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イセカイロセカイ  作者: Elisu Arina
赤の章
40/146

第39話 行方不明事件とかくれんぼ


兄コチニールと弟カーマインは言葉を失う。

今父上が言ったことは何かの聞き間違いか?

そうじゃなければ、そんなことあるはずが……!

しかし父の隣に座った葡萄(えび)はお浸しの野菜を歯ですり潰しながら、

「まったく、その話を聞かされた時は耳を疑いましたよ。茜色(あかねいろ)家との共同警備ですって?あり得ません!」

と、父が言った台詞を全肯定する。

(茜色家との共同警備……緋色(ひいろ)の家との……)

コチニールが自身の中でそう呟いた瞬間、彼は息を呑んだ。

 その間にも父クリムスンの話は続いている。

「上からの依頼とあれば仕方ない。今回は潔く受けることにした」

とはいうものの頭首の瞳の奥に怒りがちらついている。

よくもまあ我が(いえ)と奴の家に依頼を出せたものだ。

上層部はどういう神経をしているのか。それとも陰で誰かが手を引いているのか。

「まったく、茜色家なんてそもそも必要ありませんよ。ウチだけで充分まかなえます」葡萄が鼻息を荒くする。

「アホくさ」

カーマインはそれだけ言って、また肉を頬張った。

だが彼らの反応とは反対にコチニールだけは箸を止め、(こうべ)を垂れていた。

(葡萄の執政官試験のことで忘れてたけど、僕が緋色と接したことを報告するの、どうしよう……)

つい先日、林道で緋色と偶然出会い、話をしてしまったことを思い返していた。




 同じ頃、守人一族茜色家のとある畳部屋では、頭首茜色が彼の右腕である猩々緋(しょうじょうひ)と、自身の一人息子、緋色と顔を突き合わせていた。

夜の庭からほんのり涼しげな風が室内に吹いてはいたが、部屋の温度はまるで昼間のように上昇している。

「クリムスン家と共同警備ですとおっ⁈」

猩々緋が唾を飛ばす。

彼の燃えるような髪と瞳の色が、さらに赤みを増した気がした。

「何それ、どういうこと?」

隣で正座をしている緋色は、話を上手く呑みこめないのかポカンとしている。

「奴の家と一緒に仕事をするということだよ」

父茜色は努めて静かに述べた。

実際ははらわたが煮えくり返っている。

「一緒に」緋色が再度確認する。

ちゃんと理解出来ただろうか、父はほんの数秒、息子に視線を留めた。

「クリムスン家なんぞいなくても我らだけで充分ではありませぬかっ!」

猩々緋が叫んだ。

なぜ憎き相手と肩を並べて仕事をせねばならないのか、わけがわからん。

「私もそう進言したが聞き入れてはもらえなかったんだ」

「なんと口惜しい……!いや、ここで引き下がってはなりませぬぞっ!」そう言うと猩々緋は勢いよく立ち上がる。

「ちょ、何をする気だい?」

「今一度ワシが上に掛け合って参りましょう!」

彼は素早く縁側に出ると、床をドシドシと打ち鳴らしていく。

「ちょっと待って!今これ以上事を荒立てるのは……!」

茜色が慌てて猩々緋の後を追う。

その場に一人取り残された緋色は、呆けた表情のまま考えた。

クリムスン家と共同警備ってことは、マゼンタとコチニールの家と協力する、ってことか?

少年にとってはその点が一番重要だった。




 紅国(くれないこく)の寺院と呼ばれる物に宗教的な意味はない。

ただその周辺に住まう人々が何か催しをする際、或いは単純に彼らが集会をする際などに、何の気兼ねもなく使える場所として存在している。

寺院はいつの頃からか紅国の民と共にあり、彼らの成長を側で見守り続けてきた。

横に長い屋根は灰色の瓦でびっしりと埋まり、白壁の厚みは人体の幅以上だろうか。それくらい頑丈に造られた壁の至る所に格子状の障子戸がはまり、所々開放されては室内の様子を少しだけ窺わせていた。

 寺院の中はだだっ広い畳部屋だった。所々襖を閉めて仕切りを作ることが可能とはいえ、端から端まで埋められた薄茶色の畳の列はかなり行儀がいい。天井もかなり高く、等間隔に箱型の照明が並べられている。

