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イセカイロセカイ  作者: Elisu Arina
赤の章
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第40話 紅国でも一二を争う超立派で有名なお屋敷のお抱え楽師


 ポピーは生まれてすぐ、弦楽器ツキソメを与えられた。

おくるみにくるまれた彼女の側には、子供が使用する小さなサイズのツキソメが置かれた。

彼女の家では女児が産まれると、歩く前から喋る前からツキソメに触れさせる、それが習わしだった。

気づけばツキソメは食事中も寝ている時も常に側にあり、まるで体の一部といっても過言ではなかった。

 同時に彼女にはツキソメを教えてくれる教師が既にいた。

親兄弟ではない。ポピーだけにツキソメを教えるため、一族に仕えている女教師だ。

彼女の教えはとても厳しかった。

ポピーはツキソメを奏でることが決して嫌いではなかったし、むしろ好きだった。

でも出来ないからと言って脚を(むち)でぶたれるのは、さすがに嫌気がさした。

 それでも途中で投げ出さなかったのは、やはりツキソメが楽しくて、昨日出来なかったことが今日出来ると嬉しくて、弾けなかった曲が弾けるようになると心が震えたからだろう。

勿論家や親からのプレッシャーもあったが、そんなことでツキソメを放棄するわけがなかった。

 子供の頃から彼女は人前でツキソメを演奏した。

親族一同の前で、地域住民の前で、小学校中学校の教師生徒の前で、ありとあらゆる曲を奏でた。

完璧に弾くのは当たり前、間違えれば恐ろしい量の課題と罰。

ポピーはそうやって鍛えられていったのだ。

 音楽学校も無論同様だ。

彼女が通った学校は、王宮楽坊に合格する楽師を幾人も輩出した名門校だった。

しかしやることは変わらない。

名門校だろうと何だろうと、彼女は全ての教科において成績トップ。

常に生徒たちの前でツキソメを披露し、催しでは必ず主役を務め、最終学年を首席で卒業。

楽坊の試験も卒業年のたった一度で合格し、楽坊内では期待の新星と呼ばれた。

 なのに……あの女がやってきた。

ポピーはその日の朝を思い返す。

王宮楽坊の教室、ど派手な赤紫色の髪と瞳を持った女が教壇の側に立って、自分たちを見回している。

 なんですの、なんなんですの、この女は……!

よくよく話を聞いてみると彼女は、記憶喪失でツキソメをまともに触ったことも、音楽学校を首席で卒業したわけでも、楽坊の試験を受けて合格したわけでもなく、ただスカウトされてこの場所に来て、いきなりあたくしの前に現れ、しかも、幾度となく所望を受けるだなんて‼

 ポピーは頭を抱えて悶えた。

有り得ない、有り得ない、絶対にこんなことがあってはいけませんわ!あたくしは期待の星、生まれた時からツキソメと共に生き、ツキソメと共に成長し、家族の、先生の、皆の全てを背負って今ここにいるあたくしが、あんな子に負けるだなんて、そんなこと絶対に、絶対に有り得ません!

 だが次の瞬間、彼女の脳は暑い夏の日の楽舞台(がくぶたい)を思い起こさせる。

楽坊の主桃色(ももいろ)、参謀パステル、横笛奏者シェル、自分、そして赤紫色の少女が演奏をしていた、まさにその最中、

自分の手元からおかしな音が鳴った。

彼女の頭は真っ白になった。

何が起きているのか、わからなかった。わからないはずだった。

でも本当は、全て理解していたのだ。

(よりにもよって、姫君様方の前で、あの子の前で、あんなミスをやらかすとは……)

