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イセカイロセカイ  作者: Elisu Arina
橙の章
134/145

第133話 続・仮面舞踏会


 マゼンタがコチニールに支えられながら何とか踊り始めたその時、椅子に座り込んだ緋色(ひいろ)(すずめ)の元に、もう一人の生徒が訪れていた。

彼女は丁子茶(ちょうじちゃ)並みに露出の激しい真っ赤なドレスを着用し、編み上げた髪にはキラキラとした飾りをこれでもかと付け、化粧はいつもよりさらに濃く仕上げ、目元にはドレスと同じ真っ赤な仮面を被せ、気合十分で舞踏会に訪れた、つもりだったのに……!

ダンスフロア中央にいる標的が、あろうことか今世紀最大のライバルと仲良く踊っているのを目にして、瞼を思い切り吊り上げていた。

「ありえない、なんであの女がコチニールと踊ってるの……?」

トパーズは拳を握りしめながらマゼンタを睨む。

しかもあの女はいつものすっぴんと違って化粧やら何やら仕込んでるじゃないの……!

 トパーズは自分の後ろに座る雀を振り向いた。

雀はビクッとなって身を固めている。その隣に座る緋色は相変わらずの阿保面だ。

「ありえない、ありえない、どうしてあの女があたしのコチニールと……」

自分がいつもよりちょーっとばかり化粧に時間をかけていたら、ほんの少しだけ遅くなってしまって、それがこんな羽目になるとは……!

 トパーズが再度ダンスフロア中央へ向き直ると、目の前に何だか自分より背の低い物体が立っている。

小柄で口や顎に髭を生やし、髪はチリチリカールのベリーショートで、服装はサベカダンスの男服、年は七十を超えているであろうその男は、突然トパーズに向かって手を差し伸べた。

「世の中ありえないこともたくさんありますからなぁ」

「ほんとそうよね」

トパーズはなぜか怒りのあまり彼の手を取る。自分でも何をしているのかわからない。でもその手を取らずにこの怒りは収まらない……!

二人はそのままダンスフロアの中央へと向かい、彼女たちを見送った緋色は呟く。

茶鼠(ちゃねず)学長も踊んだな」

「でも、確かに、出自ははっきりしてる……」

雀が答えると、今度自分たちの元へやって来たのはラセットだった。

ラセットは当初ビスタとヘンナに近づこうとしたが、二人のあまりの険悪な雰囲気に恐れをなし、緋色と雀の元へとやって来たのだ。そして雀の前に両膝をつくなり、

「お嬢さん、一生のお願いだ。この僕とサベカダンスを踊ってくれないか?」彼女を見上げて懇願した。

雀はしばし呆然となるが、

「いや、ごめんなさい……」何とか聴き取れるくらいの小さな声を漏らす。

「ど、どうしても?」焦るラセット。

「どうしても、です……」

ラセットはがっくりしながら立ち上がると、またトボトボとどこかへ行ってしまった。

 その一部始終を雀の隣で見ていた緋色は尋ねる。

「踊んなくていいの?」

「うん、いいの。わたしは、マゼンタを見ているだけで」

雀の視線が再度ダンスフロア中央のマゼンタへと向けられる。マゼンタはだいぶヒールに慣れたのか、コチニールとサベカダンスを華やかに踊っていた。

(だって、わたしはもう、ダンスクラスでマゼンタと、踊ってもらったし)