 その天井の下を埋め尽くすように、大勢の男たちが勢揃いしていた。

ただの男たちではない。

異様にたくましく、異様に上気した、今にも大乱闘を起こしそうな男たちが二つの塊となり対峙していた。

 片方の集団は、背が高くて恰幅もよく暗い紫みの赤い髪と瞳の色をした男を先頭にし、もう一方は、背丈はそれほどでもなく割と平均的な体格で、穏やかな黄みの赤い髪と瞳の色をした男を先頭にし、共に睨みを利かせている。

 彼らの多くは隙あらば相手の喉元を嚙み切ってやろう、と思っていた。

普段、こんな形で顔を突き合わせることなどない。

もし屋敷周辺や街ですれ違えば、敢えて目を背ける、大事(おおごと)にはしない、決して家に迷惑はかけない、それがルールだった。

問題を起こせばどちらも痛手を負う、それは肉体的にも社会的にもだ。

だから通常の生活で二つの家が対峙することはなかった、これまでは。

 なのに……

今回の件でまさかこのような機会を設けられるとは……彼らの誰一人も予想しなかった。

 両方の男たちがいきり立つ。

このままでは無駄に怪我をする者がいてもおかしくはない。

守人一族茜色家頭首、茜色は、目の前にそびえる大男を見上げて一応口角を上げた。

「今回は不本意ながら君の家と協力する運びになった。せいぜい私たちの足を引っ張らないようよろしく頼むよ」

彼の隣で鼻息を荒くする猩々緋や、背後に控える男たちが納得いかないように唸る。

彼らの正面中央に仁王立ちする大男、守人一族クリムスン家頭首、クリムスンは一切表情を動かさずに答える。

「それはこちらの台詞だ。ちなみに貴様らとよろしくやるつもりはない。私たちは私たちだけで動く、いいな」

クリムスンの隣に立つ長身のワインや、クリムスン家の男衆が大きくうなずいた。

「当然だよ、協力って言ったのはただの形式的な挨拶だから気にしないで」茜色が微笑む。

「じゃあ手っ取り早く都の東西で担当を分けようか」

クリムスンはこの場をさっさと閉めたかった。

相手の顔が視界に入るのは苦痛以外の何物でもない。

「なら私たちは東側で」朗らかに茜色が宣言する。

「いや、東側は私たちが警備をするから貴様らは西側だ」クリムスンが相手を思い切り見下ろす。

「相変わらずだね。そんなに私が選んだほうを奪いたいのかい」

「気色悪いことを言うな。この国の人間ならだいたい東側を選ぶ」

「日の昇る方角だからね」

「わかっているならいちいち変な思考を挟むな。こうして貴様と話しているだけでも虫唾が走る」

「あははは、私もさっきから全く同じことを考えていたよ」茜色の口角がさらに上がった。

「だったらさっさと配置を決めるぞ」

「どうやって」



 それから数時間後、ジョーガの都中を屈強な男たちが数人ずつ固まって歩いていた。

彼らはただ周囲に目を光らせたり、道行く人に声をかけたりするだけだったが、その体格と強面(こわもて)な表情と戦場で危機をくぐり抜けた者特有の雰囲気から、民を大いに怖がらせた。

