険者組合に登録している者には身分証が発行されているため、それを見せたのだが、イライは一瞥をくれただけでじっくり確認することはなかった。一目で本物と見抜けるスキルを持っているか、雑な仕事をしているかのどちらかである。……仕事ができないようには見えないので、前者かもしれない。
「ビット村には花の魔女と呼ばれるお方がいらっしゃいます。お優しい方なんで、下手なことをしなけりゃ怒らせることはないでしょうがね。眷属のマンドラゴラたちがその辺を歩いてても、決して傷つけないようにしてくださいね」
「は? マンドラゴラが歩く……?」
「ええ。ああでも声は出せないようにしてあるんで、安心してくだせぇ。村中にも珍しい植物は多いですが、それもむやみに傷つけないようにお願いしやすね。全部花の魔女さんのものなんでね。……あのお方は声を失くしていますが、植物を操る魔法がとんでもないんでさぁ」
魔女と聞いて、ミリヤの耳がピンと立った。歴史的に獣人を差別しなかった、そして厄災竜を退けた伝説の種族だ。生き残りは一人しかおらず、宮廷魔導士をやっているという話だったのだが、最近もう一人現れたという噂は聞いていた。
しかもそちらはなんと、厄災竜と対峙した英雄本人なのである。冒険者としても獣人としても尊敬するあこがれの対象で、会えるのが楽しみだった。
「争いを好まない、平和や植物を愛するお方なんでね。……冒険者同士のもめごとも、起こさないでほしいですねぇ」
(……なるほど、これは人種で揉めるなって意味だ)
わざわざ注意を入れるくらいだ。獣人と人族では対立が起きやすいと重々承知の上で、ミリヤを今回の仕事のメンバーに選んでいるのはやはり不思議だった。
そのほかいくつかの説明を聞き、いざ馬車に乗り合わせて出発という時に、ミリヤだけは冒険者たちとは別の――四葉の馬車に乗るように言われる。
「女性一人だと心細いでしょうからねぇ」
「あたしが獣人だからでしょ。気を使わなくても、ちゃんとわかってるよ」
「まあ、それもないとは言いませんがねぇ」
「……でも、それならなおさらなんで、あたしはこの仕事に選ばれたの? 普通は落とされると思うんだよね。あたしとしては、ありがたいけど……」
選考から外されても現地で役に立つと売り込みにいくくらいの気概ではあったが、正規メンバーである方が印象はいい。
しかし火種になりそうな獣人をわざわざメンバーに入れる意味が分からない。
それを素直に尋ねてみると、イライは商人らしい笑みでにっこりと笑った。
「魔女さんは獣人の少年を可愛がってましてね。その子は家族を失くして、寂しいと思うこともあるでしょう。同族に会えたら喜ぶかと思いましてねぇ。あんた以外、獣人の申し込みはありやせんでしたから、来てくれてありがてぇ」
「ふぅん……魔女への点数稼ぎなんだ」
「ははは。そういう見方もできますかねぇ……まあ、あっしはあのお方に感謝してまして。いろんなところで恩を返せたらいいと思ってはいるんでね」
獣人を省かなかったのではなく、わざと獣人を選んだのだ、ということは分かった。この商人はとにかく魔女からの印象を良くしたいのだろう。……おおよそ声色を作っているように感じるのに、魔女への感謝だけは本物に聞こえたから。
(いったいどんな人なんだろう。花の魔女って……)
獣人にとって魔族は憧れではあるが、もし――その魔女がとても素敵な人で、ミリヤの想い人も、ミリヤを忘れて魔女のとりこになっていたら、どうしよう。
それまで抱いていた再会の期待は、半分ほど不安へと変わっている。そんな複雑な心境のまま、ミリヤはビット村へ到着し、そこで念願の想い人に再会したのであった。
争いを好まず、平和や植物を愛する…うん…間違いではないか…。そんな魔女さまに黙らされるのはまた次回かな
先週はお誕生日のお祝いをたくさんいただいてありがとうございました、新しい一年も頑張ります!
さて、明日はまたコミカライズの更新がありますので、ぜひそちらもよろしくお願いします…!