おどおどとしていた雀がにこやかに微笑んだ。


 その頃、椅子の陰に隠れていた葡萄(えび)は、頭の先だけをひょっこりと出し、ダンスフロアに視線を走らせていた。

フロアの中央では生徒や教師たちが音楽に合わせ、楽しげにダンスを続けている。

その中に、葡萄がこの学園で最も恐れているであろう人物が、相手を絶対に離すまいとしながら手を繋いで踊っていた。

「今の餌食は檜皮(ひわだ)先生ですか……」

葡萄の視線の先には、丁子茶に手を握られてフラフラになりながらも踊らされている衛生部の新人教師、檜皮の姿があった。

お気の毒に、きっと意識はもうどこかに飛んでいるだろう……

葡萄がそう思った時だ。

突如として丁子茶がこちらを振り向いたかと思うと、それまでの激しいダンスを止めたのだ。そしてふっと檜皮の手を離し、満面の笑みを浮かべながら、

「葡萄ちゃーーーーーーーーん!!」こちらに向かって走り始める。

(見つかったっ⁈)葡萄は血相を変えて立ち上がった。

とにかく外へっ……‼眼鏡の彼は自分のすぐ近くにあった出入口へ走る。

「ちょっと、待ってよおっ‼」

背後からは物凄い勢いで丁子茶が追いかけてくる。

あの高いヒールの靴でどうしてそんなに走れるんだっ⁈

葡萄の頭にそんな疑問が湧き上がったが、今はそれどころじゃない、とにかく逃げねばっ――‼

葡萄は後ろを振り返る余裕もなく、一目散に体育館を後にしたのだった。


 それから少し時が経って、ダンスフロアから生徒たちがだんだん退出し始めた頃、マゼンタは戦闘部の敷地内にある倉庫並びの前をポツンと歩いていた。

夜の闇に照らされた倉庫は当然ながら彼女の背丈の倍以上あり、どれも同じ大きさと四角い形をして、舗装された道の片側に順序よく並んでいる。

 倉庫は普段授業で使用する様々なもの、特に大きなサイズのものを収納するのに使用していた。

例えばミサイル然り、輸送機然り、色光(しきこう)の模型然り、何かとかさばるものをしまっておくらしい。

中には何に使用するのかわからないものもあるが、マゼンタはそこまで内容に詳しくなかった。

 今自分が歩いてきた後方には、舞踏会が開かれている中央棟の体育館がある。中からはアガットたちの音楽と共に生徒たちの喜ぶ声が溢れ出ている。しかしこの辺りには特に誰の姿も見当たらない。

 ちょっとだけ夜風に当たるのには充分だ……

彼女はそう思って倉庫の前をぽつぽつと歩き続けた。

 すると、目の前に建ち並ぶ倉庫の一つから明かりが漏れているのに気がついた。

倉庫の入口は言わずもがな馬鹿でかい。

扉というよりシャッターで開け閉めするのだから無論だが、そのシャッターが極限まで全開し、中の黄色い照明が外側の闇を照らしていたのだった。

 マゼンタはペタペタと足を鳴らしつつ、その光の元へ進む。

ところが、やがて視界に入ってきた光景に足を止めざるを得なかった。

「ここで、何してる?」

彼女は呆然と尋ねた。

瞳に映ったのは紫星(むらさきぼし)のマロウ王子を演じる双子の弟、モーヴ王子だったのだ。

倉庫の中は何かが積み込まれていると勝手に想像していたが、全くそんなことはなく一切何もないがらんとした空間だった。倉庫内部の片側には高い所へ上るための階段が壁に添うように設置されているが、その階段の下のほうにモーヴ王子が一人座っていたのである。