 彼らの中にクリムスン家男衆の纏め役、ワインの相棒であるボルドーがいる。

いつもは穏やかでのんびりとした彼も、この時ばかりは気を引き締めて任務に当たっていた。

怪しい者はいないか、危険に陥っている民はいないか、ボルドーは周囲に目を配る。

 自分たちが暮らしている家の側とは違い、街の中心部、繫華街は人が多いし車も多い。

立ち並ぶ高層ビル、その背後に隠れる雑居ビル、表の広い通りと、込み入った路地裏。

人種も自国の民から隣国の民、果ては橙星(だいだいぼし)の民まで、ありとあらゆる人間が揃うジョーガの都。

この場所で今も現在進行中の行方不明事件を追う。

 彼は今一度背筋を伸ばし、通りを行き交う人々を眺める。

人々はボルドーらクリムスン家の男たちと目を合わせないように、そそくさと去っていく。

 しかしながら……彼は思った。

都の東西管轄を決めるのに、じゃんけんで三時間もかかるとは……

そう。我らが頭首クリムスンと茜色は、寺院にてそれ程の時間を掛け、互いの右手を披露し合ったのだ。

 でも。

ふとボルドーがその場に立ち止まる。

自分たちが今いる歩行者通路の奥には、車道が何本も敷かれている。

車道には何十台もの車両が常に行き交い、我先にと生き急ぐように走り去る。

その車道の向こう側に、自分らと同じような体格の男たちがずらり並んでこちらを睨んでいた。

 さすが我が頭首。

ボルドーや彼の背後を占めるクリムスン家の男たちが、通りの向こうを睨み返す。

都の東側はクリムスン家が、西側は茜色家が警備を担当することに決まったのだ。




 授業が終了し子供たちが塾を後にする頃、とある生徒が度々教員室を訪れるようになった。

それまで彼は真っ先に帰宅し、体術だ剣術だと稽古に励むらしかったが、教師たちに何か言いたいことがある、聞きたいことがある、或いは気分的にちょっと寄り道したい、という時には遠慮なくやってきて、塾講師の側をうろついた。

 さらに近頃はもう一人の生徒も加わり、特に用事があるわけでもないのに、教員室での時間を雑談という形でのんびり過ごし始めた。

二人の生徒は本来の学年よりも下のクラスを受講している。つまり彼らはいつも自分より幼い子供たちに囲まれていた。

そのせいで精神的に鬱憤がたまることもあるのだろう、塾講師はそう考え二人を快く受け入れた。

 さて、今日も一人の少年と一人の少女が教員室を訪れる。

二人はそれぞれ自席に着いた講師アガットと、同じく講師の臙脂(えんじ)の側に立つと、最近得た話題について話し始めた。

ただし話を持ち出したのは少女のほうで、少年は珍しく押し黙っている。

「クリムスン家と茜色家が共同警備?」アガットが驚く。

「はい」

って、ローズが言ってた。

「でもお互い相手の家は都の警備に必要ない、民の安全は自分たちだけで充分守れるって主張しているみたいです」

って、ローズが言ってた。

密偵ストロベリーは上司のローズから仕入れた話を塾講師たちに披露した。

アガットは苦笑いで、

「まあ恐らく上からのご命令なのでしょう。その場合お家としては従うしかありませんものね」

「ですよねぇ」ストロベリーは隣に立つ緋色に顔を向ける。

緋色はしかめっ面で何かを一生懸命考えていた。

アガットと臙脂はそんな少年を見て不思議がる。

「おや、どうかしました?いつも元気なあなたがこんなに静かだとは」アガットが尋ねた。

少年はしかめっ面のまま唸る。

「何かあったんですか?」アガットがストロベリーのほうに顔を向けた。

「それがあたしにもよくわからないんですけど……」

「確かに授業中も心ここにあらずといった感じだったが」臙脂が今日の授業を振り返る。

緋色の態度は常にコロコロと変わるが、今日は特に酷かった。

(たぶん自分の家がクリムスン家と協力することが関係しているんだろうなぁ)

ストロベリーはそう思った。

するとアガットが満面の笑顔を作り、

「まさか行方不明事件を解決しようとか思ってます?」

と、少年に聞いた。

「おい」臙脂が呆れる。

「緋色に限ってそれは……」ストロベリーも目元を引きつらせる。

「あはは、冗談ですよ冗談」

この子にそんな芸当が出来るわけないですもんね。

少年をアガットはそのように評価していた。

「けどその事件って、いなくなった人の部屋は綺麗で荒らされていない場合と、極端に荒らされている場合とあるみたいで、でも荒らされている人の場合、どうも元々片付けが出来ない人だったりする可能性もあるらしいですね。それに周辺の目撃情報とか不審者情報もないみたいですし。なんだかただ旅行に行ったみたいに、数日分の着替えとか化粧道具とか携帯端末だけがないって……」

そこまで言ってストロベリーははたとする。

二人の講師と緋色が彼女を凝視していた。

「あっ、いやっ、あたし……」

ストロベリーの額に途端に汗が吹き出した。

「詳しいですね」臙脂が無表情で言う。

「えっ?いやっ、別にっ、ただっ、そのっ、メ、メディアでやってて……!」

実はローズからの密偵情報だけど……!あたしとしたことが、つい……!

