【1】
ふらり。
その森に、魔女が棲むとは知らなかった。ただ、自然と足が奥へ奥へと進んでいた。帰らなきゃ。でも、帰りたくない。往復する気持ちが、迷い込む。
白い霧。
濃くなる霧に、道を塞がれる。
前も後ろも。右も左も、空さえも。辺り一面が霧の中。
不思議。
道なんて見えないのに、足はただそこへと向かう様に進む。
まるで、魔法にかけられたみたい。
自分の足なのに、止まれない。
吸い寄せられるように辿り着いた先には、大きな城が聳え立つ。
太陽に照らされた城。
白を基調とし、美しい。
手入れされた庭。優雅な噴水。戯れる蝶に小鳥。まるで、御伽噺の中に入った錯覚。
「……綺麗」
自然と溢れ出た。
「嬉しいお言葉。さぁ、お嬢さん中へどうぞ」
背後からの声に振り向くと、そこには一人の少年が立っていた。
黒い髪に蜂蜜色の瞳。良い身なりをしている。大きなお屋敷に使える執事の様。
「あなたは?」
「この城の、主に使える者です。さぁ、中へ。お客様をいつまでも外に居させては、叱責されてしまいますので」
何故だろう。不思議と疑心はない。この城に呼ばれたかの様な気がしていて——。私は、少年に促されるまま、城の中へ足を踏み入れる。
広い。
白に統一された室内。そして、静か。二つの靴音だけが、響き渡る。
「お客様をお連れ致しました」
扉の前に着くと、少年は声を上げ、中からは、凛とした女性の声が返ってくる。
重厚な扉が開かれた先には、それは美しい女性が座っていた。
黄金の髪が靡き、陶器の様な滑らかな肌に、艶やかな赤い唇。瞳は青空の様に鮮やかな青。直視するのには余りに眩しく、咄嗟に俯いてしまう。
「そう緊張なさらないで。今、お茶を用意します。どうぞ、お掛けになって」
着席を促され、座りやすく引かれた椅子に腰をかける。背もたれに寄りかかると、程よい厚さに肩の力が抜ける。
直後、事前に用意されていたかのようなタイミングで目の前のテーブルに香り豊かな紅茶と焼きたてのクッキーが差し出された。
「どうぞお召し上がりになって。大丈夫。毒なんて入っていませんから」
柔かな微笑みの後、女性は優雅に紅茶を口に運ぶ。
彼女に習い、一口紅茶を口にする。
温かい。
ふっと、心が落ち着いていく。
「このクッキーは、程よい甘さとサクサクの食感で美味しいの。素朴だけれど、わたくしはとても気に入っているの」
「うんうん。分かる。何個でもいけちゃう。やっぱクロたんの作るクッキー最高だわ。あ、あーしにも紅茶。ミルクと砂糖マシマシで」
いつの間にか現れた女の子は、無心でクッキーを頬張っている。
パ、ジャマ? のような格好……緑のスエットにオレンジのパーカー……とても派手な……何かしら。怪獣の絵柄の……髪は真っ黒なツインテールに顔は整っているけれど、赤縁眼鏡。奥の瞳は蜂蜜色。
見た目の情報量を処理しきれないまま、視線がぶつかる。
「んー。あ、申し遅れっ。あーしはルナ。一応魔女やってます。んで、この城の主ね。宜しくー」
ピースサインを出した所で、隣の美しい女性は、女の子の頭を何かで叩いた。
「あんたねぇ。お客様と会う時は正装して来いって何度も言ってるじゃない! それに、その喋り方! 友達でもイラッとするからやめてって言ったでしょ!」
「これがあたしの正装じゃい! いーでしょこの服! 昨日市場で一目惚れしたんだわ。特にこの恐竜! 何だっけ、モサモサザウルスだっけか……兎に角、良いわー。それに、巷の若い女子はあーゆう喋り方するんだわ。これが流行りなの! 乗りたいの! 流行りに! ビッグウェーブに!」
「流行ってないわよ。全然流行ってない。それひと昔前よ。既に乗り遅れてるのよ! 波に! 今残ってるのは化石よか・せ・き! 大体、あんたが出てくると面倒だから部屋から出れないようにしてたのに、何あっさり出てきてんのよ! 腹たつわほんと」
「ふっ。甘いんだわ。砂糖、いや蜂蜜、いやホワイトチョコレートみたいに甘いんだわ。あたし、こう見えて魔女。ですから」
「腹たつドヤ顔してんじゃないわよ! わかってるわよそんなの、もう!」
「ルナ様、ローズ様。お客様の前ですので、その辺りで……」
少年が気まずそうに口を挟む。
「そ、そうね」
金髪の女性は咳払いをして、着席をする。
同じように、黒髪の女の子も席についたが、派手な服装は真っ黒なローブ姿に変わっていた。
「改めまして、わたくしはローズ」
「あたしはルナ。そして、ここは魔女の城。そこで本題。——あなたの願いはな・あ・に?」




