第143話 私が止めます
モーヴが殴り飛ばされたグラウンドはおろか、周囲にも人は誰一人としていなかった。時は夕刻、本日の授業は全て終了し、生徒たちのほとんどは既に寮やら中央棟やら、とにかく帰宅の途に就いている。彼らがどこかに集まっているとしたら学園の中心にある闘技場、その周辺、あるいは研究開発部や衛生部の敷地内で研究と実習に没頭する物好きぐらいだろう。つまりマゼンタとモーヴは思う存分、周りのことなど気にせずに戦いの勝負をつけようとしていた。
いや実際は、周りのことを気にする余裕がなかった、と言ったほうが正しいかもしれない。本気で行かなければ勝てない、そう思わせる何かがお互いを支配していたのだ。
案の定、マゼンタが今まさに吹っ飛ばした相手がいるはずのグラウンドに辿り着くと、突然腹に強い衝撃を受けた。
彼女はそのまま背中から吹き飛ぶと、木製の雨戸をバキバキと打ち破り、壁に激突し、真上から細長い棒切れが落ちてくるのを全身に浴びた。
自分が吹き飛ばされた場所は、どうやら剣術クラスで使用する剣道場らしい。授業では剣道場内に入ったことさえなかったのに、こうして雨戸をぶち壊して侵入する羽目になるとは思ってもみなかった……そんなことが頭をよぎった次の瞬間、すぐ間近に奴の気配を感じた。
マゼンタは咄嗟に手元に転がっていた棒切れ、つまり木刀を掴み取ると、それで相手を斬ろうとする。しかし木刀はモーヴの肩に当たると同時に、思い切り砕けてしまった。
(またか……⁈)
彼女が啞然としていると、相手の右の拳がまたこちらへ振り下ろされようとしている。
マゼンタはそれを視認するや否や横に転がるようによけ、寝転んだままモーヴの脇腹を右脚で蹴り飛ばした。
モーヴは剣道場の横の壁を突き破り、屋外へと吹っ飛んでいく。マゼンタはすぐさま彼の後を追おうと思った。が、ふと周囲に落ちた木刀の山を見下ろし、微かに首を傾げる。
(橙星で作られた武器では奴を倒せない……)
彼女がそう感じた次の瞬間、左手が急に熱くなったかと思うと赤紫色の光が集まり、手中に細長い物体を形成し始めた。その物体はやがて彼女の髪や瞳と同じ色の柄、刃は銀色に光る刀となった。
(色光にならなくても具現化出来た!)
マゼンタは刀を構えると、すぐさまモーヴが突き破った剣道場の壁へと飛んだ。
剣道場の壁を突き破り隣の弓道場の壁に体当たりしていたモーヴは、頭を左右に振りながら上体を起こしていた。自分が木造の壁に体当たりしたせいで、弓道場の脇に穴が開いてしまったではないか。
(あの馬鹿力……!)
そう思いつつ脇腹に手を当てる。今の蹴りも効いたが、さっきの腹への攻撃もかなりの衝撃だった。内臓が口から全部出そうになった……モーヴは脇腹をかばいつつ立ち上がろうとする。瞬間、たった今自分が突き破った弓道場の壁からマゼンタが飛び込んできた。しかも相手の手には光る長細い物体が握られている。
(まさか……⁈)
モーヴが混乱する間にも、マゼンタが刀を振り下ろそうとしていた。
彼は咄嗟に右手に集中し、光を集める。その光は即紫色の柄となり、柄の先に銀色の刃を形成した。
モーヴが具現化した刀で彼女の刀を受け止める。二人の刃は思い切りぶつかり合って、金属特有の高い音を発した。
しかしマゼンタは休む間もなく次々と刀を振るい、モーヴもそれら全てに応戦していく。
彼女たちは一生破壊されることのない武器で相手を倒そうと、真剣に向かっていった。
闘技場二階最後尾の窓辺に集ったコチニールたちは、窓から見える景色を眺めながら呆然としていた。
校舎奥にあるグラウンドにマロウ王子が吹き飛ばされて数分が経つ。その間グラウンドの左隣に建つ剣道場からは何かがバキバキと壊れる音が聞こえ、次に剣道場のさらに隣に建つ弓道場からも何かが破壊される音だけが聞こえてきた。が、その音を最後に辺りは静まり返り、闘技場の外に避難した生徒たちのざわめきだけが伝わってきている。