 ストロベリーは人見知りだ。

でもそれは最初のうちだけである。

一旦打ち解けてしまえば、自分の思いや考え、情報までも述べてしまう瞬間があった。

密偵であることを忘れて。

「そうか、わかった!」

突然、緋色が叫んだ。

「え?」アガットとストロベリーの声が揃う。

まさか事件解決?

臙脂さえそう思った。

「簡単なことじゃん!茜色家とクリムスン家が協力すればいんだ!」

そう言うと少年は教員室の扉へ走り出した。

「は?」臙脂とストロベリーが啞然とする。

「なんだろう今のは。至極当たり前のことを言っていたような。もう共同警備は実施されているんでしょう?」アガットが再度ストロベリーに確認した。




 クリムスンと茜色が行方不明事件の指揮を執る寺院では、男たちの姿がかなり減っていた。

彼らのほとんどはジョーガの街へ繰り出し、警備に当たっている。

それは街の繫華街から人里離れた田舎道まで、人員に余裕がある限り広げられた。

今もこの都で発生している事件。

いなくなった人々はどこへ行ったのか。犯人はどこへさらったのか。なぜさらったのか。目的は何なのか。

 クリムスンと茜色は広い畳部屋の真ん中を襖で区切り、その左右にそれぞれどっかと胡坐をかいて座った。

室内を襖で区切りはしたが、全部が塞がっているわけではない。

室内の中央付近、つまり頭首が座った辺りは敢えて襖が開かれ、相手の様子を互いに監視することが出来た。

頭首の周りにはそれぞれ簡易的な低い長机がいくつも並び、紙の資料やタブレット端末がずらり置かれている。

それぞれの頭首は資料に片っ端から目を通し、事件を改めて確認していった。

(全員ではないが行方不明とされた人の部屋には、本人が書いたと思われる日付や場所のメモが残されていた。ただしその内容はほとんどバラバラで、共通点は見受けられなかった)クリムスンが資料を読む。

(警察がそれらの場所を調べたがどこも空き店舗。何か異様な雰囲気を醸し出してはいるが、彼女たちの足はそこで途絶えた、か)茜色も資料を読む。

クリムスンと茜色は書類から同時に顔を上げると、真正面奥にいる相手を互いに睨んだ。




 大きな白岩がいくつも積み上げられた王宮の外壁。

その壁は茶色い木の葉に覆われた森と王族たちが暮らす真っ赤な建物を包みこみ、何者の侵入をも許さない。

と、一般的には言われている。

壁の北側と南側にはそれぞれ木枠の門が構えられ、何人かの門番が交代でその場所を守っていた。一応。

 普段から王宮の周囲は人が多くない。

むしろ穏やかに時間が流れる光景が常で、騒がしくなるのは宮中で催しがある時くらいだ。

この日の夕方も外壁の周りを歩く人はほとんどおらず、北側の門番も南側の門番も、あくびを必死に噛み殺していた。

 一台の黒い車が停車する。

停車した箇所は北側でもなく南側でもなく西側だ。

最大五人は乗車出来るその車は、紅国のどこかへ行きたいと思えば、誰でもどこへでも無料で連れて行ってくれた。しかも自動運転のため運転手はいない。ハンドルが勝手に動き、アクセルもブレーキも適切な対応をしてくれる。

だから紅国の民も外国人も異星人も自由に気楽に乗りこなしていた。

 車の後部座席が自動で開き、一人の少年が飛び出すように降りる。

着いた!

彼は目の前にとめどなく続く王宮の外壁を見渡す。

その背後で役目を終えた黒い車は後部座席の扉を閉じると、するり去っていった。

 彼は早速外壁に近づく。

自分の身長の五倍はあるだろうか。

でも壁を構成している岩の継ぎ目に指を掛ければ、余裕でいけそうだ。

彼は周囲をきょろきょろと見回す。

人通りはない。

よし、今だ……!