「おまえこそ。というか、なんだその格好」

制服姿のモーヴがマゼンタに尋ねた。

「サベカダンスの衣装だ」

「それは見ればわかるけど……」

モーヴの視線が彼女の両手と足元に移る。

「なんで裸足?」

マゼンタは両手にヒールサンダルを片方ずつ持ち、足元は素足だったのだ。ちなみに目元の仮面は額にずり上がっている。

「ヒールにやられた」

彼女の答えにモーヴは鼻で笑う。事実、彼女の踵や指先は見事に靴擦れを起こしていた。

「おまえはここで何を?」

彼に尋ねながらマゼンタは倉庫の中へ入った。

「また〝おまえ〟呼び」

「あ……じゃあ……モーヴ」

「王子に対して呼び捨てかよっ」

「じゃあ……モーヴ、王子」

「なんで嫌そうなの……てゆうか、もう何でもいいわ」

「で、モーヴはここで何してる?」

階段の下に辿り着いたマゼンタは王子に問うた。

「出番待ち」

「出番?」

「もしマロウに何かあったらすぐ飛んでいけるように」

「……なるほど」

「私は……」

一瞬、モーヴは視線を階段に落とした。

「おまえの言う通り、あいつの影だから」

その言葉にマゼンタは彼をじっと見上げる。

遠くでアガットたちが演奏する楽し気な音が耳に届いた。

「影は影らしく闇夜に隠れて来るか来ないかわからない出番をただひたすら待っているのです」

モーヴは無表情で答える。

無表情……でもその声音に、彼女はどことなく物悲しさを感じたのだった。

「それは、比喩か?」

「は?おまえが先に言い出したんだろうが」

彼女の問いにモーヴは呆れる。

「なら……」

マゼンタはしばし考えるような仕草を見せると、

「眩しすぎる光は時に目を潰し皮膚を焼く。だから影もきっと必要だ」

大真面目に答えた。

「なんだそれは」

「私にもよくわからない。ただ比喩に比喩で返してみた」

あまりにも真剣な彼女の表情に、モーヴは思わず吹き出した。

「変な奴」

モーヴが彼女をそう評価した時だ。

「こんな所で何をやっておる」

マゼンタとモーヴがはっとして倉庫の奥に目をやると、戦闘部剣術クラスの黒茶(くろちゃ)がやって来るところだった。

 黒茶、年は五十六。背丈はマゼンタよりも低いが筋肉質。頭はスキンヘッドで瞳は小さく、その色はほぼ黒に近い茶色だ。服装はサベカダンスの衣装と言いたいところだが、授業で着用する黒い道着を着ている。

「今は仮面舞踏会の時間だろうが」

二人に近づいた黒茶は、赤紫色の少女と紫星の王子を睨みながら言った。

するとモーヴが颯爽と立ち上がり、

「すみません、彼女が靴擦れを起こしてしまって、少し休ませてもらったのです。でもすぐに出て行きますね」すぐさまマロウを演じたかと思うと、階段を下りマゼンタの腕を引っ張る。

「ちょ……」

「いいからっ……!」

マゼンタはモーヴに腕を引っ張られながら倉庫を後にした。

そんな二人の後姿を、黒茶が訝しげな顔で眺めつつ見送ったのだった。


 同時刻、舞踏会会場の反対側、つまり中央棟の正面では、葡萄が丁子茶から必死に逃げ続けていた。

「葡萄ちゃん待ってえぇぇっ!」

そう叫びながら追いかけてくる丁子茶を、

(待つわけ、ないで、しょうがっ……!)

眼鏡を鼻からずり落とし、息も絶え絶えになりながら葡萄は逃げまくる。

相手は人の足に風穴を開けられる程の鋭いヒールサンダルを履いているというのに、高い靴に慣れているからか、体術クラスの教師で体力が有り余っているからか、それともその両方のせいか、とにかく走るスピードが緩むことはない。

葡萄はとにかく相手に捕まらないように中央棟の周りをぐるぐると走り続け、そしてようやく、正面に見えた生垣の背後に身を隠したのだった。

 突然目の前を走っていた獲物が消えて、丁子茶は混乱した。

「あらっ?あらっ?葡萄ちゃん?葡萄ちゃーーーーん⁈どこ行ったのおーーーーっ⁈」

丁子茶は叫びつつ、葡萄が隠れた生垣の前を通り過ぎて行く。

その後しばらく丁子茶の葡萄を捜す声が辺りに響いていたが、それもどんどん遠ざかっていった。

 やがて、周囲に静けさが舞い降りた。

(行きました、か……?)