「マゼンタたち、どうなったんだろう……」
コチニールが窓の外を眺めながら呟いた。
「グ、グラウンドで、決着がついたんじゃ、ねえか……?」こめかみから汗を垂らしたビスタが答える。
「そ、そうそう。きっと、マゼンタが、マロウ王子を、倒したんだよ……」ラセットの声は震えていた。
「だったら、剣道場や弓道場から聞こえてきた音は、なんだったんですか……?」と、葡萄。
「それは……」ビスタとラセットが顔を見合わせる。その答えはさすがに持ち合わせていない。
「学長」煤竹が自分の隣に佇む茶鼠に顔を向けた。「このまま試験を続けたら、いや、もう試験と呼べるものではないが、あの二人を放っておいたら、学園が壊されるどころか怪我人が出てもおかしくない。だから早々にあの二人を止めねば」
「確かに、煤竹先生の言う通りじゃ」
茶鼠学長は彼に答えてすぐ、チェスナットをちらり見る。チェスナットは窓の外の様子を窺っていたが、学長の視線にいち早く気がついた。
その時、目の前の校舎の奥から二つの光が同時に飛び出したかと思うと、激しく揉み合っては離れ、またくっついては離れを繰り返しながらこちらへ近づいてくるではないか。光は片方が紫色でもう片方は赤紫色をし、闘技場内の誰もがすぐさまその正体を察した。
「来たっ!」緋色が笑顔で叫ぶ。
「マゼンタ、マロウ王子……!」コチニールは両手の拳を握りしめた。
葡萄が緋色に問う。「今二人はどうなってますか⁈」
「おおっ!」二つの光を見上げた緋色は瞳を輝かせる。「二人共刀で相手を斬ろうとしてるっ!」
「刀っ⁈」と、驚愕するビスタ。
「そ、それは、さっき言ってた、赤星、武闘大会の……」ラセットが全身を震わせて確認する。
「そうっ!アイツは手の中に何でも好きな武器を作れちゃうの!スゲーだろっ⁈」
緋色の答えを聞いたビスタとラセットから血の気が引いた。全身から汗が滲んでいるのに、なぜか凍えるような寒さを感じる……
「でもマゼンタだけじゃなく、マロウ王子も作れんだな!スゲーっ!」
歓喜する緋色の側でマルーンが呆然と呟く。「色光にならなくても武器具現が可能だなんて……」
緋色とマルーンの間に立つ柑子は、不安な表情を浮かべつつも空中を舞う二人から目が離せなかった。赤紫色と紫色の光を帯びた二人は、物凄い速さで刀を振るい、相手を倒そうとしている。時に衝撃で校舎の壁に激突したり、窓を突き破ったり、地面にめり込んだりしながら、それでも倒そうとすることを止めない。そうまでして、どうして互いに、相手に勝ちたいんだ……?
「チェスナット先生」
茶鼠学長に名を呼ばれ、チェスナットは短い息を吐くと彼に顔を向けた。
「色光ならば、二人を止められますか?」
その場の全員が茶鼠を振り向く。
「え……」と、コチニール。
「色光で止めるってどういうことっ?」と、緋色。
葡萄は事を察して息を呑んだ。
「あの二人を生身の人間が止めるのは不可能に近いじゃろう。だが色光ならば不可能を可能に出来るのではないかと思ってのう」茶鼠はそう言ってチェスナットを見つめる。「このまま決着がつくまで学園が破壊されていくのを黙って見ていることは、さすがに学長のワシには出来かねる。それに煤竹先生の言うように怪我人を出すわけにもいかない。だとしたら最終手段として、色光に二人を止めてもらうしか方法はないのではなかろうか」
チェスナットは唇を引き結んだまま学長を見つめた。学長の言っていることは最もだ。いくら卒業試験だからと言って、学園内の建物や施設を破壊するなど言語道断。確かにおっしゃる通りだ。だが……だが……!