緋色は王宮の外壁を登り始めた。

元々持っているものもあるが、常日頃体を鍛え稽古に励む彼にとって、岩登りは大して問題じゃなかった。

少年は岩の継ぎ目に指を掛け、足の爪先も同じ要領で掛けるとサクサク上を目指し、あっという間に頂上に辿り着く。

彼はそこから壁の内側にジャンプして、すとんと着地した。

わー、マジ侵入ちょろいな。アガットが簡単に入れたワケだわ。

緋色は運動神経のなさそうな塾講師のことを振り返りつつ、茶色い木々の中へ走り出した。



 同時刻、王宮内の庭園に面する廊下では女官たちが何かを捜し回っていた。

彼女たちの中には女官の栗梅(くりうめ)も含まれ、皆で廊下から室内から声を掛けている。

「殿下ー!」

「殿下ー!」

韓紅花(からくれない)殿下!どこにおいでですか⁈」ふくよかな栗梅も声を張り上げる。

その呼び掛けはかなりの大声だったが、相手には届いていないのか返事は全く返ってこない。

彼女たちの呼び掛けは続く。

王宮は広い。いったいどこまで行ってしまったのか。

 彼女たちが必死に探す姫は、実はすぐ側にいた。

栗梅らの足元、つまり庭園に張り出した廊下の下に隠れていたのだ。

紅国第二王女、韓紅花姫は彼女たちの足の下で何とか笑いを(こら)えている。

ふふふっ、かくれんぼだもの。よばれて出て行くわけがないでしょう?

姫は頭上を見上げ、あたふたと走り回る栗梅たちを想像した。

「まったくあのおてんば姫はっ!殿下!いい加減に出て来てくださいまし!」

栗梅が叫ぶ。

しかし姫は(やーよっ)と、にんまり笑いながら廊下の下を移動した。



その頃、王宮内に侵入した緋色は、茶色い林を抜け、岩と茂み、花々で彩られた庭園に出た。

目の前に佇む真っ赤な柱や白い壁の建物は、もう王族たちが住まう住居の一部だ。

人の気配はない。庭にせり出した廊下を通る者は誰もいない。

彼はさらりと廊下の下の窪みに潜り込む。

窪みは人二人が並んで通れるくらいの幅があり、少し頭を低くすれば緋色なら余裕で歩ける。

さらに窪みは王宮の建物を取り囲むように、どこまでも先へと続いていた。

このままこの場所を進んでいけば、目的地に辿り着けるかもしれない。

彼はやはりものすごく前向きだった。

ところが、少年はとあることに気づく。

(くっそ、ここまで来たはいいものの、どっちに楽坊があんのかわかんねー)

彼が王宮に入るのは二度目。

一度目は数か月前、蛍火(ほたるび)(うたげ)に招待された時。

でもその際通された場所は、あくまで蛍を見るための庭だったし、道中も目張りがされ、どこに何があるのか全くわからなかった。そもそも興味もなかった。

そして今日が二度目だ。

どこかから楽器の音でも聞こえてくればよかったのだが、タイミングが悪いのか、何も聞こえない。

(せめて看板かなんか立っててくれればそれを目印に……)

緋色が腕組をしたその時だった。

「ねえ」

背後から囁いた声に彼は跳び上がった。

その衝撃で頭のてっぺんを頭上の廊下にぶつけてしまった。

鈍い音が一瞬廊下に響く。

「ったー……!」

緋色はズキズキとする自分の頭頂部を両手で押さえる。

なのにすぐ側から声を抑えた子供の笑い声が聞こえてきた。

(な、なんなんだ、こいつ……!)

あまりの痛みで涙目になった少年が相手を見やる。

側にいたのは自分よりもかなり年下の女子だった。寝癖まみれのボサボサ頭に、何枚か重ねた着物を着ているが、袖も裾も土で汚れている。

彼女は、

「大丈夫?」と、お腹を抱えながら小声で言った。

「大丈夫じゃ……」

その瞬間、緋色ははっとする。

ヤバっ!見つかった!

たとえ相手が子供だとしても、王宮にいるからにはきっとここで働いている女官かなんかなんだろう。

きっと自分のことを誰かに告げて、そしてその後、その後は……!