彼女にはその自覚が確かにあった。

 桃色から楽坊追放を言い渡された後、ポピーはツキソメを背負い、大きな鞄を手に持って、王宮の外側から門を見上げた。

夕日に照らされた外壁の門はこれまでより高く、巨大に見えた。

終わった。

楽坊を追い出された自分は、家にも帰れず、もう行くところがない……




 その旅館はかなりの部屋数があるらしく、いつも人々の声で賑わっている。

四階建ての建物に頑丈な屋根瓦、いくつも開けられた障子の窓、客室は畳の部屋で統一され、各部屋に風呂や手洗い場も設置されている。

旅館の敷地には豪華な庭園や芝生も広がり、一角には四角いプールまであった。

 庭園の所々では数人の女たちがはしゃいで駆け回り、中には暑さを凌ぐため、はしたない格好でプールに潜り、涼んでいる者たちまでいる。

このところ真夏とは無縁の日々が続いているというのに、物好きな人間もいたものだ。

ポピーは自らの手に持った携帯端末を上空に掲げながら、彼女らを横目で蔑んだ。

しかし今はそんな客のことなどどうでもいい。問題はこの携帯のほうだ。

「まったくもう、今時携帯の電波が入らないってどういうことですの?ここは紅国(くれないこく)ジョーガの都でしょ?辺境の地ならまだしも……!」

その時だ。やっと彼女の携帯端末に電波が蘇る。

「入った!これでやっと送信出来るわね」

そう言って彼女は携帯の画面を指で押し込んだ。

 すると彼女の背後に近づく影があった。

その影はポピーのすぐ側で立ち止まると、なぜか恐る恐る彼女の名を呼んだ。

「なんですの?」

ポピーが携帯を持つ手を下ろして振り返る。

自分より一つ年下、いたって平均的な体格、肩下までの真っ直ぐな髪、質素な着物、その表情は可愛らしいし、明るい黄みのピンク色の髪と瞳は華やかだというのに、なぜかおどおどしている少女、キャンディが立ち(すく)んでいた。

キャンディは不安げにポピーを見上げながら、

「ねえ、あたしたち、ほんとにここでこんなことをしてていいのかな」

ポピーは溜息をつく。

「だから何度も言っているでしょう?問題ないって」

「でもさすがになんかおかしくない?だってここ旅館だよ。しかももう何泊も……」

「それだけ太っ腹なお方なんでしょう。世の中にはいらっしゃるのよ、そういう方が」

「けど……!」

「ああもう大丈夫よ、そんなに心配しなくて」

ポピーは同室の彼女に少し飽き飽きしていた。

何でもかんでも不安がる、すぐに人を、物事を疑ってかかる。

しかしそうであってはならない。

キャンディの言う通り、おかしなことがあっては絶対にならない。

なぜならポピーにはもう、他に行く場所がなかったのだから……




 王宮楽坊の教室で、全体練習が行われている。

楽師たちは全員自席に座り、その場で自分の担当楽器を手に持ったり抱えたり、ある者は楽器を机に置いて、楽譜通りに曲を演奏していく。

弦楽器ツキソメを奏でるマゼンタも、横笛のカンショウを奏でるシェルも、他の楽師も皆真剣だ。

教壇にそれぞれ置いた椅子に座った桃色とパステルが、そんな彼女たちの演奏にしっかりと耳を傾けていた。

 パステルはちらり真横の桃色に視線を向ける。

楽坊の主桃色の表情は穏やかだ、いつもと何も変わらない。でも必ずや気づいているはず。

パステルは目の前で奏でる楽師たちに顔を戻した。

そう、ポピーがいなくなってツキソメの迫力が明らかに欠けたのだ。

だがその音の分をマゼンタがなんとかカバーしている。

ポピーは性格に(なん)があったけれど、ツキソメの腕は確かなものだった。

惜しい才能を失くしてしまったな……

パステルは彼女たちの音を聴き分けながら溜息をついた。

 そこそこ完成された授業が終わり、教室が休み時間を迎え、桃色とパステルがその場から一旦去りゆくと、楽師たちはいつものように雑談を開始した。

マゼンタとシェルは各々自席に座ったままだったが、マゼンタはまた何やら考え事をしている。


茜色(あかねいろ)家とクリムスン家が仲良くなればいいんだよ」


マゼンタの中に緋色(ひいろ)の言葉が繰り返される。

確かに、私はあの時〝それが出来ればとっくにやってる〟と言ったが、もし出来るなら、両家が本当に仲良く出来るのであれば、この国の守りは最高になるだろう。

赤紫色の少女はそんなことを考えていた。

 その時、数人の楽師たちがマゼンタとシェルの側へやってきた。

例のポピーの取り巻き楽師たちだ。

「ねえ、聞いてくださる⁈」

彼女たちの様子にシェルが身を乗り出す。「どうかしたの?」

「ポピーから連絡があったんですの!」

「えっ?」シェルが目を丸くする。

マゼンタもさすがに彼女たちを見上げた。

彼女たちの一人は、

「あなたこの前ポピーのことを気にしていらしたでしょう?だから教えて差し上げてもいいかなーと思いまして」と、敢えてマゼンタから視線をそらす。

「もう、もったいぶらないでさっさと教えてよ」シェルが先を促した。

「いいですわ」相手はにんまり口角を上げ「あのですね、ポピーはこれから、紅国でも一二を争う超~立派で有名なお屋敷のお抱え楽師として働くらしいですわ」

彼女は誇らしげに言うと、胸元から携帯端末を取り出す。

「ちょ、それっ、楽坊は携帯の持ち込み禁止でしょ⁈」

シェルが叫んだ。

「もう、お固いこと言わないでちょうだい。今時皆さん持っておりますわよ」

その場の楽師たちが皆、携帯端末を取り出し始める。

彼女らの手の中で光る長方形の物体を見比べたシェルは、

「呆れたー」口をあんぐりとさせた。

「あなたが真面目すぎるのですわ」

「マジメが一番」シェルは大いにうなずくと、「でもポピーがお屋敷のお抱え楽師ねぇ、ちょっと意外。実家に帰って家を継いで、生徒さんたちをビシバシしごきそうだなって勝手に思ってた」