「で、でも、色光なんか使ったら、二人は……!」コチニールが茶鼠学長に身を乗り出す。
「そ、そうだよ!だったら、色光じゃなくてオレがアイツらを止めるからさっ!だってオレはマゼンタと武闘大会で戦ったことあるし……!」
緋色の提案に周囲が啞然とした。いくら何でもこの少年に赤紫色の少女と紫星の王子が止められるとは絶対に思えない。
「なんだよ、その目はっ!」
緋色が周りを見て叫ぶと、葡萄が少年を羽交い締めにする。
「あなたはここで大人しくしていなさい!」
「なんでっ⁈」
「ここはあなたの出る幕じゃありませんよ!」
「離せ葡萄っ!」
「葡萄の言う通りだよ。それに緋色、マゼンタに負けてるでしょう?」
コチニールに言われ、緋色は自らの心臓に何かがグサッと刺さる感覚を覚えた。今それをみんなの前で言わなくてもいいのに……!
「わかりました。やってみます」
チェスナットが茶鼠学長に答えた。
「先生……!」コチニールがチェスナットを見上げて瞳を震わせる。
「ですが、たとえ色光であっても、あの二人の動く速さには到底追いつけそうにありません。むしろ仕留めるため施設に余計に被害を及ぼしたり、他の生徒に危険を与える可能性も大いにあります」
「うむ……」
「ですから彼らがほんの僅かな間でも空中で停止してくれれば、そこを狙って一発で仕留める、これが最善の方法だと思うのですが」
「確かにそれが出来れば幸いだが……」と、煤竹。
教師陣が方法を模索し頭を悩ませ、コチニールと葡萄が愕然とし、緋色が落ち込み、ビスタとラセットが話について行けず呆然とし、マルーンが状況を冷静に見届ける中、彼らの側に立つ柑子の脳裏にはとある言葉が響き渡っていた。
「もしおまえの大切な人が目の前で殺されようとしていて、もしその時、おまえの手の中に敵を倒せる武器があったのなら、おまえならどうする?」
それは以前、マゼンタが柑子に向けて言った言葉だった。
彼女の問いに対し柑子は「自分の大切な人は、自分の手で守りたいと思います」そう答えた。
今、状況は彼女が言ったことと全く違う。でもこのまま二人の戦いが続けば、学園はどうなるかわからない。それにこれから怪我人が出ないとは必ずしも言い切れない。だったら、ここで二人を止めることが最善の策になるのではないか?これ以上、二人を無駄に争わせる必要は、もうないのではないか……⁈
柑子は何度か息を吐いて吸って、最後に大きく息を吐き切ると、意を決したように顔を上げた。
「私が二人の動きを止めます」
思いがけない人物の提案に、その場の全員が柑子王子を振り返る。だが柑子は真剣な眼差しで教師陣を見つめていた。
「ど、どしたの王子?」緋色が目をパチパチさせる。
「私がマゼンタさんとマロウ王子の動きを止めるよ。だからチェスナット先生はその隙に彼らを何とか仕留めてください」
「殿下……⁈」チェスナットが目を見開き、柑子の隣に立つマルーンは息を呑んだ。
「え、でもどうやって?」
緋色の問いに、柑子は若干困ったような顔をして答える。
「見てて」
柑子はそう言うなり教師たちのほうへ向かったかと思うと、彼らを通り越し、せり出した観客席の端で立ち止まった。そして手摺に手を掛け、一階へと飛び降りてしまったのだ。
「王子っ⁈」
すかさず緋色が手摺に駆け寄り、コチニールたちも後を追う。彼らが手摺から一階を覗き込むと、柑子は闘技場に開いた大穴の前にちゃんと降り立っていた。柑子の前には丁子茶たち一行が並んで大穴から外の激闘を覗き込んでいたが、突然背後にやって来た橙星の王子に驚きを隠せないでいる。
「王子大丈夫かっ⁈」そう叫びつつ緋色も手摺を越えて一階に飛び降りる。続けてコチニール、チェスナットも一階に飛び降りた。
緋色が体勢を整えて柑子王子を見上げると、彼は微笑みながら答える。
「大丈夫だよ」
「スッゲー、やっぱ運動神経いいな!」
緋色が柑子を褒める後ろで、コチニールは啞然としていた。
柑子が体術や剣術を幼い頃から習っていたのは知っている。でもいつの頃からか王宮であらぬ噂を立てられ、自分から攻撃を仕掛けることが出来なくなり、そもそも体術や剣術を苦手とするようになってしまった……はずなのに、これはいったいどういうことか?闘技場の二階から一階にするりと飛び降りて、見事に着地してしまうだなんて……!
