プロローグ
宇宙。
その深遠な闇の中、数え切れないほどの星々が瞬く場所の一角に、赤色に輝く星、橙色に輝く星、黄色に輝く星、緑色に輝く星、青色に輝く星、紫色に輝く星が一定の距離を取りながら円を描くように浮かんでいた。
色世界――六つの星々はまとめてそう呼ばれている。
その少女が気づいた時、周りは死体の海だった。
屈強な男たちがそこかしこに倒れ、普段目にするものよりは数段巨大な鉈が辺りに散乱し、赤みのあるひび割れた大地を埋め尽くしていた。
鮮やかな赤紫色の長い髪をした少女は漂う血生臭さの中地面にぺたんと座り込み、目を見開いていたが、彼女のその瞳の虹彩も髪の色と同じく激しい赤紫色を震わせていた。
(……これは、なんだ?)
赤土で汚れた粗末なワンピースを着た齢十七程の少女はそう思った。自分の目の前の光景が理解できず、ただただ呆然と。
(これは、なんなんだ……?これは、いったい……)
すると突然、事は起きた。
大きな鉈を頭上に掲げた男が少女の目の前にふっと現れ、手中のそれを今まさに振り下ろそうとしたのだ。
彼女は息を呑むことしか出来ずに赤紫色の大きな目でその男を見上げる。
(なんなんだ、なんなんだ、これは……!)
少女は一瞬でその男に斬られ、やはり肉体から髪や瞳と同じ赤紫色の血潮が飛び出し、死ぬはず……だった。
だが先は想像とは違った。
男はまるで意図していなかったかのように膝をついて手にしていた鉈を投げ出すと、ばたりと倒れてしまったのだ。
彼女はわけがわからず身をすくめたまま倒れた男を凝視していると、今しがたその男が立っていた場所の少しだけ後ろに、一層大柄な男が佇んでいた。真っ直ぐな長い髪を高い位置で結び垂らし、衣を左右で重ね、帯で締めたような格好をした齢四十程の彼は、少し紫みを帯びた深い赤色の髪と瞳をしていたのだが眼光鋭く、何よりその右手に新鮮な血が滴る刀を持っていた。
少女はもう何も考えられずぼんやりと彼を認識する。ああ、今度はこの男が私を殺そうとするのか、と。
しかし彼がしたことは刀を振り上げることでも彼女を殺そうとすることでもなく、口を僅かに開き始めると、
「■■■■?」
何やら低い声で言葉を発した。
咄嗟の行動に少女は困惑し、
(なん、だ……?今、なんて……?)
さらに大男は言葉を続ける。
「■■■?」
激しい赤紫色の瞳は彼の口の動きを凝視する。
(何か、言ってる……だが何を、言っているのか……)
彼女はまるで彼の真似をするように口を少しだけ開く。
「あ……」
ほんの少し、透き通るような声が出た。と思ったその時、少女の中に違和感が走る。
「あ……あ……」
口は開いている。何かを言おうとしている。
だが声帯は叶えることをしなかった。
(声が……出ない……⁈)
尚も彼女は声を出そうとする。その目は必死だ。
「あ……あ……あ……あ……!」
大柄な男はそんな少女の姿を一つも動じることなくじっと見下ろしていた。そしてなぜか訳知り顔で、
「■■■■■■?」
しかし彼の声掛けに反応する余裕など持ち合わせていなかった彼女はひたすら声を発しよう、絞り出そうと喉元に両手を当てる。
(なぜ……!どうしてだ……⁈どうして声が……‼)
次の瞬間、赤紫色の瞳の目の前が真っ暗になる。
襲われたショックか、それとも声が出ないせいか、少女は気を失ってその場に倒れた。