彼の目の前が真っ暗になりかけた。

ところが、

「あなたもかくれんぼしてるの?」

「へ?」

思わぬ言葉が投げかけられる。

かくれんぼ?

「だってこんなところにいるから」

「え、あ、ま、まーな……!」

なんか、勘違いされてる?

そうは思ったものの、彼は相手に会話を合わせた。

「だったらしずかにしなきゃ」

「お、おう」

ひとまず緋色はほっと胸をなでおろす。

なんかよくわかんねーけど、大丈夫そうだな。

やはり彼はものすごく前向きだった。

「あのさ」

「なあに?」

「楽坊の場所ってわかる?」

少年は一か八か彼女に聞いてみた。

こんな子供が知っているとは思えないけど、念のため。

しかし相手は、

「わかるよ、ついてきて」

さらり答えると、廊下の下をすたすたと歩いていく。

(キターっ!オレマジついてるっ!)

緋色は自分の引きの強さを改めて実感した。



 どれくらい経っただろうか。

小っちゃい女官の後をついて僅か数分の後、先導が立ち止まる。

途中、頭上を王宮で働く人間の会話が度々聞こえてきたが、誰にも見つかることなく緋色は彼女とここまでやってきた。

「ここから先がガクボウだよ」

小っちゃい女官が振り返って言う。

「やった、助かった!マジありがとう」

「どういたしまして」

相手は丁寧にお辞儀をした。

「それじゃオレはここで」

緋色は先へ進もうとする。

「あ、ねえっ」

「ん?」

「またいっしょにかくれんぼしてね」

「おう、いいよ」

彼女は小声で笑うと、元来た廊下の下を軽やかに戻っていった。

少年は彼女を見送りながら、いやー、王宮にも親切な人がいるんだなーと、心底感動していた。



紅樺(べにかば)のヤツ、今日丸一日私の時間を所望で奪うとは、いくら執政でもやり過ぎだ。おかげで授業に全く出れなかったじゃないか……!

 弦楽器ツキソメを抱えたマゼンタが、自室に向かって廊下を歩いている。

庭園に面した廊下は、夕日を浴びて赤く染まっていた。

反する障子戸の向こうでは、各部屋から楽坊に所属する楽師たちの楽器の音が鳴っている。

皆個人練習にかかりきりだ。

もしかしたらシェルもだろうか。

最近夕食をマゼンタの部屋で取ることもあった友人が、今夜は来ないかもしれない。私も練習をしなければ……そう思った時だった。

「マゼンタ」

聞いたことのある声が、なぜか後方の足元から響いてくる。

その声は他の誰かに悟られないよう、いつもよりもかなり絞られていた。

赤紫色の少女が声のしたほうを振り返る。

緋色が廊下の下から頭だけを出し、彼女を見上げていた。



 王宮楽坊のマゼンタの自室前廊下はありがたいことに、人通りが皆無だった。

その代わり部屋の左右から様々な楽器の音が漏れ出ている。

楽坊の楽師たちが夕食までの間、自主練習に精を出しているのだ。

本来ならばマゼンタも部屋にこもってツキソメを弾きまくる時間帯だが、今日はそうもいかないようだ。

彼女は廊下の縁に座って正座をし、庭のほうを向いている。

そこには庭というより少々手入れをした木々が雑然と並んでおり、奥の林へと続いている。

特に愛でるものはない。物珍しい何かがあるわけでもない。

が、彼女はずっと林の向こうを見つめていた。

理由は勿論、彼女が座る廊下の下に緋色が潜り込んでいたからだ。

「だからオレ、気づいたんだ。要は、茜色家とクリムスン家が仲良くなればいいんだよ」

彼は身を隠したまま頭上のマゼンタを見上げている。

「それを伝えるためだけに侵入したのか?」

「だってマゼンタへの連絡手段がないじゃん。楽坊はケータイ持ちこみ禁止だって言うし」

少女は呆れた。

アガットに次いで緋色まで……

もはや反論する気さえ起きない。

次いで彼女はこうも思った。

こんな簡単に侵入できるとは、この王宮の近衛隊は本当に役に立たないのだな。クリムスン家と茜色家に王宮守人(おうきゅうもりひと)の依頼が来たこと、大いに納得できる。

 緋色は自分が悪いことをしているという自覚がないのか、半ば興奮したように、

「それにさ、両方の家が協力すればオレたちもこそこそしたりしなくていいじゃん?父上とか周りからとやかく言われないし。ほら、たまたま会っちゃった相手がクリムスン家のヤツで、たまたまちょーっとしゃべっちゃったとしても、後で話してよかったのかなーとか思わなくていいし」