啞然とするコチニールの隣で、共に飛び降りたチェスナットは僅かに口角を上げている。さすが柑子殿下、本当ならば学園で一二を争う存在でもおかしくはないのだ。
「コチニール!」
二階から葡萄の声が降ってきて、コチニールは今飛び降りた二階の手摺を見上げた。手摺からは葡萄を始め、マルーン、ビスタ、ラセット、茶鼠学長、煤竹がこちらを覗き込んでいる。
コチニールは彼らを安心させるように手を振ると、今一度前に向き直った。自分たちの前には体術クラスの丁子茶先生、銃術クラスの焦茶先生、剣術クラスの黒茶先生、衛生部の檜皮先生、研究開発部の煙草先生、友人のヘンナにトパーズ、さらには雀までいるではないか。何たる錚々たるメンバー!
「ちょっ、いったい何事っ⁈」ヘンナが突然背後に現れた友人たちに声を掛けた。
「いやそれがさー!」
緋色がヘンナに説明しようとするも、柑子は彼女や教師たちの間を抜けて穴から外へ出ようとしている。
「すみません、通ります」
それを見た緋色は「ゴメン、話は後で」とヘンナに謝ると柑子の後に続き、コチニールも緋色を追いかけた。
「ちょっ、どこ行く気⁈」
ヘンナが穴の外に出てしまった柑子たちの背中に叫んだ。しかし彼らは先を急ぐように走っていってしまう。
「どういうことっ⁈」ヘンナが憤り、友人のトパーズや雀は口を呆けたまま彼らを見送るしかない。
丁子茶はその場に残ったチェスナットにぐいっと詰め寄る。
「チェスナット先生、これはいったい……!」
だがチェスナットも丁子茶に詫びを入れると「煙草先生、力を貸してください」いつも大変お世話になっている研究開発部の教師を真剣に見つめたのだった。
教師たちが生徒たちの安全や学園の建造物を心配して事を起こそうとしている頃、衛生部のとある校舎の屋上では例の二人組が、赤紫色の少女と紫星の王子の戦いをぼんやりと眺めていた。
少女たちは相変わらず物凄いスピードで敷地の奥へ奥へと移動しながら、相手を刀で斬ろうとしている。
「別に他の生徒たちが大怪我するなんてことはありえないけどね」
衛生部音楽クラス教師であり、マゼンタのセキエの師匠でもあるアガットが言った。彼は屋上の手摺に体重を預け、紫色と赤紫色の光を何となく目で追っている。
「でもそれを彼らは知らない」
同じく衛生部音楽クラス、一応アガットの助手である臙脂が彼の隣に立って答えた。
「ふふっ、知ってたら逆にびっくりだよね」
「それに生徒たちは無事かもしれないが、建物はけっこう壊れたんじゃないか?」おどけるアガットに臙脂が釘を刺す。「闘技場に、隣の校舎に、剣道場に、弓道場に……」
「言っても直せないレベルじゃないでしょ?それとももっと完璧にしたほうがよかった?」
アガットが悪戯っぽく臙脂を覗き込んだ。
「いや、さすがに身が持たない……」
「だよねぇ。この学園に存在する者の安全と、二人がこの場所から絶対に出られないようにしているのだからねぇ」
アガットの言葉に臙脂が溜息をつく。前にアガットが言っていた〝みんな救われる〟というのはあながち間違ってはいない。ただ誰もそのことに気づきはしないし、それを行ったのが自分たちだということも、当然わからない。
「まあでももうすぐ決着がつくだろうから、終わったらゆっくり温泉にでも浸かろうよ」
「……冗談だろう?」
「冗談に聞こえる?」
「聞こえる」
臙脂の答えにアガットはがくっとうなだれたが、その表情はまんざらでもなかった。
アガットと臙脂が衛生部の屋上から紫色と赤紫色の光を目で追っている頃、実は彼らもろとも全てを視野に入れている人物が二人程存在した。彼らは中央棟の屋上にある落下防止柵を越え、一人は屋上のへりに座り込み、もう一人は彼の隣に行儀よく立っている。
屋上のへりに座り込んだほうは両手を背後に付いて上体を支え、景色全体を見据えていた。
「まったく、本気になっちゃって」
モーヴの双子の兄、即ち本物のマロウ王子が言った。
