Episode12 : 灰と青の衝突
つまりは狩人VS偽勇者(^q^)
「あ、あなたは……?」
突然現れた青髪の少年に、ルフトラグナは名を尋ねる。
「オレの名はクルセルム・ハイバード! 歳は十七! いずれ魔王を倒す勇者だッ!」
空色の魔剣を鞘に納め、ドヤ顔でふんぞり返りながら、青髪の少年はそう名乗る。
(お、同い年かぁ……なんかこっちが恥ずかしくなる……)
ベルたちの反応を待っているようで、チラチラと見てくるクルセルムにベルはサッと顔を背ける。
「有名なのかな、知ってる?」
「いや、知らないな」
「わたしも初めて聞きました……」
「お、お前ら全員世間知らずかよ! まーいいや、それより気になるのは……」
頭を掻き、クルセルムは一瞬ルフトラグナを見るが、目を瞑って焔魔龍の右角に視線を移す。
「これ、なんだ」
「えっと、魔龍の角」
ベルがそう答えると、クルセルムは息を長く吐く。
クルセルム・ハイバード……勇者を名乗る怪しい少年。助けてもらっておいてなんだが、今のところ勇者っぽくはないな。というのがベルのクルセルムに対する感想だ。ルフトラグナのことも気になってはいるようだが、魔龍と聞いて表情が変わったことにベルは気付く。
「昨日のアレはやっぱり魔龍が出てやがったのか……で、本体は何処へ逃げた?」
「え? 逃げてないけど」
「は!? まだ森にいんのか!?」
「い、いやいないよ、倒したから」
「倒し……た? 嘘だろ……? 災害だぞ?!」
信じられない様子で、わなわなと震え始める。口を金魚のようにパクパクさせて、何も言葉が出ない。……ふと、肩を落としたクルセルムは、一度納めた空色の魔剣を引き抜き、三人に刃を向けた。
「……オレが倒したかったけど、それはしょうがねぇ。でもアイツを倒したお前らがどんだけ強いのか……オレは知りたい」
やけに真剣な顔だった。かといって、まだグランツに教えてもらってすらないベルが戦って勝てるような相手ではないだろう。というか初撃で焔魔龍の右角を吹き飛ばすことが出来るほどの力も、制御出来ていない。下手をすれば殺しかねない。
ここは断ってまた後日に……と、ベルがそう思った時。
「俺がやろう」
ベルの肩に手が置かれ、グランツがそう言った。
「ベル、これから君の師となる俺の力量。君自身の目で確かめてくれ」
グランツのその言葉に、ベルは小さく頷いて返す。
「おっさん。あんたのことはこの辺じゃ噂になってる。……確か、八か七年前に突然現れ、次々と獲物を狩っていく謎の狩人。森の番人なんて呼ばれてるんだぜ」
「俺はおっさんじゃない、まだ二十五だ」
「……す、すまん」
そこは素直に謝ったクルセルム。しかし刹那、グランツの姿が見えなくなる。
(ッ!? もう始まってんのかよ!)