葡萄は恐る恐る立ち上がると、周りを確認する。

ありがたいことに、丁子茶の姿はない。周囲を出歩く生徒の姿も、ない。

葡萄がほっと胸を撫で下ろした……その時だ。

背後からヒールをカツカツと鳴らす音が聞こえてきたのは……!

葡萄はこめかみに大粒の汗を垂らしつつ、ゆっくりと振り返る。

そこにいたのは――‼

「ったく、あんなジジイとそう何曲も踊るワケないでしょーがっ!」

「あ……」

自分の姿に気づいた相手は歩みを止めた。

葡萄とトパーズが思いがけず対峙した瞬間だった。


 その頃、仮面舞踏会が開かれる中央棟の体育館では、音楽が鳴り止まないとはいえだいぶ生徒の人数も減っていた。

思う存分に踊り今夜の目的を果たした者、そうでない者、結果は様々だが、皆何かしら思いを抱えて会場を後にしていく。

 結局誰とも踊らず終始椅子に座りっぱなしだった緋色は、隣に座った雀と共にダンスフロアを見渡していた。

さっきまで隣にヘンナとビスタもいたのだがいつの間にかどこかへ行ってしまったし、柑子(こうじ)王子とマルーンに関しては男同士のダンスの魅力にハマって依然フロアで踊り続けているし、マロウ王子とチェスナット先生の元には今も女子生徒たちが群がっている。

 そこへコチニールがダンスフロアの中央から緋色たちの所へ戻ってきた。彼は今の今まで他の女子生徒とダンスを踊っていたのだ。

「よっ、モテ男!」緋色がコチニールを冷やかす。

「そんなのじゃないよ」

「だってけっこう色んな女子からお声かけてもらってるじゃん?」

「せっかく勇気を出して誘ってもらったのに、無下にするのは申し訳ないでしょう?」

「コチニールらしー」

「緋色はもうちょっと僕を見習ったほうがいいかもね」コチニールがにこりと微笑んだ。

途端に緋色は両手で顔を覆い隠す。

「だから恥ずかしくてムリだって言ってんだろっ!」

コチニールは笑い声を漏らした。緋色は十一歳、女の子と踊るにはまだハードルが高いらしい。

 彼は緋色の隣にちょこんと座る雀のほうに視線を向けた。

雀はマゼンタ以外の生徒と踊る気はないようで誘いも全て断っていたが、何だか先程から自分のほうをチラチラと見上げている。

「ん、何?」

コチニールは雀に尋ねた。

「えっ、あっ、いやっ、別に、なんでも、ない、ですっ……」と、うつむく彼女。

「そう?」コチニールは首を傾げた。

雀が踊りたいのはマゼンタだけだ。自分と踊りたいだなんて全く思っていないだろうに、何かあるのだろうか。

コチニールがそんなことを考えている間、雀の脳内ではとある懸念が示されていた。

(もし、コチニールが、他の生徒と、踊っているのを、見たら、トパーズ、発狂するんじゃ、ないかな……)

雀はフロアを見渡してトパーズの姿を捜したが、先程からどこにも見当たらない。しばらく茶鼠学長と踊っていたはずなんだけど……

雀がトパーズを捜すのと同時に、コチニールもきょろきょろと辺りを見回し始める。

「そういえば、マゼンタは?」

「アイツなら〝足が痛い〟っつって外に出てったぜ」顔から両手を離した緋色が答えた。

「付き添おうかと、思ったんだけど、なんか、一人に、なりたい、感じで、風に当たりたいって……」と、もじもじする雀。

雀は本当は妹に絶対付いて行きたかったのだろうが、彼女が拒んだのだろうか?