この橙星の学園に入学して、自分が本気で戦える、力を調整しなくてもいい、無理に押さえつける必要もない格好の相手が現れた。だから腕試しに本気で相手を倒してやろうとは、いくら何でも考えが幼稚すぎる。
「お止めしなくてもよろしいのですか?」マロウの隣に立つ執事ヘリオトロープが尋ねた。
「どうやって?衆人環視の上に、彼らは本気なんだよ」
「確かに」
「決着がつくか、何かが変化しない限り、彼らは止まらない」
「失言でした」
でも……マロウは右奥に佇む衛生部校舎の屋上に目をやる。そこには二人の衛生部教師であり、学園祭や仮面舞踏会で活躍した楽師の男たちが並んで立っていた。
まさかこんな所で彼らのような人間と出逢うことになるとはね……マロウは意味深な瞳でアガットと臙脂の背中を見つめ続けた。
闘技場の大穴から出た柑子、緋色、コチニールが辿り着いたのは、戦闘部の敷地内でも特に開けた場所、つまりは色光フィールドだった。マゼンタとマロウ王子は刀で戦いながら徐々に場所を移動し、柑子たちにとっては都合のいいことに、周囲に何もない色光フィールドへ赴いていたのだ。
「けど二人の動きを止めるってマジどうやんだっ⁈」緋色が隣に立つ柑子に尋ねる。
「うん、ちょっとだけ待って」
柑子は答えると、上空で飛び交う二つの光のほうを向いたまま目を閉じた。そして自分に集中するようにゆっくりと呼吸を整える。
柑子の斜め後ろに立つコチニールは、赤紫色と紫色の光を見上げながら思った。緋色が言う通り、あんな超光速で動いているマゼンタとマロウ王子を、いったいどうやって止めるのだろうか……
すると柑子が、不意に自らの両手の平を胸の前で合わせ、何かをぶつぶつと呟き始める。その声は最初こそ小さかったが徐々に大きくなり、通常喋るのと同じくらいの声量になった。
「アカアウウハウスィインアワアンホ、イセアカヘラオルポニアブ、ンマフシェヒフエカンアウユ……」
緋色とコチニールが思わず顔を見合わせる。
柑子王子が口に出している言葉は橙星語ではなく、勿論赤星語でもなく、何を言っているのかさっぱりわからない。それでも柑子は目を閉じたまま、呪文のような台詞をずっと繰り返しているのだ。
さすがに心配になった緋色は、柑子に声を掛けようとした。
いつもの柑子王子とはまるで違う印象になってしまい、しかも何だかわけのわからぬ言葉を呟く友人を心配するのは当然のことだろう。
緋色の手は声掛けと同時に、もう少しで柑子の肩に触れようとした……その時だった。
柑子の周囲にどこからともなく橙色の小さな光が舞い始め、緋色は自分の手を見事な反射で引っ込める。
そんな僅かな間にも、柑子を取り巻く小さな光は急激に数を増やし、彼の全身を光の粒で包んでいった。
「こ、これは……⁈」コチニールが声を漏らし、緋色はポカンとしたまま柑子と橙色の光を眺めるしかない。
まさかこれから色光に変身でもするのか……⁈コチニールと緋色の脳内に同じ考えがよぎった。
しかし生憎そうはならなかった。
柑子は閉じていた目を開け「ウユ」と呪文を発すると、彼を包んでいた橙色の光は一直線に空へ飛び上がる。そして空中で二つに分かれたかと思うと、赤紫色と紫色の光それぞれに向かっていき、光もろとも包み込んだのだ。
赤紫色と紫色の光は動きを停止させられ、マゼンタとマロウ王子の姿が人として認識出来るようになった。二人は空中で間隔こそ開いているものの、未だに相手に斬りかかろうとしている。だが突然自身の体が全く動かなくなって、困惑しているようにも見えた。
「マゼンタ……‼」コチニールが空に浮かぶ妹の名を口にした。
緋色は上空の二人から、隣に立つ柑子王子へ恐る恐る顔を向ける。柑子は両手を合わせたままマゼンタとマロウ王子をじっと見上げていたが、額には大粒の汗が浮かんでいた。何なら合わせた手も小刻みに震えている。
(アイツらを止めるって、どういうこったよ……)
緋色が友人の隠れた能力に愕然としていると、自分たちの背後から空をつんざくような光の帯と轟音が二つ、響き渡った。
それらは動きを停止したマゼンタとマロウ王子を包み込むと、辺りの視界を真っ白に染めたのだった。