それに対し取り巻き楽師たちが意見を述べる。

「ポピーのご実家はツキソメの流派ですけど、教育がとてもお厳しいと伺っておりますわ」

「楽坊を追い出されたのであれば、とてもお家には戻れないのではないかしら」

「ああ、そっかぁ、それは確かに戻りづらいかもね」横笛奏者はふむふむと納得する。

マゼンタは彼女たちの話を聞きながら、ただ前方を見つめていた。




 クリムスンと茜色が行方不明事件の本拠地とする寺院の畳部屋では、襖で室内中央を区切った部屋に彼ら二人が各々胡坐をかき、長机や畳の上に広げられた紙資料、タブレット端末に隅から隅まで目を通している。

クリムスンは紙の資料を読みながら、

(行方不明者の端末から居場所を特定したり、端末の履歴を調べる許可を警察に求めたが共に却下された)と、溜息を漏らした。

(法律がそれを許していないからというのが理由だが、実際は執政の中でその法案に反対する意見が上がっているかららしい)茜色もタブレットの画面を読みつつ、憎き相手と同じことを考えていた。

クリムスンは思う。

葡萄(えび)に早々に執政入りしてもらって、王宮の中から変えていかねばならんな、と。

 彼はふと紙から顔を上げ、真正面に目をやった。

襖の奥で茜色が自分をじっと睨んでいる。

クリムスンはそれを確認すると、ちゃんと受けて立った。

二人の頭首は同時に思う。

(この事件を早々に解決すれば家の株が上がり、王宮守人(おうきゅうもりひと)への道が一気に開けるというのに……!)

彼らの脳内に焦りが顔を覗かせた、その時だ。

クリムスン家の守人ワインと、同じく守人のボルドーが頭首の元へとやってきた。

「クリムスン」ワインが声を掛ける。

「ああ、何かわかったか?」

忠実なワインとボルドーは頭首の前で胡坐をかいた。茜色家頭首に背を向けるように。

「行方不明者の居場所についてはまだ……」

ワインが口火を切る。

「そうか」

クリムスンから無意識のうちに溜息が漏れた。

ジョーガの都を警備して一週間が経つ。

なのに新たな情報は一向に上がらず、行方不明者届の数だけ増えていく。

屈強な男たちが街中を警戒しているのにも関わらず、だ。

「でも警察筋から少しだけ情報を貰えました。いなくなった人々の中には、仕事が上手くいっていない人がある程度いたようです」ワインが言う。

その後をボルドーが繋いで、「表向きは問題なく勤めていても、友人にかなりの愚痴をこぼした人もいたとか。それと……」



 授業が始まる前の塾の教員室。近頃は授業終わりだけでなく、その前にも二人の生徒が押しかけるようになっていた。

「それとね、中には転職活動をしていたり、これから就職する先を探していた人もいたんだって」

「ふむふむ」

ストロベリーの隣に立った緋色が一生懸命うなずいている。

彼らの前には講師アガットと臙脂(えんじ)が席に着き、二人の話を一応真面目に聞いていた。

アガットがストロベリーに言う。「君は本当にこの事件に詳しいですね」

「えっ、あ、いや、その、ただ、メディアでやってて……!」

「ほお、メディアで」

「そこまで詳しくやっているんですか?」臙脂も不思議そうに尋ねる。

「あ、あたしが見たヤツはやってました……!」

「へえ」アガットと臙脂が口を揃えた。

今時はそんな情報まで教えてくれるのか、と。

反対にストロベリーは冷汗を垂らす。

(てか、こんなに密偵情報漏らしていいの、あたし……?)

自分で情報を明かしておきながら、半ば後悔していた。

「テンショク活動、シューショクする先……」

緋色がストロベリーの言ったことを暗記するようにブツブツと繰り返す。

「あのー、なぜそんなに事件のことを知りたがっているんですか?それはもちろんあなたのお家で警備を担当してるから興味があるとは思いますけども」

アガットは首を傾げずにはいられない。

少年の姿は今までの授業では見たこともないくらいに熱心だった。

緋色は先生から聞かれたことに対して素直に、

「マゼンタに話そうかなと思って……」

そこまで言って口をつぐんだ。

ヤバっ!

目の前の三人が一瞬ポカンとなった。

「マゼンタに話すって、会うの……⁈」ストロベリーが息を吞んでいる。

「あ、いやー」

少年の全身に汗がじわりと伝わった。

マズイ、こんな簡単にバラしてしまうとは……!