 その時、話題の主が体育館の入口にひょっこり現れた。彼女は両手に自身が履いていたヒールサンダルを片方ずつ持ち、仮面を額にずり上げている。

コチニールは妹の名を呼び、雀はその声に反応するように椅子から立ち上がった。

呼ばれたマゼンタは兄たちを確認すると、足裏をペタペタ鳴らしながらやって来る。

「足大丈夫?」

コチニールたちが彼女の足先を覗き込む。足先は指も踵も綺麗に擦り剝けていた。

「ぅわ痛そー」と、緋色。

「わっ、わたしが、選んだ靴が、あ、合わなかった……⁈」雀があわあわとなった。

まさか、こんな、怪我を、大好きな人に、負わせてしまうとはっ……!

「いや、そういうことじゃなくてただの靴擦れだ」マゼンタが冷静に述べる。

「でも……!」と、瞳を潤ませる雀。

「一晩眠れば治る」

「え、ひ、一晩で……?」

「こいつ強靭だから」緋色が苦笑いで言った。

緋色もね……コチニールが心の中で少年に突っ込む。

雀は啞然とした。

本当に、一晩で、治るの……?

「でも今日はもうそろそろお開きにしたほうがいいかもね」

コチニールの言葉に、マゼンタはダンスフロアを見渡した。フロアではマロウ王子がまだ女子生徒とダンスを踊り続けている。

 マゼンタはここに来るまでのことを思い返した。

戦闘部の倉庫をモーヴと後にして、それからすぐこの体育館へ戻ってきた。モーヴは体育館の近くまで私を送ると、他の生徒にバレないようまた姿を消してしまったのだった。兄のマロウ王子からいつお呼びがかかるかわからないから……

(まったく、あの兄弟は……)

マゼンタが優雅に踊るマロウ王子を見つめていると、コチニールが再び辺りを見回す。

「そういえば、葡萄は?」

「あー、アイツなら丁子茶先生に見つかって体育館から出てったよ」

緋色の返答に、コチニールの体が瞬く間に凍り付いた。


 コチニールが身を案ずる当の葡萄は、中央棟正面に設置されたベンチの一つにポツンと座っていた。丁子茶に散々追い回され体力の全てを使い果たした彼は、仮面を取り去り本来の眼鏡のみを掛け、ぐったりと背中をベンチに預けている。

 しかし彼の隣には連れがいた。

まさか同じベンチに座る日が来るとは思いもしなかったが、彼らは自然と一つのベンチに並んだのだった。

理由は互いによくわからない。わからないが、葡萄にはどうしても彼女に確認しておきたいことがあった。

「一つ聞きたいことがあるのですが」

「何よ」

葡萄の隣に座ったトパーズが不機嫌そうに返事をした。彼女もまた目元の仮面をとっくに外している。

「コチニールのこと、本気なんですか?」

「は?」

「コチニールと、真剣にお付き合いをしたいと思っておいでなんですか?」

「なんでそんなことあんたに言わなきゃなんないワケ?」

「私には彼を守る役目がありますから、あなたの本意を知っておきたいのです」

「そんなの……」トパーズは葡萄から視線をそらした。「あんたに関係ないでしょ?」

「いいえ、関係大有りです。彼は赤星(あかほし)紅国(くれないこく)守人(もりひと)一族クリムスン家の次期頭首ですから。お付き合いする相手はきちんとこの目で見定めなければなりません」

「固っ」

「固くて結構。それで、いかがなのです?」

トパーズは怒りと呆れを滲ませながら再度振り返った。

「なんで付き合うのに星とか国とか家とかそういうのが関係あるワケ?恋愛したいなら本人同士が好きにすればいいじゃないのよっ」

「そういうわけには参りません。あなたも本当はおわかりなのでは?コチニールの立場を」

トパーズは無意識に唇を噛む。

 そう、この眼鏡の言う通りだ。自分は別に、コチニールの外見とか中身とか性格とか能力とか、そういうので彼を好きになったわけじゃない。ただ彼の出自に、その家柄に惚れて好きになったのだ。でも、例えそうだとしても、それのどこが悪い……!女たるものよりスペックの高い男を選ぶのは当然のこと。男だってより高価な獲物を狙うじゃないのさ……!

