70話
ダオンに指定された場所はニコラウスの設置した転移の魔法陣付近だ。「付近」なのだからそれが見えるあたりならいいだろうと、陣より少し村側のあたりで小道から林へと足を踏み入れた。
「あ、そうですよね。転移陣のすぐ前だと、誰かの出入りがあったりすれば冒険者の人たちも落ち着かないですし……村に近い方がまだ、魔境から距離があるので安全ですもんね。さすが魔女さま」
(私はただ少しでも距離を取ろうとしているだけだけど、ノエルが都合よく考えているからそういうことにしておこう。……あ、ついてきちゃだめ、ここで待っててね)
尻尾を振りながらついてこようとするノエルの前に手を出して止めた。これから木を取り除いていくけれど、あまり近くで見られては何かを感づかれてしまうかもしれない。
敏いノエルはそれで「わかりました、木が倒れたら危ないですもんね」と頷いてその場に残る。……危ないと思ったのは私の身バレであってノエルの身ではなかったのだけれど、納得しているならよし。
(このあたりの木、栗が多いし秋の味覚なんだよね。ノエルもこれで甘いお菓子を作ってたから、全部とっちゃうのはなぁ……あとでほかの場所に新しくはやしておこうっと)
ノエルが作るお菓子は騎士団やニコラウスへの差し入れに使える。人間は日ごろの細かな気遣いを喜ぶものだし、差し入れがあるのとないのとでは印象が違うだろう。差し入れついでに騎士団の様子も覗けるので、私にとってノエルが作るお菓子やその材料は欠かせないのだ。
(木も生き物だから吸えるし、せっかくだから吸っちゃおう。ただ切るんじゃもったいないしね)
まず一番近い木に近づいて、手を伸ばして触れた。私の衣服は髪としているツルから作られており、現在もつながったままなので簡単に作り変えることができる。手袋部分に穴をあけて触れれば、木からエネルギーを吸うことができるのだ。
そして手を使うことによって、魔法を使っているように見せかけることもできる。まさか誰も手袋にあけた穴から触れた部分で吸い尽くしているとは思うまい。
(普通の植物はあんまり栄養にならないけどね……)
これはニコラウスの話で分かったことだけれど、私が根で触れたモノから吸っているのは魔力が主である。だから魔力を多く含んでいる魔物や植物はおいしい。
しかし普通の植物はほんのり味がする程度だ。終わりかけのガムのようなもので、すぐに味がしなくなってしまう。私が触れていた木もすぐに味がしなくなって残念だ。
味がしなくなる頃には生き生きとしていた葉は色を失い、枯れ木となっている。……ちょっと不気味だ。
(……吸ったはいいけどどうやって切ろうかな? 鋭い刃みたいな葉を振り回す魔物はいたけど、あんなの人前で出したら危険認定されそうだし、刃だけツルで再現して鞭みたいにふるえばいけるかも)
これからどうやって木を伐採するか、そのまま考えていたらふっと手に違和感を覚えた。味のなくなったガムをそれでも噛んでいるのに近い感覚はあったのだが、それが消えたのである。本当に吸い尽くして何も吸収できなくなったような感じだ。
味がなくなってもちょっとは吸えるものが残っており、完全に吸いきるとこんな感覚なのか、と新たな発見をしつつ手を離すと、木はそこからほろりと崩れはじめ、まるで砂のように細かくなってその場で崩壊してしまった。
(えっ……!? な、なにごと……!?)
後にはカラカラと乾いた、灰のような砂のようなものが残るばかり。しばらく混乱したが、どうやら私が生物を吸い過ぎると崩壊して土に還ってしまうらしい。食べ終わったものに触れ続けることはなかったので知らなかった。
(ど、どうしよう……こんな姿見られたら化け物とか怪物とか思われるんじゃ……!?)
私はおそるおそる振り返ってノエルの表情を確認した。彼はいつも通り、尊敬のまなざしでこちらを見つめており、いつのまにかその後ろにもダオンに連れられてやってきていた冒険者たちがいて、彼らはぽかんとこちらを見ていた。……とりあえず、化け物だとは思われていなさそうなのでほっとした。どういう視線なのかは分からないが。
(まあこれなら切り株も残らないし、広い空間が作りやすいよね……ちょっと時間かかって面倒くさいけど一本ずつやっていこうっと)
私はこうして一本ずつ木に触れて、完全に枯らして崩壊させる作業を繰り返した。それで出来上がった広場に簡易な小屋でも建てて、そこに暮らしてもらおうという判断だ。……ついでに私の植物で出来た建物なら、出入りを感知出来て便利とかそういう理由もある。
(うん、とりあえずこれくらいかな。村の広場くらいの空間は作れたし、あとは建物だね。まずは浄花のトイレを作って……)
キャンプ地の端で私がトイレを作っていたら、背後で大声が上がったのでびっくりしながら振り返った。
「おい! 獣人は別の場所にいけ! 同じ空間にいちゃ臭くてたまらねぇだろうが!」
「あたしは臭くない! 汗臭いのはあんたの方だ! あたしの鼻にはよく分かる!」
「なんだと!!」
……何やら冒険者同士でもめ事が発生している。
猫獣人の女性と、他の冒険者たちで対立する構図で言い争いをしているようだ。今にも斬り合いが始まりそうなピリピリとした空気に怯えて動けないまま様子を窺っていると、どうやら冒険者側は「獣人と同じスペースで暮らしたくない」という主張で、そこに明確な理由もないように思えた。
(……あ、もしかしてこれ……獣人差別、かな?)
ビット村はノエルを受け入れてくれていて、騎士たちもそんな素振りを見せないから忘れていたが、この世界には獣人を差別する風潮があるという。
たぶん、今目の前で起こっているのはそれだ。人間の一種である獣人がここまで差別されるなら、マンドラゴラの私は一体どうなるのやら。……討伐ですか、そうですか。
(うう……声が大きいよ。静かにしてほしい……あ、そうだ)
あまりにも大声で、しかも暴言に近い言葉を使う彼らが非常に恐ろしかったため、とりあえず一回静かにさせて頭を冷やしてもらおうと考えた私は、「音無し草」を作り出し、彼らの周囲を囲うように生やした。これは少量であれば音量を下げる程度だが、大量にあるとすべての音が聞こえなくなる。恐怖のあまり大量に生やしすぎたのか、全く何の音も聞こえなくなってしまった。
無音がその場を支配し、何も聞こえないことに困惑した彼らは足元に伸びる草を辿って、一斉にその視線を私へと集める。……もちろん、たくさんの人間に見つめられた私は怖くて悲鳴をあげていた。
あたりの音無くして「おとなしくしろ」って脅してくる草怖いなぁ……
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(ついでに明後日は私の誕生日もあります…w)