音もなく突然開幕した決闘。クルセルムは視線だけキョロキョロと動かし、消えたグランツの姿を捉えようとする。
「いや────もう潜り込まれて!?」
懐に気配を感じ、下に視線を移す。グランツは姿勢を低くし、クルセルムの死角に入っていた。手には何も握られていない。両刃剣も背中にある。────素手だ。
「舐めやがって!」
「舐めてないさ、偽勇者ッ!」
グランツの言葉を聞いたクルセルムの動きが一瞬止まる。その隙に、グランツは正拳突きをみぞおちに喰らわせた。
「その鎧……変えた方がいい。君には合わない。鎧の面積を減らして軽くなっているのにまるで反応出来ていない。これなら全身鎧の方がまだ戦えるぞ」
「ぐッ、つ……!! ……うっせぇ、よ。合わないことくらいわかってるんだよッ!」
クルセルムは空色の魔剣を振るう。しかし、グランツは地を蹴って後方に下がって刃を避けた。グランツはまた地を蹴って、接近してくる。……という一連の流れを、クルセルムは予測していた。
「────ッ!」
グランツは異変に気付き、瞬時に上半身を傾ける。ベルとルフトラグナの髪がフワッと揺れる。……風だ。
「その魔剣……使い勝手が良さそうだな」
「まぁ……なッ!」
クルセルムは再び、空色の魔剣を横に大きく薙ぎ払う。今度はベルとルフトラグナにもわかるくらい、見える。
砂埃を巻き込んで、空間を歪ませるように渦巻く風。それが魔剣から発生していた。
「《空色の魔剣》……風を自在に操る魔剣だ」
クルセルムが魔剣の正体を喋ると、留まっていた風の刃がまるで嵐でも来たのかと思うくらいの力強さで、無防備なグランツに向かっていった。
「ダメ押しだ! 【ヴィントス】……ッ!」
さらに風が放たれる。手刀で縦に斬った風は、先程放った空色の魔剣の風と合流。十字を形成する。
地面に傷が付き、当たれば深傷……運が悪ければ真っ二つだ。間を抜けて避けても風圧で吹き飛ぶだろう。
「っ! やべ、加減が!」
殺傷可能な威力を持った風を放ってしまったことに、クルセルムは冷や汗をかく。────だがグランツは、そんな状況になっても魔法を使わない。
「フッッ!」
背の両刃剣の柄を握り、引き抜いて地面に突き刺す。迎え撃つのは不可能と予想したのだ。グランツは腰にあったロープを握りながら、もう目と鼻の先まで迫った風の刃をなんと、突き刺した両刃剣の鍔を踏んで飛び越える。
しかし十字の刃を避けるために斜めへ飛んでも、風の影響は広い。必ず抵抗を受け、吹き飛ばされかねない。だからグランツは、手に持っていたロープをクルセルムの腕に向けて投げる。────鉤縄だ。
ロープ先端の鉤がちょうどいい重りになっているのか、風の影響もあまり受けずにクルセルムの腕に巻き付いて、篭手に引っ掛かる。
「うおっっ!?」
引っ掛かった瞬間グランツはロープを引いて風を飛び越え、着地する。グランツに突然引っ張られたからか、クルセルムは体勢を崩して空色の魔剣を落とした。
遠くなっていく十字風刃を背に、グランツは左太腿に装着していたホルスターから、収めていたナイフを一瞬のうちに抜いて、空色の魔剣を拾おうとしていたクルセルムの首に刃を寸止めした。
「思い出した……クルセルム・ハイバード。依頼を受けてはひたすら魔物を狩り、勇者を自称する男。それだけならいいが、獲物の横取りや町中での決闘と称した喧嘩が多く、ギルドから出禁にされたと噂になってたな」
「そ、それは…………」
「その白い鎧も、彼の勇者を模しているが……自分の行いが悪かったな。偽勇者と呼ばれても仕方ない」
だから偽勇者なのか。と、ベルはクルセルムを見ながら思った。
「オレは……勇者なんだッ!」
それだけ言い残し、クルセルムは逃げるように去っていった。
「勇者は、あの人は……あんな荒っぽいことは絶対にしない」
去っていくクルセルムを眺め、グランツは記憶に残る勇者の姿を思い出していた。そんな、記憶の住人と憧憬の眼差しを向けるベルを重ね合わせる。
「俺が師匠で、大丈夫そうか?」
「う……うん……うん! 元から文句はないけど! 凄いよグランツさん! あのロープびゃーって投げるやつどうやるの!?」
「わ、わかった。わかったから、とりあえず町に入るぞ」
「よし! 早く行こう!」
「も、もっとゆっくり行きましょうよー」
……やっぱりあの人は誰と比べても似ていない。グランツはそう思いながら、ベルとルフトラグナの後を追いかけた。
町はもう、目と鼻の先だ。