 対して葡萄は、トパーズを真剣に見定めようとしていた。

彼女が本当にコチニールのことが好きで、コチニールもそれに応えるのであれば、それ相応の人間性が必要となるし、赤星紅国の文化や作法、クリムスン家のしきたりに順応してもらわなければならなくなる。

それが出来ないのであれば〝好き〟というたったひと時の感情で二人を応援するわけにはいかない。

葡萄はコチニールをクリムスンの二の舞には、絶対にさせたくないのだった。

 けれど彼の思いなど知る由もないトパーズは、

「あたしはただコチニールが好きなの。それだけよ」こんな眼鏡に本音を述べる気などさらさらない。

「それでは話になりません。私が言っているのは……」

「あんたさあ」トパーズが葡萄の言葉を遮りつつ、ベンチから立ち上がる。

「コチニールのお守をしてて楽しい?」

目の前のグラウンドを眺めて彼女が尋ねた。

「何ですか急に」

「だって、さっきから話聞いてると〝彼を守る〟とか〝この目で見定める〟とか、全部他人のためで自分がないじゃん」

「は?」

「なんかそういうのってさ」

トパーズが振り返る。

「すっごく不自由そうだよね」

葡萄は目を見開いた。

不自由……?私が……?

 今の今まで葡萄は、自分自身をそんな風に思ったことはなかった。

全ては家のため、クリムスンのため、コチニールのため、カーマインの、マゼンタの……それが当前であり、自分の使命だと思って生きている。無論、自分が自由だとか不自由だとか、そんなの考えたこともない。

でも、私は、周りの人間から見て、そんなに不自由そうに生きているのか……?

葡萄はトパーズを見上げたまま、次に返す言葉を見失っていた。


 時刻は午前零時をとうに回っている。舞踏会会場の体育館ではほとんどの生徒が寮へと戻り、マゼンタたちの姿もない。

しかしステージからは、アガットたちが演奏する音楽がまだ鳴り響いていた。

理由は、マロウ王子とチェスナットにどうしても一緒に踊ってもらいたい女子生徒たちが引っ付いて離れなかったせいだ。

二人は出来得る限り彼女たちの思いに応えていたが、さすがに銃術クラス担当の焦茶(こげちゃ)が彼女らを引き離す。チェスナットもまた焦茶の行動に従って、彼女たちを寮へ帰るよう諭し始めた。

 丁子茶のダンスの相手を務め、フラフラになりながらも何とか意識を取り戻した衛生部教師檜皮も、ステージで演奏する楽師たちに近づいて告げる。

「あの、お疲れ様です」

演奏中のアガットと臙脂(えんじ)がフラついた檜皮を見下ろした。

「今夜はもうお終いにするそうなので、演奏はそろそろ……」

「わかりました」

アガットが檜皮に答え、彼は隣の椅子に座る臙脂や、背後で演奏するルビーと珊瑚(さんご)を振り返る。そうして四人の楽師は、丁度良いタイミングでリズミカルな演奏をピタリと終了した。

 ふう……アガットが汗など出てもない額に、手の甲を当てる。今日も素晴らしい演奏が出来た。

だがふと隣を見ると、臙脂がぐったりした顔でこちらを睨んでいる。それはたとえ目元に仮面を付けていたとしても、手に取るようにわかった。

「何、どした?」

「疲れた……」

臙脂はたった一言、感想を漏らした。

「お疲れ」

アガットが相棒を労うと、背後からも女性陣の深く息を吐く声が聞こえてくる。学園祭に続き今夜の仮面舞踏会も、皆よく頑張った。

 ダンスフロアでは焦茶や教師たちが、尚も渋る女子生徒を体育館の入口へと促している。

その中でたった一人、マロウ王子だけはステージ上で仲間同士労う楽師たちを、何やらじっと見つめていたのだった。





































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