マゼンタは少年が塾で自分たちが関わっていたことを言っているのだろう、と思った。

だからこう答えた。

「それが出来ればとっくにやってるだろう。たぶん父上と茜色には私たちにはわからない何か……男同士の、プライドみたいなものがあるんじゃないか?」

負けたくない、思い、みたいな。

彼女の脳になぜか兄カーマインと、楽師ポピーの姿が浮かんだ。

カーマインの自分への態度や言葉、ポピーの自分への行動が、まるでクリムスンと茜色の関係性のようだと彼女は思ったのだ。

正確には違うのだろうが、マゼンタはカーマインもポピーも茜色も、父クリムスンでさえもどこか似ていると判断した。

「両方の家が協力すれば、事件も簡単に解決出来ると思うんだけどなー」

廊下の下から緋色が言う。

「事件?」

「ああ、今……」



「行方不明事件の共同警備……⁈」

「うん、なんか上からの命令なんだって。父上たちはウチだけで充分だって言ってたけど」

なんでまた両方の家に……

マゼンタは相変わらず楽坊の自室前廊下の縁に正座をしている。

その廊下の下では緋色が潜り込んだまま、頭上の彼女を見上げつつ話を続けた。

「その事件てさ、さっきストロベリーから聞いたんだけど、なんだかいなくなった人の部屋はキレイな時と、すっごく汚え時とあって、でも汚えのは犯人が荒らしたとか、もみくちゃになったとかじゃなくって、なんだっけ……そうそう、元々その部屋の人が片付けが下手だったとかって言ってた。あと、その部屋の周りで変なヤツを見かけたとか、そういう情報もないって」

「ふうん」

「なんかただ旅行に行ったみたいだってストロベリーは言ってた。あとは確か……部屋からなくなってた物があって、それは……数日分の服と、化粧?それとケータイ?がないとかって」

「へえ、ストロベリーは随分詳しいんだな」

「メディアで聞いたって言ってたよ」

この行方不明事件というのは、教室で楽師たちが話していたものを指すのだろう。

マゼンタは今緋色が言ったことと、彼女たちが言っていたことを比べるように林の奥をじっと見つめた。




 夜を迎えたクリムスン家のとある畳部屋では、頭首がゆったりとした着物に着替えていた。

外に出る際はいかなる時も服を重ね、帯を腰できっちり締める。

けれどもさすがに家へ帰宅すると、いくらか余裕のある着物を着用し、帯も緩めにする。

そうしてほんの僅かだが、気持ちを切り替えていた。

そんな彼の背後に息子コチニールが立っている。

コチニールは部屋へやってくるなり、

「今日の警備はどうだった?」笑顔で父に尋ねた。

クリムスンは振り返ると、

「私たちの警備は完璧だ、奴の家のほうはわからないが」

「そ、そう」

聞きたかったのはそういうことじゃないんだけどなぁ。

コチニールは頬を若干引きつらせた。

「それとは別に事件の収穫が何もないことのほうが問題だな。行方不明になった人たちがどこへ消えてしまったのか、さっぱり見当がつかないんだ」

コチニールは目を見開く。

「父上は警備をするだけでなく、行方不明者を捜し出そうとしてるの⁈」

驚いた。それは警察の仕事だと勝手に決めつけていた。

「自分たちに出来ることがあるのなら、その力を生かし全力で捜し出したいと思っている」

さすが父上、それでこそクリムスン家頭首だ……!

息子は感動した。

(でももし、それを茜色家と協力して解決することが出来たら……)

瞬間、彼は息を呑む。

僕はいったい何を……!そんなこと、出来るはずないのに……

コチニールは自分の中に生まれた提案に驚き、否定し、落胆した。


















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