「つまりそれは、王宮に忍び込むってこと⁈」

ストロベリーがさらに追及する。

「あー……」少年の行動を察したアガットが顔を引きつらせ、迎え側に座っていた同僚の臙脂は溜息をついた。



「……という、ワケでして……」

緋色は隣に立つストロベリーと、自席に着いたアガット、臙脂に全てを打ち明けた。

(王宮の壁をよじ登って侵入、そして誰にも発見されずにマゼンタに会って無事帰還。この子、密偵の才能あるんじゃ……)

ストロベリーは目を真ん丸にして、彼を評価した。

臙脂は自分の正面に座ったアガットを見ずにはいられない。これは明らかにアガットの影響だ、と。

アガットは臙脂の視線に気づいて、私のせい?と心の中で彼に問うた。

緋色はパシッと両手の平を叩き合わせ、

「頼む先生、ストロベリー!このことは絶対内緒にしてくれ!なっ⁈」と、必死に拝みまくる。

これがもし父茜色にバレたら……!

少年の背中を冷たいものが走った。

「それはもちろん……」あたし密偵だし、ローズに一応報告はするけど、公にするつもりはないし。

ストロベリーはそう思った。

「言いませんけど……」先に忍び込んだのは私ですしね。

アガットも何とも言えない顔をする。

(まったく)と、臙脂も目を細める。

「ホントっ⁈よかった!マジありがとう!これで命繋がったわっ!」

緋色が笑顔ではしゃいだ。

これにて一件落着、何も問題なしっと。

(単純すぎる)臙脂は少年を淡々と分析した。

「でも守人の息子が王宮なんかに忍び込んで大丈夫なの?」

今時密偵でもやらないよ、そんなこと。

ストロベリーは一応彼を心配した。

調査対象とはいえ何カ月か同じ授業を受講して、私生活では共に花火を観た関係だ。訂正する。花火が始まる直前まで一緒にいた関係だ。少しは情もある。

「だって、茜色家とクリムスン家が協力するってすごくいいことだと思って、感動して、どうしてもマゼンタに伝えたかったんだ……!」

少年が瞳を輝かせた。

こんな世紀の大発表、伝えずにしてどうする!とでも言いたげだ。

「それは……」ストロベリーが口ごもる。

その場の少年以外はこう思っていた。

二つの家が本当に協力しているとは思えない、と。




 王宮内にある執政官紅樺(べにかば)の部屋では、今日もマゼンタが彼の為にツキソメを奏でていた。

彼の呼び出し、いや所望は一週間に二度、早い時で二日に一度の割合でやってくる。

楽坊の授業があるというのに……!

彼女は苛立ちを抱えつつも彼の求めに応じた。

演奏曲は授業で習ったものだけでは追いつかず、桃色から参考にするとよい、と何十冊という教本を追加され、毎晩読み漁るハメになった。

楽坊の授業もあるというのに……!

確かに紅樺の前で演奏するのはよい経験になるし、こう言ってはなんだが練習にもなる。

彼はなぜか完璧な演奏など求めないし、多少彼女が音を外したり音程を間違えたり次の指をど忘れしたとしても、突っ込んだり笑ったりはしない。

 そんなに音楽が好きなら私ではなく他の楽師を所望すればいいのに。

楽坊にいる楽師は皆自分より経験も長く、比べ物にならない程たくさんの曲を知っている。

なのになぜ?

マゼンタはこれまでずっとそう疑問に思いながら彼の所望に応えてきた。

 現在紅樺は机の椅子に座り、彼の目の前でツキソメを奏でる自分と会話をしている。

話題は勿論、楽坊を去ったポピーの件だ。

「え、例の彼女がですか?」

「ああ、紅国でも一二を争う超立派で有名なお屋敷のお抱え楽師として働くと連絡があったらしい、です」

少女は未だ敬語に慣れない。

楽坊に入ってかなり経つというのに。

「紅国でも一二を争う超立派で有名なお屋敷?」

紅樺が怪訝そうにする。

「どうかした、しましたか」

「いや、そんなに有名な方の所に勤めるなら、私の元に情報が来てもよさそうなものだと思ったので」

楽師についてはお任せください!

紅樺は誇らしげに胸元に手を置いた。

マゼンタは若干呆れつつ、「ああ、詳しい、ですからね」

彼のこれまでの言動からそのように答える。

「ええ。でもそういったお話はここの所めっきり入ってはおりません。私の情報のつてが鈍ってしまったのでしょうか」

彼はそう言うと首を振った。

赤紫色の少女はツキソメの弦を押さえながら考えた。

紅樺曰く、そんな話はない。まさか、ポピーが虚勢を張ったのか?


















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